ふるさとを蹂躙する聖女
「あんたの労働環境なんじゃが……、はっきり言ってクソじゃ、ゴミためじゃ」
聖女という役職。
祈りの力とかいう説明も理解も出来ないスーパーミラクルアンノウンイモータルパワーを行使して国に繁栄をもたらす救国の乙女。
一個人が持つにはあまりにも過剰な力を自分ではなく国と民の為に身を粉にして滅私奉公する異常者。
それがわしが見た聖女というカテゴリーの女の感想じゃった。
じゃが人の身に余りまくる奇跡をポンポン起こす聖女だと言うのにその待遇はお世辞にもいいものではない。どころか劣悪といってもいいくらいで。
なんでそんな超常の存在をこんなに蔑ろに出来る?
まさか聖女が自分たちの為になんでもしてくれる万能機とでも思っておるのじゃろうか?
そうだとしたら、その勘違いも奇跡と呼ぶにふさわしい愚行じゃ。
聖女はなんかこれようわからん奇跡で生きておるけど、常人なら何回過労死してるかわからんくらいには苛烈な労働環境じゃった。
そしてこんな奇跡の御業をもってしても聖女の顔色は悪く、体はガリガリで、どうみても健康ではない。こんなにも力ないアルカイックスマイルを見たのは初めてじゃった。
聖女は多少の困難なんて受け付けない奇跡の形状記憶ボディをもっているはずなのに、それでもここまでやつれてしまっているということははたしてどれだけこの奇跡を行使する滅私の怪物は強制労働させられているのじゃろうか?
そしてそんな残念な職場環境に一切気づいていない哀れな聖女サマはわしの投げつけるような言葉が理解できていないらしくキョトンとしておった。
「もう一回言うぞ聖女サマ。あんたの労働環境はクソじゃ。底辺じゃ。奴隷だってもっとまともな生活しとるぞ」
聖女サマは周りを見渡して、あれこれもしかしてわたしには言ってます? と言わんばかりに骨ばったガリガリの指で自分をさす。
いつもはガッチガチに護衛がついていて話しかけることはおろか、近づくことも出来ないはずなのに。
今はどういう奇跡か聖女とわし二人だけ。
普段わしのスタンスは面白そうなことは遠くで眺めて楽しむ、介入はしない、そういうスタンスじゃったが。
おおよそ万能者なのにどう見ても被害者。
面白くなる要素しかないのに、つまらないまま終わっちゃいそう。使い潰されるだけで歴史に埋没してしまいそう。
これらの要因もありついうっかり声をかけてしまったのじゃった。
ここまでやっちゃったらもう止まれない。なんてうかつなわし。
自分から乗っちゃった船は途中下車しない。それはあまりにも無責任でだったら初めから関わるなと自責の念に押しつぶされそうになっちゃうメンタル弱めなわし。
関わっちゃったらできるだけ付き添う。外から眺めるだけのはずじゃったこの聖女に関わってしまった以上、わしという登場人物も踏まえてこの無垢で無知で愚かな聖女サマの成長物語を内側から見ることにしよう。
これ以上時間をかけると衛兵とか戻って来てしまい、そうなると非力なじじいことわしはどんな目に合わされるかわかったもんじゃないので。
「失礼しますよ聖女サマ……ってあんた羽みたいに軽いな、もっと食ったほうがいいですじゃ」
無理やり聖女サマをかついでてってけてってけ走り出した。
「えっ! えっ? なにをなさるんです!? わたしにはまだまだやらなきゃいけないお役目があるんですっ!!」
聖女サマは暴れて抵抗するけれど、栄養の足りていない鶏ガラボディではこんな枯れ木じじいですら振りほどけない。
そしてわしは聖女誘拐という犯罪に手を染めたのじゃった。
わしは聖女を誘拐して、世界を見せてまわることにした。
どんなに苛烈な環境でも以前の自分よりはマシだということを知って欲しかったのじゃ。
