第6話 前世での勇気?
主人公は、神らしき存在に、勇気を示す事で今いる異世界では強くなれると言う話を聞いているのですが、どうも基準が厳しすぎる。
そう指摘しても神らしき存在には、その危機感は伝わりません。
それに焦りながら神らしき存在の認識を確認していた処、主人公が前世で勇気を示したと言われたのですが。
前世で俺の生まれた地域は、比較的穏やで平和だった。
だけど、権力者たちが私欲や利権に走り、テロが頻発するようになったんだよな。
真面目にコツコツ働けば、それなりに明るい未来がある。
皆がそう思えれば、あそこまで酷くはならなかったと思う。
だけど、自分達と利害関係者だけを優遇する様に、社会を変えて行ったんだ。
それ以外の人が悲痛な叫びをあげていても、その悲鳴を封殺させる社会でもあったか。
そして、俺達は搾取され惨めな生を強制される存在だと実感する社会でもあった。
社会主義なんかよりはマシだと思っている民主主義にも幾つも欠点はあり、それが俺の成長に合わせて酷くなって行ったと言う事なのだろう。
だけど、無駄だと思って選挙に行かない連中。
利権絡みで投票すべきでない代表者に投票する連中。
良い代表者を作ろうとしない社会の在り方。
良い代表者が必要と言いながら、自分達に都合が悪いから良い代表者を造り出す仕組みを作らない及び造る仕組みを邪魔をする連中。
他人の失敗を許さず、再出発を許さない連中。
なのに、権力者の許しては駄目な行為を忘れてしまう連中。
自己陶酔型の正義感で常識外れの事をする連中。
正しい事なんて幾らでも有るのに、自分だけが正しいと思っている連中。
嘘をついても、他人を嘘で貶めても、金を稼げれば良いと言う連中。
自分さえ、自分達さえ良ければいいと言う連中。
権力者の情報操作に流される連中とそれを真に受ける連中。
ああ。
詐欺師だろうとか権力を持たせるべきではないとか思うような奴の為に、偏った情報とすら言えない嘘をまき散らしている連中も多かったか。
そんなこんなで民主主義・資本主義の悪い点がドンドン悪化して、生活できなくなり自殺する人がどんどん増えて行った。
生活出来ないなら生活保護って時代もあったが、そんな仕組みは限界を超えれば機能しなくなるのは明白なのにね。
他にも、将来不安・身体又は精神の病気・犯罪被害・閉塞感等の理由で自殺する以外無いくらい絶望に支配された人達も多く出て来た。
そして、自殺するくらいなら腐った社会に復讐しよう。
そう言う連中が出て来ても、監視社会が進んだり、人権を侵害する法律を作ったりする程度で社会は変わらなかった。
いや。
力を持っている連中が自分達に都合が良い様に情報を改変して、苦しんでいる人達の悲鳴や怒号は握りつぶされ、社会をかえる力とはならなかったのか。
そして、テロ集団に心理学・宗教を悪用するカリスマが現れて、大きな組織になり、彼方此方でテロが起こり始めた。
前世の俺は、そのテロに巻き込まれて死んだ。
確かに、その時若い母親と2歳くらいの子供を庇おうとして死んだけどさ。
だけど……。
「ほら。勇気を示しているでしょ」
「あんなのは勇気じゃない。梵勇ですらない、唯の馬鹿でしょ」
「でも、子供を守ろうとしたでしょ」
「前に、テロに遭遇して慌てて隠れたら、目の前で子供達が死ぬ場面を見せられましたからね。
あれが何度も夢に出てくるほどのトラウマになり、同じような事は二度とごめんだと思っていたから。
それに、生きていても良い事なんて無い。死んでしまった方が楽だとすら実感していましたからね。
その上、脅えている子供と目があってしまったし……。
だけど、拳銃なら兎も角、自動小銃を撃ちまくっている連中から盾になりながら移動させたって、俺の体を貫通した弾丸で、あの親子も死んだんでしょ」
そう思わず叫んでしまったけど「……。ああ。そうだけど。君が世界に勇気と慈愛を示したのは間違いがない事だ」と冷静に返してくる。
「過去の失敗からですけどね。それに、前世の事ですよね」
「ああ。だけど、あの勇気と慈愛は魂に刻まれているんだ。そして、それが本人の体に宿る記憶と一致すれば、世界が違っても世界に勇気を示した事になる。
まあ、いま君が居る世界で勇者の転職条件を満たす、という意味だとね」
「それで、このタイミングで前世の記憶が戻るんですか」
「そういう事。まあ、裏技って奴だね」
「……。なら、この世界で勇気を示し死んだ人が、勇者になれる状態で生まれていないとおかしいでしょ」
「ああ。この世界の理だと、魂の記憶は保持されるんだけど、生まれ変わる体にはその記憶が宿らない。だから、その理の外にある転生者でないと、前世の記憶で勇者になるって事は出来ないんだよね」
「なら、そこを変えるべきでしょ。世界に勇気は示しているんだから」
「それだと、バランスがね」
「確実に死ぬような状況で、勇気を示す人なんて、そうそう居ないと思いますが」
「そうでもないんだよ。愛する人を守る為に絶望的な戦いに挑む人は、一定数いるから」
「なら、その人達が勇気を示したと言う事で、より強い職業に就けるようにしてくださいよ」
「それは、バランスの問題ですべきではないと言う結論なんだよ。
魔族だって、そんなに簡単に上位の存在になれないんだから。
そう言う事情もあり、例外として裏技が使えた君には、その得た力で人族の弱体化を少しでも回避してもらいたいんだけど」
「一人で何が出来ると言うんですか。世界に勇気を示したと判断する基準をもっと下げない限り、人が滅びる未来を回避できないと思いますけど」
「まあ、君一人に世界を救ってもらう訳でもないから」
そう言われても困る、と思っていると、神らしき存在は更に困る事を言って来る。
「でも、君には得た力で広く世界に貢献してもらいたいとも思っている。
だから、君にはその力を隠してもらいたいんだ」
チート職業の勇者になれる。
でも、それは隠して欲しい。
まあ、異世界転生では、よくある事でしょう。




