五話:ジョブ決めは慎重に
あらすじ
聡志、浴場でチン〇ンを掴まれる。
訓練は一か月みっちり続いた。
毎日のように繰り返される長距離走。体全身が燃え上がるんじゃないかと思うほどキツイ筋トレ。男女関係なく同じメニューが課せられた。
少しずつ筋肉とスタミナが付いてくる。肺も強くなったようで、だんだんと十キロが短く感じられるようになってきた。
魔法も少しずつだけれど使えるようになってきた。ぼくと同じくらいダメダメだった余々子も、魔法が得意分野になっている。
「よぉし、お前らよくなってきたな。先生嬉しいぞ」
ある日、訓練が終わると、滅多にぼくらを誉めないもも先生が、そんなことを言ってきた。
「雪でも降るのかな?」
「もしかしたら、槍かもしれないぜ」
「わたしはスイーツがいい」
「絶対にチ〇ポよ。絶対にチ〇ポ」
「わたしはいつも優しいだろ! それと黒島余々子、お前校長先生から下ネタを注意されてただろ! 退学にされるぞ!」
更衣室の事件の後、余々子は校長先生に呼び出されてきっちり絞られたらしい。
もも先生は大きなため息をつくと、踵を返した。
「今日は午後の座学がないだろう? これから倉に行くからだよ」
「倉?」
「ああ。とにかくついてこい」
小さい背中の後ろをついて行くと、巨大な倉庫のような建物に辿り着いた。
もも先生は顔くらいある大きな南京錠を開けると、これまた分厚いストッパーを軽く横へずらして両開きの扉を開けた。
中には大量の武器が木の棚にかけてあった。それこそ、剣や刀、槍、薙刀、弓、棒、杖、ヌンチャクなどなど。古今東西のあらゆる武器が揃えてある。
なるほど。つまり、武器庫というわけだ。
「すごい! 本物の剣だよ!」
「おお、すげぇ!」
男子たちは興奮して目を輝かせている。一方女子たちは冷めた目で見ていた。
「男子ってなんで剣とか銃に憧れ持つんだろう。子供っぽい」
「ホント。剣なら股間に自前の剣があるのに」
「そろそろグーで殴ろうか?」
「聖剣。いや、性剣か!」
「オラァ!」
来夢のビンタが余々子に炸裂する。
もも先生は手を叩いてみんなを注目させた。
「これからはそれぞれ武器を見つけて、自分のジョブを決めてもらいたい。もちろん、この後でジョブチェンジも可能だから、仮決めだと思ってくれ。素手の場合はここに残ってくれ」
男子衆は歓声を上げて散り散りになった。
かくいうぼくも武器を見たら興奮してしまう一般男子だ。結局は人を殺すための道具だと知っていても、ロマンには抗えない。
「健次郎はなににするの?」
「うぅん、どうしようか。剣とか槍もいいんだけど、しっくりこないっていうか」
「向こうに鉄球とかトンファーとかあるから、見て来れば」
「そうだな」
健次郎は特殊な武器が置かれている区画に歩いていった。
ぼくは最初から決めている。剣だ。やっぱり王道異世界がいいなら、王道の剣だよね。
どんな剣にしようか迷っていると、来夢が困り顔でふらふらと歩いていた。
「どうしたの?」
「なかなか決まらなくて。余々子は杖に決めたみたいだけど」
「来夢は素手で良いんじゃないかな。浴場のパンチ、明らかに素人の威力じゃなかったし」
「お、思い出させないでよ」
他人に触られたのは初めてだ。もちろん、鷲掴みにされて引っ張られたのも。
「別に戦いって好きじゃないんだよね。痛いの嫌いだし」
「じゃあ、召喚士とかは? モンスターを呼び出して、代理で戦わせるんだよ」
「それならいいかも。動物好きだし」
もも先生に質問すると、召喚士もちゃんと存在していた。よかったよかった。
ぼくらは武器を決めた順に、運動場へ戻らされた。
「剣を選んだ奴らはこっちだ。剣の練習をするからな。この中で剣道経験者は?」
数人が手を挙げる。
「思ったよりいるな。でも、竹刀と真剣の使い方は違うから注意しろ。日本刀と西洋剣もかなり違うからな」
初めて持った剣は、想像以上に重かった。
鉄の塊だから当然だけど、振ると体全体が揺れてしまう。
数十回練習して、やっと形だけでも上段から振り下ろせるようになった。
二時間くらい経ち、三人がなにをしているか気になる始めだしたころ、集合がかかった。
もも先生は木の像を指差し、「今日の練習の成果を発表だ。これに向かって攻撃してみろ。一番目は……赤城健次郎」と言った。
健次郎は野球バットを持って出てきた。
