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夜もドタバタ

 「オファー? マネージャー、立候補。休み消える。あぁっ。うぅー」


 「紗那さん着きましたよ?」


 ぐわんぐわんと頭を回る単語に目を回してしまった私は、家に着くまでの間ずっと、ネジの外れた機械のように動作不良にみまわれていた。


 いや、だってそうでしょ? つい数日前までその辺にいるごく普通の転生者だった私が、子役になったってだけでもありえないことなのに、マネージャー付きだよ? ママのコネでも働いてならまだしも、サトーさん自ら立候補したとか言い出すし、混乱するのも仕方ない。


 それにまだ入った事すら知らない人の方が多いはずなのに、既にオファーが来ているとか混乱しない要素がない。

 それともなにか? 私の意志とは関係なく事務所に入ることは決定してたとか?


 「流石にいっぺんに情報を詰め込み過ぎたみたいですね」


 苦笑いを浮かべながら、サトーさんは運転席降りて、後部座席に座る私を抱き抱えて、マンションへの中へと送り届けてくれた。

 


 家には既にママが帰宅していて、玄関で2人がなにやら話を始める。

 家についた安心感からかなんとか頭のネジをはめ直して正気に戻った私は、2人の足元でその会話が終わるのを待つ。

 流石に私が大人の話に首を突っ込んでも変に思われるだけなので端の方で、小さくなっておく。


 「そう。サトーさんわたくしの担当から紗那ちゃんの担当に変更になるんですね」


 「すみません。本当なら承諾を得てからでなければいけないのに」


 「いえ、もし紗那ちゃんにマネージャーがつく事になるならあなたがいいと思っていたもの。だからわたくしは別に怒ったりしてませんよ。それより紗那ちゃんの事をよろしくお願いしますね。絶対売れっ子にしてくださいよ? わたくしの天使を」


 ママはお仕事モードになると自分の事をわたくしなんて普段の親バカからか想像できないようなお淑やかな感じになる。

 普段を知ってるだけにちょっとシュールだ。

 と思ったけどすぐに中身の親バカが出てきてるじゃん。


 「ええ、私もそう思います。この子ならきっといえ、……必ず人気子役になれると確信しています。もっといえばトップ女優になれる」


 っておいー。なんかバカが移ったぞ。

 というかどこまで未来見据えちゃってるの?  私そこまで続けるつもりないよ? ねぇどうしてそんなに硬い握手をしているの? なんで同じ趣味の仲間に出会えたみたいに目をかがやかせているの?

 すごく居心地悪いんですど。ここ自宅なのに。



 サトーさんが去って、ようやく我が家に平和が訪れるはずだったのだが、そうはならなかった。


 夕食ができるまで、リビングのソファーに座って時間を潰していた私だったけど、ふと自分の着ている服で食事するのがまずいような気がして、今のうちに着替えておこうと、立ち上がった。

 

 「紗那ちゃんどこにいくの?」


 急に立ち上がった事を不思議に思ったのママが声をかけてきた。

 私は普段、夕食ができるまで基本、テレビを見ているか、本を読んで過ごすので、この時間は滅多席を立たない。


 「そろそろ着替えようと思って」


 「ちょっと待ったー!」


 夕食の用意をしていたママが、すごい勢いで飛んできた。

 

 「どうしたのママ? 私、着替えするんだけど?」


 ママがおかしいのはいつものことなので気にせず部屋に行こうとしたのだが、手首をつかまれて、足を止めてしまった。


 「ママね、まだ紗那ちゃんのその天使姿、カメラに収めてないのよ。だからまだ着替えちゃだめよ」


 もう片方の手でスマホを取りだし言い募る。

 

