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紗那の休日(不安)

 ママの運転する車が、快調に道路を走っていく。

 ドジやうっかりで定評のあるママも、車の運転ではやらかす事はないらしく、私は安心しきって窓の外を眺めつつ目的地に着くのを待っていた。


 出かけると聞かされてはいるものの、どこに何をしに行くのかは聞く暇がなかったので現状不明。

 推理するとまぁ昨日の招待状絡みの事なのではないかと思うのだが、そこまでしか分からない。

 パーティー前に行く所など庶民にはあまり想像出来ないのだ。

 ドレスは何故か送り付けられたし、ママもパーティードレスは仕事柄持っているはずなので、ドレスの調達なんてことはないはず。

 つまり想像がつかないのだ。

 なので景色を眺めるぐらいしかやる事がないのだが、その景色もさっきから似たようなものばかりだ。

 スマホをいじるという暇潰しも考えたが、充電が切れると困るのでやめておく。

 モバイルバッテリーを買いたくても暇がないし、1人で出歩けないので欲しいんだけどまだ買えていない。

 スマホとセットみたいなもんなんだしセットで販売してくれないものかねあれ。

 なんてことを考えている間も絶えず景色は変わる。

 都会なんてだいたいどこもビルと道路で構成されているから似た景色のような気もするけど、あのコンビニさっきも見た気がするんだけど。


 「あれ、おかしいわね? そろそろ着いてもおかしくないころなのに」


 「もしかして迷ったの?」


 「そんなことあるわけないでしょう? 待っててね、もうすぐ着くはずだから」


 私の問いかけにママは露骨に冷や汗をかきながら答えると再び右にハンドルを切った。

 その先の景色はもう3度は見た気する赤い車が駐車場に止まったコンビニ。

 入口の上にはクジのキャンペーンが堂々と告知されているが、日付を見るととっくに期間が終了している。

 ズボラなお店がこうも連続することなんてあるのかと思うものの、もうすぐ着くというのだから待って見るとするか。

 私、これでも待てる子供ですよ。



 「そろそろどこに行くか教えてよ」


 そこからコンビニと再会し続ける事10分。

 このままだとさすがにらちが明かないと思った私は、何度も素通りしてきたコンビニに車を止めさせて目的地を聞き出すことにした。

 さすがにこれだけコンビニの前をループしていたら道に迷ったと認めざるを得なかったようでママも大人しく車を止めてくれた。


 「どこってそれはもちろん美容院に決まってるじゃない? パーティーにいくのだから」


 決まっているかどうかはさておき、確かにパーティー前に髪を整えるというのは何となく想像がつく。

 仕事柄髪のセットと言えば現場のメイクさんというイメージが何となくあるから美容院という選択肢が私の中にないだけで、世の中の皆さん的には割と当たり前の選択肢なのかもしれない。

 庶民の思う誕生日パーティーなんて普通ドレスコードとかないもん。

 想像つかなくても何も不思議はない。


 「美容院なら真反対だよ。ママが行く美容院ってこの前テレビでママが紹介してたここでしょ? なんで自分で行きつけって紹介した店に迷うのさ」

 

 私はスマホで検索した画面を見せながら話を続ける。

 ちなみにそのお店は少し前にバラエティー番組でママが紹介したお店で、ママを含めた多くの芸能人さん達が利用する人気の美容院らしい。

 現場で名前すら聞いた事がないのでその話が本当なのかどうかは分からないけど。

 ちなみに放送直後からテレビ効果でファンで溢れかえっているとか。

 

 「ほんとに逆方向じゃない。なんで?」


 私からひったくったスマホにうつる現在地と目的地がそれなりに離れていることを悟ったママは、落ち込み額をハンドルの真ん中にそこそこを勢いでぶつけた。

 当然クラクションが音を出す。

 音でママが起き上がってくれたおかけで大事にはならなかったが、既に色々手遅れなのかもしれない。

 ママの顔が絶望の色に染まっているのがわかる。


 「なんでって間違えたのママじゃん。そもそもなんでこの車ナビすらついてないの? ママ方向音痴なのに」


 「ぐっ。だって普段はマネージャーさんが現場まで送り迎えしてくれるし、要らないと思ったんだもん!」


 「絶対いるでしょ。方向音痴なんだから」

 

