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第3話「ウソは言ってませんよ」


【アークレスト王国 シュレー地方 ノンコール北側街道】



「マーゲン様、ご存知ですか? 極寒の地で極限状態になると、真っ白な雪が黄色に見えるんです……あの時見た黄色い雪、私一生忘れません……」


「妹」のソフィア・ソイカテ軍曹が光を失った瞳を宙に向けて語る。


「あの時は辛かったな…寒さで全身の骨が軋む音を初めて聞いた…『芯から冷える』ってこういうことなんだなと実感したね」


「お兄様」のアーレ・チャウナ軍曹も目を閉じてしみじみと語る。


「なんという苦難の道…よくぞ…無事にここまで…ぬぐぅ…」


私たちは異端審問官たちの馬車にゴトゴト揺られながら、用意していたカバーストーリーを話す。


どうやらマーゲン様はかなり涙もろい人だった。鼻水と涙を何度も袖で拭うので、威厳ある高そうな黒のローブの袖がカピカピのテカテカになってしまっている。


マーゲン様が涙を拭うたびに、私は心の中でそっとため息をついた。どうしてこんな純真な人が異端審問官なんだろうと思わずにはいられない。この人、絶対向いてないぞ。人選ミスの不運である。


こんなことで異端審問官なんて務まるのかと思ったが、やはりお仕事が結構しんどかったようだ。私の「囁き」を使って心を覗いた時はかなり疲弊していた。そのうちもっと向いている役目をもらうと良いね。


ちなみに、先程から兄妹たちが語るマーゲン様を泣かせた苦労話は、一部真実だ。


陸軍では兵卒から士官まで、例外なく教育課程の最後に雪中行軍をさせる。それもただの行軍ではなく、寒さに強い獣人族の山岳猟兵と鬼ごっこである。指定地点まで逃げ切れば学生の勝ち。捕まれば語るのも憚られる恐ろしい罰が待っている。狩る方の山岳猟兵は、学生一人捕獲につき5日の特別休暇が貰えるのでかなりガチだ。偵察機もガンガン投入する。


職場が山で家族になかなか会えない獣人(狼や熊)猟兵たちに追い回される体験は、過酷な環境でも折れない強い心を育てるのだとか。


陸軍では誰もが語れるこの地獄の思い出話が、遠い北の地から賊に追われて逃げてきたというカバーストーリーに真実味を持たせ、マーゲン様のローブの袖を無惨な姿に変えているのだ。


「吹雪で先も見えず、追っ手の気配や狼の遠吠えに怯えながら、ひたすら前に進むしかなかったのです…」


「お姉様」こと、プリシラ・マイルズ軍医中尉が遠い目をして語る。


「もうあんな体験は二度とごめんだ……」


と、御者台で手綱を握っていた「お父様」ベルドラック・グリム曹長が、魂まで吐き出すような声で呟いた。


「よく皆さんご無事で…正直信じられません…いやホント…」


若手の審問官、ザイール様が驚嘆の表情で私を見つめていた。「すげぇなアンタ達」と言わんばかりだ。どうやら臭いには慣れたらしい。今はお父様と一緒に御者台に座っているが、もしかしたら鼻が麻痺してしまっただけかもしれない……。


「これも神のご加護かと…。こうして無事にここまで来られたのも、本当に…本当に奇跡に近いのです…」


私は、思い出すのも辛いですわ、といった様子でサッと顔を背ける。


実は、私は雪中行軍を体験していない。この中で唯一の空軍の軍人であり、空軍はそんな頭のおかし……げふん、行軍などしないのです。


「陸戦用兵士官」という空軍基地の守備など地上戦が専門の私は、士官学校を出てから鉄砲を担いで山野を走り回り、中尉になり空軍大学を受験。卒業後に貴族お決まりの爆速昇進で大尉になったと同時に陸軍に出向。


「陸軍 闇の狼師団 航空参謀兼空軍連絡官」に配置され、獣人族(狼)の師団長とヴァンパイア族で低血圧のロリっ子参謀長に着任の挨拶をしたのが去年。まさか一年後に300年も文明が遅れた、鎖国真っ只中の隣国へ潜入するとは思わなかった。


今着ているローブ姿も、初めは仮装している気分で落ち着かなかったが、今ではもう慣れた。コッソリ国境の山脈を越え、気がつけば随分と遠くまで来たものだ。


私はメリィ・ダイ・ヤヴァイネン空軍大尉。ヤヴァイネン伯爵家長女で、貴族令嬢では異端の数多の縁談を蹴散らす生粋の軍人。


そして、私は感情を揺さぶり操る魔術を得意とする「アマータ族」、俗に言う「サキュバス」であり、マーゲン様にバレたら聖書の角で撲殺されかねない、か弱い乙女(25歳)である。

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