おまもりや
お久しぶりです。軒下の白猫です。メインで書いてるものが書けなくなってしまっているので、1話完結の小説を書いてみました。大筋は私が中学生時代に書いた小説ですが、1から書き直してみました。普段の1話分の文章量より多めですが、最後まで読んでいただけると幸いですm(_ _)m
太陽の季節にさよならを告げ、緑の木々がその色を染め始める頃、その小さな小さな雑貨屋は、暗い路地の一角にあった。路地の暗い雰囲気に似合わぬ赤い可愛らしい屋根に、店を覆い尽くすツタの葉。レトロな喫茶店を思わすその外観は、暗くてジメジメした路地裏の中では妖しくも独特な雰囲気を放っていた。古ぼけた木の看板には、平仮名で『おまもりや』とだけ。その扉を今1人の少年が開けた。
彼の名前は及川京太。高校2年生のよくいる普通の男子高校生。少し変わっていることといえば、雑貨屋巡りが趣味で、面白そうな雑貨屋を見つけては寄り道していた。今日は大きく遠回りして隣町まで遠征しに来たといった所だった。
カランコロン、カランコロン。店のドアに付けられた来客を知らせる鐘の音が心地よい。店内は薄暗いが暖色系の灯りに照らされており、小さな店内には陳列棚に大小様々なお守りが所狭しと並んでいた。扉を開けた正面の奥には、少し低めのレジカウンターにレジがポツンと置いてあり、その奥には店主がいるであろう居室が、和風テイストなのれんで区切られている。
京太が店を見渡していると、のれんの奥から女性の声がした。
「いらっしゃい。あなたの願いはなんですかな……?」
店の奥から出てきたのは、黒いローブを羽織った年老いた女性。一言で言ってしまえば風貌は魔女のようであるが、その声は優しく警戒心を感じさせない。なるほど、雰囲気重視の雑貨屋か。今まで様々な雑貨屋を巡ってきた京太にとって、当たり前の光景であった。
京太は、手元にあった大きめで金色のお守りに目をやった。すると店主は説明を始める。
「それは金持ちのお守りさ。これを持っていると望んだ時にお金を得ることができるのじゃ。」
到底信じられない話であるが、この老婆が言うと何故か信じざるを得なくなって来る。どうやらここにはお守りの形をした、得体の知れないパワーアイテムが存在しているようだ。京太は店主に尋ねる。
「おすすめのお守りなんてありますか?」
店主は尋ねられると奥の棚を指さした。何の変哲もない神社とかで見るような普通のお守り。その裏にはただ一言おまもりやとだけ刺繍がなされている。
「それは強く念じたことが叶う通念祈願お守りさ。上手く使えればどんな願いだって叶う優れものさ。」
京太は店主に値段を聞くと、どうやら全品500円均一らしい。ものは試しと言うんで、京太はこの通念祈願お守りを買ってみることにした。
店の店主が少し古そうな茶色い封筒にお守りを入れ、セロテープで封をする。京太が財布から500円玉を取り出し、小銭入れにぽんと置く。店主がお金を受け取り、京太がお守りを受け取ると、店主は言った。
「あなたの心からの願いが見つかりますに。」
カランコロン、カランコロン。カランコロン、カランコロン。遠のいてゆく鐘の音。辺りは赤とも青ともとれない、強いて言うなら紫であろうか、不気味な空の色。暗くて湿っぽい路地から見るとただただ恐怖心しか感じない。家路を急ごう。京太は、駆け出した。怪しい空とは裏腹に、京太の心はどこか明るかった。自分の心からの願い、そんなものに思いを馳せていた。
ある日の事だった。京太に事件が起きた。それは朝食の時の事だった。
「お前、将来はどうしたいんだ?」
