Episode 3-1
Episode 3
――あんたね、いつも心配かけてる癖にその言い草は何よ!
アレンが新人だった頃の話。
その年は、アレシア市内にある、将来、組織の一員として三大組織に就きたいものが勉強する場所――国立アルマヴィオラ学校はある話題により、学生達がざわめいていた。
事の話は数日に遡る。
三日前、この学校での二年間の勉強の成果を見せる「卒業テスト」が行われた。
この国における法令と突発的な状況での対応を対象とした問題が含まれた筆記と実際に勤務するために実技があり、筆記試験を見事突破した二百人中、五十人の学生たちは学内にある競技場の控え室へと待たされていたのである。
また、この試験の対象となるのは卒業間近の二年生であり、この試験に合格しなければ、三大組織の一員として働くことは出来ないどころか、もう一度、次年度生として学び直さなければならない。
その為か一同は緊張した面持ちを抱えながら、部屋の中で待機を行なっていた。
実技の試験は至ってシンプルで、模擬剣を用いた接近戦であり、審査を行う三大組織の幹部たちは、生徒を一人ずつ呼び出すと目の前に並べてある様々なサイズの剣を選ばせた。
ある者は長剣、またある人物は双剣を用いたりと多種多様の武器を手にして、中央に引かれた白い線の前に立ち、目の前に現れる相手を待つ。
彼らの目の前に現れたのはそれぞれの組織のコートを纏った三大組織の一員達が立ち並んでいた。
受験者は、実際の組織一員者と手合わせをする事が課題となっている。
しかし、組織の一員者と言っても、戦闘レベルが著しく高い者は呼ばない。
この学校を卒業し、実務経験を二年行った者が後輩との試合に望むというルールが設けられているからだ。
ただし、実務経験を二年積んだと言っても、その力は個人差があり、強い者に当たった受験者は己の不運を嘆くしか無いだろう。
テストの一番手なのだろうか、アルマティア・アレクシスと呼ばれた青年は大きく返事をすると、持っていた模擬剣を握り、相手の前に立った。
対戦相手はこのアレシア市内に本部を持ち、三大組織の中で最大のクラスを誇るミーティアの一員――サイモン・フェレスだった。
綺麗な金髪をなびかせていた彼はアルミで出来た長剣を持ち直すと、準備はいいかい?と声を掛ける。
アルマティアが頷いた瞬間。会場からは大きなブザーが鳴り響き試合が始まっていったのだった。
アルマティアは対戦相手と同じく長剣を選んでいた。
互いの攻撃はぶつかり合い、模擬剣と言いながらも擦りあう金属音が鳴り響く。
最初に向かっていったのは受験者であるアルマティアだった。
彼は一気に走りこみ、相手の懐へと飛び込もうとするが、その動きは見破られているかのごとく対戦相手は軽く弾いて交わした。
弾かれる間合いが少し大きかったのか、アルマティアは大きい動作を行なってしまうが直ぐ様防御の姿勢を行う。
だが、その頃には男は詰め寄ってきており、首元には冷たい金属の感触を感じた。
「勝者、サイモン・フェレス!」
試合時間は僅か二分程度だった。
まさか此処まで早く終わるとは思わなかったのだろう。アルマティアは悔しそうな表情を浮かべて無言で試合会場を立ち去ると、試合を見ていた他の受験者達も圧倒的な力に思わずざわめきが広がる。
そんな中、何事も無かったかのように佇んでいる男がいた。
他の学生とは違い、試合場所に視線を向けると、直ぐに立ち上がってグラウンドの方へ向かっていく。
その青年――アレン・ハロルドと呼ばれた男は手早く武器を選ぶと、まるで茶番とばかりに見下した目を向ける。
彼の姿に審査員は表情に陰りを見せる者や怒りを覚える者もいたが、ソルドの幹部代表である茶髪を整え、黒縁メガネを掛けた男は宥めると彼の試合相手を中心部の方へ向かわせる。
今度の対戦相手は中立組織として存在しているラルフのブレンダ・アーメントという名の女性だった。
彼の冷たい瞳を見た彼女は、ふん、と鼻をならして、低い声音を出して彼に語りかける。
「女だからと言って舐めてもらっては困るわね」
彼女が自信を持って言うにはある一つの理由があった。
ブレンダは二年前の競技大会での女性として初めての優勝者であり、その術のスピードは早く、隙を見せない事で有名であった。
そして、僅か二年という実務経験でありながらも、ラルフ内での実績は優秀なものであり、通常の受験者にとっては最も辛い対戦者と言えるものであった。
しかし、アレンはその物言いに動じること無く、感情のこもっていない声音で言葉を紡ぎ始める。
「別に女だからといって舐めてるわけじゃない。ただ、この競技自体がつまらん遊びにしか見えないだけだ」
彼女は表情を歪ませるが、此処で挑発に乗ったら彼の思うつぼだと言い聞かせ、すぐに元の表情へと戻す。
じゃあ、行くわよ?と彼女は声を掛けて、勝手にしろ、と彼が言ったと同時に試合開始のブザーが鳴り響く。
最初に駆け出したのはブレンダの方であった。
