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Mouse

作者: 作家を目指す不動産屋
掲載日:2021/02/26

半分はPCに付属しているマウス、半分は鼠という不思議な奴だ。友人のTから「要らないから引き取ってくれ」と言われて貰ったマウスのことだ。当初は何の変哲もないマウスだったのだが、使っているうちにどんどんとこのマウスは鼠の様になっていった。最初はツルツルとしていたその肌触りも日を追うごとに、生暖かく肉の手触りに近くなってくる。平たくいえばハムスターでも握っている様な感じ。時折少し強めにマウスを握ってしまうと、このマウスだか鼠だかは途端に萎縮したように筋肉を強張らせてしまう。こちらとしては適度に肉がほぐれていてくれた方が使いやすいのだが。そんなときには穏やかにこのマウスをさすってやる。五分もすれば元通りの手触りとなる。


コイツの感情を表現するものは今のところ手触りだけだ。口や目の様な者は何処にも見当たらない。最近になってからマウスの表面にうっすらと産毛の様なものが生えてきた。最初は見間違いかと思ったが、間違いない、体毛である。やはり鼠の仲間だからなのかこいつは本当に成長が早い。当初1mmも無かった産毛は二週間と経たないうちに2cmもの立派な体毛に変化した。私としては毛を剃るべきか剃らぬべきかで今のところ戸惑っている。現実に体毛を生やしたマウスなんて人前で使うことは出来ないだろう。悪目立ちし過ぎる。それに体毛の中には、蚤やらシラミやらがたかりやすいものだ。実際こいつを飼いだしてから、部屋の中で自分の体を掻くことが増えた気がする。蚤だのダニだのといった、招かれざる客がこれ以上増殖されたらたまったもんじゃない。そんなことにならない為にもこいつの体毛をバリカンで刈り取ってしまおうと考えた。しかしこいつと来たら本当に聞かん棒なんだ。耳の様な器官は無いらしいのでこちらがバリカンに電源を入れても気が付かない。しかし一旦バリカンで刈ろうとしたが最後、画面上のカーソルが暴れまわるのである。慌ててキーボードで幾つか作業中のウィンドウを閉じる。こうなればいくら画面上のカーソルに暴れ回られても大丈夫だ。私は大人しくしろ、と言わんばかりにこのマウスを強く握るとバリカンで体毛を刈っていった。マウスの体毛を刈り込んでいくと、こいつの体に所々蚤だのダニだのがたかっていたりしているのが解る。犬を飼っていたときの要領で一つ一つ丹念に蚤をとって窓から外に捨てていく。これでも私は蚤取りが上手いほうなのだ。毛を剃って蚤をとってやった後は垢をこそげ落とす段階になってはてどうしたものかと首を傾けてしまう。こいつは曲りなりにも生き物ではなくて機械なんだから水で拭いてやったら嫌がるのかな、などという考えた。試にお湯を吸わせたタオルでこのマウスを拭いてやると、こいつはどうだ、案の定気持ちよさげに筋肉を緩ませている。画面上のカーソルも落ち着いて一点に留まるようになった。電子部品といって絶対に水は駄目という訳でもないらしい。


このマウスとの共同生活も早くも1か月が過ぎようとしている。最近はずうずうしくも髭や目まで生やしてきやがった。このさき口や足まで生えてきたらどうしたものかと不安だ。流石に先方にも遠慮というものがあるのか、そこまで非常識なことにはならなかった。こちらの我慢にも限度というものがある。私はこのマウスと鼠の合いの子みたいなモノを「まうす」と呼ぶことにした。まうすの世話には水も食べ物も要らず、糞尿の始末も考えなくて良かった。こいつが欲するのは電気だけだ。一度この地区で停電があって1日近くPCを起動出来なかったことがある。私はその時、丁度仕事の用事で外へ出向いていた。停電が終わったころを見計らって家に帰り、まうすを触ってみると少しばかり様子がおかしい。何故かまうすは冷たくなっている。心なしか普段よりも反応が鈍い。まるで飢えに苦しんで死にそうな生き物のようだ。飢えからの連想だろうか、突然こいつ電気が補充されなくて死にそうなんじゃないか、という事に思い至る。PCの電源を付けて暫くするとようやくまうすの体に温かみが戻ってきた。