父親が京太に尋ねる。京太には夢があった。いつか自分の店を持ち、雑貨屋をやりたいという夢が。京太は自分の夢を語った。正直に熱心に語った。一般のサラリーマン家庭に育った彼にとって、それまでの道ははるかに遠いものであった。当然のように父親も彼の夢を否定した。お前は何を考えてるんだ。先のことを考えてない。考えが甘い。言われそうな事は全部言われた。京太は、正直に夢を語ったことを後悔した。こんなに否定されるなら最初から嘘を答えるべきであったと。でも京太は聞いて欲しかったのだ。自分の本当にやりたいことを認めて欲しかった。ただそれだけだったのだ。京太は持っていた箸を投げ捨てるように食器に置くと、用意していたバックを持ち家を出ていった。分かってくれない悔しさからか、泣きたくなってくる。グッと涙を堪え、ただひたすらに学校へと走る。それはまるで束縛から自由を求め走る囚人のようだった。
学校の教室に着くと、いつものクラスメイトの顔があった。京太は友達が多い訳では無いが、その優しい性格と親しみやすいことから、いつも誰かしらが周りにいた。時にはイジられることもあったが、京太自身そんなに気にしていなかった。だが、この日の京太はイライラしていた。それは朝のホームルームの事だった。進路希望調査が配られた。高校生活で初めて配られる進路希望調査。皆は一様に、適当に書いとけばいいやだとか、そんなん書けないなんて言っていたが、将来の目標が定まっている京太にとって、書くことは容易いことだった。就職希望の欄に丸をつけ、夢に心を踊らせた京太は少し笑みがこぼれる。その姿を見ていた隣の席の陽菜が話しかける。
「京太君、就職希望なの?」
たった一言聞いただけだった。でもこの日の京太は何もかもがバカにされた気がした。京太は陽菜の方を睨むと、何も言わず教壇へ1番に調査票を提出した。
昼食の時間、京太は担任から放課後職員室に来るようにと言われた。平凡な学生生活を送っていた京太は、職員室で怒られるような事はしていない。きっと進路希望調査の事だろう。だが周りのクラスメイトは、少しざわついている。お前なんかしたんじゃねぇのか。周りから茶化されたりもしたが、別に悪いことをした訳じゃない。京太はうるせぇとだけ言って、その場を制した。いつも温厚だった彼のいつもと違う態度を察してか、それ以上何も言う者はいなかった。それまで賑やかだった教室が異様な雰囲気に包まれる。その異様さを感じていながらも、京太はそれ以上何もすることが出来なかった。
放課後になり、約束通り職員室へ向かう。職員室のドアは白くて無機質。温かみの感じられないその扉は、何かを阻んでいるかのようだ。京太は、このドアがあまり好きじゃなかった。でもきっとそのドアを開けて、思いを話せば何かが開けるそんな気がした。少し希望を抱いたところで、彼はその無機質なドアを開ける。一言挨拶をして、一礼。自分を呼んだ担任を探した。見つからない。他の先生に話を聞くと、担任は喫煙所にいるらしい。担任の机に置かれた自分の進路希望調査。やはり進路の話をするようだ。京太は、担任の居場所を教えてくれた先生におそらく進路の話をすることを伝えると、進路指導室に連れられた。担任が職員室に戻ってきたら、連れてきてくれるとの事だった。
京太の高校の指導室は、職員室の向かいにあった。日当たりが悪く、夕方になると電気をつけなければ薄暗い。周りの棚には赤本や小論文や面接の対策本なんかが所狭しと並んでいる。その棚に囲まれ大きな机に椅子が向かい合って2つだけ置いてある。その椅子の扉側の方に京太は腰掛けると、タバコを吸う担任が来るのを待った。放課後の学校に、吹奏楽の音楽が鳴り響く。きっと秋のコンクールが近いのだろう。万年帰宅部であった京太には関係の無いことであった。
しばらくして、進路指導室のドアのノックが聞こえ、京太を呼び出した担任が姿を現した。紺色のスーツに青いネクタイ。朝に剃ったであろう髭は伸びている。数学の教師である京太の担任は、いつでも冷静沈着。そうでありながらも、何かと面倒見のいい生徒からも愛される存在だった。
「お待たせして、悪ぃな。ちょっと話を聞かせてくれな。」
