3.一人目が現れると二人目も……
「イザベル様。酷いです! 私に嫉妬して噴水に突き落とすなんて! あなたはカルリトス様の婚約者に相応しくないわ!」
私は最初、何を言われているのか分からなかった。てっきり足を滑らせて落ちたのだと思ったら、彼女は私が突き落としたと喚き出す。「大丈夫?」と聞く間もなかった。今は秋で肌寒いのに風邪を引くリスクを負ってまで私に罪を着せたいらしい。なかなか根性がある。
だが、しかし。私と噴水の距離は五メートルは離れている。突き落としたにしては離れすぎていませんか? そんなに私の腕長くない。もしくは突き落として慌ててここまで下がったとか? 無理がある。ちょうどそこを偶然カルリトス様が通りかかった。
「カルリトスさまあ。助けて下さい! イザベル様に噴水に落とされたのです!」
その女子生徒の訴えにカルリトス様は盛大に顔を顰めると私の腰を抱き回れ右をした。最近の彼は表情が豊かになったと思う。きっといいことだ。こんな場面で考えることではないが親しみやすい殿下と評判になりそうな予感がしている。
「イザベル。変な女がいるからあちらに行こう」
そう言うと後ろにいた護衛に目配せをして私の腰を抱いて何故か馬車に向かった。後ろでは女性の喚き声が聞こえるがカルリトス様は華麗にスルーしている。そしてそのまま王城に拉致されたのである。午後の授業が……。
「大丈夫。教師には伝言するように言ってあるし、私たちは卒業までの単位も出席日数も問題ない。いやなことがあった日は二人でゆっくりお茶をしよう」
「それほどいやなことでは――」
正直、何が起こったのか今一つ把握できていなかった。
「イザベルこのクッキー好きだろう?」
彼は私の口にクッキーを差し出す。食べますとも。美味しいです!
「さっきのは何だったのでしょう?」
「調べさせているから気にしなくて大丈夫だ」
圧のある笑みで言われればコクコクと頷くしかない。
翌日、カルリトス様が調査の結果を教えてくれた。どうやらベストセラーの本にあやかって、自分も公爵令嬢=悪役令嬢から虐げられ、そのあと王子様に見初められ結婚するつもりだったらしい。あまりにも穴だらけの計画にまぬけ顔になってしまった。その計画にはカルリトス様が偶然通りかかることも計算されていたのだろうか。何とかなると思うあたりがどうにも……。護衛騎士によると女子生徒は平民で殿下をいつも目で追っていたらしい。
そもそも私には常に護衛騎士が付いているので、悪いこともいいこともこっそり出来ない。その女子生徒に言いたい。「どうか夢は寝ている時、もしくは頭の中だけで見ていて欲しい」。実行に移してもいいことはないのだから。結果として彼女は自主退学をしたそうだ。(激しく強制退学の匂いがするけど)その後のことは聞くに聞けずに不明だ。
この件がきっかけでカルリトス様が私に護衛騎士を追加してしまった。でも「私は嫉妬してしまうから」と言って女騎士でした。彼女は凛々しくて話も面白いので私としては有難い。嬉しくなって仲良くおしゃべりをしていたらカルリトス様が女騎士を睨んでいる。理不尽では?
