【軌道戦士編】①石畳と線路の街 ~ そして日野富子はこの世界に疑問を抱く
ここは欧州の一都市。
中世ヨーロッパ風の古い街並みが広がっている。
その石畳の街には、いたるところに『鉄道の線路』が張り巡らされていた。
この街には我々の知っている「自動車のための道路」というものはない。
どうやらここの徒歩以外の交通手段、移動方法は、『鉄道』のみらしい。
そしてこの『鉄道』は、利用の仕方、され方、視点を変えれば、その所有と通行許可の制度という視点で大きく2つに分かれていた。
公衆線、通称P線とよばれるものと、この国の富裕層や権力者、いわゆる『貴族』と呼ばれる人たちが所有する貴族線、通称N線の2つである。
もちろん、庶民がいや政府の人間であっても、この貴族線を利用するためには、公衆線とは比較にならない高額な利用料を支払う必要がある。
そして、この公衆線と貴族線は、それぞれが独立したものではく、あちこちで繋がっていて、この2つがまるで蜘蛛の巣ように複雑に絡み合ったものが、ここベルンシュタイン帝国帝都ラインブルグの唯一の交通機関なのである。
そんなP線の線路の上をけたたましくサイレンの音を鳴らした緊急車両が猛烈な速度で走り抜けていく。
白と黒のツートンカラーの車体に赤いパトライトを点滅させて。
ちなみにここを走る車両は、官民問わず単体の車輛であることがほとんどである。
複数の車輛を連結した形のものはない。
あちこちに設置された電光表示板が、緊急事態発生のための通行規制令(通称”緊令”)を告げている。
そして、緊急事態が発生した場合、路線上を走る車両は、緊急車両や一部の例外を除いて、路線から強制的に排除されてしまうシステムになっている。「ラインアウト」というものだ。
その緊急車両に乗車している3人の若い女性のうちの一人、リーダーらしき人物は、ストレートの髪をかき上げながら怒鳴っている。
彼女の名前は日野富子。
普段は、前髪を下し右目を隠した、少しきつめの顔立ちながらよく見るとかなりの美少女である。
だが、残念なことに馬鹿でがさつである。
「うう!!、もおおお!!!、なんでこんなに緊令が遅かったのよ!ギャオオオオッス!」
「日野さん、少し落ち着いてください」
「六分寺、落ち着いてなんか、いられないわよ!」
マスコンを握り、富子を窘めているのは、六分寺桜。
美しい銀髪で両目の色が金と赤で異なる、まるでくそアニメに出てくるようなヘテロクロミアの小柄な美少女。にも関わらず鉄ヲタでスピード狂の改造厨である。
「くそ、N線に入られた!ねぇ、永園、どう思う?」
「わたくしたちの権限だとこのあたりが限界ですね。N線利用も含めて運本の指示を貰わないと」
永園菫。金髪で澄んだ青い瞳でやや無機質で儚げな表情のまるで児童向け絵本に出てくるお姫様のような美少女である。ところが、ミリヲタのバーサーカーである。
「あ、あいつに頼むか、またブツブツ言われそう。まあ仕方ない、永園、発信コード997で運本につないで」
発信コード997とは、「緊急事態対応のための貴族線使用許可ならび運行計画立案のための特別申請」である。
運本とは、「帝都運行管理統制統合本部」の略称だ。
さて、本来は最初に説明すべきことであるが、彼女たちが何者かというと、帝国治安維持軍帝都軌道守備隊第34軌道警ら隊という長たらしい名前の組織に属する軍人。
簡単に言えば、警ら用専用軌道車輛で悪人をひっ捕まえる、時として排除する警察官のようなものである。
一般的には、「軌道警察」と呼称され、また、外部に対しても自ら、そう自称している集団だ。