 「もうカメラ、ヤなんだけど」


 正直今日だけで100枚を軽く超えるぐらい写真を撮られてたので、勘弁してもらいたい。


 「いいからそこに立って」


 しかしママはそんな私の心情など一切気にせず、壁を指しながら私の背中押して誘導する。

 あまり抵抗すると転ぶかもしれないので素直に歩く。

 私の可愛い顔に傷がついたりしたら大変だし。


 「こ、こう?」


 仕方なく壁を背にして立つ。

 するとママは、スマホを構えてベストアングルを模索し始めた。

 半日近く、カメラの前で笑って過ごしたせいかほぼ反射的に、笑顔になってしまう。

 ちっ、カメラを向けられた素直に反応してしまう自分が恨めしい。


 だが、あのカメラマン性格はゴミみたいなやつだったけど、腕は悪くなかったな。

 できればもうごめんだけど。

 まぁ、前世でほぼできなかった親孝行だと思えばいいか。写真だって記念に1枚撮りたいだけだろうしな。

 そう割り切ると少し調子に乗ってポーズまでとって見る。


 「かっ、可愛い」


 1枚撮ったママの口からそんなセリフが漏れ出てきた。

 流石に面と向かって可愛いと言われ、恥ずかしさて顔が赤くなる。

 ママはカメラを構えたままもう一度シャッターを切った。

 そしてもう1枚。そこから勢いがついたように夢中でシャッターを切り続ける。

 ポーズの変更や表情のチェンジの指示が容赦なく飛びもはや撮影の現場のような雰囲気なっていた。

 あの、1枚で終了なんじゃないの?

 永遠に終わらないのかと思った、地獄の撮影だったが、ついにその手が止まる時がきた。


 「あら? もう容量いっぱいになったのね? 使えないスマホ」


 可哀想にスマホ君。悪いのは君じゃなくて、スマホの連写機能をフルに使って写真を撮りまくっているママだ。

 でも、ありがとう君の容量少なさのおかけでなんとか終わりが見えたよ。

 安堵して横を向くポーズから正面に顔を戻すと。


 「ってママ鼻血出てるよ」


 鼻血を垂らしながら、撮影を続けるママの姿があった。

 既にかなりの量を出していたらしく、足元には血溜りが出来ている。

 慌てて鼻血をなんとかしようとママの元に駆け寄ろうとした。


 「紗那ちゃん動いちゃだめよブレるでしょ?」


 しかしママからカメラマンばりの厳しい声が飛んでくる。

 すっかり撮影にはまってしまった。

 そういうママは全くブレないですね。

 芸能界に長くいると心が鋼に変わるものなのかな。


 「でも鼻血すごく出てる」


 せめて鼻血だけは止めてもらおうと、ツッコンでみるが、ママには全く届いていない。


 「紗那ちゃん今はそんな事気にしちゃだめよ。ほら笑って笑って。どうして泣きそうな顔になるの?」


 それどころか顔の半分を血に染めた状態で口角を上げ笑顔を作って見せる。

 その姿は殺人を楽しむ猟奇殺人鬼にしか見えない。

 しかも時刻は夜。窓にその姿が反射してさらに恐ろしさを増している。

 ぶっちゃけ、ちょっと泣きそうだ。

 というか女優として鼻血に気にしてください。


 「ママ怖い。血塗れですごく怖い。その顔で笑わないで」

 

 「あらほんとね。……なんだか、殺人現場みたい。あっ、そうだ殺人現場といえば、紗那ちゃんついでだからママの本読み、お手伝いしてくれる? 明日大事な撮影があるのよ」


 血まみれのまま今日一番の笑顔で頼みをするママの顔をみてついに泣き出してしまった。

 まさかこの年でマジ泣きする事になるとは思わなかったよ。

 どんなホラー映画よりも本物の血を顔に塗りたくって、スマホを構えた人が家で微笑んでいれば、怖いよね?



 そんなわけで追加写真撮影in自宅を終了した私は、ママの本読みの手伝いをする事になってしまった。

 いや、それ自体はいいんだけどさ。


 「ママがだした鼻血、どうしてそのままなの?」

 

 興奮したおかけで出た鼻血が血溜りを形成しているのは、さっきからあったし、不思議じゃない。

 いや、あること自体普通はおかしいけどね。

 問題はどうしてママがそれを放置して何事もなく台本を私に渡して来ているのかだ。


 「ほら、刑事役だし血があった方が雰囲気出るのよ。そっちの方がうまく演技ができる気がするの。それにせっかく血が、たくさん出たんだし使わないともったいないと思わない?」


 最近、うちのママの言動が何一つ理解できません助けてください。

 

 「よく、わからないんだけど」

 

 「紗那ちゃんには、ちょっと難しいかったかな。じゃあ早速台本の付箋の一番最初からやってみましょうか」

 

 「はい」


 そこから1時間ほど本読みをやった。途中ママが私の演技が気に入らないらしくて、何度かやり直しさせられたり、ややこしいセリフで噛みまくったりなんてハプニングもあったけど、私に取ってもいい時間だった。流石現役の女優。

 でも血溜りはただ邪魔なだけだったよ。

 思っきり足元突っ込んで白い靴下が赤く染まったし。

 それと、何の嫌がらせかわからないけど、今日の夕食は、ナポリタンって真っ赤な料理だったよ。珍しく残しちゃった。

 

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