【破壊神復活編】⑬ BEST DAY EVER
パン!パン!
鳴り響く乾いた銃声。
頭を打ち抜かれた兵士は声を出すこともできずに地面に転がった。
「ちっ、弾切れかよ」
その女兵士は拳銃を投げ捨てた。
パンパンパン!
鳴りやむことのない自動小銃の乱射音。
もちろん味方のものではない
全部敵だ。
服部優樹菜にとってその日は「最悪の日」でだった。
時は約2年前に遡る。
ある軍閥が密かに敵国に通じて機密情報を流出し、さらには敵国と結んで政府転覆のクーデターを企てようとしていた。
その情報を得た参謀本部は、特殊作戦部隊の服部優樹菜を潜入させ内偵を行わせていたのであった。
結論を先に言うならば、この手の任務に彼女を選んだのは失敗だったと言える
潜入早々に素性がばれた彼女は1個大隊の追跡を受けることになったのだ。
はぁはぁはぁ
ようやく敵を振り切り、廃屋に身を隠し一息つく優樹菜。
しかしもとより1個大隊の敵軍からの逃走である。
抜群の運動神経をもち、厳しい訓練を受けた優樹菜であってもさすがに無傷というわけにはいかなかった。
むしろ重傷だ。
全身には数えきれない銃創と刀傷。
その軍服は、自分と自分が殺した相手の血で真っ赤に染まっている。
普通の人間なら当に気を失っていても、いや、もう絶命していてもおかしくない状態である。
はぁはぁはぁ、
「・・・なんとか振り切れたのかな・・・」
銃声の音が少し遠ざかっているようにも思える。
いや遠ざかっているのは自分の意識のほうか?
「・・・さすがにもうだめかもしれないな・・・」
優樹菜は廃屋の中で大の字になる。
そして、一応、もう無駄だと思いながらも救難信号を発信する。
すでにもう何回もやっていることだ。
もちろん、それに対しての返信はない。
「くそっ、やっぱり見捨てられたか・・」
優樹菜が現在いる場所は、潜入した某軍閥の演習地のはずれである。
そのすぐ近くには、第一師団の第4連隊が駐屯している。
主には通信と砲兵を中心とした兵科である。
そして、その部隊には、優樹菜が命令を受けた参謀本部の士官がいるのである。
この救難信号は、彼には届いているはずなのである。
「あーもう、そもそも私にはこういう任務向いていないんだよ」
優樹菜の自己評価は結果としては、至極正しい。
ただ、その失敗の主因をなしているのは、彼女のおおざっぱな性格故であるのに、彼女は、それは自分の容姿にあると思っていた。
高身長で立派な体躯。人目を引く美貌。
「わたし、悪目立ちにするから。こういうのは菫のような地味子のほうが向いている。」
・・多分、永園菫だったらこの任務を卒なくこなしているんだろうな・・
・・ちっ、なんでこんな時に永園菫?・・・
ふと悔しくなって唇を嚙みしめる優樹菜
だが、いわずもがな永園菫は、人目を惹く類まれなる美貌。
だからこの指摘はあたらない。
・・これじゃ、私はいつまでたっても№2のままじゃん・・・
・・でも、まだ・・・
「死にたくないな」
「死ぬのはいやだな」
並外れた戦闘のプロだからと言って、死に対しての恐怖がないことはない。
人間なら普通の事だと思う。
「でも、永園菫なら、こんな時でも冷静で死んでいくのかな・・、私はだめだな」
「馬鹿なこというな!!!」
ドカッ
突然の声に驚き、顔を上げようとした瞬間、優樹菜は顔面に強い衝動を受ける。
「何すんだ!てめえ!」
思わず怒声を発して、顔を上げた視線の先にその少女はいた
小柄で華奢な身体つき、
ややきつめながらも、整った顔立ちながらの少女。
軍服を着ていてるが、その装備や腕章から衛生兵のようだ。
「助かった!、来てんくれたんだ!」
喜びに声を震わせる優樹菜。
その姿は、優樹菜にはまるで天使に見えた。
「なんだ、まだ生きてんじゃん、めんどくさ」
しかしその後に続く言葉は天使のものではなかった。
「この周辺には敵がいるんです!味方は何人で?」
「うるさい、ちょっとじっとしてろよ」
その少女は手際よく、優樹菜の傷に応急処置を施していく。
「は、はい」
優樹菜はじっと治療を受ける、鎮痛剤の効果もあり、意識も戻ってきた。
「で、さっきの質問の答えだけど」
一応の応急処置を終え、汗をぬぐったその少女は思い出したかのように口を開く。
「ここにいるのは、あんたと私だけよ」
「えええええっ???」
思いもよらぬその言葉に優樹菜は再び奈落の底につき落とされる
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当時、有馬麻衣は京都帝国大学医学部の2回生であった。
医学部に入ったのは、別に医者を目指していたわけでない。
当時彼女は生体コンピューティングに興味があり、それが研究できると思い入っただけであった。
ちなみにこの国では大学生は、その在学中に最低でも半年間は兵役就く必要があった。
それで彼女も、例外なく一衛生兵として兵役についた。
宿営地での衛生兵としての生活。
それは彼女にとって無為なものでしかなかった。
