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宣材写真

 写真集の撮影でもない限り、写真の撮影にはあまり時間がかからない。そんなイメージを持っていた。

 シャッターを押してから画像データになるまでスマホでもカメラでも今の時代、一秒もかからないし。

 しかし、それは大きな間違えだったらしい。


 「うーん、なんかこれも違げぇ。こんなじゃ、この子の魅力の1割も引き出せていない! 撮り直しだ」


 カメラマンが、心底悔しそうな表情で今とった写真のデータを確認する。

 爪の一つでも剥ぎそうなぐらい爪をかじりながらまた撮影プランを練り直し始めると、メイクさんの顔が青くなった。


 ただ今、宣材写真の撮影の真っ最中。

 ちなみに宣材写真というのは、写真を洗濯するための洗剤でも、洗剤みたいに洗濯機に入れると汚れが落ちる写真でもない。

 宣伝用の写真のことらしい。

 具体的な用途は、オーディションを受ける時の応募履歴書に貼る写真だ。

 あとは事務所のホームページに載せる時の写真でもある。


 さっきは、とんでもなく恥ずかしい、間違えをしてしまった。そりゃ運転が乱れるぐらい笑わられるのも無理ないな。

 なんだよ洗剤写真って。ちっ、思い出したら気分が悪くなった。


 「おい、また髪型チェンジだ。今度は幼さをアピールするような感じでやってくれ」


 カメラマンの荒っぽい声が、スタジオに響く。

 メイクのお姉さんは、それに疲れた顔で返す。


 「えー、これで6回目ですよ? どんだけこだわるんですかっ」


 髪型変えこと6回。15時すぎには終わるはずの撮影は、そろそろ夕方に差し掛かってきている。

 業界風にいうと撮影、押してるってやつだな。


 まぁ、メイクのお姉さんが愚痴りたくなる気持ちもよく分かる。

 なぜなら宣材写真撮られている私も、既に帰りたい気持ちでいっぱいだからだ。

 後から撮影にきた子供が、帰って行くのを何度も見ていればそんな気持ちが、どんどん大きくなるのも無理はないだろう。

 いくら元社畜でも終わりの見えない仕事は精神的に辛い。


 「馬鹿野郎。いいか? この子はすぐに大物になる。何人も撮ってきた俺の第六感が痛いぐらいに告げているんだ。だから、とことんまでこだわる。最高の1枚をとるつもりで粘る。まぁ、お前みたいな女優に成り損ねて、メイクに転身したような才能なしにはわからないだろうがな」


 「…………………………っ!?」


 そう言われたメイクのお姉さんは今にも泣き出しそうな表情で、ぐっと言いたいことをこらえて、カメラマンがどういうイメージの画を撮りたいのか、質問をしながら探り始める。

 これがプロか。

 私ならぶち切れてカメラマンを殴り飛ばしてしまうかも。


 そんなやり取りを、カメラの前で気まずい思いをしながら見守る。

 どうして人間は才能に溢れると人格が破綻するんだろう。

 現場の雰囲気の最悪じゃん。

 メイクのお姉さんはあと1つか2つきっかけが泣くか暴れるかしそうな雰囲気をまとってるし、下手したら撮影スタジオ殺人事件とか起こるじゃないだろうか? そうなったら見た目は子供、頭脳のまだ子供。魂は大人の推理ショーをする事になるのでは?


 「だーかーらー、それだとダメ何だって言ってんだろうが!! この写真コンテストにも出す予定だから」


 聞いた、覚えのない話が耳を届き、思わずつぶやく。

 コンテスト? 何の話だ全く聞いてないぞ。


 「そんなの聞いてないんですけど」


 「すみません。そういう約束でも取り付けなければ彼に撮ってもらう事ができなかったので」


 いつの間にか近くにいたサトーさんが反応した。

 今までどこにいたんだ?