それにしてもコイツの体という奴は一体どうなっているんだろう。恐らく寝ているであろう(瞼が閉じているのでそう判断した)まうすをとっつ構えて裏返そうとする。どんな種類でもそうだが、動物という奴は裏返されることを本能的に嫌う。その状態で襲われたら対処しようがないからだ。犬や猫でも野良だったら自分から裏返るということを絶対にしない。それは降参と同じことだからだ。そしてこのまうすも同じく、裏返されることを嫌がる。当然ながらまうすは目を開いて、じたばたと髭を動かしたり筋肉を強張らせたりし始めた。しかしそれを無視して私は裏側を覗いてみる。何のことはない通常のマウス同様である。レーザー光線を放出するプラスチックで覆われた面があり、そして下の方にシリアル番号やら原産国が書いてある。見てみるとこれはベトナム製らしい。最近は中国も人件費が値上がりしているって話だしな。「まさかこのマウスを組み立てていたベトナム人の作業員も、自分の作った製品が鼠化するだなんて考えなかったろうなー」などと呟いて笑ってしまう。と同時に友人のTのことを思い出した。あいつはどうやってこんなマウスだか鼠だか解らないシロモノを手に入れたんだろう、と。


Tは大学の頃の同期で、就職してからもよくつるんでいた。私もTもパソコンや電子工作が趣味で、休日ともなると秋葉原のジャンク屋で掘り出し物がないかふたりでぶらついていたものである。元々Tは物惜しみしない性格なので使い古しのマウスをくれる、と言ってきたときにも特に気にも留めなかった。今にして思えばこのマウスの正体を既に知っていたんじゃないか、という気もする。そこの所も含めてあいつに問いただす為に電話を掛けてみる。少し話がしたんだが今度アキバの駅前にある喫茶店でどうだ?、と私が言うと、ぬけぬけとした感じで「あのマウスのこと?」と言ってくる。正直そのとき、Tのことを殴りつけたい様な心境になった。取りあえず私はその質問に答えずに明日のお昼に来いよ、と言って電話を切る。

考えてみればみるほどTは変わった奴だった。学生時代のTは服装のことなど眼中になく、髪ときたらいつもボサボサで、そのうえ自分の興味のないことには一切関心を示さない様な男だった。但し彼は電子工作やプログラムの作成といったことには並々ならぬ関心を示した。いつも電子工作室に入り浸って何がしかの基盤を作っていたり、プログラム作成に精を出していたりしたものだ。あれは大学3年の頃、ネット上で話題になっていたタラミスとかいうローラー移動式の人型ロボットを見て、Tは「俺欲しい、これ、凄く欲しい」としきりに騒いでいた。タラミスについての動画を表示しているディスプレイに齧りつきながら「欲しいなぁ」と言っている様は、まるで子供が知らないおもちゃに見とれているかの様だった。だったら自分で作っちまえよ、という私たちに向かって、そうだな、と真顔で言ったきり部室に来なくなった。三か月後、奴はとんでもないものを学校に持ってきた。なんと自動車から変形可能な二足歩行ロボットである。移動中は独り乗りの自動車として使用でき、ある程度広い場所で二足歩行用ロボットにするという訳だった。そんなものを自分独りで作ってしまったのである。いや、単純にあのロボットの真似をするだけだと詰まらないなと思ってね、とTは済ました顔で言ってのけたものだった。


そんな男と久しぶりに今日喫茶店で再会する。しかし遅い、15分待っても全く現れる兆しすら見えない。いよう待たせたか、と言ってTが登場したのは、約束の時間から30分近く遅れてだった。いやあ悪い悪い、と言いながら自分にはホットコーヒーを注文する。こういう人の神経を逆撫でする様な対応というやつは昔から相変わらずで、今さら怒る気にもならない。寧ろ彼が意外とマトモな格好をしてくるので逆にこちらが驚いた。どうしたんだよ。お前本当に普通の恰好する様になっちゃってさ、というと彼は、いや会社に入って色々な人間と付き合わされる様になるとね、と答える。その後4,5分ほど、互いの近況について語り合った後で私から本題を切り出した。

「お前がくれたマウスさ、鼠みたいに動物化してるんんだけどさ?あれ、何?」


暫く無言でコーヒーを啜っていた後で「俺にもよく解らないんだ」とTは呟く様に言った。

「解らないってなんだよ、お前が作るなり誰かから貰ったなりしたんだろう?」と私が畳かけるとTは「あれを作ったのは”誰か”じゃない不特定多数の集団が作ったんだ。俺だけじゃない。勿論俺もその誰かに含まれているけれど」と訳の分からないことを言ってくる。

