【室町編】⑱~ わたしは間違っていたんだね ~
時は再び室町時代まで遡る。
凛とした顔立ちの女性が、棺の中で目を閉じている女性の顔をみつめている。
ともに30代半ばという感じであろうか。
棺の中を見つめている女性、日野将軍家初代将軍土御門富子であった。
富子は傍らにいた女性に声をかける。
「竹林、私のしたことは・・・」
「はい、富子様」
竹林と呼ばれた女性、すこしきつめの顔立ちの美女は富子のほうに顔を向ける。
「間違っていたのかな?」
「はい、富子様、おっしゃる通りだと思います。」
竹林はうなずく。
「そうだね、あの時にわたしが。。」
富子は10数年前の記憶に思いを馳せていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「富子、ようやく目途がついたわ!」
息を切らし将軍御所に飛び込んできたお今は、声を弾ませる。
「お今、やったね!」
お今の嬉しそうな表情に富子も頬を緩ませる。
足利家を継いで将軍となった富子は、早速、魔術禁令を制定し、全国の魔法豪族たちに魔術関連の書物や道具の破棄を命ずる。
しかし一部の豪族たちは、表立って富子たちへの反意を示し、その討伐に無用な血が流れた。
そして多くの豪族たちは、表面的に従ったふりをしつつも、裏で魔術を捨てようとはしなかったのである。
そこで、富子は幕府に恭順した魔導士たちをお今のもとに集めて、5大世界からの魔力の供給を止める研究を行わせていたのであった。
なかでも、竹林の義理の弟、この者の出自は少し怪しく、れっきとした魔家系の出ではないにも関わらず、常人を超えた知識と高い魔法力をもち、この研究の推進に多大な貢献をしていた。
頬を紅潮させてお今は語りだした。
「富子、魔力の源は、死んだ人の魂だって話は昔したよね」
「うん」
「その魂のなれの果ての魔力には、意思というものがなく、漂っている、ただ漂っているものだと思われていた。」
「違うの?もしかして意思があるの?」
「うん、あるのよ。個々の魂の想いが、すなわち私たちの心ともいうべきものが、全部繋がっていて一つの意思になっている。
いわば、魔力の源には、それぞれ5つの世界にはそれぞれの意思があるのよ。集合的無意識といったものが」
「すごい!そうなんだ。さすがは、お今。」
「もっと褒めろ、富子!そして私たちはついにその集合的無意識に接続して、それを統制する方法を探しえたのよ」
「それは、どうすればいいの」富子は目を輝かせる
「集合的無意識とは言え、もとは人の魂。その中には英雄信仰とか、他の誰かに導いて欲しいという強い気持ちがあった。
それを利用する。すなわち、この集合的無意識の統率者に私たちがなる。それによって、その力は私たち以外の誰も利用できない状態になる。
私たち以外に五大世界からの力の流れをつくることができない。そして私たちが、その力の流れを断ち切るように願えば・・」
「魔力は封印できる!」
「そうよ、私たちが統率者であることを示す印も、それを刻む儀式の方法もすでに確立できているわ。ただいくつかの条件がある。」
「条件?」
「まず、一人の人間には、ひとつの印しか刻めない。もう一つは、この印は私たちが生きている間しか有効でない。まあ、当たり前よね。
だから、いつかは、その印を私たちの後継者に伝授する必要があるわ。」
「それはできるの?」
「残念ながら、その伝授の方法はこれからの課題よ。まあ、私たちが生きている間になんとか目途はたつでしょう。」
お今は楽観的だ。
「そうなんだ、まだまだ大変だね。」
「それと最初に問題、一人にひとつの印しか刻めないという問題。私は、すでに5大魔法を使えるから、空以外の世界の統率者にみんながなることで、結果、空しか使えなくなるので問題はないと思ってる。問題は、桜ね」
「桜のは、光だから五大魔法ではないよね」
「うん、でもそのことが邪魔をして、5大魔法は引き継げない可能性がある。だから、桜の今持っている光の力を誰か別の人に渡す必要がある。」
「別の人?わたし5姉妹以外で?じゃあお前しかしないよ、竹林!」
そういって、富子の側に仕えていた竹林に微笑む。
「富子様、かしこまりました」
