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仲間の声が遠くに聞こえる気がする。そんなに遠くなかったはずなのに。
そんなことを思っていれば冷めた声が聞こえてくる。
「まだわかっていないようだな、自分の罪を」
リコリの背中にかかる重みが強くなる。
「父上、この者達には反省の余地はありません。やはりこの犯罪者達に鉄槌を」
上から聞こえてくる言葉。この国の王太子の父と言えばもちろん1人しかいない。
リコリが覚えてる限りこの場には王様はいなかったはずだが、悪意の根回しによるこの状況に陥っている間に、王だけでなく王妃までやってきていたようだ。
その姿を見せるようにか、引っ張られていた髪が更に強い力で引き上げられる。
「いたっ」
反射的に声が出た。必然的に歪む表情を見てノボラがばれないようにこっそりと珍しく満足げな笑みを浮かべ、すぐにその表情を悲し気に変えそっと呟く。
「こんな目に合う理由に、心当たりがあるでしょう?」
「父上。いえ、国王様。ここにいるリコリという売女が作った集団に、女の魅力を使い媚びを売り、国や国民を堕落させ騙し悪辣な金儲けを繰り返した罪で断罪を!!」
「なっ!!」
その言葉にリコリは体の痛みも苦しみも飛んで行った。動き辛い首を必死に動かし仲間の姿を探した。
ルーリィ、ラナ、パル、メロル。大切な、大事な、何よりも守りたい私の仲間。
その皆の表情が恐怖に染まり慄いていた。
その姿を見て、リコリはこんな所まで邪魔する自分の家族の存在が皆に申し訳なさしかなかった。
皆にそんな表情をさせているのも、そんな恐怖を味合わせているのも、傷口を広げるようになってしまったのも、全て、リコリのせいだ。
だから、必死に声を張り上げた。
「ではっ、罪は私だけです!!」
仲間の視線が一斉にこちらを向くのを感じる。だけどリコリは気にせずに国王へと強い視線を向ける。
「国家転覆を狙い、未成年の少女を集め詐欺を行いました。全て私1人で考え実行したことです。他の誰も知りません」
「「「「リコリッ!!」」」」
仲間から悲鳴のような声が上がる。
一瞬ギョッとしたノボラが、折れる様子のないリコリに憎々し気な目を向け王太子にそっと耳打ちする。それに頷く王太子。
「そうだな、この屈しない目はまだ何か企んでる可能性があるな。国家転覆とは大きく出たが、まだ何か隠しているかもしれない」
周りにいた人々から蔑み汚い物を見る目が大量にリコリに突き刺さる。ここにいる人達にとってリコリの罪は確定したこと。リコリを犯罪者としか見ていない。事実など、どうでも良いのだ。
「短剣をここへ」
王太子のどこか弾んだ声がした。その内容にビクッ、と震える。
この国の法では簡単に処刑なんてできない。今ここで出来ることなんて脅しや少々傷つけることぐらい。ノボラを満足させるために短剣が使われるんだろう。
それが分かっていても怖いのも本当だが、リコリは自分が知っている強く気高い、逆境に負けず立ち向かう輝かしいアイドルと、今では本当の自分の家族だとしか思えない仲間の顔を思い出していた。
だから、まだ折れることなく強くなれる。
その姿がノボラには癪に触る。小さい頃によく見ていたリコリの諦めの瞳が見いだせない。強がりではなく、本当に強く輝く瞳だ。
だからノボラは跪いてリコリだけ聞こえるようにそっと囁く。
「全ての罪を認めれば、私が減刑でもしてくれると思った?」
「え?」
リコリが呟いた瞬間、――――――ザクッ。
微かに頭に伝わる振動。頭上から頭に響いた音。
そして、ふわりぱらりと舞い落ちてくる硬めの銀の糸が瞳に映る。
――――――――ザクリ。
この国では女らしさ、女性の象徴である長い髪。ルーリィのボブカットでさえ滅多にいない。
長いことが美とされ、髪を切ることがない人すらいる。
