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リコリはつい強く握りしめてしまいそうな手の中の物を潰さないようにしながら、それでも息も気にせず宿の中を駆け抜ける。そのままの勢いで皆のいる部屋に飛び込み思いの丈を叫んだ。
「キター!! キタキタキタ! 皆、とうとう来たよ!!」
はあはあと息も荒く早口で興奮しながら告げるリコリにメンバー達は?顔になる。
「リコリさん、落ち着いて下さい。何があったんですか?」
「もー! 聞いて聞いてよ!! とうとう武道館ライブが決まったんだよ!!」
興奮しすぎて前世のノリで口早に告げるリコリにメンバー達はまた不思議なことを言い出して、とリコリを落ち着かせるために水を差し出す。
「だから、王宮からライブ依頼が来たよ!」
水を飲み干しても収まらない興奮の勢いのままリコリが言うと、その言葉でようやく理解を始めるメンバー達。
そして理解することができると、リコリの興奮が伝染するようにメンバー達へと広がっていく。
「へ? ウソウソウソッ、あの王宮からライブ依頼!?」
「じょ、冗談ではありませんわよね、リコリ?」
「えっと、かの、王宮依頼ですか?」
「えーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
皆が口々に言う中、ルーリィのひと際大きな悲鳴が響く。さすがアイドル。声量が凄い。
そうしてアイドルグループ『シンデレラ』の悲願でもある王宮ライブは決まった。
それでもメンバーが浮かべる表情は戸惑いや不安。
メンバー皆、各自様々な理由から貴族社会や特権階級で傷を負った。それでも前を向き力強く歌って踊って笑って頑張ってきた。
けれどもどこかで報われないのが自分だ、と皆が思っている。
傷は簡単に癒えるものではない。リコリだってそれは知っているし気づいていた。けれども、皆の頑張る姿、ステージで輝く姿を知っている。
「努力は報われる! 誰かが絶対に見てるから!!」
諦めることのない強く輝く瞳で共に協力し続けた仲間を見るリコリ。
「有力者だって認めて、私達に魅了されて、ファンになって応援してくれる!」
迷うこともある。時には自信だってなくなることもある。だって皆まだ未熟な女の子だ。
そんな私達が、揺らぐことだって当然ある。
アイドルだって、当たり前の普通の女の子なんだから。
だけど。
「有力者だけじゃなく、貴族だって」
言いながら皆を抱き締める。強く、この思いが伝わるように。
「王様にだって私達のファンになってもらえる! 私達の夢は王様にだって認めてもらえる。その一歩が王宮ライブだよ!!」
有力者、力有るものに傷つけられたり悲しい思いをしてきた1人として、ここ一番の最高峰と言える場所、王宮。
この国で傷ついた私達がこの国のトップである王様にファンになってもらうこと、それが何より自分達を傷つけ苦しませた者達に仕返しすることじゃない。
アイドルとして、強く気高く志は高く、皆を笑顔にして見返すんだ!!
理想論だと思われても構わない。それでも皆には『アイドル』として前を向いていてほしい。
時に俯いても、また前を向き魅せてほしい。
『自分に負けない自分』になって欲しい。
言い切るリコリに迷いはなく、その瞳は皆を信じる強さがある。そしてリコリは皆に常に言い切ってくれていた。
リコリの中でいつかは王宮からも依頼が来ると思っていた。だからこそ
皆の自信に繋がるようにその時には有力者や貴族、力有るものを全て呼んでもらうことを前提にしていた。
だからみんなの夢はいつからか王宮ライブだった。
リコリは強い瞳をした仲間の前で王宮からの手紙を広げ見せた。それを見てお祭り騒ぎになる皆。
封筒についているシーリングが王宮の物であることを確認し、手紙の文面を読んでいく。
そうしていれば誰からか知らず涙が滲む。それは伝達するように広がり皆の目も光る。
だけど誰もそれを気にしない。誰もそれを指摘しない。ただ皆笑顔が溢れるだけ。
その姿は紛れもなくただの少女としか思えない、ひたすら努力し報われたか弱いただの人、少女達だった。
王宮でのライブともなると、今までとのライブとは異なってくる。そのおかげでリコリは大忙しだ。
失敗は許されない。できる限りのことをしなければならないし、王宮ゆえに警備や魔道具の使用は王宮でのルールが適用される。
リコリとしては光のペンライトや蓄音増幅機、リコリのアイデアや知識から作り出した物はなるべく隠したかったが、王宮ゆえに1つ1つ確認、何ならかなり詳しい所まで尋ねられた。
本当であればまだ世に広まって欲しくない。けれども皆の夢のため、リコリは妥協できるギリギリ、出来る以上の妥協をして答えていった。