私が合点がいかないという顔をしているとTはこう続けた。

少し前にネット上の動画投稿サイトとかでさ、技術屋たちが自分たちの技術をそれぞれ持ち寄ってなんか新しいものを作るってことをやってたろう?それと同じ現象。俺が仕事上で付き合いのある連中と一緒に呑んでいる途中で自分のノートPCに接続しているマウスを見ながら”これを鼠みたいに髭とか体毛とか目とか生やせたら面白いだろうなぁ”って何の気もなしに呟いてみたんだ。そしたらまあ、飲み会のテンションで皆おかしくなってるからさ、そのネタでワイワイやった訳だ。で、次の日にふとメールを見ると研究室の後輩がさ、そのアイデア実現するのに幾ら要りますか?とか言って来る訳なんだ。俺も飲み会の翌日で頭がガンガンした状態で答えてるから適当に一億円とかって答えといたんだけどね。そしたらその後輩、1億とは言わないまでも1000万位ネット上で集めてきやがったんだよな。あれにはびっくりしたよ。あいつはあれで口先だけはよく回る奴だからな。


CampFireとかいう仕組みらしくてさ、こういうプロジェクトやりますからお金下さいってネット上の不特定多数から集金するらしいんだけど、その後輩はその仕組みを使ったらしくてね。その代わりプロジェクトの進捗報告とかを毎回しなくちゃいけないし、最悪余りにも進捗が悪いと集めた金を返金しなくちゃいけなくなるんだが。ともかくその仕組みを使って集めた1000万で以てまずおれと知り合いは人工心肺だの生体バッテリーだの、そしてそいつらを制御するためのプログラムまでこさえて発表してみたんだよ、ここまでなら出来てます!みたいなね。

「だからその部分に関していえば間違いなく俺らが作ったといえば作っているし、その部分だけを制御するソフトウェアなら弄ることが出来る。逆に言えばそれ以外の部分は俺たちですらよく解らないし、触る権利すらない。」

そこまで喋ってTは自嘲気味に笑った。私は当然の質問を彼にぶつける。じゃあ、一体それ以外のパーツをどうやって仕入れたんだ?と。


彼はアイスコーヒーを注文してから話始めた。段々と小声になってきた所を見ると、話は核心に迫ってきたらしい。

で、問題はその後さ。その中間発表自体はうまく言ったんだよ。その後で色々なメーカーやら個人やらから人工皮膚だの、そして人工皮膚に毛根を植え込む技術だの、色々提供されたんだよ。オマケに金回りのいい投資家までやってきてさ。ただそいつら交換条件という訳ではないけれど、自分達の技術は絶対に中身を明かそうとしなかったし、おまけにこれで製品が出来上がった後は一切の権利は自分達が持つことにしてくれとかって変なこといいやがるからさ。ああ、何処ぞの企業が俺たちの思いつきに出資してくれてるんだな、俺たちスゲェやとかって呑気なことを考えてたんだよ。でまぁその後も気にしないで俺たちは作り続けた訳なんだよね。俺たち別にこの思いつきで金儲けする積りはなかったからさ、権利とか一切合切あなた方にあげますよ、と言って潤沢な資金と色々とネット経由で流れ込んでくる得体のしれないパーツを組み合わせて頑張ってるうちにとうとうできちゃったんだよ、あの鼠だかマウスだか解らないシロモノが!

「考えてみればあの頃が一番楽しかったなぁ」とTはボソリとこぼした。

「じゃあ結局お前らがこのマウスだか鼠だか解らないシロモノを作ったんじゃないか!」

「違うよ。お金は色んな投資家から集めたものだし、この成長する人工毛根とか鼠の眼球とかは他の連中が作ったもんで俺ら一切手出しできないことになってる。実際生命工学とか解らないしな。まあ、それぞれの要素技術を纏めて組み立てていたのは確かに俺たちなんだけどね。」

お前飲まないのかそれ、と言ってTが私の手元にあるコーヒーを顎で示した。なんだかその話を聞いているとおなか一杯な気分になってきてコーヒーなんてどうでも良くなってきた、と私が言うと、じゃあ俺に寄越せ、と私の返事も聞かずにコーヒーを取り上げて飲んでしまった。


