【室町編その後】①将軍誘拐
これは富子が将軍職を襲名したすぐ後に起きた事件。
「永園様!一大事です。富子様が!将軍様が何者かに誘拐されたのです!」
体調不良を理由に床に伏せていた菫のもとに執事の竹林が駆け込んできた。
「えっ、何、竹林?巡検中の富子が誘拐?まあでも大丈夫じゃない?」
何故かいつもとは勝手の違う菫。
「はぁ?永園様??何を?もしや・・」
そう言って竹林は、永園菫が寝ていた布団を引き剥がし、その髪の毛を引っ張った。
バサッ
髪の塊が床に落ちた。
「やはり富子様!これはどういう事ですか!供も連れずに一人で巡検に出られたのはおかしいと思っていましたが!!」
竹林は目を三角にして富子を睨みつける。
「いやあ、ごめん。昨日の巡検は、ちょっと体調が悪くて、菫に変装して貰って代わりに行って貰ったんだよ。でもさ菫なら」
頭をかく富子。
「大丈夫だと思ったのですか?富子様!」
「うん、いや、でも・・・そうだね、竹林」
「まったく、菫様の真面目な性格を考えれば、それくらいわかりますでしょうに。
菫様はきっと富子様になりきろうと考え行動しているはずです。
富子様は賊に取り囲まれたら、大立ち回りなどできますか?」
これは竹林が全く正しい。
「ど、どうしよう!竹林!菫ちゃんが危ないよ。」
富子は顔色を変えた。
「まったくしょうがない富子様ですね。すでに情報集めには入っております。」
「ごめん、竹林。私もすぐ準備する」慌てて出陣の支度をする富子。
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「富子様なら、きっとこうするだろう」
富子に変装した菫は、手足を縛られて自由を奪われていた。
もちろん、この程度の拘束なら容易に外すことはできる。
昨晩、巡検の帰り道に賊に襲われた時もそうだ。
そこそこの手練れの賊のようだったが菫の敵ではなかった。
しかし、あえて抵抗せずに捕縛された。
「菫ちゃん、山賊だって、それをやる理由があっての事だよ。私の治政が原因かもしれない。
だから何も話を聞かないで切り捨てるのはダメなんだよ」
菫はそんな富子の言葉を思い出していたのだ。
自分を捕縛した若い女性の賊、そこそこの手練れと思われる彼女は菫に言った。
「おい、お前、どこぞの豪農の娘か知らんが、これからこの村の長をお前に引き合わせる。光栄な事と思えよ」
しばらくして腰の曲がった老人がやってきた。この村の長老らしい。
そして菫の顔を見た瞬間、その顔をひきつらせた。
「おい、幸奈!なんて事をしてくれたんだ!このお方を誰だと思う」菫の前で平伏する長老。
「えっ?長老。この娘はどこぞ富豪の娘ではないですか?」
「幸奈!馬鹿なことを!このかたこそ、時の将軍日野富子様であるぞ!」
その長老はかつて富子に拝謁したこともあり、その装束からも彼女を日野富子であると看取した。
「えっ?」
「もう、この村はもうおしまいじゃ!事はいずれ知れ渡る。隠せおおせるものではない。村民は皆、磔じゃ!幸奈、なんて事をしてくれたんだ!」
「長老!そんな!申し訳ありません。わ、私は今、自害いたします。その首をもって・・」幸奈はそう言って短刀を自分の首筋に当てた、
・・富子様ならこんな時は!・・・
菫は瞬時に縛めから抜けて幸奈と呼ばれた女性に向けて跳躍する。
・・こうするはずだ!・・・
「しょ、将軍様?これは・・・」
菫は幸奈に飛びつき、自分の唇を幸奈のそれにあてる。
そして唇を外した菫は、幸奈を見つめて口を開く。
「ただの勘違いでしょ。幸奈ちゃん、でもこんな事しちゃだめだよ」
・・富子様、これで、合っておりますでしょうか?・・・
菫は普段の富子の様子を思い出しつつ言葉を選ぶ。
「し、将軍様!私のような卑しい人間に、なんというお情けを!どうしてですか?何故ですか?」幸奈は混乱しているようだ。
絶世の美女にして天下の将軍である日野富子が、下賤の者に口づけして、罪を許すというのである。