担任は奥の席に腰掛けると、京太の進路希望調査を机に置き話を始める。話の内容はこうだった。京太はそこそこ頭が良かった。テストの成績でも、常に半分から上にはいた。京太の高校はある程度名の知れた中堅校で、卒業後の進路も10数人程度の東大生を排出する程度だった。そんな学校でそこそこの成績を残している京太には、是非とも進学をして欲しいとの事だった。京太にとって、進学は自分の夢には無駄な時間だと思っていた。だから、進路希望にも就職希望にしていた。京太は正直にやりたい事を担任にぶつける。が、聞き入れては貰えなかった。ふつふつと込み上げるもの、それは社会への反抗に似た物だった。誰も自分の事をわかってくれない。そんな世界なら、自分1人で生きたい。この世界の人が自分を邪魔するのなら、1人でいい。そう願った。そう願ってしまった。その刹那、京太がスクールバックに付けていたお守りが光り出す。その眩い光に吸い込まれるかのように、京太は気を失っていった。
どれだけの時間が経っただろう、彼は目を覚ました。気を失う直前まで聞こえていた吹奏楽の音楽は聞こえない。前を向くとそれまで京太と話していた担任の姿は無い。きっと気を失ってる間に担任は、職員室に戻ったのだろう。ならもうこんな進路指導室に用はない。家に帰ろう。京太は椅子の横に置いたスクールバックを持つと、進路指導室の扉を開けた。やけに静かな校舎。廊下の窓からは秋の柔らかな月の光が、コンクリートでできた床を照らしている。自分が気を失っている間に、皆帰ったのだろう。とにかく今は家路を急ごう。京太は、家路についた。その帰路で京太は違和感に気付く。帰り道で誰とも会うことがない。例え夜中であっても、誰かしらには会うはずだ。しかし今誰かとすれ違うどころか人っ子1人いる気配がない。人のいない街は、夜の暗さも相まってものすごく不気味だ。早く家に帰ろう。そう思った京太は、家まで走った。
合鍵で家の扉を開けると、家の灯りはついていた。玄関を入ってすぐ右にある居間からは、今日の夕食であろうカレーの匂いがしてくる。しかし、ただいまと言ってみても誰からの返事もない。履いていたローファーを揃えて居間のドアを開けると、京太は驚愕した。やはり誰もいない。居間に併設されたキッチンでは、今まで母親が作っていたであろうカレーの鍋が、グツグツと音を立てて放置されている。京太はつけっぱなしになっていたコンロの火を消すと、母の部屋に向かった。やはり誰もいない。居間に戻る。誰もいない居間でふと目に入ったのは、自分のバックに着けたあのお守りだった。彼は何となくだが理解した。進路指導室で願ってしまったことが現実と化してしまったのだと。自分1人の世界。確かに願った世界である。しかし、こんなはずではなかった。彼の心を絶望と孤独感が襲う。こんな事なら、最初からお守りを買うべきではなかった。そしてあの場で願ってはいけなかった。後悔もが彼の心を支配する。全ての負の感情に1人の普通の高校生が耐えられるはずもなかった。今日はもう寝てしまおう。どうする事も出来ない京太は、自分の部屋のベットに倒れ込むとそのまま夢の世界に旅立った。今起きている事から目を逸らすには寝てしまうことしか無かったのだ。きっと目を覚ました時には、元の世界に戻っている。そんな期待もあったかもしれない。夜中に何度も目を覚ました。その度に、今は寝ようと言い聞かせ、無理矢理眠る。いつも以上に静かすぎる夜は、長く感じられた。京太がやっと深い眠りについたのは、もう朝にもなろうかという午前の4時頃だった。
