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紗那の休日、本題へ

 店の奥へと引きずり込まれた私は、あっという間に着てきた服から昨日家に届いたパーティードレスに着替えさせられていたらしい。

 ママと加崎さんによるマジシャンもビックリの早着替えに私の脳は追いつけなかったようで、認識出来たのは店の奥に連れ込まれたことと、着替えさせられたことだけ。

 一応椅子はあったけど座る前に全てが終わっている。

 まさに神技。

 むしろ君たちこっちで稼いだ方がいいんじゃないのって思うレベル。

 サーカスとかなんかそういうので儲けられそう。

 というかそういう技どこで身につけてくるの?


 「はぁーい。次はこっちに来て」

 

 突っ込む暇すら与えられず、作業台とでも呼べばいいのか、美容院によくある椅子に座らされた私は、あっという間にカットクロスを被せられ髪を切る体制を整えられていた。

 ここは本職らしく見事な手さばきで瞬きしている隙に完璧に整えられていた。


 「ちょ……」


 この間に私が発する事が出来たのはこれだけ。


 ドラマを撮ってる最中なので、髪を切るなんてあってはならないので抗議の声を上げようとしたのだが、加崎に手を肩に置かれその勢いを止められてしまった。

 見ると加崎さんは全て分かってますみたいな表情をしていた。

 軽く肩をぽんぽんと触ってから道具の用意のためか椅子を離れていく。

 その様子を鏡越しに見て不安が増した私は、ママに目で訴えようとママを探すが、何故か姿が見当たらない。

 

 「文乃さん、まだ着替えてないの? 紗那のヘアセットどんな感じにするか聞きたいですけども」


 「ちょうどいいところに。このファスナーとっても固くて閉まらないのよ」


 「文乃さん、これだいぶ動きにくいんですが最後に使ったのいつ?」


 「2年? や、それより長いかもしれないわね」


 「あー、そりゃファスナー固くもなりますね。ダメですよちゃんとしないと」


 店の奥から聞こえて来たママの声に思わず太ったのではないかと一瞬でも思ってしまった事が恥ずかしい。

 ママは太る暇すらないほど仕事してるもんね。

 女優って意外と体型維持も重要だし。


 そんな会話があってしばらくして2人揃って店の奥から出てきた。

 ママも私と同様着てきた服からパーティードレスに着替えていて、雑に束ねていた髪を下ろして再びのホラースタイル。

 着ているドレスが赤色なので出くわす場所がオシャレな美容院じゃなくて、病院なら血染めドレスの亡霊にしかみえない。

 絶妙に表情を覆い尽くす前髪がより怖さを助長させる。


 ママと分かっていても1度血染めドレスの亡霊を想像してしまうと、どうしても恐怖が湧き上がってくるらしく、加崎さんが戻って来てから私は落ち着きに欠け、動きまくっていた。


 「動かないでくださーい。危ないから」


 落ち着きのない子供の扱いも慣れているらしく加崎さんはやや強めに私の頭を正面に戻した。

 これやっぱり髪切られる流れなのでは?

 などと恐怖しているものの、いつまでたっても何もしない加崎さん。

 ハサミすら持つことなく、髪の感触でも確かめるように数回触ると、難しい顔をして手が完全に止まってしまった。

 不思議そうな顔をしていると、不意に目があって微笑まれた。

 さすがに気まずいのか直ぐに逸らされ、後ろで待機していたママ方に顔を向け何やら相談を始めた。


 「うーん、困ったわね。ねぇ、文乃さん。紗那ちゃんって普段どんな髪型してるの?」


 「えっ、とね。いつも下ろしてるよね? 結ったりしないわよ。何故か結ったりしようとすると昔から嫌がるのよ。少し前まではそうでもなかったんだけど」


 普段から私はストレート以外の髪型をしない。

 今は現場に入ってすぐ撮影出来るように髪に結び跡を付けたくないというもっともらしい理由があるが、ホントは前世の好みが黒髪ストレートってだけ。

 理由は特にないが昔から好きだったのだ。

 追加で言えば、オシャレな髪型を詳しく知らないって言うのもある。

 知ってる髪型なんてポニーテールとツインテールくらいしかない。

 もちろんお仕事で髪を結うことはなんの抵抗もない。

 社畜って仕事になると好き嫌いが無くなるから。

 自宅が大好きでもみんな出社して残業するでしょ?

