【室町編】⑤~富子と代筆屋~
「姫様!富子様!おきて下さい」
・・むにゃむにゃ、何よこんな朝から・・
「はあ、姫様には、本日お目見えがあるとお伝えしておりましたが、、」
侍女は呆れた顔で私をみつめ溜息をつく。
・・ああ、そうだった。私は、一昨日の父との会話を思い出した・・・
「お前には、これから義政様との恋文のやりとりをしてもらうことになる」
「恋文?そのようなもの、まだ私には書けませんわ!」
「だろうな、だから腕のいい代筆屋を手配するから問題ない」
・・まじかああ、そんなことすれば余計婚約解消が難しくなるやん・・・
「なんだ、不満か?やはり富子は自分で」
・・無理、もう勝手にして!・・・
「わかりました、代筆屋でもなんでも、お好きにどうぞ」
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私は、代筆屋を待たせるのもなんだから、体調が悪くて臥せっているのでここに通してと侍女に言った。
侍女は呆れ顔で代筆屋を呼びに行く。
「お初にお目にかかります」
!!!!!!!!
私は、凛とした若い女性の声に驚いて布団を跳ねのけた。
私はてっきり代筆屋というは、坊さん、頭の禿げたおっさんだと勝手に思っていたからだ。
「富子様、ごきげんうりゅわしゅうございます。本日より姫様のお手伝いをさせて頂きます。菫とお呼び下さい。」
うわっすげえ美少女!
華奢な身体に、透けるような白い肌にやや茶色がかった大きな瞳。
そしてやや無機質ながらも悲しげな表情。
・・・可愛いなあ、こんな子が本当に代筆屋なの?・・・
実は私、基本的には得意領域を戦国武将としつつも、そっち方面にも結構強いのである。
というか、百合である。
・・菫ちゃん、可愛いよ、菫、もうたまらん・・
「菫ちゃん、ごめんっ」ガバッ
私は菫に飛び掛かって抱きしめようとしたのだ。
しかし、その瞬間、私は何が起こったのが分からなかった。
私が抱きしめたはずの菫の姿はそこになかったのだ。
そしてまさにうつ伏せに倒れこもうとしていた私の体を背後からの細い腕がしっかりと支えていたのである。
「失礼いたします。富子様、あぶのうございますよ。」
その美少女は、少し困惑した表情で私を見つめて言う。
・・・なんなの?今の動き?通常の3倍はあったわ?もしかして質量をもった残像なの?・・
私は、見かけによらない菫の運動能力の高さに驚いた。
「え、えへん、姫様。そろそろご口上を」
侍女が咳払いをしながら私に説明を促す。
・・ああ、そうそう、そうだった。
「わたくしは、蔵人右少弁日野重政の娘、富子である。そなたには将軍足利義教様の御子息義政様と交わす文の手伝いをしてもらいます。よろしく務めるがよい。」
私は、菫ちゃんに抱きつこうとして失敗した気恥ずかしさから少し尊大な口調になった。
「必ずご期待にお応えいたします」
・・・あれ、こんな子供なのに結構な自信家ね、まあ私本来の期待と希望はちょっと別にあるんだけどね・・
「あのう姫様、そんなお姿でそのように仰っても」
侍女が呆れている。
・・・そりゃそうだわな・・・
そして菫ちゃんが、私に近く寄り添い着物の乱れを直してくれた
・・・ああ、菫ちゃん、いい匂いがするなあ・・・
「さておき、菫?あなたはいくつなの?」
「捨て子なので正しい年齢はわかりませんが、おおよそ富子様と同じくらいであろうかと」
「そうなの?じゃあ同じ年代ってことで聞きたいんだけど」
「はい」
「男の方に嫌われるにはどうすればいいのかな?」
「その質問は、無意味です。」
「うーん、だから好かれるためには、その反対に嫌われることを知っておきたいってことよ」
「あ、そういう意味でしたか。恋愛については、したことがないのでわかりかねますのが、例えば戦においては、個人であれ集団であれ、敵の弱点を見つけてそこを攻めることにつきるかと思います。
敵の弱点をつく、すなわちそれが、敵のいやがることではないでしょうか?
古今の武士は、正々堂々の正面からの戦いを誇りとするようですが、それは兵力の無駄です。
自分、味方の損害をいかに減らして敵の損害をいかに増やすか、それをまずは考えることが重要です。いま、この時代の戦争を大きく変えているのはそういった足軽の戦法でございます。
しかしそもそも戦争においては、戦闘行為そのものよりも、兵站の・・」
「ああ、もういい分かった、わかった。要はまずは弱点を突けということでしょ」
「はい」
・・私は菫のあらたな一面を見て少し驚いた。普段は寡黙なのに戦闘や戦争の話になると随分と饒舌になる・・
・・まあ、でもこんな恋をしたことないミリオタの朴念仁がろくな恋文とか書けるわけないじゃん・・・
・・私生活では、拙者とか、ござるとか言ってそう・・
・・やったわ!お父様ありがとう!オホホホホッ、これで婚約解消まっしぐら!
