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【破壊神復活編】⑮ 稲荷山合戦後編 ロミオとジュリエット

楠間茂には、「逃げの楠間」という異名がある。

もちろん不名誉なものではない。多くの人は彼への尊崇をこめてそう呼ぶ。

彼は数多くの困難な退却戦を自軍の損害を最小限に抑えて成功させてきた。

また楠公の生まれ変わりとも称される通りに、防衛戦においても彼の右に出るものはいない。

それ故に今回の合戦の序盤において、反政府軍が積極的な攻勢に出てきたのは政府軍側にとっても意外であった。

反政府軍の左翼が半ば力攻めとも言えるような突撃しかけてきたのである。

ちなみにこの積極的な攻勢は左翼のみで、右翼は不気味な沈黙を保っていた。


もともと政府軍は敵の右翼の殆どがダミーであろうと考えていたものの、この右翼の沈黙には、かえって警戒感を強めた。

右翼に伏兵がいる可能性を捨てきれずにいたため、約3割以上の兵を割いて右翼に向けて前進させた。

そして残りの7割弱の兵力を敵の左翼の迎撃に振り向ける。

政府軍の反撃は、自軍の損害を度外視した苛烈なものであったため、すぐに反政府軍は総崩れとなり後退を始める。

敵のその姿はどうみても散り散りになって逃げているようにしか見えなかった。


しかし、かねてより安倍晴明と幕僚たちは緒戦で反政府軍が撤退した場合は、それは間違いなく擬態であり戦術的後退であり、いづれのタイミングで逆撃に出て包囲殲滅を狙っていく魂胆であろうと考えていた。

しかし、今はその考えが大きくぐらついているのだ。

何故ならば、最初の戦闘での反政府軍の被害、すなわち死者の数があまりも多かったからである。


・・・「逃げの楠間」の異名をもつ楠間茂が、これほどの損害を出してまで罠を仕掛けるだろうか?・・・


・・・もしかして擬態ではなくこちらの苛烈な攻勢に対して本当に総崩れとなって遁走しているだけではないか?・・・


・・・こちらには時間がない。ここで消極的になって時間を浪費することは敵に利することになるのではないか・・・


念のため、戦闘支援システムにかけて敵の行動が擬態であるかを推論させてみる。

戦闘支援システムはすぐに答えを出す。

99%以上の確率で擬態ではないと。


安倍晴明は心を決めた。

左翼を撃破した部隊の密集隊形を解除して、散兵に切り替え逃走する敵兵を個別追撃するように司令を出した。

戦闘支援システムが最適な行動計画を作成して、各兵士に伝達していく。

兵士たちは逃走する反政府軍に向けて追撃を開始する。



さて、こちらは反政府軍の本陣

「鼻毛、敵もようやく乗ってくれたみたいね」麻衣はほっとした表情を見せる。

「そうですね。なんとかギリギリのタイミングです」楠間茂は少し緊張を解く。


結論を言うならば、反政府軍の遁走はやはり擬態であった。

長年の「逃げの楠間」の元で生き残ってきた兵士の技量に、麻衣のもはや神業とも言える行動計画プログラムが加わり1万人の頭脳を利用した化け物のようなシステムを凌駕したのである。

この2人は、世界最高の電算処理システムを騙しきったのである。


そして、政府軍の攻勢がまさに限界に達しようとしていたタイミングで反政府軍は突如反撃に転じた。

猛烈な砲射撃の前に政府軍の兵士は次々と倒れていく。


してやられた!

安倍晴明は唇を噛みしめる。

しかしすぐに冷静さを取り戻す。


・・各個撃破され勢力を削がれつつあるものの兵の総数ではまだ政府軍が勝っている・・


・・一旦は後退しつつ密集隊形に再編成の後、再突撃し包囲網が完成する前にその一角を打ち破れば・・・


・・さらに敵の右翼を攻撃している部隊とも合流できる・・・


「まだ、わが軍の有利である、後退せよ」

安倍晴明は後退を命じる。


その命令をうけた政府軍は猛烈な追撃によってさらに犠牲を出しながらも後退し、隊形を立て直すことに成功した。

そして、いままさに逆激に転じようとしていたその瞬間であった。


パンパンパンパンパンパン!