 いや、残業するのはお金が好きなだけか。


 「なら縛らない感じにした方がいい? 正直このまま整えるだけでも充分な気がするんだけど」


 「加崎さん、全力でお願いします」


 「任せてください。この世界に天使降臨させますよ」


 鏡越しに行われる不穏な会話。

 お互いが向かい合っているせいで表情が全く分からないけど、聞こえて来る声にはいつもの親バカの感じがハッキリ出ている。

 そして、その返事には後で恥ずかしさでどうにかなりそうな痛いセリフがついてきた。

 現代の大人ってみんなちょっと疲れてるのかな。

 そうでもないと天使を降臨させますとか言い出さないもんね。


 それから数分道具をガチャガチャと取り出す音が聞こえ、次々と並べられていく。

 鏡に越しに見えるのは沢山のブラシ? 櫛と大量のヘアゴムとヘアピン。

 それと実用性皆無オシャレ度極振りの大きめのリボン。

 ブラシだけでも5種類ぐらいはある。

 他にも謎のスプレーみたいなものまで取り出してきてこれから実験でも始まるのかと思うほど大掛かりなってきた。

 さすがにここまでガチで準備されるとちょっと怖くなる。

 頼むからそこに置いた1番大きな鈴付きのリボンだけは付けないでね。

 それ猫の首輪にしか見えないから。

 準備が終わりヘアセットに入ってからもそのリボンを付けられない事だけを願っていた。


 あまりに見ていたから途中で。


 「紗那ちゃんもしかしてどれか付けたいのあるの?」


 「大丈夫です」


 みたいな会話を6回ほど挟んでしまったが、さすがに猫の首輪みたいなリボン付けないでくださいとは言えなかったので大丈夫ですのみで返してしまった。

 それ以外は特に大きな問題も起きずにヘアセットを終える事が出来た。

 さすがプロだけあって仕上がりはとても素晴らしく、すっかり見慣れたはずの自分に思わず将来結婚しようと言いそうになった。

 危ない危ない。


 カットクロスを外してもらいママの方を振り返ったその直後に大問題が起こったのだ。


 「ママどう?」


 「ほ、ほんとに天使が降臨したわ。あぁ……」


 素晴らしい出来だけあって、ちょっと自慢したくなった私は、軽くその場で1回転しながらママの感想を聞こうとしたのだが、ママが私をみた直後にほんとに涙を流して祈り始めた。

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 せっかく出かける前にしていたメイクが涙で全部流れ、黒い涙が頬にまで垂れてきて天使に救いを求める異形の化け物にしか見えなくなって困る。

 最初は演技だろうと思ってすぐ泣き止むと思っていたら、どうやらガチ泣きらしく鼻水まで垂れ始め、ファンには見せられないほど酷い顔になってしまって加崎さんもさすがに引いていた。

 娘の私から見ても今日は一段と酷い。

 娘の姿見て泣くのって結婚式とか入学式、卒業式とかじゃないの?

 いや結婚とか出来るか知らないけどさ。


 「あーあぁ、文乃さん。涙止めて止めて。顔が大変なのことになってるから」


 「だっで紗那ぢゃんが……。滅多に髪結ばない紗那ちゃんが、こんな……」

 

 加崎さんが何とか泣き止ませてくれたんだけど、これ私のせいなんですか。

 今度から髪型にも気を使って見るか。

 髪しばるだけで泣かれるとは予想外すぎる。

 色々思うことはあるけど突っ込むのも後回しにして今度はママのヘアセットに入る。

 私はそっと奥の部屋に潜り込み着替えからスマホを確保してそれで時間を潰すことにした。

 こっちに気を回して作業効率が落ちても困るしね。

 

 1時間ほどがすぎてついにパーティーにいく準備が完了するころには加崎さんが10歳ほど老けた顔になっていた。

 今度ママには加崎さんにお詫びの品を送らせようと心に誓いながら車へと戻り、ようやくパーティー会場へとナビを開始する。

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