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今世で食べる物さえ事欠くリコリは体つきも貧相であった。
前世でさえも成人を迎えても149cm34kgと体が弱いこともあり儚げで、その体形とアイドルに向いていない自分の性格からアイドルになることは諦めていた。
けれどもその分、いやそれ以上に、推しアイドルグループがまだ売れてなく、お客が3人であっても全力で歌って踊ってそして泣いて、その姿に励まされ喜びを共にさせてくれた。
『アイドル』という神よりも尊すぎる者に自分なんかが、と虚弱な前世から諦めてきた元アラフォーオバサン。そんな自分が今更、貧相で家族からも疎まれる容姿の自分がなれるわけがない。
ならば、やるべきことは決まっている。
リコリによる、リコリのための、アイドルを探す。
人類や神々、妖精など様々な種族問わず、素晴らしい人材を惜しむことなく吟味し探し求めよう、と。
齢11にしてやるべきこと成すべきこと、人生を捧げる事を決めたリコリの行動力は凄まじかった。
まずは自分が使えるお金を確認したが、悲しいかな、あるわけなんてなかった。
それでも今世のこの体は健康そのもの。使えるものはなんでも使う、とリコリは様々な所へ足を運んだ。
まずはアイドル中のアイドルである、センター中のセンターをまず見つけようと。
そしてそれと共に仲間、アイドルグループとして活動するためにはセンターだけが輝いても駄目である。
アイドルとして、グループとして、仲間として、全員がそれぞれに魅力を放ち輝いてこそのアイドルグループである。
そのためにリコリは様々な所に足を運んだ。
今までそう出歩くこともなかった貴族が行くような場所や今まで顔を出すことすら稀だった社交界。平民が良く集まる場所や果ては商家や教会、公園や裏路地。
あろうことか、貧民街の端にあるスラム街まで己の足で歩き回った。
そうやって活動的になれば、当たり前であるが今の家族も良い顔はしなかった。
リコリの行動に腹を立て、両親や姉だけでなく、姉の恋人達までリコリに文句だけではなく行動的に邪魔してきた。
暴力なんて当たり前。閉じ込められることさえあった。
けれどもリコリには諦める理由になんてならなかった。どんな目に合おうとも、前と違ってリコリの瞳から諦めの色は消え去り、常に強く輝いていた。
リコリが知るアイドルたる者、強く、気高く、そしてときに弱音を吐いてもしなるように強い推し、アイドル達だった。
そんな強い推し達を探そうとするのに、自分が負けていられない。この世界で見つけるアイドルは、私が一番大切にする者達で守る者達だからだ。
そんな強い気持ちで今世に臨んだリコリはアイドル達が見つからない中でもめげずに、今からグッズ作りの基礎になる事や販売ルートなども模索した。
前世の記憶を活かした発想やアイデア商品、企画から交渉、プレゼンテーションまでしっかりと考え全てを厭わずに邁進した。
売れる物はお金にし、使える人材を発掘しながらついにアイドル達を見つけていった。
もちろん、求め続けたセンターさえも。
この世界で髪や目の色が多種多様な中、金髪碧眼という平凡よりな少女。その表情は元気溌剌とし明るく前向きな性格。
本来であれば女性は髪が長いことが美とされ、短い髪は髪屋に髪を売った貧乏人や虐げられてる者と見られる。そんな中でもルーリィの髪は肩までのボブカット。それでもその溌剌な性格と可愛らしさが滲み出て、その髪型はよく似合っていた。
誰が見ても、正統派美少女。
『皆に愛し愛され、平民出身、笑顔のルーリィ!』
常に笑顔で元気なルーリィだが、共に住む家族である兄から日夜欲の目で見られ続けていた。それは彼女の心に負担と傷をつけるに十分な理由だった。