どれだけそこがヒトが暮らしていくのに苦しい場所であったとしても、そこがどれだけ治安が悪くて暴力に支配されていたとしても、幸いにして聖女の奇跡の前ではそれらの暴風でさえ心地よいそよ風にしてしまう。
じゃから身の危険とかとは特になく世界を旅することが出来た。
初めのほうは聖女サマも一刻も早く戻って国に奉仕する仕事に戻らねばと焦っていたが半年も旅を続けるともうそんなことは言わなくなっておった。
見て、触れて、食べて、感じて、すべての事柄から学びを得ることに夢中になっていったのじゃ。
誘拐犯冥利に尽きるというもんじゃ。
そして2年がたった。
色々な場所を訪れ知見を得て、常識をアップロードした聖女は国に戻りたいとわしに申し出た。
もうわしはそれを反対することはしない。
今の聖女様なら自分の価値をしっかりと理解しているから以前のようなぼろぞうきんのようにはなるまい。また奇跡を行使すれば理不尽な暴力に屈することもない。
それには確信があったから、どうして戻りたいか具体的なことは一切聞かずにわしらは二年ぶりに奇跡を食い物にするあの国へ戻ったのじゃった。
「ねぇおじい様、随分と変わり果ててしまったのねこの国」
この国に訪れ、しばらくあたりを散策して聖女がぽつりと呟く。
建物は所どこらが損壊していて、かつて整備されていた道はボロボロで、水路にはゴミが浮いているからせき止められていて、ゴミが至る所に放置してあって、人々は力なくそこかしこに横たわり。
どう見ても末期な世紀末な様相じゃった。
そもそもすべてが聖女の奇跡頼りじゃったのじゃ。わしがさらった聖女様以外にもその役職のヒトは何人かいたらしいが、愚かなこの国はそれらもすべて使い潰した。
そして残ったのは自分でなにも出来ない国民とお飾りの貴族と判子を押すだけの王族。
だからこれは当たり前の結果と呼べた。
「もうこの国には聖女は残っていないらしいからこんなもんじゃろう」
かつて栄華を誇ったかつてのふるさとを眺める聖女に去来する想いはわしにはわからない。出来るのはせいぜいそれを想像するぐらいじゃ。
「のう聖女様。ところでどうしてこの国へ戻って来たいと思ったんじゃ。さしつかえなければじじいに教えてはくれんかい?」
でも結局正解を知りたくなったわしはすぐに安易に答えを求めた。
聖女はニコリと笑った。出会った頃と同じ慈愛に満ちたアルカイックスマイル、ただあの頃の痩せこけた時とは違う、年相応の可憐さと不相応な妖艶さと清廉さとかなんかもう色々と相反する要素をごっちゃに詰め込んだ素晴らしい笑みじゃった。
「おいあれ聖女じゃないか!?」
じゃが、聖女がわしの問いに答えるよりも先に民衆が聖女に気づいたようでひとりの声を皮切りにそこら辺で寝転んでいたものたちや、ボロボロの建物に潜んでいたものたちなどがぞろぞろと出てきてわしらを取り囲んだ。
「おい聖女サマよぉてめぇらがきちんと仕事しねぇからこの有様だ。どうしてくれんだよ!!!」
「さっさと奇跡で国を元通りにしろよ。もう食うもんもろくにねぇんだよ」
「国の為に奇跡を起こすのがてめぇら聖女の仕事だろ、ポロポロ死にやがって、おかげでこっちは迷惑してんだよ!!!」
わしらを取り囲んだ民衆が各々にクソみたいな暴論を展開して聖女に詰め寄ってくるが、聖女はそれを奇跡バリアでせき止めた。
湧いた民衆は国が悪くなったのは聖女が仕事をしなくなったからだと、悪態をつきはすれど感謝は一切なく口汚く罵りながら、奇跡バリアがあるにも関わらずにひたすらに突っ込んでくる。
もうゾンビみたいで恐い。
聖女はそんな民衆を薄く笑って見ている。
「なんで、こんな国に戻って来たかったのか……でしたねおじい様?」
聖女の呟きに呼応するようにバリアが外側へと広がる。