 「ぬあぁぁ。2回も方向音痴って言ったこの……」


 何か罵倒のひとつでも返そうとしているのか、そこで不自然に言葉を切り視線を巡らせるがやがて諦めたように乾いた笑い声を漏らした。


 「紗那ちゃんに悪い所になんてひとつもなかったわ。あははっ。」


 「そんなことしてる場合じゃなくて早く美容院に行かないと、本当に間に合わなくなるよ」


 いつまでもここでコントをしていても状況は良くならないし、駐車場に居座ってはコンビニにも迷惑がかかると思い至り、ママを急かして見るが、かえってきたのは衝撃的な返事だった。


 「残念ながら予約時間まで残り1分なのよ」


 「それまずくない?」


 「もちろん、まずいなんてもんじゃないわね」


 「電話ぐらいした方がいいんじゃない?」


 「そうね。ずらして貰えるかどうか聞いて見ることにするわ。私はともかく紗那ちゃんに適当な髪でお義父さまの前に出すわけにいかないものね」


 そう言ってカバンを漁り始めるママだが、中身を全て外に出し切るとさらに不安な顔になって顔を上げた。


 「紗那ちゃん。どうしよう。スマホも忘れたみたい」


 「ママさ、私のスマホ左手に握りしめてること忘れてない?」


 スマホをずっと片手に握りしめたまま真剣な表情でスマホを探しているのは、メガネをかざすギャグのようにも見えるが、あれはギャグだと分かっているから笑えるのであって、現実に似たような事が起こるとほんとに心配になるんだなと新たな発見した。

 ママ、ってまだ若い方だったよね。

 もうボケ始まってるのかな?

 

 「じゃあ、ちょっと借りるわね」


 電話をかける姿を眺めながら、後でボケ防止になるようなものを調べておこうと思った。

 誕生日にでもプレゼントすることにしようか。

 いや、それよりカーナビの方がいいかな?



 何とか予約の時間を少し後にずらして貰えることになった私とママは、大急ぎで美容院へと向かう。


 「ママ、次の信号を右ね」


 「はーい」


 私の道案内付きで。

 これはもう仕方ないことなんですよ。

 ママに任せておくとまたおかしな方向に進みそうだし、これ以上道に迷って美容院にご迷惑をかける訳にも行かないし。

 ママも大人としてのプライドを捨てて、私に道案内を頼んで来たんだし、この状況がいかに笑えるものであっても耐えて道案内を完璧にこなすんだ。

 

 「ぷっ。そのまま800メートルほど真っ直ぐだよ」


 吹き出しそうになるのに耐えながら車は進む。

 ちなみにママも恥ずかしい自覚があるらしく、運転している顔は見たことがないくらいに赤くなっている。

 

 「紗那ちゃん、笑わないの。ママだって苦肉の策なんだから。あんまり笑うと傷を癒すために紗那ちゃんを抱き枕にして寝ちゃうからね」


 それは大変だ。

 別にママと一緒に寝るのがいやという訳ではないが抱き枕にされると寝苦しいし、ママは朝早く活動し出すからつられてこっちも起きることになる。

 せっかく明日も休みなのに早起きなんて勿体ない。

 明日の平和を守るために必死に笑いを堪え道案内を遂行する。

 スマホのナビはとっても優秀らしく、予定時間より少し早く目的地の美容院に着くことが出来た。 

 近くの駐車場に車を停め荷物を下ろすと、そこから歩きで美容院へと向かう。


 「その荷物は何?」

 

 車のトランクからママが下ろしたのは美容院に行くには絶対必要のなさそうなキャリーバッグ。

 海外旅行とかに持っていく防御力高そうなやつだ。


 「それは着いてからのお楽しみよ」


 ウインクをひとつ決めると、キャリーバッグを引きずりながら店とは逆の方向に歩き出すママ。


 「ママ、逆」


 せっかくウインクで出来る女アピールしたのに台無しだよ。

 ここまで来るとわざと、なんじゃないか疑惑すら感じつつもママを誘導しながらなんとかスマホの充電の50%ほどを犠牲に着くことが出来た。

 今日ってまだ始まったばかりだよね?