太陽が高く登る頃、京太は目を覚ました。時計を見ると11時ちょっと過ぎ。今日は平日で、普通なら4限の授業を受けている頃であるが、そんな時間に京太は目を覚ましたのだ。しかし自分1人の世界では、学校などただの建造物に過ぎない。そんな開き直りをして京太はベットから起きると、窓の外を見た。やはり誰も見えない。また絶望に暮れていると、京太の腹の虫がなる。そういえば昨日の昼に学校で給食を食べてから、何も食べていない。そういえば、母の作ってくれていたであろうカレーがあったはずだ。京太はキッチンに行くと、鍋の火をつけ、温め直した。コンロの向いに置いてある炊飯器には、保温されたご飯があった。あらかじめ用意された皿に、ご飯とカレーのルーをよそう。誰もいない居間の食卓に付き、1人で黙々とカレーを食べる。いつもならここに家族の話し声があったのだろうが、今はそんなものは無い。腹は満たされるが、京太の心は満たされることは無かった。
ご飯を食べ終えると、無の時間が訪れる。テレビをつけても砂嵐。何もすることが無い。京太は、カバンに付けていたお守りを外すと、自分のベットに仰向けになり、お守りを見つめながら、現状と自分のことに向き合う事にした。まずは現状。この世界にいるのは自分1人。邪魔するものこそいないが、そもそも何も無い。元の世界に戻す方法、この時の彼にはそんなこと考えられる余裕もなかった。そして自分のこと。自分の本当の願いとはなんだろうか。誰も自分の事をわかってくれない。だったら一人でいたい。最初はそう思っていた。違う、本当はそうじゃない。ただ自分のことを理解してくれる人が欲しかったのだ。応援してもらいたかったのだ。父親にも、クラスメイトにも、担任の先生にも、どこか理解して欲しかったのだろう。だから勇気を出して立ち向かった。だから正直に打ち明けた。でも否定された。否定されてもこの夢は折れることは無い。それがわかっただけでもいいじゃないか。言いたいやつには言わしておけばいい。ただそこに、ほんの少しでも応援してくれる人がいればどれだけ心強かっただろう。自分は1人になりたかった訳じゃなかったんだ。京太はやっと自分の本当の願いに気付く。その願いに応えるかのように、またお守りが光り出す。
次に目を覚ました時、京太は薄暗い路地に倒れていた。その薄暗い路地裏はどこか見覚えがあった。少し離れたところには、ツタの葉に覆われた赤い屋根の建物。全ての始まりとなったあのおまもりやだった。京太は体を起こすと、その建物に近づいてゆく。少し前に見た、レトロの喫茶店風の扉に近付いた時、彼は誰かが店から出てくるのがわかった。何故かこの人物から見つかってはいけない気がした京太は、扉の裏に隠れていた。カランコロン、カランコロン。店から学生服の高校生が出てくる。手には、古そうな茶封筒。中にはお守りが入っているのだろう。京太は、その高校生が店から遠ざかって行くのを見ると、店の扉に手をかける。カランコロン、カランコロン。
「いらっしゃい、心からの願いは見つかったかね?」
黒いローブの老婆は京太に声をかける。京太は手に持っていたお守りを老婆に渡すと、気持ち晴れ晴れに答えた。
「もうこれは必要ありません。自分の本当の願いを見つけることが叶いましたから。」
老婆は渡されたお守りを懐にしまうと、京太に頷いた。ローブの影から見える口元は少し笑みを浮かべている様だった。さて、家に帰ろう。京太は店を後にする。京太は店を出る頃、路地の先で何かが光った。そんなことも気になら無いほど彼の心は明るかった。
人混みを避けた薄暗い路地裏に、小さな小さな雑貨屋がある。その名は『おまもりや』。あなたの心からの願いはなんですか?迷った時にはご来店お待ちしております。
いかがだったでしょうか?この小説を書きながら、ボードゲーム作ったり、クロスワードパズル作ってみんなに配ったり、小説を書いていて、割と自由にやってた中学生時代を思い出してました(笑)
世にも奇妙な物語やショートショートみたいな不思議な話を書いてみたいと思ったのがきっかけです。私の性格上短編の方が向いてる気がするのでこちらがメインになってしまいそうですが執筆はします。Twitterでは詩を綴っているのでそちらもよろしければお楽しみください。