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Ein Band der Rache -another story-  作者: 雨音ナギ
Episode 3 アレンの新人時代
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Episode 3-3

カフェに入った彼らは空いている席に座り、アドルフは目の前に座っているアレンに欲しい飲み物を聞くと近くにいたウェイターに注文を頼んだ。

彼が頼んだアイスコーヒーとアレンが頼んだ冷たいレモンティーがそれぞれの前に置かれると、黙ってアレンの方を見つめて静かに話し始めた。


「お前は、一年以上もあいつらにいいように使われていたのか?」


「まあ、良いようにというか……。書類整理ばかりはされていました」


「どうして言わなかったんだ?これは組織内の規約に反する事だぞ?」


依然として厳しい面持ちを持ったままアドルフは目の前にいるアレンを見るが、彼はいつも通り淡々とした口調で説明をし始めた。


「下手にあの人達を刺激すると此処から左遷されそうだったので。ただでさえ、疎まれているのにこれ以上やられたら僕は目的を果たすことは出来なくなりますし……」


目的……か、とアドルフは呟くと置いてあるアイスコーヒーにミルクを入れると少しずつ飲み干していく。

前に座っているアレンは彼の顔を背けて俯くしか無い。


「お前の目的と言うのはなんだ?」


「それは……」


あまり言いたくないのかアレンはアドルフから目を逸らして下に俯いた。

心情を察したのか、アドルフは、別に言いたくなければ言わなくてもいい、と彼に言うと更に言葉を付け足して、会話を再開させる。


「三大組織の一つに入ったからには誰でも何かの野望を持っているもんだ。お前はその為にあいつらからの無茶な指示を飲んできたのだろう?」


その問いにアレンは無言で頷く。


「だが、無茶な指示をされて黙っているのは良くはない。時には己の力を見せつけて見返す力も必要だ」


彼の言いたいことがよく分からないと言いたいばかりにアレンは表情を曇らせるが、アドルフはそのまま続けて言った。


「アレン……。この仕事が終わったら私の管轄に来ないか?」


その言葉を聞いた瞬間、レモンティーをストローで何となくかき混ぜていたアレンの手が止まった。

いきなりの異動命令に彼は顔を強張らせるばかりか驚きを隠せずにいる。再び声を出すことが出来たのは少しの間が開いてからだった。


「アドルフさんの管轄って……。警察課ですよね?」


アレンの声は驚きの余り震えている。

ソルド内に数ある部署の中でも、警察課は一際目立つ存在でもあり、組織の中で一番重要視されている場所であった。

特に警察課は一番のエリートコースとも言われており、この部署に入った人々は将来の幹部候補と言われていてもおかしくないぐらいの実力を兼ね備えている。

実際、務めていた人の多数はソルドの幹部もしくは他部署での最高責任者に昇格しており、出世を急ぐ人物にとっては早急に入りたいと願う者も少なくない。


「ああ。組織の中じゃ、出世コースとまで言われている部署だがな。現実はそんな甘くないものさ」


確かに彼の言う通り、警察課での勤務は多忙以上の激務が控えていた。

アレンがいる生活安全課や経理、人事などは定時刻に終わるが、警察課は街の安全の為に必ず夜勤が生じる。

それに比例して給与も上がるが、他の人々が思うほど、警察課の仕事は甘くないとアドルフは常日頃感じていた。


「今更、エリートコースに配属されるなんて虫が良すぎません?僕は生活安全課の勤務も気に入ってますけどね」


愛想なくアレンは言い放つとそのままレモンティーを飲み干す。

彼の意図に気づいたアドルフは苦笑いの表情を浮かべた。


「……君がそう言うのも分からんでもない。残念ながら、人事を決めるのは最高責任者なもんでね」


「その最高責任者の人、僕を見る目が無いですよね。普通なら全てにおいてトップクラスの人を部署内でのエリートコースに配属させるのに」


「まあ、文句はその最高責任者にでも言うんだな。俺が決めたわけでもないし……。――まあ、今の答えはこの仕事が終わるまでに決めてくれたらいい」


そう言って、アドルフは伝票を持って立ち上がると会計を済ませようとレジの方へと向かおうとするが、進めていた足を止め、一つ言い忘れた事があると言ってアレンの方を再び振り向いた。


