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彼女の探し物

作者: 枸杞(くこ)

「ない……ない……どうしてないのよ……」

そううわ言のように彼女は呟き今日も棚という棚を開け、物という物をひっくり返して探し物をしている。見つかるはずの無いものを見つけようとして。


彼女が壊れてしまってからもう少しで一年が経つ。前はよく笑って、明るい人だった。

「すごい! ねぇ! 見て!」

「ん?どうしたの」

「空、とってもきれい! すっごいオレンジ色!」

「おお本当だ」

「ね! ね! 写真とろ!」

こうやって毎日他愛もない会話をするのが楽しかった。幸せだった。でもそんな時間はもう戻って来ない。




彼女は一日に三回手を止める。その内二回は目を開けたまま床にへたりこむ。その時間に僕は彼女を食卓に座らせ、食べ物と水分を彼女らの口に入れ、トイレへ連れていく。咀嚼すること飲み込むこと排泄することは彼女はまだ忘れていない。そして十分後にまた探し始める。


残りの一回は完全に目を閉じへたりこむ。そんな彼女をベットまで連れて行き、風呂に入れ、着替えをさせてから目茶苦茶にひっくり返された部屋を片付ける。これを彼女が起き上がるまでのきっかり三時間で済ませる。こんな生活を約一年続けて来たが、全く苦に思ったことは無い。


はっきり言って彼女との意志の疎通は難しいというか不可能に近い。こちらの話が耳に入っているかすら怪しい。――ただ話せないからといって来客が全く無い訳ではい。彼女の母は週に三回月、水、金曜日に買い物に出られず料理も苦手な僕に代わって彼女のご飯を作りに来てくれている。今日は水曜日だった。――インターホンが鳴った。急いでひっくり返った机と椅子だけでも元に戻す。片付け過ぎるのも良くない。


「入るわよ」

扉がガチャリと音をたてた。もちろん合鍵を持ってくれている。

『いつもすみません。ありがとうございます』

「今日は好きだったビーフシチューとポテトサラダいっぱい作るからね!」

口は笑っているが目にはうっすらと涙を浮かべている。無理もない。こんなに話し掛けているのに彼女は母の方をちらりとも見ずタンスを探っているのだから。せめてもと僕が返事をする。

『お母さんそんな悲しい顔をして、だったとか言わないで下さい。彼女は今でも好きですよ。食べるスピードが違います』

鍋に水を入れ火を付ける音がする。彼女は相変わらず一心不乱に探し物をしているし、彼女の母の目は沈んだままだ。トントンと小気味よい包丁の音が聞こえる。インターホンがなった。彼女の母が不審そうにモニターに目をやる。そうだ。来客があるんだった。


来客は精神科医だ。少し抜けている所もあるが律儀で真面目な人物で一週間に一度の往診がどうしても都合がつかないから日曜日から水曜日に変更させてくださいと、留守番電話を電話にでるはずのない彼女に対して入れてくれていた。彼女を人間として扱ってくれている。

「申し訳ありません。都合が悪くて勝手に変更させていただきました」

「いえお気になさらないで下さい。いつもありがとうございます」

彼女の母と精神科医は彼が往診するようになってからはこの部屋で会うのは初めてだったように思う。本来であれば彼女が病院へ向かうべきだが、この部屋を出ようとしないのだ。一度入院が決まってこの部屋から連れていこうとしたとき大暴れをして手がつけられなかったことがあった。

結局この部屋に居る限り探し物はしているが、落ち着いているということで週一回の往診という形になったのだ。


「先生、お茶でもどうぞ」

「いえいえお気になさらず。診察するだけですから」

「本当に……ありがとうございます。掃除までいつもして下さってるみたいで先生にそこまで甘えてしまって……」

「えっ……?掃除ですか?お母様がいつもされているのでは……?僕は何も……」

「先生では無いんですか?私が来ても殆ど埃が無いのでてっきり先生がして下さってるものだと……」

「……ヘルパーさんじゃないですか?頼んでらっしゃるんですよね」

「……そうですよね。毎回洗濯もして頂いてるみたいですし、ついでにしてくださってるのかもしれません」

良かった。彼女の母が楽天家で。精神科医が少し抜けていて。ヘルパーは随分と前に僕が断っておいた。


突然ガチャンという音がした。何事かと目線をやるといつの間にか彼女は台所に居て作りかけのポテトサラダをひっくり返していた。そして彼女の手には彼女の母が持ってきた包丁が握られていた。非常にまずい。完全に話に夢中になってしまっていた。

しかも彼女は二人を自分の邪魔をする敵と認識してしまったようだ。

刃先は完全に二人に向けられている。そしてこちらに向かって走り出した。

二人の顔が恐怖に歪む。

『危ない!』

とっさに僕は彼女に体当たりをした。そして包丁を遠くへ飛ばす。彼女の注意は別の部屋に向けられたようだ。良かった。でも……二人の顔は歪んだまま。しかも困惑した様子だ。しまった。やってしまった。

「あの……今……変な方向に飛んで行きませんでしたか……?包丁も……」

「どういうことでしょうか……明らかに転んだという訳でも無かったですし……まるで誰かが体当たりをして包丁を取り上げたかのような……」

「まるで誰かが…………もしかして……もしかして……でもそんなはずは……彼は私を恨んで……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「ど、どうしたんですか!彼って誰なんです?落ち着いて下さい!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

弱った。僕は彼女の母のことは本当に恨んでない。だってあなたは娘のために僕を隠す手伝いをしただけなんだから。そんなに謝られても困るだけだ。

「と、取り敢えず僕のクリニックに行きましょう。落ち着いて、落ち着いて」

彼女の母は咽び泣きながら精神科医に連れられていく。


…………一年間なんとか上手くやってきたと思う。でもそろそろ潮時かもしれない。


彼女はこの一年ずっとずっーと探し物をしてきた。でも、見つかるはずがないんだ。だって「それ」は僕が隠しておいたんだから。でももう渡してあげよう。


僕は彼女に赤黒い物がこびりついた「それ」を差し出した。

教えてあげよう。



「君が、僕を、殺したんだ」



今まで虚ろだった目が見開かれた。耳をつんざくような金切声が聞こえる。



はははっ言っちゃった。


最後まで読んで頂きありがとうございます。

これでも私史上一番長い文章です。それもあり特に後半疲れていると思います。今投稿しないと一生投稿しないなと思ったので投稿します。

書き直すかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 彼女はまだ忘れていないてん。 [気になる点] 精神科医のてん。 [一言] うウム。
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