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1.最近こんなことばかり……

よろしくお願いします。

「イザベル様! ひどいです! 私に嫉妬してこんなことをするなんて……。悪役令嬢であるあなたはカルリトス様の婚約者に相応しくないわ! 彼は私を愛しているのよ。こんなことをしても私たちの愛は揺るがないわ!」


 床に倒れている少女が私に向かって叫んでいる。


「はあ。……この流行いつ終わるのかしら?」


 似たようなことがこれで四回目。イザベルは少女の言葉をまるっと無視して思い切り溜息をついた。





 ******




 流行は経済を活性化し心も楽しませる……だけではなく、時には人を愚かにすることもあるらしい。

 その愚かな出来事は、とある小説が流行ったことによって引き起こされたのである。





「クアドラ公爵令嬢様。あの、これを……」


 そう言って私に小さな封筒を渡したのは、おどおどと視線を彷徨わせた女子生徒だった。その女子生徒は私が「誰から?」と問いかける前に封筒を押し付け猛ダッシュで去っていった。午前中の授業を終え昼食を食堂で摂り、眠気覚ましにと散歩していたところに声を掛けられた。


「無記名の……手紙……新手ね」


 なんとなくこの後の展開の予想はついているが押し付けられた封筒を開いた。便箋を取り出し中を確認する。本来なら名も名乗らない人からのものを受け取る必要もなければ手紙を読む義理もない。破いて捨てるのが正解だがこの手紙の先にどんなシチュエーションが用意されているのか少し興味がある。


「校舎裏の倉庫で待っています」


 短い文面。怪しい。私についている護衛騎士が手を差し出したので手紙を渡す。彼は渋面を作り首を横に振る。


「無視していいかと。わざわざイザベル様が出向く必要はありません」


 彼の一歩後ろに控える女騎士も深く頷いている。私は肩を竦め、だがやめるつもりはないと表情で示した。二人は顔を見合わせると呆れ顔を隠すことなく、だが頭を下げた。


「お心のままに」


 護衛対象が我儘で申し訳ないと思うし、自分の立場なら出来る限り危険に近づくべきではないと分かっている。

 私はクアドラ公爵家の娘で王太子殿下の婚約者でもある。それを承知でわざわざ手紙で呼び出したのはどんな令嬢なのかという好奇心が勝ったのだ。今までの経験上、危害を加えられたことはない。一方的に言いがかりを叫ばれるだけだ。それに私が行かなければ手紙の主が待ちぼうけになる。ちょっと可哀想かもという気持ちもあった。


 私はそのまま護衛騎士を連れ便箋に書かれていた倉庫に向かう。校舎裏はあまり人が来ない。そんなところに呼び出すなど疚しさしかないだろう。用務員がきちんと手入れをしているようで倉庫は古いが綺麗に掃除がされていた。騎士が私の前に出て倉庫の引き戸に手を掛ける。ここは素直に彼に開けてもらう。

 扉を開けると倉庫に足を踏み入れる。倉庫の中は灯りがついていて明るい。だから二歩進んだところに人がいることにはすぐに気付いた。騎士が私を守る距離に控えてくれている。倉庫の中にいた人は私に気付くなり大きな声を上げた。


「イザベル様! ひどいです! 私に嫉妬してこんなことをするなんて……。悪役令嬢であるあなたはカルリトス様の婚約者に相応しくないわ! 彼は私を愛しているのよ。こんなことをしても私たちの愛は揺るがないわ!」


 というわけで冒頭の状況である。


 声を上げたのはプラチナピンクの髪のまあまあ可愛らしい女の子だ。両手を縛られ床に倒れている。明らかに縛り方が緩い。ちょっと力を入れれば解けそう。自分で縛ったのかもしれない。顔だけを上げて必死に私に向かって抗議をしている。顔には泥がついて服も埃だらけだ。ここは清掃が行き届いて綺麗なのにどこで汚して来たのか。瞳を潤ませ儚さを漂わせた表情なのに、口から出てくる言葉は至って強気だ。何を根拠にそんなに自分に自信があるのだろう。もちろん嫉妬はしていない。する理由がないのだ。だって二人を引き離すといっても、そもそもこの女子生徒とカルリトス様は何の関係もないのだから。これは明らかに自作自演だ。


「はあ。……この流行いつ終わるのかしら?」


 思わず小さく呟く。


「誰か――!! 助けて――!! 助けて――!!」


 女子生徒は大きな声で助けを呼び始めた。人気のない所に呼び出しておいて誰か来るのだろうか? とにかく彼女は演技続行中。一応言っておきますが私は何もしていません。すると扉の後ろに気配を感じて振り向く。