 ものすごく疲れた気がするわ。

 そんな私の苦労など全く気づかないようで、ママは軽いスキップをするような足取りで店の中へと入っていった。


 店内に入ってすぐに温かみのある照明に迎えられその眩しさに瞬きをする。

 よく見れば、人気店だというのに店内には何故か客らしき人は誰もおらず、待ち構えるようにママより年上であろう女性が立っていた。

 しかし入ってきたママを見て急に顔を綻ばせ手を振りながら笑顔で駆け寄って来た。

 

 「文乃さーん久しぶりぃー! げんきしてたぁ?」


 「加崎さんこそ。げんきそう! それより、予約したのに遅れちゃってごめんねぇ」


 「絶対遅れると思って、予約の時間から2時間近く貸切にしといたの。予定通り来たら休憩すればいいし」


 ぽかん。

 目の前で街で久しぶりにあったクラスメイトみたいなやり取りを見せられた私は、そんな効果音が着きそうなぐらい固まっていた。

 何からつっこんだらいいのかわからん。

 どう処理して行こうか考えている間に2人のハイテンションな再会劇は終わり加崎さんの興味は私へと写っていた。


 「その子ももしかして芸能人? うちの紹介? 文乃さん先輩してるじゃーん。というかこの子めちゃくちゃ可愛い。是非とも家に持って帰りたい


 なんなのこの砕けたノリ。

 それに後ろから抱きつかれるように密着されて逃げ出すことも出来ないし。

 ママ助けて。

 

 「加崎さん。その子私の娘なのよ。だからあげられないわ。でも可愛いって所は同意」

 

 願いが通じたのか、加崎さんの腕から私を脱出させると、加崎さんと同じように後ろから抱きつき密着。

 荒い鼻息が髪の隙間を通り抜けて、首筋に当たってくすぐったい。

 状況悪くなってないかな?

 さっきは鼻息なかったけど。


 「えぇーっ! 文乃さん。こどもいたんだぁ。何歳? というかこの子どっか見たような気がするんだけど」


 矢継ぎ早な質問の中に答えづらいのが混じっていて思わずママを見た。

 一応事務所の方針として親子であることは極力公表しないことになっているのでバレると困ったことになってしまう。


 「うーん。そうかしら? まぁうちの娘は、その辺の子役なんかよりも可愛いから。そう思うのも分かる」


 どう誤魔化したもんかと頭を悩ませていると、女優の顔になったママがなんとも上手い返しでピンチを切り抜けてくれていた。


 「やっぱり。可愛い子って全部芸能人に見えちゃうわよねぇ。さてと、そろそろお仕事始めますか。えぇーお客様、ヘアセットのご予約となってますがお間違いないでしょうか?」


 声のトーンすら一切変わらず軽くふわふわしたまま、接客する加崎さん。

 その適当ともとれる態度に若干の不安を覚えつつも特に口を挟むことなく成り行きを見守る。


 「はい」


 「ではこちらのお席にどうぞ」


 「紗那ちゃん?」 


 「え? そっち?」

 

 私が戸惑っているのは、自分が案内されているからだけじゃない。

 案内の指がしめす方向が明らかに髪を切ったりする椅子とは別の店の奥。

 一体、今から何が始まると言うのだろうか?

 

 「ほら、紗那ちゃん早く早く」


 不安に足が固まっているのを察したのかママがぽんぽん背中を押して無理やり足を前に運ばせる。

 その強引さと加崎さんへの不審感から不安がさらに大きくなるのを自覚しつつ、店の奥へと引きずり込まれていくのだった。

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