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一話:女神さまと牛脂

 

 なにもない世界にいた。

 

 上は果てしなく広い空。下は汚れ一つなく、地平線の彼方まで続く白い床。ぼくはその中で、ぼけっと立っていた。


「どこだ、ここ……?」


 あまりにも現実感がない場所だ。

 夢だろうか? 試しに両方の頬をつねってみたけど、ちゃんと痛い。

 すると、背後から大きないびきが聞こえてきた。振り返ると、そこには紙の束の山に頭を突っ込んでいる人がいた。


 女性なのか、大きなお尻がいびきに合わせて上下に揺れる。


「あ、あのー?」

「むにゃむにゃ……。もう食べらえないよぅ、えへへ」

「夢の中でご飯食べてるのかな」


「そんなに食べられないってば……。牛脂」

「それはいっぱい食べるものじゃない」


 あれ、油の塊だからね?


 女性は起きる気配がない。試しに背中を軽く叩いてみた。


 女性はふがふがと言いながら頭を抜き、あくびをしながらぼくの方を向いてきた。女性は驚くほど綺麗で、思わず息を呑んだ。


「あぁ、もう次の転生者が来たのね。本当、多すぎて嫌になるなぁ」

「え?」

「ちょっと待ってて」


 女性は紙の山をひっくり返して、ごそごそと一つ束を取り出した。


「ええっと、諸角聡志(もろずみさとし)くんね。身長は165㎝、体重は56キログラム」


 名前、身長体重のすべてに間違いがない。もちろん、この牛脂大好きな女性とは面識はないのに。


「なんで知ってるんですか?」


「性癖はソフトM。最近は催眠系ASMRにハマっていて、耳が性感帯」

「ちょっと! 性癖まではいいですから!」


 誰にも言ってないのに!


「これは君のプロフィールだからね。生い立ちや性格、初恋の相手だって包み隠さず記してあるよ」

「あなたは……?」

「女神。どう? 風格があるだろう?」


 女神さまはそう言うと、くるりと回った。確かに顔は彫刻のように美しく、髪は柔らかな宝石のよう。スタイルだって抜群だ。なるほど、神様と言われても納得してしまう。


 さっきまで間抜けな体勢で紙の束に頭突っ込んでたけど。


「詳しく言うと。生と死を司り、愛をもたらす神だよ。ちなみにここは、君たちがいる世界じゃない」

「……もしかして、あの世ってやつですか?」

「勘がいいね。厳密にはあの世ではないけれど、別次元の空間だと思っていいよ」

「じゃあ、ぼくは死んだってこと?」

「その通り。理解が早いね」

 

 ぼくは死んだのか。

 なんだか自分でも、冷静に現実を受け止められていることに驚いた。


「悲しまないの? 死んだことを受け入れられなくて、泣いたり叫んだり子もいるんだけどな」

「はぁ」

「ええーっ。もっと涙と鼻水ながして糞尿漏らすような光景期待したのに」

「ドSだ……」


 女神さま、性癖が歪んでいるような気がする。


「それはそうと、本題に入ろうか。君は死んでしまった。これは変えられない確定事項。万物は始まりと終わりがあるからね」

「はい」

「でも、君は幸運なことに、未来を選ぶ権利がある」

「権利ですか?」


「そう。選択肢は三つ。天国、地獄、異世界転生。このうちどれかさ」

「異世界転生!?」

「ふふ。目が輝いたね。そう、君らが想像するそれだよ」


 異世界転生というのは、元の世界とは別の世界に生まれ変わるということだ。異世界召喚は姿かたちそのままそっくり転送されるけれど、転生となると生まれたばかりの赤ちゃんからスタートすることになる。知識や経験はそのままだから、天才児と呼ばれること間違いなしだ。

 

「実は君らが観測できていないだけで、平衡世界というのはたくさんあるんだよ。でも、多く作り過ぎてしまって、管理が行き届いていない世界があるんだ。君らには、その世界の調停者になってもらいたい。負のエネルギーと正なるエネルギーのバランスをとってもらいたいんだ。まあ、小難しい話を抜きにすると、負のエネルギーの結晶体である魔物や魔王を倒してほしいのさ」

「おおっ! 漫画っぽい!」

「漫画っぽいんじゃなくて、君らの脳に転生者の記憶が精神干渉したんだろうね。細かい理屈はよくわからなけれど」


「剣と魔法の世界ですか⁉」

「剣と魔法の世界さ」

「チートですか⁉」

「強大な能力を付与しよう」

「夢じゃないですよね⁉」

「もちろん」


 人類の夢、異世界転生! 本当に実在するなんて! 

 剣士がいいかな? それとも魔術師? いや、いいところどりで魔法剣士だって選べるかも! 強力な力で魔王と立ち向かい、人々から尊敬される! たくさんの美少女からプロポーズされてハーレム状態だったり! でへへ、ちょっと涎垂れてきた……。


「おーい、随分ゲスな顔をしてるなぁ。考えていることはわかるけどね」

「覚悟は決まりました! ぼくを転生してください!」


 女神さまはにこりと笑うと、小さく呪文を唱えた。

 ぼくの足元に魔法陣が浮かび上がる。


「わかった。転生させてあげよう。でも、その前にやることがあるんだ」

「なんですか?」

「学校に通って勉強しなくちゃいけない」

「へ?」


「当然さ。車を運転するのにも、自動車学校に行かなくちゃいけないだろう? 転生にも免許のようなものが必要なのさ。なあに。一年ちょっとくらいの辛抱。そこで異世界に関する知識を蓄えるんだ。卒業できたら、晴れて異世界転生だよ」

「ちょっと待ってください。卒業できなかったら?」


 女神さまはぼくの質問に答えず、にこっとして、指パッチンをした。

 ぼくの足元に大きな穴が出現し、深い闇へ引っ張られていく。


「あああああっ!」

「頑張ってねー」


 女神さまの能天気な声援を聞いたところで、ぼくの意識は途絶えた。


 スーパーで牛脂って置いてありますよね。タダの。

 昔テレビで見たんですけど、白飯の上に牛脂にマヨネーズをかけて食べる女子高生がいるそうな。当然ですが、丸々とした体形でした。炭水化物on脂質&脂質ですよ。そりゃ太るわ。

 皆さんの中で太りたい人は試してみてください。僕はやりません。

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