ちなみにこの国においては、警察組織は軍の配下にあった。
運本も、当然、軍が管理運営を行っている。
そして第34警ら隊が今、何をしているかと言うと、逃走中の誘拐犯を追跡しているのである。
昨今、ここ帝都では、路線上で強盗や殺人を犯し、違法改造車輛にて逃走する犯罪者、犯罪者集団が急増している。
そういった犯罪者なり犯罪者集団は「ラインギャング」と呼ばれ、治安当局の頭痛の種となっている。
軌道警ら隊の出動回数もうなぎ登りに急増しているが、その逮捕率は低い。
P線、N線入り乱れる帝都の路線の複雑さと貴族の利権保護のための法的規制がその理由である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
帝都運行管理統制統合本部の中央路線管理室。
帝都の路線すべてを管理している交通管制の中枢だ。
ここには、約2000名の運行管理官が24時間交代勤務している。
そんな運行管理官の一人、有馬今依は、そそくさと帰宅の準備を始めていた。
黒髪ロングをツインテールにしたまるでツンデレキャラを絵にしたような美少女である。もちろん性格は悪く性根が腐っている。
「あー、今日も一日終わったなあ。さあ帰ろう、定時定時」
プープープー
突然、有馬に内線が入る。
赤く点滅する内線番号をみて有馬は形のよい眉をしかめた。
「げっ、広橋からの直電!いやな予感しかない」
広橋というのは、ここ中央路線管理室の室長代理の広橋良子大佐である。
亜麻色髪ショートカットで、恋愛ゲームに出てきそうなお姉さんキャラだ。ただただエロい。
「まいまい、グループコード997の14番を拾って」
「えー、なんで、広橋?もう定時過ぎてんじゃん」
まいまいこと有馬今依は位階は中尉である。
自分よりもはるかに上の階級の広橋を呼び捨てにしてこの態度である。
「ご指名なのよ。早く取りなさいよ。」
「うわ、この時間に997でご指名とか、そんなの、あいつしかいないじゃない。何これ嫌がらせ?もう帰ったって言って。」
「まいまい、少しは残業稼ぎなさいよ、それと997対応に関する違反内規は、、」
「わかった、わかった」
諦めの表情で有馬今依は、回線を接続する。
「おせーぞ!、まいチュー!」
通話の相手は、有馬今依中尉のことをそう呼んだ。
「富子1、やっぱりお前か、もう最悪!」
「まいチュー、12秒前に上りP13の45(湾岸公衆線上り第45駅)通過。」
「はい、はい、そちらをチェイサー、キ34でレジストしました。えーと、ターゲットは、これでいいの?上りN541の7(ローデン侯爵線上り第7駅)を5秒前に通過」
「あ、それそれ。」
「山口少尉!」
いつの間にか、有馬中尉の席の後ろにきていた広橋大佐は有馬と席を並べている若手の後輩である山口少尉に声をかける。
「は、はい、室長代理」
「有馬中尉のバックアップを」
「は、はい」
「・・・いらないわよ・・・」
「こらこら、まいまい、かわいい後輩を虐めんな」
「べ、勉強させて頂きます。」
恐縮している山口は自分の端末でプロットされたチェイサーとターゲットの位置情報をもとに路線パターン数を確認する。
「えっ、128万通り??」
「・・・だから、いらないと・・・」
有馬は、そう言いながら中央路線管理室の真ん中に設置された巨大なスクリーンを一瞥する。
帝都内に張り巡らされた路線上のすべて移動物、信号などの動きをリアルタイムで確認できる代物である。
そして虫の好かない通話相手にだるそうに話しだす。
「あー、キ34、チェイサー聞えてますか?
