【室町編】⑥~既読スルーしちゃいました~
私と義政様との文での交流が始まった。
父や侍女には、私が直接文を書くことと、内容は義政様との秘密にしたいと説明し、文のやり取りは、菫にお願いした。
菫はこういう隠密の役割も得意なのだ。
彼女は、過去のことをあまり話したがらないが、もしかしたらお庭番衆だったのかしら?
「これは孤児の私がもっているただ一つの形見の品です」
そういって彼女がもっていた古い印籠を見せてもらったことがある。
確か四つ片喰紋がついていたな。
やはりどこかの武家の娘さんなのか。
で私からの最初の返事。
「義政様
覚えておりますよ。
あの日は、庭で鍬を担いで農作業をしている私の姿を見て驚いておられましたね。
私はあのように、公家の娘とか思えないような風情も品性もない女なのですよ。
農作業は、将来の不安に備えてなのですが、母親からも常にはしたないと言われております。
そんな恥ずかしい私なのです。あなたにふさわしくない女性なのです。富子」
「富子様
公家のお姫様が、あんな姿で農作業をしている姿にびっくりしたよ。
あの時の俺の態度に問題があったとしたら許してほしい。
しかし作法とか品性ってなんだい?
そんなものは、中身のないやつらが自分を取り繕うために用意したものだと俺は思う。
お前には、そういった取り繕いがない。
何も飾らずの本当の自分を見せてくれた。
それが素敵なんだよ。それがいいんだよ。義政」
「義政様
私は、根暗で性格も後ろ向きです。
朝起きるのも苦手だし、いつも竹林に呆れられています。
ああ竹林というのは、私のおつきの侍女なのですが、まあ私の乳母というか、先生というか、ようはそんな感じです。
そんな私はあなたに愛されるような女性ではありませんですから。富子」
「富子様
俺には引きこもりの妹がいるから根暗にはなれているよ。
それに俺もたいした人間でない。
確かに世間一般では、俺は何にでも秀でていると言われている。
しかしそんな俺の本質は、偽物だ。
世間の評価している俺は偽物だ。
だから俺は、
俺は本物が欲しい。
その本物をお前がくれるんだ。
俺は、お前から本物を貰いたいんだ。義政」
「義政様
たった一度のお会いしただけで、ほんの少しの間、言葉を交わしただけの話ではないでしょうか?
失礼ですが義政様はもっと多くの女性とお会いになって十分な時間を過ごされたほうがよいのではありませんか?
きっと私なんかよりも素敵な女性に巡り合えると思いますが。富子」
「富子様
たった一度の出会い、そのわずかな時を俺は玉石のように大事にしているんだ。
わかってほしい。俺の気持ちを。義政」
「義政様
もしかして、最初の歌は私が詠んだとお思いですか?
あれは、腕のよい代筆屋が書いたものですよ。
私はあんな歌を詠める素敵な女性ではないのですよ。
きっとあなたをほったらかして畑に肥えを撒きに行っていってしまうわ。富子」
「富子
俺が好きなのは歌のお前じゃない。
俺が好きなのは、ほっかむりして鍬を担いで、庭の土をほっくり返していたお前なんだ。
じゃあ、素敵な女性ってなんだよ。
素敵な女性の定義は?
何をもって素敵な女性というの?
俺にとって素敵な女性というのは、自分を飾らずに俺に本当の姿を見せてくれる人のことを言うんだ。
俺にはもうお前しかいないんだ。
お前が俺をほったらかして、農作業をするなら俺も畑にいくぞ。
もともと武家の発祥は農民だ。将軍は武家の棟梁だから農民の棟梁でもあるぞ。
足利将軍家を舐めないでほしい。義政」
・・・・・・・・・
・・・あれ?・・・
「菫、だめじゃん・・・」
「そうですね、富子様」
「そうですねじゃないが」
「これは、やはり当初の予定通り、義政様を冥土にお連れするのが」
「そーいうのいいから、そういうの」
「ああ、こんなことなら菫に全部任しておけばよかった」
「富子様、ご自身で返信するのがいいと言った私にも責任がございます。」
「まあ。そうだけど、仕方ないわね、菫ちゃんは気にしないでいいよ」
「そんなわけにはありません。私は責任をとらせて頂きます。」
「そんな責任って」
「責任をとってこれからは、富子様のお側でそのお身を守らせて頂きます。」
「え、まじ!菫ちゃんがずっと私の側にいてくれるの?」
正直、私は歓喜した。
「ありがとう、菫ちゃん、絶対だよ。もう今日は疲れたから寝よう、菫ちゃん一緒に」
「富子様、まだ刻限が、それに義政様へのご返事が、、」
「ああ、そうなの、ごめん、昨日疲れて早く寝ちゃったので返信できなかったでいいわよ」
「はあ、そうなのですか?」
そんなやり取りがあって、菫ちゃんは、私の侍女になった。
私は菫ちゃんと仲良くなった。
まあ、私のほうが勝手に仲良しになったと思っているだけで、あの娘はいつもそっけないんだけどね。
菫ちゃんの新たな一面も発見できた。
彼女は見た目とは裏腹に以外と大食漢なのである。
そしてそんなある日のこと、菫ちゃんは、鏡に向かって自分の顔を見つめ物思いに耽っていた。
「菫ちゃん、自分の美貌に酔っているの?ひゅーひゅー」
「富子様は、よく私の容姿を褒めて頂いておりますが、」
「うん、菫ちゃんは、本当に可愛いわね」
「ありがとうございます。ですが富子様は、ご自身のお顔を鏡でみたことはございますか?」
「あるわよ、バカにしないで。まあ普通じゃない。中の上くらいじゃない」
「富子様はいつも笑顔ですが、少し表情を殺していただけますか?」
「いいけど何?これでいい?」
私は、菫ちゃんの表情を模して表情を殺す。
「これは、周りの皆様がおしゃるのですが、富子様のお顔と私の顔は、よく似ているようです」
「そう、そんなことないと思うけど」
「いえ、私も思いますに、よく似ておりますよ。そして富子様に初めてお会いした時には、」
「時には?」
「何か懐かしい気持ちがいたしました。」