第一話「カフェラテは苦かった。」
生まれて初めて、喫茶店に立ち寄った。何となく通りかかった道にあった喫茶店だ。珈琲のいい香りがした、それだけの理由で僕はその扉を開けて、足を踏み入れた。今までの人生で見たこともないような名前と雰囲気に圧倒されながら、唯一名前を知っているものを声に出した。
「すみません、カフェラテをください。」
「承知いたしました、ご注文を繰り返させて頂きます、____」
僕はぼんやりとしながら注文を済ませて、外を見る。喫茶店の外にはどうやら椿が植えられているようだった。艶やかな緑の葉が風に吹かれている。所々に咲きかけの花も見える。そろそろ他の地方でも雪が溶けて、春が来るのだろう。とは言っても、まだ指先は冷たいままだ。
そんな事を考えていたら、いつの間にかカフェラテがテーブルに置かれた。
「温かいうちにお召し上がりくださいね。あ、砂糖を入れずに飲むのもオススメですよ。」
鈴のような声の元をたどると、笑顔で佇む女性が居た。
「うちの喫茶店はミルクまで拘っていて、優しくて少し甘いんですよ、それに___」
「あ!また深月のお喋り始まったじゃん…お客さぁん、すいませんねー…ほら謝って帰った帰った!」
今度は気だるげな男性の声がしたと思ったら、深月と呼ばれた女性も慌てて謝り、キッチンへ去った。
余りにも吃驚したせいで暫く動けなかったが、置かれたカップへ目をやる。優しい珈琲とミルクの香りがした。飲んでみたが、僕にはただ苦いだけで良く分からなかった。砂糖を入れて飲み干し、会計をする。すると、先程の女性が会計後にこう言った。
「先程はすみません…あっ、また来てくださいね!お待ちしてます。」
深々と頭を下げたあと、彼女は目を細めて微笑んだ。曖昧に返事をして僕は店を出た。こんな事を言うのは可笑しいかもしれないが...彼女の瞳は、綺麗で素敵な珈琲の色で、かなり印象に残った。