「ああ! カルリトスさまあ。助けて下さい。私、イザベル様に嫉妬されてこんな目にあわされたのです!」


「殿下……」


 そこにいたのはこの国の王太子殿下であり、私の婚約者でもあるカルリトス様だ。なんともタイミングがいい。偶然だろうか? だが、私は焦ったりしない。後ろ暗いことなど何もないのだから。

 少女は殿下の姿を視界に入れるや否や甘い声で縋るように訴える。自分を助けに来てくれたと信じているようだ。庇護欲満載で自分にはない要素に思わず見入ってしまう。可愛さってこういうふうに醸し出すのか。何も知らない人なら私が彼女に無体をしたと思うだろう。

 カルリトス様はすっと私の隣に移動するとその大きな腕で私の腰をぎゅっと抱いた。体はぴったりと密着して私は恥ずかしくなって俯いた。今、くっつく必要ないですよね?


(殿下~、距離がちょっと近すぎませんか? まだ結婚していないので婚約者として適切な距離でお願いします)


 そう小声で囁く。


(婚約者ならこれくらい当然だ。問題ない。それと殿下ではなく名前で呼んでくれと言ったはずだ)


 小声で反論される。くう~。

 カルリトス様は目を眇め冷たい声で目の前の倒れている少女に言い放つ。彼女の縛られた手を解く気はないようだ。


「私の愛する婚約者に言いがかりをつけるお前は一体誰だ?」


「お前は誰だ?」の言葉に少女は驚愕で目を見開くと涙をぽろぽろと溢し出した。唇を震わせつつもスクッと立ち上がった。倒れてる意味ってあったのだろうか? 

 それよりも私は彼の「私の愛する婚約者」と言ったことに耳を赤くした……。きゅううう~。照れてしまいます。


「ど、どうしてそんなことを言うのですか? 私はリタです。私たち、思い合っていますよね? 助けて下さい!」


 助けて下さいと言うわりに手を縛ってあったロープは立ち上がった拍子に解けて床に落ちている。「もう、助かってますよ~」と教えるべきか。ロープが解けてしまったことに気付いていないようで、手だけは縛られていたポーズのままなので笑いそうになるが空気を読んでなんとか堪えた。

 カルリトス様は口元を引き攣らせると面倒くさそうに口を開いた。そんな顔をしても凛々しさは損なわれていない。さすが王族、王子様!! 


「お前と思いを交わした覚えはない。話をしたことすらないはずだ。何を勘違いしているのだ? 想像か? 妄想か? とにかくこれは不敬だ。お前に私の名前を呼ぶことを許していない。それにイザベルに言いがかりをつけた罪は重い。連れて行け」


 後ろに控えていたカルリトス様の護衛騎士はすぐさま喚き泣き叫ぶ女子生徒を容赦なく引きずっていく。そして私はカルリトス様に腰を抱かれたまま移動し何故か馬車に乗せられた。午後の授業は? と問いかけそこなったまま気付けば王城へと拉致されていた。今日は妃教育がないので午後の授業が終わったら屋敷に帰ってのんびりする筈だったのに……。


 王城に着くなりカルリトス様の執務室に連れていかれ豪華なソファーに隣に並んで座る。話しやすいように対面に座ろうとしたが拒否され隣に収まったのだが、最初彼は私を膝に乗せようとしたのでこれはお互いの譲歩の結果である。

 目の前には少女を引きずっていった騎士が仕事を終え立っている。今回の取り調べ結果の報告に来たのだが、さすが王太子殿下付きの護衛騎士は仕事が早い。


「先月、殿下と学園ですれ違った際に転倒し、大丈夫か? と声を掛けられたそうです。同時に殿下から自分に愛しているという心の声も一緒に聞こえたと言っています。それでクアドラ公爵令嬢との婚約を破棄させるために今回の行動に出たようです」


「幻聴……」

「幻聴……」


 私たちは二人そろってこめかみに手を当てた。

 なにか、市井で幻覚や幻聴を引き起こすキノコでも流通しているのだろうか? 


「……四人目ですね?」


「そうだな。四人目だ……」


 同じようなことを言って同じような行動を取る女子生徒が続出中――。

 遠い目をする私たちを護衛騎士は労しそうな表情を向けながら部屋を退出していった。仕える主にその憐れみを含んだ表情はいいのかしら……。

 ちなみにこの女子生徒の身分は男爵令嬢だった。数日後には戒律の厳しい修道院へと入ったそうな。




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