畑を耕していたら銅鏡を掘り当てた件
少年の名前は春日井冬樹。
ただ今、青春真っ盛りガラスの十代、ピッチピチの高校一年生だ。
折角の日曜日、恋だの、愛だのに浮かれていい年ごろなのに、今日も今日とて、
可愛い女子とデートもできず、じっちゃんに畑を手伝わされてる。
「おーい。冬樹、そっちのトマトに支柱たてたらこっちの畑、耕すのを手伝ってくれ」
「わかったよ。じっちゃん、もうすぐ終わるから、ちょっと待って」
冬樹は返事して、小さな苗木に支柱を立てると鍬を持って、じいちゃんのいる畑の方に歩き出した。
五月は芽吹きの季節、トマト、ナス、キュウリ、小松菜やサツマイモに至るまで植え付け時期は重なってあちらこちらで忙しい。
「耕運機、買えばいいのに、今は小型もあるし、きっと楽だと思うよ」
じっちゃんの隣に立って堅い土に鍬を入れながら冬樹は言った。
「何言ってる。そんなことしたら土が死んじまう。額に汗して働くからおいしい野菜が喰えるんだ」
じっちゃんの頑固者。こういう所は昔からちっとも変わらない。
「冬樹、腰がはいッとらんぞ。そんなへっぴり腰で鍬がふるえるか」
「わかってるけどさ。ここ堅いよ」
「当たり前じゃ。新しく掘るとこじゃからな」
「そんな、じっちゃん、こんなに畑広げなくても今のままで充分、広いって」
畑は二十坪以上ありそうだ。(一坪はたたみ二畳分)
それを一人で管理するんだからすごいと思う。
その上、まだ畑を広げるとか、ほんとチャレンジ精神旺盛なんだから。
やけくそになってガムシャラに鍬を振るってるとカツンと堅いものにぶつかった。
なんだ?石か?慎重に掘り進めて見る。
黒っぽい土くれにまみれて直径20センチくらいの平べったい円形の物を掘りおこした。
厚みは2センチくらいか。考古学資料館で見た事がある。
これは……銅鏡だ。
冬樹は眼を輝かせた。
拾い上げた銅鏡を持って鍬をほっぽりだし畑の中にある井戸に向かった。
水をくみ上げてバケツの中に沈め、銅鏡を洗ってみた。
……不思議だ。
この鏡、本当に土の中にあったのか?
鏡はたった今、作られたもののようにぴかぴかに輝いている。
裏に返すと蝶や鳥、竜などの意匠で飾られていた。
「じっちゃん。すごいよ。コレ。本物の銅鏡だ」
「ん?ああ、別に珍しゅうない」
珍しくない?
「このあたり掘り起こすと、土器や埴輪や銅剣がザクザクでてくるでな」
「え、ほんと?」
「ほんとじゃ。向かいの山田のじいのとこ行ってみろ。掘ったお宝で蔵の中にコレクションしとる」
「え、それじゃ、ここら辺一帯、古代都市があったってことなんじゃないの?政府に届け出た方が」
「バカこくでねぇ。そんな事してみろ。
やれ、調査だ、発掘だと、山ほど人がやってきて挙句の果てに畑とられちまう」
じっちゃんの趣味は作物を育てる事だ。
畑を取られてやること、なくなったら一気に老け込むことは間違いない。
「静かにしとくのが一番いいに決まっとる」
「そうか。そうかもな。コレ貰っていいかな」
「どうするんじゃ。そんなモノ」
「ちょっと、意匠が気になって、調べてみたいんだ」
「他のモンには内緒じゃぞ」
「うん。わかった」
畑仕事から解放された午後三時。
自分の部屋に戻った冬樹は、本棚から分厚い辞典を取り出し勉強机に座って本を広げた。
日本考古学辞典。掘り起こした鏡と辞典に載ってた銅鏡の写真を見比べる。
見当たらない。さらに他の辞典も探してみる。
自慢じゃないが考古学が好きで関連資料を五冊ほど持っている。
熱心に調べるうちに眠気が指してきた。
机の上に突っ伏してまどろんでいると、後ろからコンと軽く頭をはたかれた。
寝ぼけ眼で振り返ると着物を着た同い年くらいの少女が立っていた。
驚いて目を見張った。知らない子だ。
住民が五百人しかいないこの村で、こんな少女は見たことなかった。
艶やかな長い髪に紅を引いたような赤い唇。黒目がちの双眸が愛らしい。
彼女は十二単手のいで立ちで、閉じたままの扇を手に持ち、ビシッと俺を差し示した。
「そなた、その鏡を吾に返してはくれぬか」
「はいっ?時代錯誤な服装でいきなり家に入って来て、君、何言ってるの」
「ほう、時代錯誤な服装か。なら、これならどうじゃ」
目の前の少女は、たちまちセーラー服を着た女子高生に早変わりした。
冬樹はあんぐり口をあけた。冬樹が通ってる高校の制服にそっくりだ。
彼女は校則違反の二―ハイソックスまではいている。
「なんじゃ。驚かんのか。つまらぬのう」
「いやっ、めっちゃ驚いてるけど」
なんだ。この子、魔法少女か?