ぶちゅり、とそこらかしこから嫌な音がした。飛び散る赤色は全然きれいなんかじゃなかった。
バリアがヒトを潰した音じゃった。
まるで時が止まったように静かになったと思ったら、次の瞬間には弾けるように悲鳴が響き渡り、人々は逃げだそうと走り出す。
じゃが聖女から逃げるよう走り出した民衆はすぐに不可視の壁にぶち当たることになる。
聖女が外側にも奇跡バリアをはったようじゃった。
事態の中心には聖女とわし、少し離れた所にバリアがあってその外側には湧いた民衆。そしてそれらが逃げる先に壁のように設置された奇跡バリア。民衆はバリアに挟まれた形になる。
一人目がバリアにぶちあたり、なに当たったかもわからないまま同じく逃げようとする後続に押しつぶされて圧死するのがみえる、不可視の壁に阻まれてそれでも自分だけは助かろうとする愚かな人々が見える。
阿鼻叫喚じゃった。
そんななかでも聖女は薄く笑っておった。
「月並みですけど、復讐というやつですよ。奇跡頼りのくせに奇跡を起こす我々を人扱いしなかったこの国への復讐です。
最初はね、風の噂で没落していくこの国の有様を聞いて溜飲が下がっていたんです。ざまあみろってね。
でもそのうちわたしをこんな目に合わせたやつらがわたしの知らないところで勝手に滅んでいくのを伝聞で終わらせてしまって本当に満足なのかって思うようになったんです。
日に日にこの想いは強くなってもういても立ってもいられなくなってしまいまいてね。やっぱりやるならわたし自身の手でと思った次第ですのよおじい様」
聖女様は相変わらずきれいな笑みを浮かべている。まるで三日月みたい。
その視線の先は地獄の具現。
「みなさん、助かりたいですか?」
聖女がぽつりと呟いた。
その呟きは本当に小さなものだったのに、なぜか民衆の頭の中に響く。
「助かりたいですよね? ならばですね、代わりに生贄を用意して欲しいんです。いやまぁ、死にたいのなら止めはしませんけれど。
まずはそうですねぇ……。とりあえずこの国の身分が高いものを上から50人、その親近者も含めてこの広場で串刺し系に処してください、わたしは空に向かって伸びる磔刑の花畑が見たいのです」
あまねくすべてを救いそうな清廉な笑顔で真逆の事をいう。
実にいい笑顔じゃった。
愉悦が隠しきれていない笑顔なのじゃった。
当然民衆は止まる。常人であるならばこんなめちゃくちゃな命令には従えるはずがない。
ただ民衆はバリアに包囲されていて、手のひらに収まっている虫も同意じゃ。
聖女の気分次第で手のひらを握りしめれば中にいるものは死ぬ。逆らわせる気など皆無の命令。
「あ、あの、聖女様。ひとつよろしいでしょうか?」
手のひらの中で文字通り掌握されている民衆の中から度胸のあるものが声を震わせながら尋ねる。
「み、身分上位50人とその親近者とあなた様は仰いましたが、我々にはそれを判断できません、どうやってそれらを定めればいいでしょうか?」
その問いは至極まっとうなものじゃとわしは思った。
王族、貴族、平民。今ぱっと出たこれらの身分がきっとすべてではないじゃろう。もっと細かく別れていると思われる。
中にはこれらの枠組みに当てはまらないようなものもあると思われる。
単純に順位付けが出来るとは到底思えない。
「どうやって……ですか? 知りませんよそんなの。わたしが酷使されていたときも果たしてわたしをこんな目にあわせているのが誰なのかをわたしが知る機会なんてありませんでした。
それは皆様で知恵を出し合って考えなさいな、もしも間違えて違う誰かを串刺しにしてもわたしはそれを咎めるつもりはございません。ヒトは何度だってやり直せます。反省してまた誰かを串刺しにすればいいのです」
さぁ。と促す聖女に全ての民は絶望するしかなかった。
