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ブスの本気ダンス〜散々私の容姿をバカにしてきた男たちが仮面舞踏会で皆私の虜になったので仮面を外してみた結果〜

作者: バルサミ子

──その夜は私の、メアリー・グレイの独壇場でした。


 私は自分の顔が嫌いです。

 くすんだプラチナのようなアッシュグレーの髪。左右で少しずつ大きさの違う狐目。この国では珍しい獅子鼻。

 物語で王子様からの寵愛を受ける様な見目麗しい女性にはなれませんでした。

 

 もちろん努力はしました。

 これでも実家は侯爵家です。

 国中からありとあらゆる美容に良いとされるものを集め、試すことができました。

 化粧だって毎日使用人が細心の注意を払って行ってくれます。


 ……それでも、私の容姿は醜いままでした。


「はぁ……」


 鏡に映る醜い自分を見て、今日も私は大きくて深いため息を吐きます。

 見た目をガラリと変えてくれるような魔法なんてないのでこれ以上は考えても仕方のないことです。


 私は今日も俯きがちに学園に向かうのでした。



 この国では十五歳から十八歳の貴族の子女は学園と呼ばれる若い貴族の社交場に通うことになっています。

 そこで、貴族としての責務や在り方、社交界でのマナー等を学ぶのです。

 

 役割はそれだけではありません。

 若い貴族同士が良縁を結ぶことも期待されています。


 この国では貴族同士の恋愛結婚は珍しくありません。

 そしてその大半は、学園にいる間に親しくなった者同士で行われのです。


 だけど私には関係のないことですね。

 容姿の醜さのせいで気味悪がられて、避けられ、陰口を叩かれる私には……。


「なあ、あれ見てみろよ」

「うわ、ほんとだ……あれが噂の」

「そうそう、いくら実家が侯爵家でもあれはないわな」


 貴族の令息たちの陰口が聞こえてきます。

 私はそれに気づかないフリをして通り過ぎていきました。


 私は、私たちは現在十八歳。

 もうすぐ学園を去る事になっています。


 だからでしょうか。

 学園は浮ついた空気で満ちています。

 異性と深い関係になれなかった貴族たち、特に逆玉の輿を狙う跡取り以外の地方貴族は焦りからあらゆる女性にアプローチをかけているのです。


 ……それでも私に声がかかることはありません。


 私はとうに良縁など諦めていました。


 初めこそ私は努力しました。

 見た目を必死に変えようと努力し、それも失敗に終わりました。


 ならば、とそれ以外の部分を磨くことにしたのです。


 貴族としての立ち振る舞い、社交ダンス、教養、歴史、乗馬、芸術。

 学園で習うことを何だって率先してこなしました。


 その結果私は学園でも類を見ないほどの優秀な成績を修めることができたのです。


 でもそんなことはなんの役にもたちませんでした。


 好成績を修めれば修めるほど、周囲の人間からは嫉妬され、分かりやすくバカにできる顔のことばかり言われるようになってしまったのです。


……私だって叶うことなら可愛くなりたかった。


 必死に可愛くなろうとした。


 それが無理だったから……別の長所を作って少しでもよく見られようとしたのです。


 その努力は間違っていたのでしょうか?


 私が勉学に励んでいる間に、可愛らしい令嬢は男たちに言い寄られ、卒業間近のこの時期になれば既に婚約にまで漕ぎつけたケースも珍しくありません。


「結局顔ですか……」


 さすがの私も苛立ちが募っていました。

 内面を見てくれ、という前に外見という障害が立ちふさがります。


 だから私は決めたのです。


 卒業式のあとに行われる仮面舞踏会。

 そこで存分に暴れてやろう、と。


 仮面舞踏会は一種のお祭りみたいなものです。

 『認識阻害』の魔法がかかった仮面を被って、誰が誰か全く分からない状態でパーティーをするという奇特な企画。


 顔が見えない、誰が誰だか分からない、という状態にする本来の目的は身分の上下に関係なく皆で楽しもう、とするためのものです。

 いわゆる無礼講、というやつです。


 だけど私には誰が誰だか分からなくなる、というのがたまらなくありがたいのです。

 そこでは外見なんて関係ありません。

 外見で全てを判断されることはありません。


 だから私は決断したのです。

 この学園でいる間に培ってきた努力を全部仮面舞踏会でぶつけてやろう、と。



──そして迎えた卒業式。


 堅苦しい儀礼的な卒業式を終えればいよいよ待ちに待った仮面舞踏会です。

 私は普段は着るのを躊躇してしまうような派手なドレスを着て、仮面を被りました。

 これでもう誰も私を私だと認識できません。


 なんてすばらしい仮面なのでしょうか。


 準備を終えた私は控室へと向かいます。

 そこでは同じような顔をした男女が大量に並んでいました。

 正直滑稽だと思いました。

 