「先程、お前の先輩とやらに言った通り、しばらくの間は警察課の方での勤務をしてもらう。朝、本部に着いたら生活安全課に寄らずそのまま来てくれ」


アドルフはお代の銅貨五枚を店員に渡し、彼らは本部の方へと再び戻っていったのだった。


◇◆◇


「今日の収穫はなし……か」


座ったままアドルフは背伸びをしながら目の前にある書類を見据える。

先にアレンを帰らせ、自らの残り業務を済ませているとこの様な時間になってしまった、と彼は考えながら、窓の外を見やる。

時刻は夜九時を過ぎており、恐らくこの部屋にだけしか明かりはついてないだろう。

彼の机の上に置いてあるのは、先日起こった襲撃事件の捜査資料だが依然として事態は発展しない。

現在は、警察課には夜勤担当の人物以外はおらず、今日に夜勤シフトが入っていないアドルフは荷物を纏めて席を立つ。


「お疲れ様です。アドルフさん」


「ああ、お疲れ様。今日の夜勤よろしく頼むぞ」


彼の部下なのか、綺麗なブロンドに染まる髪を今風の髪型に短く切り上げた青年は、分かりましたと言って、彼の帰る姿を見送る。

軽く手を上げて挨拶をし、ドアを閉めたアドルフは小さく溜息を付くかのように息を吐くと、そのまま玄関の方へと歩き出す。

大きなエントランスホールとなっている所まで歩いていると、彼の見知った人物が目の前に現れ、彼は思わず驚きの表情を浮かべた。


「ミランさん、どうして此処に?」


声を掛けられ、ミランと呼ばれた男性はアドルフの方へ振り向くと、ああ、そうだったな、と言って苦笑いの表情を零した。


「なんだ、アドルフか。今は本部だからそういう言い方するんだな」


「馬鹿にしないで下さい。俺にもプライベートを分ける甲斐性はあります」


「ふむ、そうか……。じゃあ、場所を変えて話でもしようか」


二人は一緒に玄関扉を出ると、近くにある繁華街の方へと歩きを進める。

平日でありながらも、人が多く行き溢れ、様々な人に目を通しながら歩いていたアドルフ達はある一軒の店の前で足を止めるとそのまま暖簾を潜り店に入る。

店員さんに案内され、そのまま二人は個室へと入っていく。

此処の居酒屋は完全個室となっており、お忍びで来たい財界人や有名人が訪れる言わば穴場の場所と言われている店であった。

それぞれに酒を頼むと着ていたコートを脱ぎ、一回大きく息を吐いた。


「アドルフがそんな表情をするなんて……珍しいな」


「えっ、俺、そんな表情してた?」


「ああ、辛気臭い顔してたぞ」


コートを置きながら、アドルフは目の前にいるミランに対して思わず表情を崩す。

唯一の肉親である父親の前では些か気が緩んでしまう様子だった。

彼はそのままの表情を浮かべながら、今日の出来事を少しずつ話していく。


「中々、事態が進展しなくてさ……。一応、警備の数を増やして警戒には当たってるけど、それでも限界がある。早くしないと市民に危険が及ぶばかりだし……」


「解決は焦ってもやってこない。今は集めれる情報に全て手をつけてまとめるしかないな。それが得意なお前がそんな表情をするなんて今回の事件はよっぽど大変なんだな」


「何せ、手掛かりが少なすぎる。いくら情報収集が得意でも元となるものがなきゃ始まらないしな。目撃証言は被害者の人以外無いみたいだ。犯人を目撃してる彼の回復を待つしか無いな」


店員が持ってきたビールとカシスオレンジにアドルフは手に取るとミランの前にビールを置いた。

対する彼はカシスオレンジのグラスを持ち、二人は乾杯と言いながらグラスを少しつけると一気に三分の一程度まで飲み干した。


「やっぱり酒は美味いな……。ところで、俺に何か用があって此処に来たんだろう?大した用じゃなかったら、そのまま家に帰ってるだろうし。それに……俺が帰るタイミングを待ってたみたいだしな」


