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紗那の華麗な休日(準備)

 「紗那ちゃん。ママこれからちょっとお電話しないと行けなくなったから、ちょーっと静かにしてね」


 招待状の中身を読み終えたママが、突然そんな事を言い出した。

 だいたいママがこういう事を言い出す場合は仕事を含む重要な電話の時だ。


 いつにも増して、慌ただしく玄関の方に駆け出していったという事はこの招待状、余程凄い人か重要な人からなのだろう。

 あまり付き合いのない人とかなら、スケジュール帳をチラ見した後で仕事があれば、速攻で不参加を決め込む胆力を持っているのが私のママだ。

 ちなみにこれまでにママは高校時代の同級生の結婚式を2回ほどスルーしている。

 その後届いたビデオレターだけでもお願い出来ませんかというメールも完全スルーだ。

 なんなら返信も事務所に投げたと聞いた。


 誰なのだろうか?

 気になった私はそっと招待状を手に取った。

 えーと、花京院元斎の生誕祭参加のご案内?

 知り合いにそんな名前の人はいない。

 まぁ記憶上の話なのでものごころ着く前に会っている可能性はある。

 花京院という名前から察するに、恐らく親戚の誕生日会なのだろうが、忙しいママがスケジュールを無理矢理に空けてまで出ないと行けないという事は、かなり重要な人物と言うことになる。

 でもそれなら何故、私宛に招待状が来たのか疑問だ。

 しかも日付は明日で、不参加にさせる気は一切ないのか返信の期日もない。

 明日だし返信も何もないんだが。

 これ絶対やばいやつだ。この理不尽感はブラック企業にも匹敵するぞ。


 それもこれも行けば分かる事なんだろうけど、さっきから嫌な予感センサーと社畜センサーが恐ろしく反応している。

 まぁ身も蓋もない言い方をすれば行きたくない。 

 だって私一応庶民にカテゴライズされていますし、これまで前世含めてこんなドレスコード付きのパーティーなんて縁がなかったのだ。

 きっととんでもないお金持ちばかりが集まるパーティーに決まっている。

 前世パーティーといえば、年に1度の忘年会ぐらいしか経験して来なかった私がそんなパーティーに参加するのは、なんというか気が引ける。

 とはいえ、こういうイベントって社会人的にいえば絶対スルー出来ない。

 大人の付き合いはとてもめんどくさいのだ。

 いくらここであれこれ理由を探しても当日インフルエンザか、それに準ずるヤバめのウイルスにでも感染しない限り、不参加になる事は恐らくない。

 

 電話が終わるまではじっと待つしかないので、スマホを取り出して何となくネットサーフィンしようと検索エンジンを開くと、そのトップページに大きく、アイドルの鳴海虹花さん事務所と対立! という見出しが踊っていた。

 いや、こっちはこっちで大変そうなんですが。

 確実に揉めるとは思っていたけど、見出しを見る限り、なんか穏やかではない感じになっていそう。

 と言うよりかなりまずい。


 気になって、ちらりと覗いた限りでは憶測にすぎないような記事ではあるが、事務所のマネジメントと本人のやりたい事が噛み合っておらず、対立したというような内容が書かれている。

 不安や興味を煽るためか引退や事務所を移籍する可能性がというような内容もさらりとではあるが載っていた。

 ほんとにこの記者、ライターさん達はどこからこういう情報を集めているのか不思議だ。

 各事務所にスパイでもいるのかな。

 そう思うくらいにはそれなりに正確な情報がネットばらまかれていた。

 怖いのでSNSの方は確認しないが、恐らく凄い速度で拡散されていることだろう。

 