 分かるのは背の高さとドレスやタキシードから分かる輪郭だけ。あとは皆誰が誰だか分かりません。

 この中にはきっと本来は話しかけもしないようなお相手がたくさんいるのでしょう。


 でも今日は無礼講。何も躊躇うこともなく話しかけることができます。



 ゆっくりと会場の扉が開きます。

 端には食事などが盛られたテーブルが並び、会場の奥のステージには楽団の方々が楽器を構えて演奏の準備をしておりました。


 会場の全体に人が広がってガヤガヤと賑やかな声が聞こえてきます。

 誰が誰だか気にする必要もないのですから、後腐れなく話しかけることができるのでしょう。


 私は飲み物を持ってゆっくりと会場内を見渡しておりました。

 別に誰かと話してもよかったのですが、今はこの不思議な雰囲気を楽しみたかったのです。


 そのせいでしょうか。

 前方不注意になってしまい、人にぶつかってしまいました。


「ああ、すいません。私が周りを見ていなかったばかりに」

「いや、こちらこそすまない。私も周囲に気を取られていたのだ」

「まあ、偶然ですね」

「ええ、この様な場が珍しくてつい」


 私のぶつかった彼はふくよかな長身の令息でした。

 それにしても……センスの良い服を着ていますのね。どこの仕立て屋の仕事でしょうか。

 おっと……ここではそういう詮索は野暮、でしたね。


 話のキッカケができた私たちは少しの間話すことにしました。

 話せば話すほど気になってしまいます。

 この方は一体、どんな方なのでしょう、と。


 話す姿はとても理知的で、さり気ない気遣いができる素敵な男性です。

 思わず時間も忘れて話し込んでしまいました。


「おっと、もうこんな時間か」


 ある程度時間が過ぎた所で楽団が演奏の準備を始めました。

 ついに舞踏会は本番、ダンスの時間です。


「どうか私と踊っていただけませんか?」

「ええ、もちろんですとも」


 私たちは自然と手を取り合って、ほとんど一番に会場の真ん中に陣取りました。

 顔が見えないとここまでスムーズにいくものなのですね。

 私はこれまでのパーティー会場では立派な壁の華となっていましたのに。


 ぞくぞくとペアが会場の中央に集まってきます。

 まだ緊張している方もいるのかダンスに参加するのは全体の半分もいませんでした。


──そして音楽が鳴り響きます。


 弦楽器の音に合わせて私たちはステップを踏みました。

 社交ダンスは自分の実力を誇示すればいいというものではありません。

 いかに相手と呼吸を合わせるか、それが大事なのです。

 私と向かい合う彼はたどたどしい足取りで、ダンスを始めました。

 どうやらダンスはあまり得意ではないようです。


 でも心配はありません。

 実力差があるからこそ、私が彼をリードして差し上げるのです。

 ……もちろん周囲から見れば、彼がリードしているように見えるように細心の注意を払いながら。


「……すごいな、貴女は」

「お褒めに預かり光栄ですわ」

「……いや、本当にすごい。私は見ての通り……ダンスが苦手でね。だけど貴女と踊っていると自分が上手くなったように錯覚してしまいそうになるよ」

「……でも貴方の方こそ、実は他の運動はできるのではなくて?」

「はは、そんなことまでバレてしまうのか……。そうだ、私はどうしてもリズム感がなくてね。他の運動であれば得意なのだが、ダンスはからきしダメなんだ」

「でしたらもう少し激しくしても問題ありませんね?」


 動きについてこれると判断した私は更に動きに激しさを加えていきます。

 私がリズムをとって、彼が動きやすいようにサポートする。

 本来であれば難しいことですが、学園にいる間中ずっとダンスの練習を必死にやってきた私にとってこのくらい造作もないことでした。


「おい見ろよ、あのペアすごいぞ」

「なんだあのダンス、あんなにダンスが上手い御令嬢がこの学園にいたのか?」

「いや、男の方も上手いぞ、あれだけ激しい動きに息も切らしていない」


 私たちの踊りは会場中の視線を独り占めしていました。

 そして視線を集めたまま、初めの曲が終わります。


「ふぅ……ありがとう。ダンスがこんなに楽しいものだとは知らなかったよ」

「ふふ、それが最高の褒め言葉ですわ」

「ではまた」

「ええ、また」


 ダンスを同じ相手と二度踊ることは婚約者の特権です。

 この仮面舞踏会では最後に例外があるのですが、それは今関係のないことですね。


 当然二曲目は別の相手と踊ることになります。

 さて、次は誰と踊りましょうか……。


 そう考えながらテーブルの方へ戻ると……何と私は男性たちに取り囲まれてしまいました。


「次は是非、私と」

「いいや、僕と」


 ふふ、なんと爽快な気分なのでしょう。

 この人たちはきっと私のことをあの不細工なメアリー・グレイだとは微塵も思っていないのでしょうね。

 面白いことです。


 今から最後の曲が楽しみになりました。


「分かりました、では……踊りましょうか」


 私は体力には自信があります。 

 全員まとめてお相手して差し上げましょう。


 こうしてその日は私の独壇場となりました。

 私が踊るたびに会場の視線を掻っ攫います。


 それは今まで感じたことのない快感でした。