メンバー達も皆はりきり、リハーサルのときから衣装を着て立ち位置やタイミングをいつも以上に確認していく。
皆の心は1つ。皆の夢が叶えば皆がもっと幸せになり輝くから。
リコリは裏方責任者として王宮役人と座席位置の確認などを進め、残りのメンバーはリハーサルに力を入れる。
そんな状態にも拘わらずちらちらと増えていく人の数。今回リコリ達が雇った人材はいない。王宮から連れてくることを許してもらえなかったからだ。
それなのにどう見たって役人のお仕着せを着た人でもない人が増えていく。仕立ての良い服装の貴族や有力者と思わしき人、見知った貴族までいる。
その人達がいつの間にか周りに増え、ニヤニヤとこちらを見ている。
これ以上人が増えてはリハーサルがやりにくいし、ネタバレも嫌だ。リコリは営業スマイルを携え周りに増えてきている人達に声をかけた。
「すいません、まだリハーサル中なんで始まりではないんです」
シンデレラのマネージャーとして、胸を張って言えば人の陰からその人は現れた。
自信ありげに面白がるような瞳でにっこりと弧を描く唇。忘れることのない姉のノボラだ。
来ることは知っていたが、その久し振りに見た姿にリコリの目が見開く。そんなリコリを気にすることなくノボラはリコリに優雅に近づいてくる。
「久し振りね、リコリ。これまで何していたのかしら?」
優雅に首を傾げ扇子で口元を隠しながらリコリに問うノボラ。その目が嬉しそうに楽しそうに怪しく光る。
その瞬間にメロルの悲鳴が聞こえリコリは弾かれるように顔を向けた。
そこにはメロルの元婚約者に腕を掴まれ、その家族やそれに連なる者と思われる人々に囲まれるメロル。
えっ、と思う暇もなくその近くでラナは教会関係の服装の男女達に囲まれ、パルも家族や屈強な男たち囲まれ表情を強張らせ、ルーリィも下卑た笑みを浮かべる男達に追い詰められるように詰め寄られている。
「ちょっ、皆、大丈夫!?」
考えるより走り出そうとするリコリを止めるように、リコリの周りを囲み動きを止める人の輪ができる。
グループメンバーに関係している有力者や貴族を呼んでもらったのは、このライブをきっかけにして皆に過去の傷を乗り越えてほしくて、強く輝く皆を見てほしくて、観客を集めたのに。
なぜメンバーは勿論、リコリに対して悪感情を持っているノボラを筆頭に皆過去の因縁がある人物に囲まれてしまってる?
それも示し合わせたように逃げられないように、的確に各自示し合わせたように引き離し取り囲んでいる。
「なっ、どうして!?」
メンバー達の表情が強張り、恐怖に満ちていく。止めることすらできない震えが見ただけでも分かるほど強く、その瞳からいつもの輝きが失われている。
その姿にただリコリは焦る。戸惑いよりも何より、皆を守らなければと強い気持ちが湧き出てくる。それが今まで逆らったことのなかった姉に向かう。
「ノボラっ、どういうこと!?」
ノボラはリコリの様子を気にすることなく悠然と微笑み、見下すように蔑んだ目を向けて口を開いた。
「まだ分からないの? さすが気の利かない貴女らしいわね」
薄々気づいていたが、その言葉で全て仕組まれたことだと明確にはっきりした。
リコリの頭が沸騰するようにカッとなり、ノボラに近づこうとしても遮られ近づくことができない。
焦り怒るリコリを嬉しそうにうっとりと見るノボラ。
「わたしね、今は未来の王太子妃なの」
リコリはその言葉が一瞬分からなかった。確かノボラは公爵令息と婚約していたはずだ。
それにリコリも含めノボラは男爵家の娘である。王太子と婚約などできるはずがない。
それなのにノボラの笑みは自信に溢れ、リコリを嘲笑う目は強くなる。
「貴女は現実を受け入れたくないかもしれないけど」
ノボラがスッ、と手を差し出すと誰よりも美丈夫な高貴な雰囲気を持つ男性が優雅にノボラの手を取り身を寄せる。
この場にいる誰よりも高価な服に身を包み、立ち振る舞いは優雅で自信に満ちた威厳ある姿。
リコリでさえかなり高貴な人だとすぐに分かった。
けれどもリコリにとっては今はそれどころではない。
「ノボラとその方のことはとりあえず後で」
頭の中はそんなことよりメンバーのことばかり。早く皆のところに駆け寄りたい。それでも長い間見てきていたリコリを虐め奪うときの愉悦を浮かべるノボラの表情も気にならないわけではない。
それに気が付いた様子もなく、ノボラがどこか演技がかった大袈裟な仕草で口を開いた。
「不敬罪よ、リコリ。この方はこの国の王太子様よ」
ノボラがリコリ以外に見せる可憐な笑みで王太子を見上げると、王太子もそれに応えるようにノボラをうっとりと見つめる。
「本当に我が家の妹がお恥ずかしい限りで、大変申し訳ございません」
王太子を見つめる目に涙を浮かべ謝罪するノボラに、リコリはやっと姉の性格や立ち回りを思い出した。