――――――――ザクッ、ザクリ。
銀の糸が窓から入る日の光に照らされキラキラと輝く。見開いて閉じることのできないリコリの瞳に映るそれに、目を反らすこともできない。
――――――――ザクリ。
酷く大きく聞こえるその音。舞い散るそれが何か理解しているが理解したくない。リコリの脳が拒絶する。
けれど許さず現実が目の前にある。軽くなり、なぜかひやりと風を感じる頭。
「きゃーーーーー!! リコリッ!!」
仲間の皆の悲鳴が聞こえる。その中でも聞こえ続けるザクッ、ザクリと鳴る音。その音が増える度に頭に感じるようになる鋼の冷たさ。
いつからか頭を引かれる力を感じない。いつの間にか自由になった体。突いていた手で体を支えていたが知らず震える。
音が止み、なぜか時が止まったように感じる。けれど気になって震える手がゆっくりと上がり、いつもなら触れるはずのそれが触れられない。
強く目を瞑り、そっと自分の頭に触れれば柔らかでもチクチクとした感触で、所々に段差もあった。
ああ、と納得した。
男性よりも短く、ざっくばらんに切られた髪。
自分の周りに散らばる銀の髪の量が、今の短さを物語っている。
罪人や奴隷よりも短く、ほぼ頭皮に沿うように剃られてしまってる部分もあるようだ。自分の手の熱が良くわかる。
「真のアイドルは……、真のセンター、は……、諦めない」
零れるように呟くリコリ。
自然と洩れるように乾いた笑いが出た。
「やっぱり、やっぱり……、私なんかがアイドルにはなれない。……嫌われ者が真のセンターなんて……。やっぱり、やっぱり、やっぱり……」
壊れたように呟き、散らばった自分の髪を掴むリコリの瞳はどこか虚空だった。
そして最後に呟かれた。
「なれないんだ、もう……」
この国で最下層と言っていい犯罪奴隷よりも短く切られた髪の女性。この国は勿論のこと、近隣諸国でアイドルどころかマネージャーとしても活動できないだろう。
まともな職を探すこともできず、罪人になるより辛い目に合うのは仲間達にもわかってしまった。
呆然としたリコリを見て、ルーリィは色欲の目で自分を見てくる畏怖していた兄を強い力で押しのけ駆け出した。
ラナは自分を弾圧し、下層聖女と扱ってきた教会関係者や聖女たちを一括し駆け出した。
パルは犯罪の様に自分を攫い、監禁していた父の手に噛みつき振り払うと駆け出した。
メロルは元婚約者に強い平手打ちを繰り出し駆け出した。
4人の気持ちはただ一つ。
折れない、屈しない、何よりも。
諦めを知らない仲間のリコリが、今まさに必要としている。
折れてしまう、諦めてしまう、その前に。
駆け出した4人が行きつく先は同じ。呆然と佇むリコリを4人で強く抱きしめる。
「「「「っざけるな!」」」」
4人の中にあるのは怒り。
諦めない、誰よりも強く気高く志が高いリコリを追い詰めた全てに。
「リコリがっ!」
「リコリが!!」
「「「「私達に仲間の幸せを教えてくれたじゃん!!」」」」
何より大事な大事な仲間。その仲間の心が折れる音に4人の心も苦しみ一色に染まってしまう。
リコリと出会い、アイドルを知ってから感じることのなかった絶望感に苛まれそうになった瞬間、突如揺れを感じた。
それは徐々に大きくなり、床どころか宮殿全て、大地そのものが震えこの世の物とは思えない地響きが轟く。
激しい揺れと轟く地響きの中、宮殿の大ホール内では慌てふためきながらも立てない人すら大勢いた。
悲鳴すら地響きにかき消され、自分の体すら自由にできない揺れ。感じたことのない恐怖が人々を襲う。
そんな中でアイドル『シンデレラ』の仲間達だけは揺れも地響きも感じず、慌てふためく人々でさえ目に入ることはない。
不思議なことだったがシンデレラの皆の周りだけ世界から切り取られたように揺れも地響きもなかった。けれどその事実に仲間皆気づいてなかった。
