【軌道戦士編】⑰吾輩は猫でない ~ ようやく竹林は約束を果たす
そして時は現代へ。
土御門富子の母が亡くなる直前、富子6歳の時分。
「良子、じゃあ、ちょっと私たち行ってくるわ」
「ちょっとって、どこへ?玲子?」
広橋良子に話しかけたセミロングの亜麻色髪の美しい女性。
土御門家の執事であり超常科学研究の第一人者の竹林玲子である。
「まずは、今から約50年後の日本で野暮用すませてから、その後、700年後の欧州に」
「ええ??」
良子は、竹林が超常の力を持っていることは知っている。
普通の人間とは思えない膨大な知識の量に謎めいた技の数々。
以前、手かざし治療で怪我を治してもらったこともある。
竹林本人曰く、何回か過去にも未来にも行っているとの話だが、さすがにそれは信じがたい。
「玲子、明日は土御門家にとってどういう日か分かってんの?」
「分かっているよ。だから行くんじゃない。明日の儀式までに戻る予定だから。」
「予定って、でもあんた、この間、未来に行ってた時も、普通に私の前にいたじゃない。」
「魂をちょっと残していくからね。だからその間は、こっちの世界の私は、何の力もないから、雑な扱いしないでね」
「いつも丁重に扱っているわよ。」
「そりゃどうも、ところで、アキラ!」
そういって横で端末を操作している青年を睨みつける。
金髪ショートカットに耳ピアス。
やや目つきが悪いが、まるでモデルのような長身のイケメン。
竹林玲子の義理の弟の章である。
「なんだよ、玲子」
章は、ぶっきらぼうに答える。
「あんた、ちゃんと計算終わってんの?」
「ああ?あんな雑な指示でこれだけ計算すぐに全部終わるわけねえだろ!」
「はあ?あんたやる気あんの?」
「ああ?やる気なんかあるわけねえだろ!」
「はあ?どーでもいいからしゃべる暇あれば早く終わらせなさいよ!」
「くそ、うせっーな、ああ、終わったよ。」
「よろしい、じゃあね。良子。」
「はい、了解。でもほんと玲子は弟ちゃんには、あたり強いねえ」
「ほんとだよ、まじめんどくせえ」
ぶつぶつとまだ文句を言っている章の手を取った玲子は部屋の外に出ていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
50年後の日本で野暮用を済ませた2人の魂は、700年後の欧州に到着した。
「あたしは、これから子孫の竹林なんとかって女軍人の身体に入るけど、章はどうすんだっけ?」
「ああ?お前、俺がつくった旅のしおり、全然読んでねえだろ!」
「はあ?あんたがいま説明すればいいでしょ。早くしなさいよ!」
「俺は、玲子の敵方に行って、五つ子の子孫をおびき出す役だろ。」
「五つ子の子孫?すぐ見つかるの?」
「ああ?馬鹿かよ。五つ子が一番簡単に見つかるからこの時代を選んだんだろうが!」
そして玲子は、ベルンシュタイン帝国軍参謀竹林に憑依し、章はまずは宇宙移民共和国連邦のアハル・キラとなり、最終的にはニューフロンティア共和国の真壁少将となり事を進めていく。
そして・・・・
ここは、ニューフロンティア軍の宇宙衛星「有頂天」の指令室。
横たわる真壁少将の死体。
再会を喜ぶ五つ子たち。
「にゃあああ、お前ら!許さないにゃ!」
その黒猫は叫んでいた!
「きゃわああああああ!しゃべる猫だよ!アニメでしか見たことのないしゃべる猫だよ!ねえ飼っていい?」驚喜する桜。
・・・イタタタタタタ・・・
そして黒猫は、いや、黒猫の中の章は激しい頭痛を感じる。
自分の意識の中に自分ではないものが乱入してくる気持ち悪い感じ。
「ああ、最悪、章みたいな馬鹿と同じ肉体を共有するとかありえない!」
黒猫の中のもう一つの魂。玲子の魂は叫ぶ。
「はあ?それはこっちのセリフだろ。で、お前、ちゃんと持ってきたのかよ」
「あたり前でしょ。ついに私たちは、世界を支配する力を手に入れたのよ。ガハハ」
「どーでもいいわ、そんなこと、とっとと元の世界に帰ろうぜ」
「はあ?ここの五つ子ちゃんにも話してからでしょ!」
「わかったから早くしろよ。玲子と一緒の身体とか耐えられん。それに猫だし、なんか痒いし」
「わかってるわよ」
そして黒猫は、五つ子たちに向かって口を開く。
「ちょっと、良子の姉御、それと残りの4人!聞きなさいよ!」
「えっ、猫ちゃん、キャラ変わった?ニャって言わないの?」驚く桜。
「章、あんた、何やってたのよ。」
「はあ?しゃべる猫ってこういうもんだろ、ニャつけるだろう、玲子しらねえのかよ」
黒猫の中でも2人の言い争いは絶えない。
「でも、その声とその言い方。もしかして生徒会長?」驚く良子。
「竹林なの?竹林!生きていたの?よかった!」安堵の声を上げる富子。
「生きてもいなければ、死んでもないわよ」そっけなく言う黒猫。
「すいません、何言ってるか全然わかりません」と今依。
「じゃあ、まず確認。『鍵譲り』ってまだやってんだよね」黒猫は本題を切り出した。
『鍵譲り・・・』
その呪われた言葉を聞いて五つ子たちは、途端に表情を暗くする。
「はい、5家に生まれたものとして、避けられない運命だと思っています」と菫。
「私たちは、子供がいないからまだ先ですが、いずれは・・・」と富子。
「あっそ。ああ、それ、もうやんなくていいから」黒猫は軽い口調で言う。
えええええ!????