それでも彼女は笑顔を忘れずに、また人の痛みも分かる人だった。良く笑い、表情をころころと変えながらも人の為に涙し、人に寄り添うことのできるルーリィ。
長年アイドル達を見てきたリコリの勘が、数多のアイドルを見てきた鑑識眼が、ルーリィのセンターを語っていた。
ルーリィにリコリの夢を語り、アイドルを志してくれるようになって一緒に活動していく中、いつからかルーリィは気を使ってか、真のセンターはリコリだと言うようになっていた。
リコリからするとセンターはルーリィ―だ。それでなくとも自分はマネージャー兼プロデューサー兼何でも屋。裏方全てである。
そんな裏方で支えることしかできない自分を優しいルーリィがそう言ってくれるたび、支えることができている、応援できていることが嬉しくなった。
リコリの年齢が上がる分、仲間となるアイドル達は見つかって行った。
そう、皆ルーリィのように心に傷を負いながらも輝かしい仲間たちが。
みんな最初はアイドルという概念のない世界で不安を感じながらも、歌って踊って生き方を応援してもらう、というアイドルの真の部分と家を出るという理由からアイドルになることに頷いた。
皆様々な理由から家を、住んででいるところから出て行きたかった。
集めたメンバーはルーリィを入れて4人。
ピンクの髪を三つ編みにし、金色の瞳が静寂を感じさせる知的担当ラナ。
『皆の心にハートの魔法をかける、聖女のラナ』
茶髪をハーフツインテールにした翠の瞳が印象的。可愛いと言われ慣れてそうな少し勝気な微笑みのパル。
『皆の妹、あざとさ可愛さ天使レベル、反則級のパル』
最後は深い紫の髪を強く巻いてツインテールに仕上げ、少し吊り上がったきつく見える紫の瞳によく似合う、高飛車雰囲気のお姉様枠メロル。
『皆のお姉様、私からは逃げられない。悪役令嬢メロメロ、メロル』
マネージャーでありプロデューサーとして、リコリはやれるだけやった。
この子達のためなら死ねる! という4人のメンバーを集めた。
そして4人もリコリの思い、志を目指してくれた。応えてくれた。
前世であってもアイドルだからといって最初から見てもらえるわけではない。今世においてはアイドルなんて存在したこともない。
最初から見てもらえることなんて簡単なことではない。見てもらえるようになる努力、根性、工夫。そして最後に何にも負けない心がアイドルには必要だ。
そのためにもリコリは必死で考えた。
みんなの不遇の中でも頑張る姿にアイドル性を見出し、歌や踊りは勿論大切だが、何よりもどんな逆境にも負けない志を皆には持って欲しかった。
だって、リコリが救われたのが「そういうアイドル」ばかりだったから。
歌が上手い、だけじゃない。
踊りが上手い、だけじゃない。
顔やスタイルがいい、だけじゃない。
自分の弱さも曝け出し、志高く生きる、そんな負けん気の強いアイドルがリコリの前世を救った様に、この世界で私たちの様に生き辛い者達を救いたかった。
それがリコリの「救い」だったから。
ファンという魔法使いによって輝くアイドル。そんな気持ちを込めてグループ名を「シンデレラ」とリコリは名付けた。
そしてそのシンデレラの一番最初の魔法使い、誰よりもシンデレラを輝かせ、一番に応援し続ける者は自分だとリコリは声には出さず決意を新たにした。
最初はドサ周りだと、寂れた村とすら言えないような村から地方巡業した。
衣装などにこそお金を掛けたくて、リコリ自ら夜なべしてフライヤー、宣伝チラシになるような皆のプロフィールや見どころを書いた広報誌を版画で作り、行った先ではそれをできる限りの人に配って回った。
そうこうしていたらリコリは14歳になっていた。
そうして家を出ている時間が長くなっても、そのうち家族は誰も気にしなくなった。だが、部屋に隠していたはずのお金や貴金属は減っていく。だからその度に隠す場所を変えたり、危険を承知でできるだけ持ち運ぶようにした。