 「そんなに有名な人なんですか?」


 「ええ、今、業界で1番勢いのあるフリーカメラマンです」


 「ほんとに大丈夫ですかね? あの人。なんかメイクさんすごく睨んでますけど」


 メイクのお姉さんと殴りに発展しなかねないほどにヒートアップしている言い争いを見ていると、なんだかとっても不安になってくる。

 ほんとに推理する事になりそうだな。


 宣材写真は大事だけど、そこまで熱くならなくてもと、思ってしまう。

 もちろん商品に例えるならパッケージみたいなものだし、良いものであればあるだけ嬉しいけどさ。

 でも、たった2年ちょっとのために人が傷つくのは気が引ける。

 私はあくまでも安定した休みのある仕事に就きたいのだから。


 「多分、大丈夫だと思います。確信はありませんけど」


 「あのサトーさん。そこは確信を持ってから言っていただけるとありがたいんですが?」


 さらっと、とんでもなく無責任な発言に自然とツッコミが出る。


 「ふふっ。紗那さんは不思議な子ですね」


 「え?」


 不意打ちの発言に間抜けな声をもらす。

 はっきり言って発言の意図読めない。

 私の不思議系な発言した覚えないですし、

不思議がられる行動をした覚えもない。


 「文乃さんに似ているのは容姿だけで、全然性格が似ていなので」


 「そうですか? まぁ確かに似ているとは思いませんが」


 そりゃ親子でも性格が、そっくりってのは稀だろう。

 ついでにいうとママにはそこまで似てないぞ。

 私の方が可愛いから。

 ママ美人系なのでそもそも系統が違う。


 「ひっく。うっ、あのずみまぜん。めいぐなおじするので来てくだざい」


 サトーさんと会話していると、涙で顔をグチャグチャにしたメイクさんがやってきた。

 鼻水が詰まっているのかすべてに濁点がついたように聞こえる。

 つけまつ毛がズレ、ファンデーションやら何やらが全部怖い感じに取れかかって、一瞬妖怪でも来たのかと思ってしまった。

 私のメイク直す前に自分のメイクを直すのが先何じゃないかな。


 カメラの奥に置いてある椅子に座り、されるがまま髪をいじられる。

 女の子らしく長い髪を櫛をかけて整えて、カメラマンの要望に沿った髪型に整えていく。

 宣材写真はとにかく、いい印象を与えなければ話にならない。

 それに、撮った写真はそのままカメラマンと撮影スタジオの評判にも繋がるので、どんだけメイクをグチャグチャにしていてもメイクさんは全力でヘアメイク直しをする。

 その間、私達にはとっても気まずい空気が流れる。

 このメイクさんにとって私は、ただの厄病神でしかないだろうから、下手に話しかけて不満の矛先をこちらに向けられても怖い。

 泣くほど怒られた原因だし、そこまでじゃないにしろ、悪印象を抱かれている可能性は高い。

 かと言って、黙っているのも、それはそれで気まずい。

 ほんとに早く終わってくれ。

 またサトーさんどっか消えてるし。


 再びカメラの前に立ち、眩しいほどの照明を浴びる。


 「それじゃ、はじめに軽く笑った表情を撮って見よう」


 言われた通り表情を作ってキープ。

 撮影の最初は笑顔がぎこちないとか、目が笑ってなくて怖いとか、そういうお約束ネタをやっていたんだけど、もう今日だけで100枚は余裕で超えるぐらい撮られているので、もうそんなミスなんてしない。

 

 メイクのお姉さんのためにも私の心の平和のためにもこれ以上撮影を長引かせるのは良くないし。

 何度がフラッシュと共にパシャと音がして、次の指示がくる。


 結局、撮影が終わった頃にはカメラマン以外全員が5歳ずつ老けた。

 逆に、カメラマンは子供のように元気だ。

 ちなみにこの写真のせいで、私とメイクのお姉さんの休みがなくなる事を私達はまだ知らない。

 え? カメラマン? 彼はそれほど変わりませんよ。

 被写体とメイクに注目が集まったのでね。

 

 

 カメラマンとメイクさんに挨拶を済ませて、再び車に乗り込む。

 ドアを閉めて、走り始めると一気に気が抜けたようにため息をついた。

 マジ疲れた。2度と宣材写真なんて取らないぞ。


 あれからもう一度ヘアメイクチェンジをして、ようやく納得のいくものができたらしく、修正なしでそのまま宣材写真として使われる事になった。

 というか雑誌とかの写真ってほとんど修正してるなんて話聞きたくなかったんだが?

 なんで堂々とそういうこと言っちゃうのかな。


 「紗那さん、撮影お疲れ様でした。予定をかなり過ぎてしまいましたが、今日はこれで終了です」


 信号に捕まることなく軽快に走るなか、サトーさんが突然口を開いた。

 やっぱりサトーさんは真面目な人だ。


 「サトーさんなんだか、私のマネージャーみたいですね」


 「はい。そうですが?」


 なんだか芸能人の仕事終わりみたいなやりとりがちょっとおかしくてついつい、そんな事を口走ったが、返ってきたのは肯定だった。


 「はい? サトーさんはママのマネージャーですよね?」


 サトーさんはママのチーフマネージャー。つまりそこそこ偉い人。

 現場マネージャーは基本新人がやるものなので、サトーさんが私のマネージャーになるのはありえないはず。

 まさか、遅めのエイプリルフールですか?


 「いえ、正確には明日から紗那さんのマネージャーになりますが?」


 何か? とてもいいたげな涼しい表情で、しれっと返すサトーさんに、私は固まるほかなかった。

 というかどう返すのが正解なのかわからなかった。

 とても冗談を言っているようには思えないし、サトーさんは真面目だし。

 生きてきた年齢的にはサトーさんより少し若いぐらいなんだけどおかしいなぁ。

 芸能界だけ得られる経験値が倍とかなんですかねぇ? 


 「あ、えー、ぐっ」


 スピーカーが、壊れた機械のように無意味な音を発する私に、サトーさんがさらに追い打ちをかける。


 「紗那さんには既に仕事やオーディションのオファー幾つか来ているので、急いで、マネージャーをつけなればいけない状態なので私が立候補しておきました」

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