密集した陣形に対して、突如、背後から銃撃を受けて兵が次々と倒れていく。

混乱の輪が広がっていく。


まるで瞬間移動してきたが如くに反政府軍の別動隊が出現したのである。

それは服部優樹菜を隊長とした精鋭部隊であった。

政府軍は追撃してきた部隊とこの精鋭部隊の挟撃にあい兵数をみるみると減らしていく。


「あれは一体、どこから出てきたんじゃ!」

安倍晴明はらしくなくも取り乱した。

「わかりません。それとこれは?あ、ありえません!」戦況数値をモニタリングしている幕僚が思わず声を上げた。

「どうした!?」

「反政府軍の累計死者数が!死者数が減っているのです!」

「死者が蘇った?そんなことが!」

安倍晴明の脳裏には将軍霊廟で出会ったあの黒猫の姿が浮かび上がった。


・・・そんな事はない、死霊術は死者を操るだけだ、死者を蘇らせることなどできん・・・


・・・生体認識がゾンビを生者として誤認しているのか?・・・


・・・いやしかし、これだけの数のゾンビを操るなぞできるはずがない・・・


・・・いや、今はそんな事より!・・・


「右翼を攻撃していた部隊はどうなっている!そいつらにあの別働隊の背後をつかせろ!」


「それが、激しい砲撃を受けて、壊滅寸前です!」


「なんと!」



反政府軍の右翼、すなわち稲荷山の東部にて索敵していた部隊は、そこに展開していた反政府軍の兵士が全てダミーであることを確認した。

そして、散開していた兵力を一か所に集め、本隊への合流を図るために移動しようとしていたその時である。


ドーン、ドカーン!!!!


降り注ぐ砲弾の雨。

炸裂する榴弾に吹き飛ばされる兵士たち。


反政府軍の本陣に配備された砲兵による集中砲火を浴びていたのである。

兵士たちは想定外の事態に対応できずに次々を倒れていく。




その数分前の反政府軍の本陣。


「なんで!砲撃が始まっていないのよ!敵はもう密集隊形になっているのよ!」麻衣は砲術士官に向けて怒鳴り散らす。。

「砲の仰角を制御するシステムプログラムに問題があって仰角が正しく調整できないのです!!」士官が怒鳴り返す。

「なら、手動でやればいいでしょ!」

「そうしたいのですが、こちらの火砲には仰角を図るものがなくて、どうにも!」

「このばかもん!これ、受け取れ!」

麻衣は手に持っていた扇子を砲兵士官に向けて投げつけた。

「なんと!」士官はあわてて扇子を受け取る。

「それ開け!そして端から3つたため!それが64度。それ使え!」

「か、かしこまりました!」

砲兵たちは、扇子を使って次々と仰角を測り砲撃を開始した。

もちろんそれが帝から賜ったものであることは知らずに。




稲荷山における戦闘が終了する。


兵力の9割以上を失った政府軍がようやく撤退を始めた。

反政府軍の損害は軽微であり、大勝利であった。


「今回の作戦のアイデアはやはり楠公の古事に学ばれたのですか?」幕僚の一人が楠間茂に尋ねる。

「いや、違う。ロミオとジュリエットだね。有馬さんのアイデアだよ。」楠間茂を麻衣のほうを向いた。

「二度と使えない作戦、いや詐欺ね、これ」と麻衣。


種明かしはこうである。

アリマホールディング傘下にある製薬会社はある薬を開発した。

この薬を服用すると一定の時間、仮死状態になる。

まったく何の役にも立たない薬であるが、麻衣はこれを利用した。

作戦直前にこの薬を兵士たちの一部に服用させ仮死状態にさせたのである。

当然、政府軍の生体認識には死者と判断されるので攻撃対象にはならない。

そして一定時間たって仮死状態が解けた兵士たちが、一気に政府軍の背後を襲ったのである。


「だから時間がなかったのは、こっちも同じ事だったんだ」麻衣は独り言のように言う。

その薬の仮死状態時間は15分と短かった。

「政府軍は、こっちが時間稼ぎに出ると思って、そう思い込んで、作戦行動時間を短縮化を狙った。その時点で彼らは間違っていた。」


「よかった!麻衣が死んでなくて」優樹菜がとびついてきた。

「死ぬかよ、それが本家ロミオとジュリエットとの違いだね、ちなみに優樹菜?」

「何?」

「もしあたしが死んでたらどうする?」

「殺す、麻衣を殺した奴を100回殺す」

「殺される前提かよ。でもその後は?」

「生きるよ、辛くてもね、どんなに辛くても生きる、だってそうしないと麻衣に蹴られるから」

「正解、よくできたね」


・・・この子はいい子だな・・・


・・・ちゃんと約束を覚えていてくれる・・・


・・・それに引きひきかえ私ときたら・・・・

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