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しかし私の期待はすぐに裏切られることになったのだ。
侍女から筆と短冊を受け取った菫は、迷うことなくすらすらを筆を運んでいく。
「詠めました」
「ちょっと、読んでみて」
あたしは、菫の書いた短冊を、侍女に渡す。
世の中に たえて桜の なかりせば わが恋ひわたる この月のころを
「作法通り花と月が入っておりますね」
「おまえ、恋文うまいじゃないの!」
「・・・」
「無視かよ、まあでも最初の一発目はこれでいいじゃない。お願いするわ」
そういって私は、短冊を侍女に託した。
そして義政へ手紙を出したことも忘れてしまった。
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数日後
「富子様!お返事が来ました!義政様からのお返事が!」
「へえ、そうなんだ」
「へえではございませんよ。前代未聞の事態です。」
侍女は興奮した口調である。
「何が?まあ読んでみてよ。」
「姫様がご自分でお読みください。ご自身でお確かめください」
「あ、はいはい、どれどれ」
拝啓、富子様
あの屋敷の中庭で初めて会った俺のことを覚えていますか?
俺とお前があっていたのは、ほんの短い時間だったのだけれど
俺のいままでの十数年の退屈な日々にまさる何十倍かの貴重な時間だったと思っている
ふりかえるに俺の人生はいままで灰色だった
退屈な毎日だった
しかしあの瞬間、お前とあったあの時に俺は世界が変わっていくのを感じたんだ
俺に語りかける君の声が
俺を見つめる君の瞳が
そして君の温かい息遣いが
灰色の俺の人生を色鮮やかなに塗り替えていくのを感じたんだ
もうお前なしの人生なんて考えられない!
いままで誰も愛してこなった俺だけど、人の愛し方が分からない俺だけど
俺の精一杯の全力で、
富子、おまえを愛します。
義政(花印)
・・・・「和歌じゃなくね?」
「本気の恋文というやつですね」
訪問していた菫が淡々と言う。
・・ああ、これぇ、ダメなやつだあ、まじでだめなやつだ・・・
・・なんでこうなるかなあ、こいつは激情型なんだ、多分、わたしと結婚してもすぐに他の女に手を出して邪魔になった私を殺すか、追放するんだわ・・
破滅のシナリオを私の脳内をぐるぐると回りだす。
「もうっ!いやっ」
私は思わず、屋敷を飛び出していた。
・・・どうしよう、どうしよう、どうしよう・・
私は人通りの少ない賀茂川のほとりにしゃがみこんで半泣きになっていった。
「恥じらっておいでですか?」
私を追いかけてきた菫が声をかけてきた。
「違うわよ」
「・・・」
「いまだけ日野重政の娘をやめて一人の女の子としての話を聞いてくれるかな」
「はい」
「実は私はこの婚約がいやでたまらないのよ。でもそんな私の気持ちと裏腹に周りはどんどん事を進めてしまう」
「富子様は、義政様がお嫌いなのですか?」
「嫌いとかそういう問題じゃないのよ。私が義政様と結ばれると破滅してしまうの」
「は?破滅?」
そこで私は、菫に将来の私の破滅シナリオを説明することにした。
菫ならこんな話でもちゃんと聞いてくれて、他言もないだろうと思ったからだ。
菫は無表情で私の説明を聞き終わりおもむろに口を開いた。
「富子様は何故、そんなことがわかるのですか?」
「ゆ、夢のお告げよ!前世の私が、夢の中で私の未来を教えてくれたのよ。
私が義政様と結婚すると破滅してしまうのよ、死ぬのはいや!島流しもいや!
でも一番いやなのは、お前も含めて私の周りの人たちと別れるのが辛い、つらいのよ!
また、私だけ、みんなと別れるのはいやなのよ!」
私は思わずぽろぽろと涙を落とす。
「了解いたしました。」
菫はすっと立ち上がった。
「これは、本来の代筆屋の仕事から逸脱する行為なのではありますが」
菫はいままでのない厳しい表情をつくり私の耳元に口を近づける。
「富子さまの涙を止めて差し上げるために、義政様の息の根を止めに参ります。」
「ちょっと!バカ、あんた何言ってんのよ、それはやめて!」
私は驚いて声を上げる。
菫のあの身のこなしでは、義政を暗殺することもたやすいかもしれない。
「嘘ですよ。姫様、姫様ご自身が義政様と正面から向かって下さい。姫様ご自身言葉で義政様にお気持ちをお伝えください。」
「何よ、普通なこと言いやがって、正面戦闘は愚策って言っていたんじゃないの?」
「この場合、普通が一番なのですよ」
そんなわけで、私は自分自身で義政への返事を書くことにした。
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