五つ子たちは驚く。
「鍵は、全部私が貰っちゃったからね。あんたたちの中にはもうないわ。」
「そんなの冗談でしょ」と良子。
「嘘だと思うなら、5大世界にでも接続してみなさいよ。」と黒猫。
五つ子たちは、それぞれ目を瞑る。
そして、自分たちがもはや5大世界につながらないことを確認する。
「本当だ!もうあの世界とつながれない。」
「じゃあ、私たちの使命は?」
「これじゃあ、魔法の封印がなくなる?」
困惑する五つ子たち。
「今頃気づくとか、おめでたい人たちね。まあ、とりあえず、封印はそのままにしとくから心配無用よ。」
「でも、どーして?黒猫さん」と富子。
「玲子様って呼びなさいよ。で、それ、あんたの先祖にそう言われたからよ。」
「ごめん、生徒会長。全然、話についていけない」と良子。
「あの封印の鍵を私たちから奪うなんて事は、絶対にできないはず!一体どうやって?」今依は、まだ疑っているようだ。
「わかった、わかった、じゃあ馬鹿なあんたたちにも説明するわ。
まず地下神殿で、富子を除いたあんたたちの4人の鍵を富子に継承させた。
えっ? 鍵を渡したものは死ぬはずなのにって?
それは、鍵を渡す時の話でしょ。
あんたたちが鍵を渡したんでなくて、こっちが鍵を奪ったのよ。
奪われる場合は、別に死んだりしないわよ。
ん?鍵は、その家系にあるものしか引き継げないはず?一人につき一つ?
ああ、遺伝子情報照合のことね。
だから、そのためにあれをつくったのよ。鍵の少女ってやつを。
あれには、鍵の送り手と受け手の両方の遺伝子情報をもたせてあったのよ。
富子と良子といった感じでね。
だから、あの少女は、良子から受け取った鍵を富子に渡すことができる。
あと一人の人間は、実のところ、いくつでも鍵を受け取れるわ。
でも人間が使える鍵は一つということ。まあ、それもあたしらには関係ない。
ええ何?それじゃ、鍵を富子に渡したあの少女は何で死なないの?って
そりゃ、死なないわよ。あれ、死体ですもん。
あたしたちが、50年後、じゃなくていまから650年前に行ってくすねてきた技術を使って作ったのよ。
ちなみに、あれの作り方や使い方は弟のほうが詳しいから私に詳しいこと聞かれてわかんないわ。
そして、4人の鍵を移した富子をここに連れ出して、竹林の身体を殺させて、富子、あんたの中に入って5つまとめて鍵を奪った。
私もこの弟と同じで、魂を乗りかえるためには、死なないといけないからね。
あんたたちの身体に定着できないのも弟と同じ。
そして、今はこの黒猫の中にいる。
このいけすかない弟と一緒に。」
「それじゃ!」ここで富子は声を上げた。
「その鍵のために竹林を殺したの!」
「そうよ。でも何言ってんの!そもそもあんたのご先祖様の依頼じゃん。でも、一応、この時代の竹林には、説明して許可はとったわ。」
「許可って・・・」
「喜んでいた。そして覚えていた。あんたの先祖が私に言ったことをね。喜んでやらせてくれと言った。」
「そうか、それならよかった」と納得した富子は、涙ぐむ。
「じゃあ、わかったから、もう帰るわ。私たちの世界でも野暮用あるんで、いくわよ章」
黒猫はちょこんと頭を下げた。
「あ、そうそう、あと言い忘れるとこだった。あんたたちがエーテルポットンっていてるやつ、あれじきに止まるから、じゃね」
えええええ!!!
再び驚く五つ子たち。
「玲子さん!」
にゃああああ
「おい、黒猫!」
にゃああああ
しかし、もはや黒猫はただ鳴くだけの普通の猫であった。