ふつう衣装替えの時には裸になるんだよな。全くそういうシーンがなかったんだか。
ミニスカート、やばい、俺の思考エロ全開!だ。
「だから、その鏡を吾に返して欲しいと云うておるのだが」
「嫌だ。これは今日、俺が畑から掘り起こしたものだ。あんたの鏡じゃない」
「いや、それは、吾のモノじゃ。ずっと探しておったのじゃ」
少女はそう言うと俺から鏡を取り上げぎゅっと抱きしめた。
「おお、この抱き心地。やはり吾のものじゃ。では、帰るとしよう。邪魔したのぅ」
踵を返しスタスタと部屋を出て行こうとする。
「おい、ちょっと待て。なぜ、抱きしめただけでお前のモノとわかる」
「わかるとも、あの方の温もりがのこっておるでの」
「あの方……?」
「そう、愛しいあのお方じゃ」
言いながら、うっとりと鏡面に見入っている。。
冬樹は後ろから鏡を覗き込んだ。
平安貴族の館が写っている。
館の中には狩衣装束をまとった20代と思しき一人の公達が涼し気に立っていた。
冬樹の顏が鏡に映った途端、少女は「わぁぁぁーっ!」と叫んで再びギュッと鏡を抱え込んだ。
顔を真っ赤にしてキッとなって後ろを振り向き冬樹を睨む。
「みぃーたぁーなぁーっ!」
「あ、ああ」
「いいい、今、みたであろう。あのお方を」
「見たけど、君、あんなのがいいの?」
「あああ、あんなのとは失敬なっ!」
だって、高そうな衣装に身を包んだ高貴な公達ではあったけども。
ぷっくぷくの下ぶくれ!、下ぶくれだぞ。
現代感覚から言えば美男子からはほど遠い。
「今をときめく、藤原道長様をあんなのとは、無礼にもほどがある」
怒り心頭ブルブルしながら冬樹に向かってつばきをとばす。
「ふっるっ、平安貴族で摂関政治やった人だろ。歴史で習った……?」
今をときめくって……。冬樹はじろじろと少女を眺めた。
「君さぁ。いったいいくつなの?」
「ひぃ、ふぅ、みぃ、……」
指を折って数え始める。
「ざっと、千六百歳かのぉ。道長様は出会った中で一番のイケメンで」
「随分、長生きなんだね」
「神だからあたりまえじゃ」
そうか、神か……えっ、神!……いやっ、もう驚かない。
何が起きても驚かないぞ。
さっきの高校生に早変わりで充分、驚いたからな。
冬樹は机の上にあったスマホを取り上げ操作して一枚の写真をアップした。
「今は令和!今時のイケメンはこんな奴をさすの」
言いながらぐいっと少女の眼前につきつけた。
写真の男性は工藤匠『抱かれたい男』ランキング一位に君臨する俳優だ。
「ふん。吹けば飛ぶような優男だな。こんなのは好かん。こんなのより」
彼女は冬樹の顔をじっとみた。
「ン・‥‥?んん」
さらに覗き込んでくる。
「なっ、なんだよ、気持ち悪い」
「主の方がよほど美男だ」
嬉しくなぁーい。
つまりは俺も下ぶくれって事かぁ?