 クセになってしまいそうです。


 こうして私は誘われるがままに様々な相手とダンスを終え……いよいよ最後の曲となりました。



 この仮面舞踏会、最後の曲の時だけは仮面を外す、という決まり事があるのです。

 その時は仮面をしていた時とは別人として扱われるため、一度踊った相手ともう一度踊ることができます。


 だから最後の曲が始まると、私の前に大勢の男性が集まりました。


「私と踊ってください」

「いえ、私と」


 大勢の中で、最後の一曲を誰と踊ろうか、仮面を外して誰と踊ろうか、そう考えた時に一人の男性が思い浮かびました。


「……私で良いのですか?」

「ええ、貴方と踊った時が一番……楽しかった」


 私が選んだ相手は……一番初めに踊ったあのふくよかな長身の男性でした。

 彼だけは、あまり上手とは言えないダンスながら私も楽しめるように気遣ってくださいました。

 他の男性たちは自分のスキルを誇示するばかりで、正直あまり私は面白くなかったのです。


 それに彼は理知的で、話していて様々なことへの見識の深さも感じられましたし……もう一度踊ってみたい、仮面の下の素顔を見てみたい、そう思ったのです。


 周りからは彼を選んだことに驚きの声が漏れます。

 もっと踊りの上手い人を選ぶと思ったからでしょうか。


 そして私たちは手を取り合って会場の中央へと向かいます。

 

 最後の曲が始まる直前、会場に司会者の大きな声が響きます。


「それでは、仮面を外してください!」


 仮面を外したペアからは歓声や悲鳴が聞こえます。

 私はそれを聞いて外すのを躊躇ってしまいます。

 何せ私は不細工な令嬢。

 この男性に顔を見られた途端に態度を返されてしまわないか……それが心配でした。


「外さないのですか……?」

「いえ……その」

「では、私の方から」


 そう言って仮面を外すと、そこにいたのは……


「ヘンドリック……様?」


 思わず声が漏れます。


 当たり前です。

 だって彼はこの国の第三王子なのですから。


 しかもただの第三王子ではありません。

 勉学、体術、様々なことに造詣が深くその上、容姿だって傾国の美貌と持て囃されるほどの完璧王子。

 そんな彼が今私の目の前にいるのです。


「はは、驚いたかい? 実はこのタキシード、中に詰め物をしていてね。どうだい? 太っているように見えるだろう?」


 そう言って茶目っ気たっぷりに笑う姿に心臓が跳ね上がる思いがします。


「……仮面を外してくれないかい?」


 ヘンドリック様は優しい声で私に問いかけます。


「でも……私……」


 私は不細工で……彼の隣に立つには釣り合いません。


「自信がないのかい?」

「はい……」

「私もね、自信がなかったんだ。このダンスに」

「え?」

「周りは私のことを完璧だの何だの持て囃すけど、ダンスだけはどうしても苦手でね。本当だったら、このまま姿を明かさずに隠し続けたまま仮面舞踏会を終えるつもりだったんだ。でもそんな時に貴女と出会った」

「ヘンドリック様……」

「貴女と踊るのが楽しくて……こんな経験初めてで、また貴女と踊りたいと思ってしまったんだ。こうして姿を晒してでもね。だから、貴女も素顔を晒してはくれないだろうか? 私は貴女の本当の姿が見たい」


 そう言い寄られては断ることなんてできません。 

 相手はこの国の第三王子様です。

 命令ではないと逆らうことなんて、もうできませんでした。


 それ以上に、この人ならば私の本当の姿を受け入れてくれるかもしれないとそう思ったのです。


 私は覚悟を決めて仮面を外しました。

 瞬間、周りがざわつくのを感じます。


「あの不細工令嬢があの御方だったのか!?」

「それに相手は……ヘンドリック様だったなんて!」


 本当だったらここで姿を晒して、皆を驚かせるだけのつもりでした。

 こんなことになるなんて……思ってもみなかったのです。


「思った通りだ。真っすぐで優しい目をしている」

「そんなこと言わないでください……私はこの顔が……嫌いなんです」

「私も、ダンスが嫌いだったんだ。でも貴女のおかげでダンスが好きになれそうなんだ。だから今度は、私の番だ。君が自分の顔が好きだと思えるようにお手伝いをさせてくれ」

「そんなこと……」

「少なくとも、私は君のことを凛々しくて素敵だと思う」

「ヘンドリック様……」


 私は今どんな顔をしているのでしょう。

 きっと恥ずかしさで真っ赤になっているのでしょうね。

 酷い顔をしていないといいのですが……。


「さあ、最後の曲が始まったよ。また私をリードしてくれないか?」

「私でよければ……喜んで」

「メアリー、貴女がいいんだ」


 そうして踊るダンスは……今まで一番幸せな時間となりました。







 この事がキッカケとなりメアリー・グレイは、ヘンドリック第三王子と幸せな婚姻を結ぶことになったのだが、それはまた別の話……。


ありがとうございました。


ブラバする前に感想や↓の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎から評価を残してくれると嬉しいです。

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