もうこの聖女の言っていることが冗談の類ではないのはわかっている。すでに何十人がバリアに潰されて殺害されている。
動かねば次にそうなるのは自分であるとわからされている。
「なあ聖女様、上位50人とかホントに出来ると思ってる?」
まぁ無理じゃろうなと呆れているわしの問いに対して聖女様は。
「わかりませんねぇ。ヒトは命を賭してかかればどんな成果を出すかわかりませんから。
どっちでもいいんです。出来ようがそうでなかろうが。いっぱい吊るせればいいんです。
ほらこれって復讐ですから
中身なんて空っぽでいいんです。この後のことなんてどうでもいいんです」
それから民草は協力して身分の高いものたちを殺害していくことになる。
身分の低い者は暴徒となり、自分たちの順位が粛正対象外だとわかっている貴族もそれに加わり鎮圧は不可能じゃった。
当然我が身かわいさに国外逃亡をはかるものもおったが聖女バリアが国を囲っているからそれも叶わず、そのバリアによって国外からの助けもないとわかり身分の高い者は絶望するしかなかった。
毎日広場には貼り付けにされた誰かが地面に咲く。
最初は一輪だけだったのに毎日毎日毎日毎日毎日毎日と増えていく。
身分の高い誰か、そしてその家族。男も女も子供も大人も関係なく苦悶の表情で十字架にくくりつけられて咲かされていく。なんて歪な生け花。
もう50人に達したかという民草の問いを笑顔で否定してもっともっといっぱい咲かせろと要求する聖女はウッキウキじゃった。
「ねぇおじい様。わたしはおじい様にとっても感謝しているんです」
十字架が咲く平野を小高い丘から見下ろしながら聖女はわしにそう告げた。
平野では毎日のように誰が磔刑に処されて歪な花畑に活けられている。
そんな地獄の中でそれを創り出す元凶であってもやはり聖女の笑みはとてもきれいじゃった。
「おかげでわたしは今生を実感出来ています。生きてるわぁって毎日感謝出来てます。
以前なは媚びるための笑顔が本当は嬉しい時にだすものだって知れました。
自分の力はヒトの幸せの為に使うものだと教えられて生きてきましたが、そのヒトの中に自分が入っていなかったと知れました。
涙がつらい時以外にも流れるものだと知れました。初めておじい様にいただいたご飯の味とあの涙は一生忘れません。
たくさん、たくさん、本当にたくさん、あのままだったら知れない事をおじい様がいたから知れない。本当に感謝しています」
生を実感出来る毎日には鮮やかな色彩が踊り、輝いて見える。
あらゆるものが自分の生を肯定してくれている。
聖女は今、万感をもってそれを感じているという。
素晴らしいはなしじゃ。
そこまで多くのことを思ってくれて、聖女はわしに救われたと言っていたがそれは逆じゃ。わしのほうこそ救われていた。
「そうか。聖女様がそう感じてくれているのならわしも嬉しいぞい」
ただ、ちょっと。ほんのちょこっとだけじゃけど。
なんか思ってた方向からズレた感じにはっちゃけちゃったなぁとは思う。
「どうしましたおじい様?」
じゃけど今をこうして精一杯謳歌しておる聖女様を見ると。
「いや、生きたいように生きるのが一番じゃな!!!」
まぁそれでもいっかと思うのじゃ。
世界の破滅を望もうとも、先にそう望まざるを得ないバックボーンを創り出したのはお前ら世界のほうじゃから因果応報というやつで番が巡ってきただけ。
皆生きている。生きるためになにかをしている。
当然、目の前でこんな地獄みたいな惨劇を作り出し面白がっている少女もそれをしている。
この少女は奇跡の力を遺憾なく行使して復讐を為すだろう。
思っていた感じではなくなってしまったが、もうこうなればどうにでもなれとわしはもうコントロールを諦めてこの聖女様の行く末を見届けようと思うのじゃった。