「竹林は、私たちを守ってくれる立場だから、光の守護者には適任だよ」
「ありがとうございます。」
そのようないきさつもあり、桜の光の力は竹林が受け継ぎ、5人の姉妹は、それぞれの世界の統率者となった。
そしてこの世界からすべての魔法が消えた。
魔法の消滅は、科学の発展につながり、世界は、中世から近代産業社会への変貌していった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それから10数年がたち、お今たちはついに統率者の印を引き継ぐ方法を見出した。
お今は、姉妹たちを集める。
しかし、お今は沈鬱な表情である。
「私たち統率者としての印を後継者に伝授する方法が分かったわ。最初に言っとくけど、この方法しかないのよ。」
お今の表情から、厳しい内容の話であることは皆にもわかる。
「私たちは、自分の魂を、その印、統率者である証をもって相続者に乗り移る、その後、印を置いて、その身体から離れる」
「え、それじゃ、私たちは?」富子は尋ねる。
「死ぬってことだよ、言わすんな、富子」
お今は語気を荒げた。
「それとな、私たちが高齢になってからじゃだめ、相続する相手も若いうちでないとダメ、これ相当な精神力と体力を必要とする術式なんで」
・・・・・・・・
無言の時間、沈黙が続く。そして
「私はやります。」
菫がその沈黙を破った。
「菫、ちょっと」と富子が慌てる。
「富子様のためではありません。私は、私の意思でそれをやります。」
「お姉ちゃんとしてもやるしかないねえ」軽い口調の良子。
「りょ、良子!」
「私もやるわ、当然。責任あるし。でも他の方法がないか、もう少し足掻いている。うちの娘はまだ若いし」
お今にも逡巡はないようだ。
「私は、待てません!」
!!!!!!!!!
声を上ずらせた桜のほうにみんなは振り向く
桜は、数年前から持病を患っていて、最近は伏せがちだった。
「さ、桜?」
「お今さん、すぐに準備をお願いします。」
「桜、ちょっと待って!」富子は、狼狽する。
「富子さん、私の身体は日々弱まっています。ですから」
「でも、だからって、そんなすぐにって!」富子は目に涙を溜めている。
「富子様、桜様のお気持ちを!」菫には珍しく富子を制す。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「桜、本当にあなたは強い子だったよ・・・」
棺の中の桜に富子は声をかける。
柔らかな・・・
まるで眠っているように穏やかな顔。
統率者の相続は無事に終わった。
その力は、桜の娘に引き継がれた。
水の世界の封印は閉じたままである。
「竹林、私はやっぱり間違っていたね」富子は独白する。
「はい、富子様は間違っていました。この10年で戦で死ぬ人は1/10にまで減りました。」
「そうか、でも私は間違っていた」
「はい、富子様は間違っておられます。この10年で流行り病で死ぬ人は1/10にまで減りました。」
「そうなんだ、でも私は間違っていた」
「はい、間違っています。この10年で、孤児の数は、、」
「もういいよ、竹林」
「やっぱり無理なのかな。その印を一人の人が、いや一つの家系で、土御門だけで引き継ぐことは」
「無理です。それにそんなことを他の4家が認めるとお思いですか?」
「絶対に無理なのかな、悲しみを私の家だけで抱えることは。。」
「絶対に無理です」
「よかった」富子は笑顔をつくる
「富子様、何を言っているのですか!」
「だって、昔からそうじゃん、竹林は絶対にできませんって言っても、最後には必ずなんとかしてくれた。いつも許してくれた。」
「富子様の勘違いです。無理なものは無理です。」
「その言い方も懐かしいな。でもありがとう、希望が持てたよ」
・・・絶対に無理です。・・・
・・・100年かかっても1000年かけても、絶対に、絶対に無理です・・・
・・・富子様の願いは絶対に絶対に叶いません・・・・
・・・絶対に叶いません・・・
竹林のその言葉は、声にならなかった。
そして。それからその儀式、後に「鍵譲り」と言われる儀式は、5家によって続けられていくことになる。
大きな悲しみの連鎖がこうして始まったのである。