冬樹はあわてて銅鏡を覗き込んだ。
大丈夫だ。少なくとも下ぶくれの顔立ちではない。
その時、カシャッとシャッター音が響いたような気がしたが気のせいだろうか。
「そんで、なんで、神様はその銅鏡をなくしたの?」
「隣村の悪ガキに取られてしまってのう、ほおっておいたら五十年たってしまったのじゃ」
さすが神だ。普通の人間ならすぐ探しに行くのにって、おいっ、五十年って。
……その悪ガキ、今じゃ、いい年のおじいさんなんじゃあ。
Vサインしたじっちゃんの顏が浮かんだ。俺かつがれた?
鏡を埋めたのは実はじっちゃん? はははっ‥‥‥まさかね。
「では、用も済んだし、帰るとするかのぉ」
神は鏡をもって帰ろうとする。
「ちょっと、鏡おいてけよ。まだ、調べ中なんだから」
「なんじゃ。この鏡、気に入ったのか?」
「気に入った。すごい綺麗だし」
「あい。わかった。隣村の霜上神社に来るがよい。我が名、咲蘭。また会えたらこの鏡、主に預けよう」
神様はいたずらな笑みを残して、霧のように消えてしまった。
そうか。隣村の神様だったのか。
なんとも不思議な体験をした冬樹はポリポリと頭をかいた。
気を取り直してスマホを操作し、じっちゃんに電話をかけた。
二度コールするとじっちゃんがでた。
「じっちゃん」
「なんじゃ。冬樹か。何か用か?」
「じっちゃんさぁ。子供の頃、霜上神社に行った事あっただろ」
「当然じゃ。隣村など庭も同然」
「ちょっと聞くけど、神社で鏡を拾わなかった?」
「……な、なななんじゃ。それがどうした」
めっちゃ動揺してる。
やっぱり、あったんだ。
「ソレ、返しといたから」
いや、正確には持っていかれたんだけど。
「……そうか。すまんの」
「いや、いいんだ。それじゃ」
冬樹の電話がきれてから隣にいたおばあさんが、おじいさんに話しかけた。
「おじいさん。うまくいったようですね」
「冬樹なら、うまくやると思うたわい」
「そうですね。あの子はほんとに子供みたいに純真ですから」
「儂のようにすれてしまっては、咲蘭さまに逢う事はかなわんからの」
霜上神社の神様は子供にしか見えないと言われていた。
大人になったじっちゃんは、神社で拾った鏡を返すこともできず、
長い年月が経ってしまった事を悔やんでいた。
そこで一芝居うったのだ。
「咲蘭さまぁ~なんですかぁ~。さっきから、にやにやとうれしそうに鏡を覗き込んで」
翌日、霜上神社の社殿の中、人に化けてお供えの膳をもってきた白狐が、熱心に銅鏡に見入っている咲蘭に話しかけた。
「なんだか気持ち悪いですよ~」
「うふふ、ハク、みてみて。ワラワの想い人」
「いいですよ。例の道長様でしょう?昔から何度も見せていただきましたよ」
「ちがうのじゃ、ワラワ、今度は別な人を好きになったのじゃ」
「どれどれ」
「な、かっこよかろう?」
銅鏡の中には、ティーシャツにジーンズをはいた冬樹の姿があった。
「人間の男の子ですか」
「春日井 冬樹というらしい」
「そうなんですね」
「今度はいつ逢えるかのう」
「人間なんて、すぐ死んでしまうのに咲蘭さまも物好きな」
白狐はため息をついた。
そんな神様の思惑など知る由もない冬樹は今日も元気にじっちゃんと畑の世話をしている。
鍬を入れて土を掘り起こしてると「カツン」と何か堅い手ごたえ。
掘り進めると銅剣が埋まっていた。
「うわっ、すごい!じっちゃん、今度は銅剣だ!」
「まっ、ここはそういう土地柄じゃけぇ」
とウソぶくじっちゃんの後ろ手にずしっり重い蔵の鍵。
蔵の中にはたくさんの土器や埴輪や銅剣のお宝が眠っている。
今度はどんなお宝を埋めようかと一人ひそかに画策するじっちゃんであった。
了