とりあえず先に口頭で伝えますね。
P13上47にてN521下45に、同46にてN34上、同44にて、N145下61に、同63にてP03上6、同8にてN54上、同34にてN541下の21へ。ターゲット接触は、20通過後13秒」
「ありがとう、まいチュー、愛してるよ」
そういって相手は回線を切断した。
「すごい有馬先輩!超電尺(超電子計算尺)なしで瞬時に最速経路と所要時間を割り出せるなんて!」
普段のぐうたらした有馬しか知らない山口は、驚嘆した。
それには答えず、有馬は広橋のほうを向く。
「広橋、文書番号ホ345ケ23。これ緊令・運計伝(運行計画伝送)承認よろ、もう事後だけど」
「了解、まいまい、やっとくわ」
「すごい、先輩!最速経路の割り出ししながら、緊令・運計伝依頼書作成して、さらに貴族線利用手続きやるなんて」
「あ、山口、最後のそれ、まだやってないから」
「ええええええ!!!!」
「じゃあ、山口、それお前の仕事ね。ねぇ広橋、あたしもう帰っていいよね。」
「ああ、ありがと、お疲れまいまい」
「せ、せんぱーい」
有馬はそそくさと帰宅してしまった。
悲嘆にくれる山口に声をかける広橋。
「大丈夫だ、山口少尉。N線利用は全部30秒未満だ。事後で問題ないよ。こっちはちょっと面倒なものがあるけど」
そういいながら、広橋は、一連の通話記録を消去する。
「あー、また始末書か。もう今期の賞与はないな、こりゃ」
ところは戻り、誘拐犯追跡中の第34軌道警ら隊の車中。
「ちっ、まいチューの奴、早く帰りたいからってこんな路変多い指示作りやがって」
「日野さん、N線30秒以上は手続き時間がかかりますから、有馬さんの運行指示は的確です。」
「なんだ六分寺は、まいチューの味方かよ。あ、そろそろね永園」
「はい、ターゲット視認しました。距離2400で射撃します。隊長、許可を」
永園は、対戦車ライフルのスコープにターゲットの姿をとらえていた。
「実弾使用許可します。永園、人質もいるので慎重にね、安全装置解除確認、カウントダウン・・」
ドーン!!!! キューーーン
「って、いきなりかよ!」
キーーーーーギギギギギギ
大型の対戦車ライフルの反動と急停止の挙動で警ら車輛は激しく軋む。
「永園さん!、カウントダウンとってください!もう、いつも、いつも!」
両手で緊急停止桿を引きながら六分寺桜が不平を鳴らす。
しかし対戦車ライフル弾は、見事にターゲットの右後輪を吹き飛ばし脱線させた。
緊急停止した車輛から拳銃をもった日野と自動小銃と手斧を持った永園が飛び出す。
「軌道警察です!投降しなさい!さもなくば」
・・・・
返事がない
「突入します」
手斧を握った永園が前に飛び出し、脱線したターゲットの車輛の中に飛び込んだ。
「ちょっと、永園まってよ」
日野は慌てて、後を追う。
・・しかし銃声はしない・・・
「隊長、見てください」
永園に続いてターゲットの車輛の中に飛び込んだ日野が見たものは、4体のラインギャングの死体。
それと拘束され気を失っている一人の少女であった。
少女を保護し、警ら車輛に戻った日野は、守備隊の本部長に連絡を入れる。
「本部長。34軌警らの日野です。誘拐された少女は保護しました。犯人は4名ですが、すべてCPA(心肺停止)です。」
「君の隊が殺ったのか、また永園くんか?」
「本部長、いえ、永園が突入した時は、すでにこの状態でした。自害のようです」
「わかった、お疲れだった。もうすぐ、そこに調査部の車輛がいくから保護した少女はそちらに引き渡してくれ」
「調査部でありますか?」
「そうだ、余計な詮索はなしだ。日野くん。」
しばらくして調査部の黒く大きな車輛が到着した。
中から黒髪の眼鏡をかけた典型的なライバルキャラのような美少女が出てきた。
日野が見覚えある顔だ。
「よ、竹林。なんか出世したみたいだな。4課(情報・工作)参謀のあんたが何の用だよ」
「富子、久しぶりね。「鍵」を受け取りにきたのよ」
「カギ?」
「その少女よ、まあこっちの話。」
「おい、ちょっと」
竹林と呼ばれた女性は、部下が少女の身体を調査部の車輛が入るのを確認すると踵を返す。
「じゃあ、富子、そのうち」
そういって去っていく。
少女の身柄を引き渡した日野たちは、本部に帰るべく進発する。
そして日野は、この街に・この世界ついて思いを馳せた。
・・・この街の線路の95%が人口の僅か0.3%の貴族の所有物・・・
・・・残りの人口99.7%の民衆のための公衆線は、全体の5%・・・
・・・貴族線利用料は、公私を問わず・・・
・・・今回の貴族線利用料も税金で賄われる・・・
・・・多分、庶民が一生働いても払えないような額・・・
・・・一体、我々は誰のためにこんな事しているんだろう・・・