軽く見据える彼にミランはやはりバレたか、と笑みを零す。


「まあ、どうせこっちも残業があったしな……。出勤装置を見たら、まだ、タイムカードは切られてなかったし、一緒に帰ろうかと思ってな。エントランスの影にあるソファーの方で待ってたんだ。本当ならそのまま帰るつもりだったが……。お前の表情が気になって此処に連れてきたって訳だ。何か組織内部で問題があるのか?」


いきなりの図星の質問に飲んでいたグラスを片手に、アドルフは言葉を詰まらせる。

流石、元警備課の管理長だ。聴取をする対象者の心の読み取りに抜かりがない。


「問題と言う点では一つ、だな。これは明日報告しようとしていた事柄だったんだが、生活安全課のある人物が自分の部下に書類整理を押し付けてばかりで警備シフトをやらせていなかったしい」


「なんと……。それは許しがたき行為だな」


「ああ。ソルドは過激派だから、日々の闘争に重きを置いている。それが成されていないとなれば重大な戦力の損失にもなりかねないしな。報告書は明日提出するよ。俺には各部署の方針決定権は無いから、処分は父さんが決めてくれ」


分かった、と返事をするミランだったが、飲むグラスの手を止め、アドルフの方へと視線を向ける。

その姿に不審感を抱きながら、アドルフは彼の方を見据えてまた会話を始めた。


「……俺の顔に何かついてる?」


「いや、お前、まだ何かあるな」


「組織内部の事案ならそれだけだけど?」


「お前は嘘を付くと透き通ってる目が更に濃くなるんだよ」


えっ!?と驚いて思わず顔を強張らせるが、対するミランは殊勝気味に表情を綻ばせた。


「冗談だ。今のは嘘だ」


「もう、変な引っ掛けみたいなのは辞めてくれよ……。此処は聴取室じゃないんだからさ。まあ、問題というよりかは気になるという程度だけど……」


グラスを置き、肴として頼んだ鳥の軟骨を箸で取って口に含んで咀嚼し終わり彼は再び言葉を発する。


「違う部署だけど、気になる人材が居てさ。先輩に嫌がらせに近いぐらいの仕打ちを受けていたのに何事もなかったかのように平然としてて……」


「ほう……。その人物の名前は?」


「確か、アレン・ハロルドだったかな。なんだか不思議な人だったんだよね」


一瞬、ミランの眼の色が変わったが、アドルフはその様子に気がつくこと無くそのまま話を続ける。


「現場での被害者への対応も適切だったし、警備のシフトをやらされてないのにも関わらず、現場での仕事もスムーズだったし。生活安全課にいるって言ってたけど、何か勿体無い気がしてさ。まだ、そんな仕事ぶりも見てないのに何でそんな事考えちゃうんだろうなって思って……」


アドルフの感想にミランは内心、感心の意を浮かべていた。

まだ、彼は一日しか会ってないと言ったのにも関わらず、彼の心には素晴らしい人物として心の中に刻まれている。

それはミランが狙った通りの展開でもあり、アレンの心を更に変化させる機会でもあった。


「そんなに気になるのであれば、警察課への人事異動でもしたらどうかね?」


「俺もそのつもりで、声を掛けたんだが……。アレンは乗る気じゃなかったな。まあ、この件は本人次第だな。嫌と言ったら俺も無理に引き入れるつもりはないし」


カシスオレンジを飲み終わったのか、空いたグラスは入っている氷の音と共に机の上に置かれる。

ミランの方も肴や酒を飲み終えたのか、彼の方を見据えているだけだ。


「さて……。仕事の話もし終わったし、今日はこの辺にでもしておくか」


「そうだね……。あっ、お代は俺が出すよ」


二人は立ち上がり、会計の方まで歩きを進めて財布を出そうとしたミランをアドルフは手で制した。

しかし、ミランの方は、私が出すから別にいいよと言って引こうとしない。


「今日は俺がメインの話だったんだしさ……。たまには親孝行させてくれよ」


彼の表情を見据えていたミランは、まあ、そう言うのならお言葉に甘えさせて貰おうかと言って鞄の中に財布を仕舞う。

その姿を見たアドルフはお代を払って領収書を受け取ると、そのまま二人揃って家へと帰っていったのだった――。


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