そんなある日、放課後の委員会の仕事を済ませ教室に戻ると一人の女の子が俯いて佇んでいた。彼女の周りにはビリビリに破られた教科書が散乱していた。何が起こったのかと問いかけようとするも彼女は顔を上げ私を見るなり言った。
「イザベル様。酷いです! 私に嫉妬して教科書を破くなんて! あなたはカルリトス様の婚約者に相応しくないわ!」
―――― デジャヴ? ――――
そう、これが二人目の登場である。正直な感想は面倒の一言に尽きる。依然私が悪役令嬢であるとの噂話はあるが、カルリトス様と他の女子生徒の噂はまったく存在しない。さすが誠実な王太子殿下である。しかも私たちは思い合っていることが明らかになったので動揺する要素がない。どう対処しようかと思案していると、私を迎えに来たカルリトス様が現れる。女子生徒はすかさず彼に声を掛ける。
「カルリトスさまあ。助けて下さい! イザベル様が――」
「行こう。イザベル」
カルリトス様は最後まで言わせず私の腰を抱き教室を出た。目配せしなくても護衛騎士はさっと女子生徒に近寄り拘束しているようだ。喚き声が聞こえるが安定の無視で今日も王城へ拉致される結果となった。今日は我が家の侍女と街にお買い物に行く予定だったのに……。
王城に着くと二人でお茶を頂く。すでに可愛らしいケーキが用意されそれを「あ~ん」してもらうことになった。二回目にして慣れ始めている自分の順応性に驚愕した。
ちなみに後日の報告で知ったのだが彼女は子爵家の娘だった。父親である子爵はまともな人だったようでその日の夜には我が家と王家に謝罪をし、娘を療養ということで領地の療養所に送ったそうだ。結局彼女も自主退学の扱いになった……。
なんとなく予感はあったが三人目は早くも翌日現れた。
「きゃあああああああああ―――――!!」
階段の見える位置に立った途端、下段の方にいる女の子が突然悲鳴をあげ階段から転がるように落ちた。危ない! 危ない! 強引だし体を張っている。一歩間違えれば大怪我をするのに。彼女は階段の下で横たわり大声で叫ぶ。
「イザベル様。酷いです! 私に嫉妬して階段から突き落とすなんて! あなたはカルリトス様の婚約者に相応しくないわ!」
それだけ元気なら怪我はなさそうだ。きっと怪我をしないように落ちるシミュレーションをしていたに違いない。準備は大切。安全第一。でも詰めは甘い。私はまだ階段の上にいて一つも降りていない。彼女を突き落とすのは不可能なのだ。手が伸びない限り届きませんから!
ちょうどそこにカルリトス様が現れると私をお姫様抱っこして別の通路へ向かう。なぜ、私はお姫様抱っこをされているの? あまりの早業に階段の下にいる女子生徒は喚くタイミングを逃したようだ。口を開けてこちらを呆然と見ている。
「カルリトス様。あの、私は重いのでおろして下さい」
「重くないよ」
嬉しそうな顔を向けられても困る。
「恥ずかしいので――」
「恥ずかしいことなどないだろう? 私たちは婚約者だ。好きだよ」
そういう問題でもないし、最後の一言今要りますか? カルリトス様は恥ずかしくなくても私は恥ずかしい。逞しい腕と胸板に触れてドキドキしてしまう。心臓が大暴れです。ちらりと顔を上げれば通路にいる生徒に生暖かい目で見られている。私はいよいよ耐えられなくなり顔を伏せ真っ赤になった顔を隠した。
「カルリトスさまあ。助けて――」
遠くから女の子の助けを呼ぶ声が聞こえてきたがすぐにその声は小さくなって聞こえなくなった。カルリトス様は徹底的に無視するようだ。
そしてやっぱり王城へと拉致された。というか今日は元々カルリトス様とお茶の約束をしていたので王城に向かうのは予定通りだったのだが、お姫様抱っこは予定外だった。恥ずかしいので今日限りにして欲しいと切に願った。
その思いに気付いていないのかお茶の時間はカルリトス様の膝に乗せられて過ごすことになった。私に抵抗する気力は残っていなかったので、彼の膝の上でお菓子を食べさせてもらうことになった。……美味しかったです。
羞恥心でいっぱいな一日になりメンタルがドッと疲れた。でもカルリトス様が嬉しそうだったので良しとしよう。
変な女子生徒が現れるたびに婚約者の愛情表現がグレードアップしていく! でも私の免疫は比例しないので恥ずかしさが増すばかり。今まで適切な距離感でしか接してこなかったカルリトス様の変貌に目を回している。彼は私を不安にさせないために行動と言葉で示してくれていると感謝するべきなのだが、もう少し手加減して欲しいと思う。