そこで、彼女は単なる暇つぶし、退屈しのぎとして、軍用の無線傍受や盗聴、暗号解析を行っていた。
そしてある晩、彼女は知る。
自分のいる宿営地の近くで絶対絶命の危機にあった服部優樹菜の存在を。
そして、いままさに彼女が見捨てられた状態にあることを。
それに「服部優樹菜」という名前にも聞き覚えがあった。
それで麻衣はその事を上司にも報告もせずに、勝手に単身で、優樹菜の救出に向かったのであった。
さきほど言った通り彼女は無線傍受や盗聴、そして戦場分析に長けていたので、単身で敵地に乗り込むの事は全くの暴挙というわけではない。
それでも十分すぎるほど危険な行動ではあった。
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「なんで?あんた一人で?!」
「そりゃ、私が衛生兵だからでしょ」
「いやでも、ここは、敵兵がうようよしてる場所なのに」
「そうなの?それは知らなかったわ」これはもちろん嘘である。状況と危険を理解しての行動だ。
「あんた、死ぬのは怖くないの?」麻衣の言葉が嘘と分かっての質問だ。
「はぁ?怖くないなんてあるわけないでしょ!だから、あんたを蹴ったのよ!」
「えっ」
「まるで死の恐怖を感じていないように、他人のために平然と死のうとするやつは嫌い!」
「・・・」
「他人の命のために自分の命を大切にしない人は嫌い!」
「・・・」
「そして、そんな変人と自分を比べて卑下するような奴がいたら、私は蹴り飛ばしてやる!」
「・・・」
「だから、あんたは、そんな変人なんかと自分を比べないで、自分をもっと好きになればいいじゃない。」
「そ、そうだね、あんたの言う通りだ」
その言葉で優樹菜は、いままで自分が永園菫にもっていたもやもやした気持ちが、すっと溶けていく気がした。
「じゃあ、そろそろ行きましょう。」
「了解だ」
「あと、あたしは、有馬麻衣。麻衣でいいわ。京大医学部の2回生よ。いま兵役で第一師団の第4連隊に衛生兵として赴任している。」
腰を屈めながら、演習地の外に向かって歩き出す2人。
「だから、いっとくけど、あたしに戦闘面は期待しないでね」
「ああ、そっちは任せてくれ」
自分がもっていてもしょうがないからと渡された自動拳銃の安全装置を確認しながら優樹菜は答える。
「ちゃんと最後まで私を守りなさいよ!」
「はい、はい、お嬢様」
「それとさ、あんたは、服部優樹菜でしょ。特殊作戦の」
「何で知ってるんだ?」
「知り合いがね、まあ無口なやつなんだけど、殆ど他人の話なんかしない陰キャな知り合いなんだけど」
「はぁ」
「唯一、話してくれるのが、同じ隊の服部優樹菜って人のことなのよ」
「それ、もしかして永園菫?」
「よくご存じで、そうよ、辛気臭い、死にたがりの菫よ」
「そうなんだ・・・」
「昨日の射撃の練習の時、服部さんが、今日のCQCの試合で優樹菜さんがって毎日、その名前聞かされていたからね。」
「永園菫が私のことを!」永園菫は周りとは全く口も利かず、優樹菜も常に無視されていると思っていた。
「だから、あんたの名前聞いた時、まあ、ほっとくと永園に悪いかなあってちょっと思ってね、それが来た理由のひとつでもあるわ。でもよかったわ」
「何が?」
「助けたのが、こんな可愛い子でさ、」
「えっ?、可愛い???私が?」
美人だとか凛々しいとか言われるのはしょっちゅうだけど、可愛いと言われたのは初めてだ。
人生初めてかもしれない。
だからその言葉に優樹菜は、思わず顔を赤らめた。
「可愛いわよ、ちょっと口が悪いけど、あれ、あんた発熱してる。解熱剤うっとく?」
「発熱していないです。解熱剤もいいです。」
「あそ、あ、やっと抜けたわ。ここまでくれば大丈夫でしょ」
2人はようやく敵の演習地を抜け出した。
担架に乗せられて遠ざかって意識の中で、優樹菜は今日という日を振り返る。
・・・今日は、軍に入ってから最悪の日だったのだけれど・・・
・・・私の人生最高の日になった・・・
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笠置山に向かう軍用ジープの中で優樹菜はしきりに麻衣に話しかけてくる。
「そしたら麻衣さん、いきなり私の顔を蹴りつけてきたんですよ。本当にびっくりしました・・・」
「また、その話?いいよ、もう許してよ、優樹菜」
二人の出会いの日の事。
もう何回も聞かされた話だ。
優樹菜にとっては忘れられない記念日なんだろうなと麻衣は思う。
でも、正直、うざい。うざすぎる。
「私にとっては最悪の日だったなあ」
「麻衣さん、ひどーい!!!」
嬉しそうに話す優樹菜の横顔を見て麻衣はふと思う。
・・・こういうとこ、やっぱ優樹菜は可愛いな・・・
・・・だから、あの日、戦場で思った事は嘘じゃない・・・・
・・・だけど・・・
・・・ストレートな好意を向けられること・・・
・・・素直に受け止めてそれを相手に伝えること・・・
・・・それができれば、苦労しないよ・・・




