黒色の瞳
夏休み前最後の日だからか、校庭を囲むように植えられた桜の木に止まった蝉さえも、何か落ち着かずにみんみんと鳴いていた。通知表も配り終え、終礼が終わった教室内には人は少なく、真紀はぼうっと外を見ていた。校庭には、全国常連のサッカー部の元気な掛け声が響いていた。
「金子さん、ちょっと、いいかな?」
急に話しかけられ、驚いたように真紀は振り返る。
「正樹、くん?」
真紀のところにわざわざ他クラスの子が話しかけにくることなんて稀だったし、しかもそれが正樹君だったことは真紀には予想外だった。
「どうかした?」
「うん、実は、話したいことがあるんだ。ついて来てもらっても、いいかな?」
さらりとした、耳に心地良い、いい声だった。正樹はものすごくイケメンというほどではなかったものの、女子にはその優しさからか人気があり、目立つ存在であった。
「うん。」
真紀は立ち上がった。ガタン、と、椅子が静かに音を立てた。
真紀と正樹の出会いは、去年の委員会の仕事の時だった。真紀は美沙と同じ緑化委員会に入っており、新しく植えた、バラの紹介のために放送部にお世話になったことがきっかけだった。それからは、見かけると手を振り合うようになったのだが、真紀は自分から積極的に話しかける性格ではなかったためか、2人きりで話をしたことはなかった。
「美沙なら、今日は部活だけど、ミーティングだけだから、直ぐ終わると思うよ?」
真紀は、なぜ美沙ではなく自分を呼び出したのか不思議だった。
「牧野さんじゃなくて、金子さんに来て欲しいんだ。」
真紀はますます不思議に思った。正樹は美沙のことが好きだと聞いていたし、バラの宣伝放送の後も、部長の美沙は部活の招集などで放送部とは関わりがあり、正樹とは連絡先も交換していると聞いていた。
「こっち。」
いつもはニコニコ可愛らしい彼が、なんだか今日はただならぬオーラを放っていた。
真紀はごくんと唾を飲み込んで、体育倉庫の裏に進む正樹を小走りで追いかけた。
急に止まった正樹にぶつかりそうになりながら、振り返った正樹を、真紀は不安げに見上げた。
「俺ね、ずっと金子さんのことが好きだった。放送部関係で知り合う前から、ずっと。」
真っ黒な瞳が、春の訪れを待つ蕾のように、じっと真紀の瞳を見ていた。
「ごめん、なさい。私、正樹君のことは好きだけど、そういう好きとは違って、えっと、その。。。」
「うん。ありがとう。」
正樹は静かに瞬きを一度すると、じゃあまた、と言って校舎の方へ歩いて行った。真紀は混乱した頭をふるふると振って、その場で小さくしゃがみ込んだ。美沙に言うべきだろうか。
美沙は特に目立つようなスキャンダルもなく、告白されたとか、誰かが美沙のことを好きだとか言う甘い噂にも縁がないような生活を送っていた。だからこそ真紀は、正樹からの恋心に気づいた美沙の、いつもとは違う高揚感を、側で感じていた。
真紀はすくっと立ち上がると、バックを取りに教室へと向かった。
教室には、何人かの生徒がまだ残っていた。真紀が入ってくるなり、隣の席の田中君が話しかけてきた。
「金子さん、やっぱモテるんだなぁ。。。まあ、そうだよね、うん。」
沈んだ声だった。
「へ?じゃあ、田中くん、元気でね!」
真紀はバックを半ば乱暴に掴むと、教室を後にした。
美沙のミーティングを待とうかと思っていたが、そのまま家に帰ることにした。
夕食を終え、自分の部屋に戻った真紀はスマホを開いた。
『真紀、聞いたよ〜笑!正樹君から告られたんだって!?びっくりだよ〜やっぱり真紀はモテるもんな〜笑笑』
真紀はため息をついた。美沙からのLINEは、いつもより笑が多く、ショックを隠しているように感じた。
その日はよく眠れなかった。