そんなことよりも大事な、守りたい者がそこにあったから。
「リコリ、アイドルたるものこんな輩に負けてはいけませんわ。そんな表情は裏で見せるべきですのよ」
メロルが厳しい言葉を子供をあやすような優しい声で告げ、大丈夫だと言うようにその髪を優しく撫ぜる。
「そうだよ! こんなところでもしっかりキメ顔決めなきゃ!! 権力にだって屈しない、あたし達はアイドルなんだから」
パルがいつものにっこり妹スマイルを見せながらリコリに抱き着く。滲み出そうな涙なんて気にせず、少しでもリコリに温もりを伝えたくて。
「そうですよ、リコリさん。今日の反省会も一杯話しましょうね。今日はリコリさんの好きなお店にしましょうか」
慈愛の籠った優しい声と微笑みでリコリに語り掛けながら、優しくその手を包み込むラナの瞳は心配の色が灯る。
「アイドルは無敵で、リコリの敵だって私達が倒しちゃうんだから!!」
強い言葉と強い瞳でリコリに告げるルーリィ。必死でリコリを繋ぎとめようと、仲間は、大切なものはここにあると伝えたくて。
「私達5人でアイドル『シンデレラ』!! リコリがいないと駄目なんだよ!!」
ルーリィが強く強く叫んだ瞬間、あれほど激しかった揺れと地響きが止まった。それに周囲の人々は安心する暇もなく、突如王宮に亀裂が入り天井が崩れ壁が割れてゆく。
長く続いた揺れのせいなのか、はたまた別の理由からか、王宮は見事に割れた。なぜかシンデレラ達を避けるように割れる王宮。崩れ落ちた瓦礫すらシンデレラ達を避けているかのようだった。
けれどそれに気が付ける者はいなかった。割れた王宮の先、そこから覗くはずの晴天はいつの間にか真っ暗に染まっていたから。
ただ唖然とする人々。収まった揺れと地響きに安心すれば良いのか、見たこともないほど暗く染まる空に恐れをなせばいいのか誰も判断がつかない。
空を見上げる人々。それに最初気づいたのは誰だったのだろうか。
突如高い高い空の奥、世界の天上から一筋の光が差したかと思うとスポットライトの様に広がり、強く張り詰めたような威圧感を放ちながら威厳ある姿が現れる。
「ああ、美しい歌声の僕のルーリィをここまで怒らせるのはどんな不届き者ですか?」
神聖な空気を纏い威圧を感じるほどの荘厳さを携え、その言葉すら重みを感じる声を響かせるのは、この世界で敬われ崇拝されている神の一人、音楽神。
その目をじろりと動かし、見定めるように見られたその場にいた者は金縛りにあったように身動き一つ取れない。
そして続けて降り立つ存在がいた。
「我の推し、ラナさんを苦しませるものはどこなる者か?」
麗しい姿の精霊王。ラナに問いかけるようににこりと微笑む。
「わしの真の妹パルちゃんを泣かせるのはどこの阿呆じゃ?」
暖かい風を伴い豊かな髭を携えた豊穣神がほっほっと笑いながらも鋭い目を人々に向ける。
「わたくしの女神、メロル様しか勝たん!! メロル様を悲しませたのは誰ぞや!?」
彫刻の様に整った美しい顔に美の女神かと見間違うほどのプロポーションの月の女神が怒りの目で人々を見回す。
この世界で神々は現存すると言われているが、その神々を実際に見ることなど人の一生でそう簡単にあることではない。
様々な神話や各国に残された伝記などには神々が人々の前に姿を現すことも描かれていることは多いが、けれどもこれだけの神が同時に地上に降り立つことなど記録には残されていない。
通常であれば一国にこれだけの神々が降り立つことなど得も言われぬほど輝かしいこと。けれどもその場の空気はそんな輝かしいものではなく、降り立つ神が増える度に重苦しいものが増えていく。
威圧と言うべきか重圧と言うべきか、ただの人でしかない者には物理的に立っていることができず、自然と平伏し顔すら上げることができない。
それはシンデレラのメンバー達ですら変わることはないのか、平伏し顔を下げていた。