岐路
「ふぃ〜」
そんな気の抜けた息を吐きながら、グレンが観客席に戻ってくる。
アリサの隣に腰を下ろしながら言う。
「どうだった?」
「どうだったも何も…」
アリサの顔には困惑の色が浮かぶ。
「グレン君が私に何を伝えたかったのかさっぱりで…」
思っていたことを率直に言う。
よく見ておけ、と言われて見せられたのがよくわからないただの強いパンチだったら、誰でもそう思うだろう。(と言ってもそんな状況になる事などほとんど無いが。)
「んー、そうだなぁ…」
グレンは少し悩むそぶりを見せ、続けてこう言った。
「俺の動きを見てなんか思わなかった?」
まだ答えは言わず、アリサ本人に考えさせる。
「何か…?最初のパンチ、魔力も何も使ってなかったのにすごい威力だったな、とか?」
「そうそう!後もう一つくらいない?」
「も、もう一つ…」
若干前のめりで尋ねてくるグレンに、アリサは少し引き気味だった。
「あと、これまた魔力も使ってないのに、随分足が速いなぁ、と…」
「正解!」
グレンが嬉しそうな声を上げる。
「実はどっちも、おんなじ仕組みなんだよね」
「同じ…?」
律儀に反応してくれるアリサに、うんうんとわざとらしく頷きながら続ける。
「そう、同じ仕組みだ。魔力は感じなくても、何か別の力を感じなかったか?」
「魔力でない力…」
直前の試合を頭の中で思い出すように、アリサは考え込む。
「別の…もしかして、グレン君を覆うようなあの黄色のオーラのことですか?」
「これまた正解!あれが見えてたってことは、素質としては十分だな」
グレンは一人納得したように言う。
「結局グレン君が見せたかったって言うあの力の正体はなんなんですか?」
それに対するグレンの答えはーー
「知らね」
「…え?」
時が止まる。闘技場ではちょうど次の試合が終わっていた。負けた方は刀で斬り伏せられていた。
「ぅゎぁ」とかすかに聞こえる。
「え?は、え?じゃああの試合を見せた意味は?」
アリサも当然のように困惑している。
「あぁ、知らないっていうのは、あの力の正式な名前のことであってだな」
グレンも慌てて説明する。
「俺はあの力を”氣”と呼んでる」
「”氣”、ですか?」
「そうだ」
当然、アリサはそれだけ言われてもわからない。
「それが、私の欠点克服に繋がるんですか?」
「いや、はっきり言ってそれは君次第だ。さっき君自身が言っていたように、あれは魔力とは全く別物の力だ」
グレンはさっきまでの調子が嘘のように語り出す。
「氣っていうのは、いわば生命エネルギーみたいなもんだ。魔力とはまったくもって関係ない。けど、魔力と同じように誰もが持ってる。でも誰でも扱えるわけじゃない」
誰でも扱えるものではないと聞き、アリサは少し不安を覚えた。
差はあっても誰もが扱うことのできる魔力。それすらまともにコントロール出来ない自分に、そんな力が扱えるのかと。
だが、アリサのそんな胸中を知ってか知らずか、グレンはこう続ける。
「でも、君には素質がある。氣の存在も知らなかったのに、君には俺の発してた氣が見えてた。なかなかのもんだ。だから、君が望むなら氣の扱い方を教えようと思う」
アリサは迷っていた。
もし氣の使い方を学んでも、魔力みたいにまともに扱えないかもしれない。そうなってしまったら、今度こそ立ち直れないかもしれない。
そんな葛藤の最中、ふとグレンと目が合った。
そして思い出す。入学式の日に言った決意を。
ーーそうだ、変わるって決めたんだ。こんなところで迷ってるようじゃ、一生変わらない、変われない!
「お願いします…私に、氣の使い方を教えてください!」
アリサの瞳には、たしかに覚悟が宿っていた。
それを見て、グレンも覚悟を決める。彼女の覚悟に応えなければと。
「俺の指導は厳しいからな。死ぬ気で喰らいつてこいよ!」
「ーーはいっ!」
彼女の顔は、笑っていた。そこには、全てを諦めた悲しい瞳など無く。
あるのは、ただ運命に立ち向かって行かんとする、強い意志。
アリサの運命は、ここから動き出しのだ。