出来上がった当初は単純に喜べたし、その成果をCampFire上で嬉々として発表したんだよ、俺ら。そしたらもう翌日からそれはそれは話題になってね。是非とも出来上がった製品をプロトタイプとして色々な人々にモニタリングして貰おうという話になったんだけどそこから先が難儀してね・・。

「プロトタイプの製品をばらして中身をさぐられる心配がなく、それでいてある程度の工学的知識がある人材にモニタリングしてほしかった、そしたらお前の大学時代の同期である俺がモニターのうちの一人として挙がったって訳か」

「まあそういうこと。騙して悪かったけどな。」Tは差して反省もしていなさそうな口調でそう続けた。

「で、どうですか、使ってみた感想は?」「感想ねぇ」


まず質問だけどさ、このマウスどこまで成長するわけ?と言いながら私はタオルにくるまれたまうすをTの手元に渡した。なんだお前この喫茶店にアレを持ってきてたのか、とTは少し驚きながらも自分の作ったこの奇妙なマウスと鼠の合いの子を見ている。

「成長はこれで終わりだよ。これ以上形態は変化しない。間違っても前足や後ろ脚が生えて夜中に一人で逃げだしたりしないよ?」

「そいつは結構」

でもなんだか中途半端なんだよなぁ・・。そう私が呟くと、中途半端って何処が?とTは詰め寄って来る。昔から自分に対する批判には敏感だったこの男らしい。

「いや、ご飯や水をやらなくてもいいのに体毛とかの世話はしなきゃいけないって所がさ、やけに中途半端な感じがしてさ」

「でもマウスだからなあ。お前、自分で使うマウスにイチイチ食事だの水やりだのしたいか?」

「そんな事言ったらお前、そもそもマウスに眼球だの体毛だのを生やしている時点でアウトだろうが、大抵の人間は気持ち悪くて使おうとも思わんだろうさ」

それもそうだ、といってTは考え込んでしまう。何とかならないものかねえ、とTは言ってから

「まあ、俺たちも他に色々考えているからさ、これからも試作品のモニタリングお願いしていいかな?」と虫のいいことを言って来る。

報酬によるな、それからお前の手のひらに乗っかっているそのマウスをずっと使わしてくれと答えると、Tは意外そうな顔をした。

何だよ中途半端とか言っていた割には気に入ってるんだな、などと余計なことを言ってきたので、ガタガタ言ってるとモニターなんて降りるぞ、と言って奴を黙らせた。


それから私の家には本当に色々な種類のマウスがやって来た。大抵は商品化なんて望むべくもないものばかりだったが。

例えば足を6本生やしたまるで昆虫の様なマウス。

なんだか蜘蛛みたいで気持ち悪い。これまでとは違って突起さえあれば壁にもひっかけられるし其処ら辺に転がしておいても、内臓している生体バッテリーが切れない限りは自分で歩いてくるから便利だろう、というのが開発者たちの言い分だった。しかし6本の脚付いている分嵩張るだろうし、なにより外見でアウトだと思う。Tは「マウスとして使うときには6本ある足は折りたたまれて握りやすくなるんだ」と言っていたが、あんなモノを誰も掴みたいとすら思わないだろう。一遍寝ている最中に何故か胸元までこのマウスが這いよって来たことがあった。その瞬間そのマウスを私はあらん限りの力で床に叩きつけたが、このマウスは壊れなかった。床に着地する瞬間、マウスに生えている6本ある足で衝撃を分散したからだ。いい衝撃テストにはなったのだろうが、二度とこのマウスを使用するものかと決意した瞬間でもあった。Tには「絶対に商品化するな、気持ち悪い」メールで伝えておいた。

あるいはヘリコプターの様に回転翼でもって空を飛び、さらに手が生えているマウス。

うまく操作すると離れたところにある品物を拾ってこれる。さらにマウスから生やした手でもってPCのキーボードをタイピングすることも出来る。しかし正直に言って翼と2本ある手が邪魔だ。マウスとして使うときにイチイチ取り外さねばならない。最早何がしたいのかわからない。遠くにおいてあるボールを時間以内に幾ら運んでこれるかというゲームをこのマウスでやって動画投稿サイトに投稿したら、寧ろそちらの方が大うけした。Tには「マウスとしてではなく、玩具として売り出すならありかも」とメールで伝えておいた。

極め付けは耳と口を生やしてユーザーの口癖をことある毎に繰り返すマウスだろう。

病人だの老人の孤独を癒す為に作ったのだ、と開発チームの連中はいうものの、使っていて本当にむかっ腹が立つ。オウムやインコが可愛いのはあの外見があるからだ。何故こんなマウスもどきに自分の口癖を真似されないといけないのか?

