当たって砕けろ
当たって砕けろ!
変な言葉だと思ってた。
今でもそう、思ってる。
困難なことに立ち向かう時、昔通っていた学校の校長先生はいつも「当たって砕けろ」と言っていた。大会、テスト、コンクール……なぜか僕が良く言われていた気がする。
でも、昔から疑問だった。
「当たるのは良いとして、砕けちゃったら、ダメじゃないの?」
と。困難な「壁」に当たっていくことはもちろん必要だろう。
でも、砕けちゃったら、ダメなんじゃないの?
せっかくの努力とか、いろんなものが「壁」にぶつかってすぐに壊れる。ぶちのめされて、非力な自分を実感する。
これが結構嫌で、昔から「君子危うきに近寄らず」的な行動をとるようになっていた。
今では少し、後悔している。
今の僕が思う「砕ける」と、昔の僕が思っていた「砕ける」は、全く意味合いが異なるのだから。
昔は、「砕けちゃったら今までの自分が全否定されて、立ち直れなくなりそう」と思っていた。つまり、砕けっちゃったらそれで最後、ドラ〇もんの復元光線持ってない僕には無理、みたいな。
今は、「砕けたら、砕けた原因を探して、それを修復してからまたぶつかればいい」と思ってる。昔の僕は臆病だったから、こういう見方が出来なかったのかもしれない。
結局何が言いたいのかというと、「人って成長するんだなぁ」っていうことです。別に当たって砕けろに限らなくても、いろいろあると思うんですよね。子供の時思ってたのが大人になってからは変わった、みたいな。
こんな僕でも、大人になった、のかなぁ。
今の僕の壁は、このサイトですね。もう数十回砕けてますけど。あと、「砕く」っていう字でゲシュタルト崩壊してるんで誰か助けてください。