彼女は日本刀のように細く長い剣を持って、瞬発力で動こうとしたが、当のアレンはそのまま立ち尽くしたままで居る。
だが、彼女の剣が彼の首元を抑えつけようとした瞬間――彼の姿が消えた(・・・)
急いで気配を探る彼女だったが、既に遅く、彼の持っていた剣はブレンダの首元を抑えつけようとしていた。
「細かく小さなステップで一気に飛べば敵は逃げられないとでも思ってるんですか?そんなのが通用するのは不意打ちの時だけですよ」
「なっ……!」
言葉を失っている彼女に、アレンはそのまま話を続ける。
「僕はただ横に小さく飛んで背後に回っただけですよ。貴方の足は二足目にてステップに入る型を取っていた。
次の行動が予測されそうな行動は控えるべきだと思いますよ。自分自身のためにもね」
圧倒的な試合に彼女は不満を漏らす暇もなかったと同時に自らの足元の方に視線を向ける。
確かに彼の指摘通り、戦術の型が取られており、それを見ぬいた彼に驚きと動揺を隠せずには居られない。
呆然としている会場を取り仕切るかの如く、審査委員長を勤めるミーティアの最高幹部は「勝者、アレン・ハロルド」と告げると、控え室がある方から妬みと歓声を含んだ声が聞こえてきた。
そんな物に興味はない、と彼は冷たい目で彼らを見ていると一人の男が近づいてきた。
その男はスタンド席から降りてきたのか息を荒げており、何度か深呼吸して整えると、アレンの方へ向かってくる。
「アレン、テストの合格おめでとう」
白髪交じりの黒髪を持った男はアレンに近づいて優しく声を掛けた。
彼の姿を見たアレンは一瞬、嬉しそうな表情を浮かべるが、直ぐ様、いつもの無表情に戻す。
「ありがとうございます。ミランさん。でも、まだ僕の道は始まったばかりですよ」
棘のある言い方に初老の男性――ミラン・クライドは困ったように笑い、表情を曇らせた。
二年前、ミランの計らいでこの国立アルマヴィオラ学校に合格した彼は、ただひたすら、自らの技能の向上と知識を追い求め、人との関わりを避けていた事から、同期の中では少し浮いた存在となっていた。
「まあ、そう堅くならずにもっと気楽にしていったらどうかね?」
「いえ、僕が目的を果たすまではそういう訳にはいきませんから」
頑なに断る彼にミランは苦笑いを浮かべていると、次の試合に対するアナウンスが流れた。
ウィル・アーヴィンという名前が呼ばれると、銀髪を束ねた長髪の男は急いで控え室から飛び出して、試合会場へと向かっていく。
その姿をミランは目で追いながらも、目の前にいるアレンに対して言葉を紡ぎ始めた。
「折角だから、他の試合も見てみたら?」
「試合ですか?僕は遠慮しておきますよ」
「まあまあ、そうも言わずに……ほら、試合が始まったみたいだよ」
彼の声と同時にブザーが鳴り、アレンは薄らと試合会場の方へと視線を向ける。
対戦相手は男性であり、コートの色からして恐らく、ミーティアの一員だろう。
銀髪の男――ウィル・アーヴィンは、相手の方へ向かって一気に詰め寄るが、その姿にアレンは思わず息を飲んだ。
(――姿が追えない)
ウィルは先攻として攻撃を創りだしていく。
そのスピードはリズム感を失うこともなく、まるで攻撃のパターンを覚えているかのように初対面である相手に対して攻撃を入れていく姿にアレンは釘付けになった。
剣技に関しても、隙のない小さな振りで剣を落としていくが、ウィルの攻撃は一瞬、戸惑ったかのように隙を突かれ、相手の攻撃が振りかざそうとしていた。
危ない、とアレンは思うが、ウィルは、身を翻すと背後に回りこみ、相手の背中を取った。
勝者、ウィル・アーヴィン、と審査員から告げられると、ウィルは剣を置いて、手で汗を拭いながら、皆が集まっている控え室へと戻っていく。
「アレン、今の試合をみてどうだった?」
少し考えた素振りを見せたアレンは思ったことをそのまま口にする。
「今のは――まるで、相手をはめるためにわざと隙を作ったようにしか見えませんね」
「やっぱりそう見えたか」
ミランは満足そうに言うと彼に視線を向けたままそのまま話を続ける。
「剣術というものは、集中力との戦いだ。一瞬でも油断すると自らに攻撃が降り注ぐ。
それでも、彼は隙を作って攻撃をかわして上に反撃を行った。これは相当な技術だよ」
その考えにアレンは同調をせざる得なかったと同時に、先ほど行った自らの剣技試験について振り返って思い出すと、小さく溜息をついた。
相手の攻撃の隙をついて勝利を収めることしか考えていなかった。
「まだ、僕は甘いですね」
少し落ち込んだように言う彼に、ミランは大丈夫だよ、と語りかけると彼の方へ振り向く。
「人生これからだし、実践していく内に経験と技術はついてくるもんさ。さっきまで興味がない、という表情を浮かべていたアレンがそう考えるだけでも大した進歩じゃないか」
そう、ですかね、と彼は思考を巡らせながら答えると、戻るために一言声を掛けた後、自らの控え室へと戻っていったのだった――。