そして家に帰るたびにリコリに増えるのは痣ばかり。メンバー皆その痣を見る度にリコリを心配して怒ってくれていた。
そしてやっとリコリが家に帰らないことを宣言すると、メンバー皆が自分のことのように喜んでくれた。
その夜中、ふと目を覚ましたリコリが見たのは声を殺してリコリのために泣くメンバー皆の姿。
リコリは家に帰り、痣を作るたびに皆に心配されても大丈夫と笑っていた。リコリにとって自分よりもシンデレラの皆が元気であることが嬉しかった。
けれどもそんなリコリをメンバー皆が心配し、思ってくれている。本当に本気で、心配してくれている。
これだから、アイドルはダメだ。
リコリまでいつ振りになるのか、久し振りに声を殺して泣いていた。
ドサ周りという大変な苦労と疲労を抱える仕事。ご老人ばかりの前でこの世界では奇抜に近い衣装に装飾を着て歌って踊らされ、奇異の目で見られても泣かないのに、仲間のためには泣いてしまうメンバーだった。
これだから、アイドルの推しはやめられない。
そうやってドサ周りを続け、初めてできたファンは50代はいってそうな農民の中年男性だった。
その男性がリコリに、センターのルーリィに握手を求めたときは不安になったが。
「えっ! 私? すっっごい嬉しい!! これからも応援してくださいね
! 忘れるわけありません!!」
臆さずに即座に男性の手を両手で握り締め、涙を浮かべながら握った手を振るルーリィにリコリこそ半泣きになった。
振り向いたらメンバーも笑みを浮かべながらも隠すように半泣きだった。
そうやって幾か所を巡り、その内に衣装や振り付けをリコリだけではなくメンバー皆でも考えるようになっていった。
各自のポーズや各自が映えるように、皆で色々な案を出しながら考えることでまたシンデレラは輝きを増していく。
そうしていつの間に増えていくファン。それ伴って売れるようになっていった物販。装飾されたウチワや魔道具であるペンライト。
リコリはフライヤーに載せたメンバーのプロフィール、それに各自の推し色を書いていた。その推し色は衣装などにも使われているから分かりやすい。
ルーリィは青。
ラナはピンク。
パルは翠。
メロルは紫。
リコリは推し色の意味を伝えていき、ファンの心得さえも先回りで布教していった。
メンバー達のフライヤーとは別に布教用のチラシを作り配布したり、ライブ前に口頭で前座の様にリコリ自ら合いの手やレスポンスを伝えていった。
そうやってアイドルについて様々なことが浸透していく中、手作りな物だけじゃなく様々なことも変わっていった。
それはアイドルにとって欠かせないライブ、ステージ上でも。
徐々に光の魔法使いを雇い、ライブ中によりメンバーが輝くように、映えるようになっていった。
ファンが増えるについて、傭兵を雇い警備員兼護衛の指導すらもリコリはしていった。
全ては、メンバー達のため。メンバーが憂いなく輝き、その力を十分に発揮できるように、リコリはどこまでも手を抜くつもりはなかった。
他にもできる限り物販を増やし、前世チートよろしく、考え実現できる物をどんどん作っていった。
少々お高いが写真機を使って各自のプロマイドなども発売した。
やっぱりファンには必須じゃん?
などど可愛く前世アラフォー女子が言ってもなぁ、と1人落ち込むリコリのプロマイドも知らないうちにメンバーが作って売られるようになっていた。その売り上げはしっかりとリコリのお給料に反映されていた。
それを古参ファンに知らされたリコリはさすがにリーダーであるメロルに怒りながら問いただしたら。
「メンバーであり、真のセンターのせいですわ」
と、リコリには意味不明、? ばかりが浮かぶ答えを返され煙に巻かれた。
それを見て笑うメンバー達。
腹が立つことも羨むことも増えていく中、それでも笑顔だけはみんな絶えなかった。