どうやら姉は公爵家では物足りず、いつもの手段である可憐で優しく出来損ないの妹すら見棄てることのできない女性、そんな姿で我が国の王太子にまで取り入ったようだ。
ノボラ自ら「未来の」と言っていたが、まだ国中、国民に発表はされてないし恋人か何かだろう。
だからといってリコリには関係ない。そんなことより大事なものがある。
「大変申し訳ございません、王太子様。私は火急の用があり仲間の元に行かねばなりません」
「聞いていた通りだな。我が婚約者である自分の姉、敬うべきノボラと何年か振りに会うというのに、まともに会話する気もないらしい」
リコリを嫌悪の視線で一瞥し、すぐに愛おしそうにノボラを見つめる王太子。
「そうなのです。リコリは昔から私のことが嫌いで、目障りのようで……」
悲しみを耐えるような表情をしながらも、我慢しきれず涙が零れたように泣き出すノボラ。けれどその口が閉じることはない。
「私の茶髪を平凡と言っては輝く銀髪を自慢し、その神秘的な紅い瞳と美貌で私のお友達を誘惑してはリコリの良いように使い、その男性を使って実の姉である私を虐げていたのです」
「!?」
さすがにノボラの話に驚いた。無いことばかりを言われ続けてきたが、それは逆に全てノボラがリコリにしてきたことではないか。
けれどリコリのそんな気持ちは知らず、王太子が正義感を灯した強い瞳でリコリを睨む。
「恥ずかしくないのかっ! たった1人の姉を大事にすることなく陥れ、自分は男遊びのために家を飛び出す売女め!!」
「はっ!? アイドルたるもの恋愛禁止条例が当たり前ですけどっ!!」
今度という今度は声が出るほど驚いた。捏造の全てとノボラの嘘吐き度合いに何を言って良いかも分からず、つい当たり前の言葉が出てしまった。
何よりアイドルたるもの恋愛禁止。ファンとの交流はあってもプライベートでの交流などもっての外。メンバー皆そのルールを守っているのだ。リコリだって例外ではない。
けれどそんな真実を知る者は周りにはいない。今ここに居るのはリコリを嫌悪し憎しみの目で睨む王太子や同じような悪感情を浮かべ、血の繋がりなど思わせない両親など。
その両親の表情に、目に、リコリは悟る。
両親からすれば男爵家でしかない我が家の中、公爵家との繋がりをも作り異例と思われるほど格上の王家、王太子との婚約を成し遂げる可愛いノボラ。
王太子と縁付くことで金銭の都合や良い役職なども求められる可能性があり、両親の中では今まで以上にノボラの価値は上がっているんだろう。
けれど逆にリコリはと言えば数年も家に帰らず、その間に忌み嫌い厭うなどの感情すらなく、当たり散らすためのモノとすらならず、ただノボラが嫌う邪魔なモノになっていたようだ。
ただ居なくなってほしい、消えてほしい、そんなモノでしかないことに気が付いてしまった。
一瞬で身体が重くなる。
血の繋がった実の姉であるノボラは昔から泣き真似や大嘘までつき、リコリを使って自分を可哀想だと同情してもらえるように立ち回った。
血の繋がった実の両親は初めての子であるノボラばかりを可愛がり、ノボラの友好関係のおかげで縁を繋げ入って来る金銭や利益、それらに目が眩みノボラの嘘を真実として受け入れた。
ノボラ曰く性格の悪いリコリを躾と称して虐げ、いつからか苛立ちをぶつけるモノとなった成れの果てがコレだ。
前世の記憶、それを思い出したことで本当は気づいていた。けれどそんなことより大切なものができていた。だから気にすることなかった。
けれど前世を思い出す前の、人生に意味を与えて欲しかったリコリだったならば、今こそ心が折れ諦めてしまいそうだ、が。
今は、仲間のピンチ。
なんと言われようとも、王太子だろうが王様にだって屈しない心が今のリコリにはある。
キッ、と強い瞳でリコリは走り出した。だが、すぐに王太子に足を引っかけられ盛大に転んでしまう。
どこか擦りむいたかもしれないが気にしてられない。すぐに立ち上がり仲間の元へと、と思うが、その背に強い衝撃が加わり立ち上がることができない。
強く踏みつけられている背中。それは外れることなくリコリは身動きが取れない。
押さえつけられ上手く息ができない。けれどそんなことより散々傷ついてきた仲間が、更に傷つくことが怖い。あれだけ努力し続け、時に涙を見せながらも前を向いて進み、今やっとその傷からも羽ばたけそうだった皆。
仲間の心が、身体が、無事だとこの目で確かめたい。仲間の姿を求めて駆け出したい。
王太子に踏みつけられ押し付けられるように床に這いつくばりながら、それでも仲間の元へと手を伸ばしていたら頭に強い衝撃が走る。側にいた知らない男に髪を掴まれ無理矢理顔を上げさせられる。
強い力で頭を引き上げられ背骨が軋んだ気がした。無理矢理な姿勢にただ痛みと苦しさが増す。
「リコリ!!」