「お前、ヤンキーみたいだな」
「失礼な! バットは人を殴る道具じゃありません!」
「じゃあ、なんで選んだんだよ」
「人を殴りやすい形状だからです」
「お前二秒前になんて言った? まあいい。さっさとやれ」
健次郎は木の像と正対すると、バットを振りかぶって叩きつけた。
木の像にヒビが入り、音を立てて割れた。もも先生が拍手をして、「中々の威力だ」と褒めた。
「次は魚永来夢」
「はい」
「お前は召喚士だな。リラックスして、召還する相手をイメージするんだ」
来夢が新しく魔法で生成された木の像の前に立つ。地面に魔法陣を書いて指笛を鳴らすと、雷鳴が轟いて白い光が発生した。ぼくは思わず目を瞑った。
少しして恐る恐る目を空けると、そこには三つ首のケルベロスがいた。
子犬サイズの。
「ちょっとちょっと! 来夢さんたっら子犬だなんて! 冗談が過ぎますわ!」
「この余々子……! 強い動物っていったら、ケルベロスしか思いつかなかったんだもん!」
「でも、子犬サイズじゃない。ぷぷーっ!」
ぼくもさすがに子犬サイズのケルベロスが出てくるとは思ってなかった。結構かわいいんだけど、戦闘力がなぁ。
「とにかく、ポチベロス。攻撃して」
「くぅん?」
「くぅんじゃなくて。ほら、攻撃攻撃。ちょっとで良いから」
ケルベロス――いや、ポチベロスは可愛く三つの首を捻るばかりだ。
来夢も諦めたのか、小さく首を振ってポチベロスを消そうとした瞬間、
「わんっ」
ポチベロスは三つの口を大きく開けると、エネルギー波を放った。それは容易く木の像を飲み込むと、塵に変えてしまった。
「……やるじゃん、ポチベロス!」
「わん」
ポチベロスは一つ吠えると、尻尾を振って来夢の胸に飛び込んだ。
子犬がこんな火力を見せてくるとは。
隣の余々子も呆然としている。
「予想以上だな。次は黒島余々子」
来夢が、「まさか、バカにした子犬より残念なわけないよねぇ?」と余々子を挑発する。
「あったりまえよ。見てなさい」
余々子は自信満々に木の像の前に立つと、杖を構えた。
「わたしは運動音痴だって自覚してる。だから、魔法を練習し続けてきた。来る日も来る日も部屋で血の滲むような練習をした成果、見せてやるわ!」
「嘘だよ。あいつ部屋じゃやらしい本しか見てない」
嘘がバレるのが早すぎる。
「目に焼き付けなさい。わたしの得意魔法は火! すべてを灰燼に帰す灼熱の地獄! 刮目せよ! はぁぁあああ!」
余々子が杖をかざすと、先端から炎がほとばしった。
炎は渦を描いて徐々に姿を形成していく。次第にそれは太く、長くなっていった。その形はまさに立派なちん〇ん――
「はい、終了! しゅーりょー!」
「なんで⁉」
「炎で男根なんて作るんじゃない! 数万年生きてきたが、魔法でこんな卑猥なもの作る奴は初めて見たわ!」
「でも、威力は抜群ですよ!」
「問題は威力じゃない! お前の常識だ!」
もも先生が眼を剥いて叱る。
確かに魔法をこんなバカな使い方する奴はいないだろう。
余々子は唇を尖らして退がった。
「まったく。次は諸角聡志」
「はい」
「お前は変なことするなよ」
しませんよ。真面目、誠実を絵にかいたようなぼくを、いったいなんだと思っているのか。
ぼくは西洋剣であるロングソードを鞘から抜くと、木の像へ向かって構えた。
ただ斬るだけじゃつまらない。この時間の訓練の成果、見せてやる時。
少し後退して、数歩間の距離をとる。そして体を回転して、剣を水平方向へ振った。
「おい! なにしてるんだ!」
「回転斬りです! 回転することによって遠心力が加えられ、威力は倍増! これで木の像だって真っ二つです!」
剣が木の像に触れる瞬間、ぼくは強く振り下ろした。
「おりゃあ! ふふっ。どうですか、ぼくの剣技は? ……ってあれ? 剣は?」
手から剣がなくなっている。木の像には傷一つついていない。
嫌な予感がする。
恐る恐る振り返ると、もも先生の頭に剣がさっくり刺さっていた。
リスポーンする時に出てくる青い粒子に全身を包まれながら、もも先生は額に青筋を立ててながらこう言った。
「諸角聡志。後で職員室に来い」
もも先生は消えていった。
残ったのは、青ざめた顔のぼくと、なんとも言えない表情を浮かべるみんなだけだった。
わたしがジョブを決めるなら催眠術師です。オラァ! 催眠ッ!