「そ、それはさあ、ゆ、幸奈ちゃんが可愛いからだよ」
・・・富子様なら、きっと・・こう言う・・はずだよね・・・菫は少し自信がなくなってきた。
もし、富子がそれを見たら「えっ?私ってそんな?」って不平を言うだろう。
村の人々は頭を床にこすりつけている。
「皆様、頭を上げてください。そして、よろしければ事情を話して頂きたいのです。」菫は村の長に問う。
実は・・・
村の長は事情を話し出した。
「この山麓の村は、山の幸に恵まれ、そこそこ豊かな村ではありました。
ところが昨今、山に巨大な猪が住み着いたのです。
そして奴は他の猪を呼び寄せて従わせ大軍団を成すに至ったのです。、
そのために我々は山の恵みを得ることが叶わなくなってしまったのです。」
「その大猪を退治すればいいのではありませんか」菫は言う。
「そう考え、村で腕の覚えのある者どもが退治に向かったのですが・・」
「皆、戻りませんでしたか・・・」
「はい」
「幸奈さん、武器はありますか?」
「こんな寒村です。たいした武器は・・」
「確か、村はずれに立派な竹林がございましたね」
「ええ」
「何本が用立てて頂けませんか?」
「将軍様。もしや竹槍で?無謀です!そんな事は。将軍様の御身にもしもの事あれば」幸奈は涙目になっている。
「幸奈さん、かつて私が、烏丸資任を打ち果たした時のことはご存じでしょうか?」
「ええ、それはもう、もちろんです。」
「私は、また、それにあやかりたいのです。」
そして菫は手ずから小刀を振るい一筋の竹槍をこしらえた。
菫と幸奈は一緒に森に入り、一時ほどの時間を経て村に帰ってくる。
巨大な猪の死体をひきづりながら・・
そして村の入り口につくや否や、村が大軍に包囲されていることに気づく。
火矢を構える兵士たち。
「将軍様!」幸奈は絶句し、そして絶望する。
・・もう終わりだ。将軍様を誘拐したかどで、やはり皆、焼き殺されるんだ。・・
「す、いや将軍様!ご無事で」
兵士の中から、菫の変装をした冨子が近づいてきた。
「まったく菫!おそいよ!待ちくたびれたよ。早く、賊を始末なさい!」
・・・これでいいでしょうか?富子様・・・菫は富子に目配せする。
「将軍様、お待ちください!お待ちください!」幸奈は涙を流し懇願する。
「放て!」菫は兵たちに命じた。
シューシューシュー
無数の火矢が虚空をかける。
そしてそれは・・・・
うっそうと茂る山の中にすいこまれていったのだ!!
途端に山中から濛々とした煙が上がる!!
「これはいぶり矢?」幸奈は目を疑う。
ドドドドドドドドドドドド!!
地を揺るがす轟音と土煙!
その中から猪の大軍が飛び出してくる。
「将軍様!これを!」富子は菫の愛刀を投げてよこす。
受け取った愛刀を鞘から抜いて、頭上に掲げる菫。
「幸奈さん!何ぼっとしているんですか?戦ですよ!戦!」
そう言って真っ先に猪の群れに飛び込んでいく菫。
目にも見えない剣捌き。
宙を舞う猪たちの頭!
「は、はい!」
すかさず剣を抜き、菫の後に続く幸奈。
四半刻もせずにその村を苦しめていた猪の軍団は一掃された。
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馬を並べて都に向かう菫と富子。
「菫、色々、あったけど大成功ね」富子が菫の活躍が嬉しくてしょうがないと言ったところだ。
「富子様、いえ、大失敗でした」菫は浮かない顔である。
「何がよ」
「また競争相手が増えてしまいました」
「えっ?あの幸奈ちゃんって子の事?」
「はい、一生、富子様についていくと言い、私たちについてきていますよ。」
「じゃあ、菫が正体ばらせばいいだけじゃない」
「そ、それは・・・」
・・・富子様をお慕いする人が増える事はいい事のはずなのに・・・
・・・でも、このこそばゆい感情はなんだろう・・
菫はそう思いつつ、馬に鞭を入れた。