このタイプのマウスに「畜生、なんで俺こんな仕事してんだろう・・・」と口真似されたときに思わず「お前が言うな!」と怒鳴ってしまった。「このマウスの性で最近ストレスが増えた」とTにメールする。


結局マウスというのは飽く迄もあの形状だからこそ便利に機能している訳であって今さら何かをゴテゴテと付け加えても不便になるだけ、という当たり前な結論に到達するまで2週間と掛からなかった。私がスマホでTに対してその旨を伝えると、「やっぱりなあ、他のモニターもみな同じこと言っていたよー」と癇に障る言葉を吐いた。しかしではTを含めた彼ら開発チームがこの得体の知れないシロモノの商品化を諦めたのか、というとそうでもない。Tは電話でこう言っていた

「あのさ、確かにマウスとしてはこういう商品て落第かもしれないけど、見方を変えて玩具としてみてみたらどう?」

なるほどマウスだと思うから不便なのであってペットとか玩具であればこういうのはありかも知れない。いささか値の張る気もするが。

「値段さえ安ければありかもね」

「幾らくらい?」

「高くても1万でしょう?これは。昔のゲームソフトとかPCソフトに皆が支払った金額までならOKだろうな」

そういうとTは暫く黙りこくってから「やれるかも知れない」と漏らした。そしてこういうときのコイツは、本当に自分の言ったことをこなしてしまうものなのだ。


1か月後、Tを含めた開発チームの連中は新たにベンチャー企業を設立した。自分達の作り出した製品を売りだす形式として、企業を設立するというのが一番楽だったらしい。彼らの商品はマウス型ペットシリーズと銘打って売りだされた。記念すべきシリーズ第一作は、基本的に私が持っているまうすと同じだ。ただ眼球がなくてその代わりに耳と尻尾が付いている所だけが違う。私はそんなに気にならなかったのだが、他のモニターから「マウスに眼球がついてるなんて不気味だ」という意見が出たらしい。可愛らしい目をしていると思うのだが。大方の予想を裏切って、これは一躍ヒットとなった。販売開始1年にして全世界で1000万個も売れたというのだから恐れ入る。既にシリーズ第二作や第三作の製造も決定されたらしい。因みに第二作はマウスに翼と両腕を付けたもの、第三作は触り方によって触感が変わってくるマウスらしい。相変わらずあの会社の連中は何を考えているのか解らない。

このシリーズはTを含めた開発チームの名前を世界中に知らしめた。それと同時にTは裏で色々な工作機械メーカーと手を組んで産業用ロボットやら家庭用ロボットを共同開発しようとした。長い目で見ればそういうB2Bの取引の方が儲かると睨んでのことだ。既にその技術力の高さを買われていたこともあり、たちまち複数の大企業から引き合いがきたらしい。無論、これらの動きはマウス型ペットシリーズのヒットに隠れて目立つことは無かったが、着実に収益を生んでいった。その後Tは成長が軌道に乗るや否や、自分の作ったベンチャー企業を大きくすることに飽きて会社を辞めてしまった。最近会社を辞めた直後のアイツに「お前、次は何やるんだよ?」と私が聞いてみると「・・・・小惑星帯で資源採掘のビジネスでもしてみるかなぁ?」などと又途方もないことを抜かした。取りあえず今のところ世界を一周しながら次のビジネスのネタを漁っているらしい。


さて、私はと言うと、相変わらず自分の地元にある某自動車メーカの工場で産業ロボットどものメンテナンスを担当している。しがないメーカの下っ端技術屋のままだ。相変わらず恋人もいない独身暮らしではあるが、昔と違って今ではまうすが居る。あのユーモラスな鼠だかマウスだかよく解らないのを愛でることが今では私のかけがえない日課となった。とはいえ最近はすっかりガタがきているのか筋肉や髭の動きに昔の様なキレが無くなっていた。「まあ、それでもいい。いつか壊れちまうのかも知れなくても、お前の面倒は一生見てやるよ。」そんなことを言いつつ、私はいつもこのまうすの体毛を柔らかに摩ってやる。するとこいつは実に気持ちよさげに髭を震わせる。可愛いやつだ。

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