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世界には様々な境遇の人がいる。敬われる王族から始まり階級社会の貴族たち。その貴族の低位貴族よりも裕福な商人もいれば、貴族に頭も上がらない商人もいる。
他にも下町で暮らす街人や王都外で暮らす農民や村人。果ては貧民スラム街で暮らすような人々。
その中で肩書だけで言えばリコリは幸せな方であろう。
そう見える、だろう。
貴族階級の低位爵位とはいえ男爵家に生まれたが、父と母はなぜか知らないがリコリに対する愛情はないように見えた。
蔑まされ罵倒され、時には暴力さえ受けるような始末。気が付いたときにはこの状態だった。幼心に思ったのは容姿の整った美しい姉と差別されてるんだろうな、というどこか幼さのない達観した感情。
リコリの姉は低位貴族とは思えないほどの美しさと愛嬌があった。それ以上に自分を良く魅せるための術を知っていた。それこそ高位貴族である公爵家嫡男を夢中にさせるほど。
そしてまた、そんな姉も両親と違わない扱いを、いや、両親以上にリコリを粗末に邪険に扱った。
その美しさを笠に着て、リコリには価値がないと自分のために働けと、良いように使った。
それだけでは飽き足らず、姉に夢中な公爵令息にないことばかり吹き込みリコリは公爵令息からも嫌われ嫌がらせを受けるようになった。
リコリはもうあきらめていた。その時間に、その現実に、全てに。
そんなリコリは昔から不思議なほど可愛い物やレース、リボンやドレスが好きだった。綺麗な物より可愛い物。豪奢なアクセアリーよりもその人に添えるような可愛らしいアクセサリー。そんな物を見るだけで癒され満たされる。
酷い環境の中で育ったが、それでも姉がたまに見せる可愛らしい服や小物の魅力のおかげで何故だか耐えられた。
そんな中でその日は来た。
当時リコリは11歳。白銀髪に紅目のリコリを昔から気落ち悪いと言っていた姉。
朝から虫の居所が悪かったのか、その日はいつも以上にリコリを罵倒する姉。しかしリコリもまた、その日姉の新しいドレスの装飾であるリボンの飾りをばれないように盗み見してその時間をやり過ごそうとしていた。
「白髪なんて恥ずかしい! 他家に笑われるあたしの身にもなりなさい!!」
けれど姉の勢いはいつも以上で、いつも以上に強く怒鳴ったと思ったら丁度良くいた家の中央階段から突き落とされた。
あっ、と思う暇もなく階段から転げ落ち、半死半生を一カ月彷徨って思い出した。
そうだ、私には前世の記憶があるのだと。
今世でも中々不遇の状態であるが、前世も中々に不遇であったリコリ。
働かない両親に介護の必要な我儘な祖父母。兄妹はいたが、こちらも前世のリコリに寄生する金食い虫だった。
そのため前世のリコリは体が強くないにも拘わらず、必死で働き家事をこなした。
お金も労働も家族に捧げて捧げて、最期は過労死だった。
そんな前世の家族ではあるが、リコリは恨んではいない。いや、全く恨んでいないということはないが、もうちょっと、もうちょっとだけでもリコリが生きる時間を与えてくれれば良かったと思っている。
推しアイドルグループの新曲発表があったはずなのに!!
一番最初に思い出したのはそれだった。
そう、リコリの前世はアイドル好きであった。
どれだけ辛かろうとも、どれだけ苦しかろうとも、推しの笑顔に支えられた。
青春さえないと言っていいほど時間もお金も搾取されたが、推しのアイドルを追いかけているときが青春だった。
誰にも必要とされていない、自分の価値に迷う時にも、推しの涙を浮かべながら頑張る姿に自分も涙をしながら頑張れた。
前世の家族に時間もお金も搾取されても、僅かなお金をどうにかして蓄え、唯一守り抜き触れさせなかった聖域。
それが前世のリコリにとっての宝物である。
リコリにアイドルを語らせれば一年あっても足りないだろう。
リコリが今世、一カ月の眠りから覚めても残念ながらアイドルについて語り合う相手は一人もおらず、メイドの一人が
「あら、生きてたの?」
なんて冷めた声で「やっかいな」とぼやきながら両親に報告に行く姿を目で追いながらリコリは流れる涙を止められなかった。
今世での境遇や扱いのためではない。まだ痛む体のせいでもない。
そう、この生まれ変わった世界には多種多様な種族、神々すら本当にいるし、妖精や様々な力を扱う魔法使い、果ては聖なる力を持つ聖女や優雅な貴族令嬢がいる。
なのに、アイドルが、アイドルだけが、いないのである。
リコリにとって何よりも致命的で、絶望を感じた初めてのときだった。
一応ということで両親は低料金で済む医者、雰囲気からして藪医者を手配し見てもらったが、リコリの体のどこにも悪い所も痛いところもなく、藪医者には健康体と判断された。
けれどもリコリは8日7晩泣いて泣いて泣き暮らし、今までどんな扱いをしても、どれだけ痛い目に合おうとも、ぞんざいに扱おうとも、頑丈で健康で泣くことのなかったリコリが、あまりにも辛く哀しそうに泣く姿に家族たちは気持ち悪がった。
けれどもリコリにそんなことを気にする余裕などない。ただただ絶望と悲壮感。この世には救いも天使もないと嘆いた。
そして泣いて泣いて泣き続け、今世と前世の入り混じる記憶の中、リコリは気が付く。
そうだ! お金がない時代から推しを推すためにアレやコレやと工夫してきた!!
だったら、ないのならば。
作ればいい!!
そう、私がアイドルグループを作れば良いんだ!!