 「うわっ。星川監督説得はこちらでやるんでとか自信満々に言ってたのにやらかしてるし、すごく拗れてる」


 思わず声が出てしまった。

 ママが電話中であった事を思い出して慌てて口を抑えるが、多分手遅れ。

 それなりのボリュームの声がハッキリと家の中を駆け巡った。

 これは怒られるよね。

 ママは仕事の電話を邪魔するととても怖くなった記憶がある。

 私がまだ前世の記憶を取り戻す前に1度だけ電話中にテレビのリモコンをいじってテレビの音量を最大にした事があったのだが、かなり怒られた。

 あまり私に怒らないあのママがガチギレである。

 あの時は1時間みっちりお説教されたみたいだ。

 とても印象的だったようで、とても鮮明に覚えている。



 そんな恐怖体験を思い出している間に、戻ってきたママは珍しい程に笑顔だった。

 これはやばい。

 ママが何にもない時に笑顔なのはろくな事が起こらない。

 それに加え私の中のセンサーも反応しているのだ。

 明日は大変な事になるという確定演出だ。

 ゲーム確定演出は嬉しいがこれはこれぽっちも嬉しくない。


 「紗那ちゃん、明日なんだけどママもおやすみになったから少しお出かけしましょうか?」


 「あの荷物はいいの?」


 まるで嫌がる子供を歯医者に連れていくのを隠すような不自然なぼかし方で誘われては、さすがに私もはいそうですかと、大人しく頷く事は出来ない。

 残念ながら私はそこまで甘くないぞママよ。


 「それを片付けるための準備よ。明日は少し忙しくなるからもう寝ちゃいなさい」


 さっきパックして肌が若返ったはずのママは少し老けたような疲れたような顔でそう呟いた。

 無理やり作った笑顔も剥がれ、ファンが見れば心配になり、ネットがザワつくような顔が視界に写る。


 「休みなのに?」


 子供の無邪気さと言えばいいのか特に考えることもなく呟いた私の声はママの心を深く抉ったのか、答えることなくフラフラとした足取りで自室へと戻っていった。

 私も寝るとしますか。

 ママの後を追うように自室に入るときっちりスマホの充電ランプが点いたのを確認して布団を被った。

 充電されてない時のあの絶望感を休日そうそう味わいたくないし。

 そんな事を思いながら意識が沈んでいった。


 翌朝。

 カーテンの隙間から漏れる朝日に眩しさを感じて目が覚めると、ひとまずスマホに手を伸ばす。

 100パーセントのバッテリーマークと、7時1分の表記を確認して、1つあくび。

 何時から出かけるとは言ってなかったが、早起きしておいて損はないと思い洗面所に向かう。

 珍しくリビングから朝食の匂いがしないのでママはまだ寝ているはず。


 洗顔を終えて、掛けてあったタオルで顔を拭いて目を開けると鏡にいるはずのない髪の長い女が立っていた。


 「ひいっ」

 

 ほぼ反射的にでたのは短い悲鳴。

 この家もしかして出るの?

 いやでもこれまで特に怪奇現象なんて起きてないはず。

 考えを巡らせていると、その幽霊ぽい人がいる方から声がした。


 「紗那ちゃん終わったら早く変わって変わって」


 なんだママか。

 いつも私より早く起きて、朝食の用意をして私を起こしてくれるから、ママの寝起きを見る機会は今のところなかったのだ。


 「どうしたのその幽霊みたいな髪は? 邪魔じゃないの?」


 ママの髪は、何故か顔を全て隠すように伸び切っている。

 普段は髪を縛ったりするから気が付かなかったけど。

 それをわざわざ暖簾のように掻き分けて目の辺りを出して私に話しかける前になんとかしようと思わなかったのだろうかと気になった。

 ママぐらいの女優ならそれぐらいの暇ぐらい貰えるだろう。

 今日だって夜にあるパーティー(文章が未完です)


 「私も切れるものなら切りたいのよ? でもシリーズもののドラマやってるでしょ。だから切るタイミングが上手く掴めなくて、気がついたらこうなってて」

 

 雑に髪を縛りながら答えるママは、恥ずかしかったのか誤魔化すように小さく笑った。

 そう言えば私も結構髪伸びてるよなぁ。

 さすがにこれ以上この話題に触れるのはやめようと自分の髪に触れると、なんか思ってたより長かった。

 でも私も今、撮影があるからなぁ。

 うん。ママの気持ちすごく分かるよ。

 と共感しながら一足先にリビングへと戻ることにした。

 ママの洗顔は長いし。


 しばらくぼーっと朝のニュースを見ているとやはりどの局も鳴海虹花の事務所トラブルについて語っていた。

 ネットニュースから爆発的に注目を浴びたこのニュースは、一夜のうちにいくつもの情報網を通じてテレビにも情報が回っていたらしい。

 徹夜で編集したであろう鳴海虹花の人となりをまとめた映像が何度も繰り返し流され、煽るように字幕が踊っていた。


 「あーあ、テレビが放送するとかこれ、いよいよ大事なんですけど。制作中止とかになったりしないよね?」


 芸能リポーターが掴んだ情報を語ると、スタジオにいる芸能人がコメントをする。

 事務所の対応が悪いんじゃないかとか、大人なんだから契約が残っているうちは我慢するべきだろとか、盛り上げるために言いたい放題。

 見ていて気分が悪くなりそうだったので、録画を呼び出し、適当にドラマを再生しながら、朝食が出来るのを待つ。

 こういうスキャンダルって前世では完全な他人事だったから楽しめたんだけど、自分も関係者になるとこれ程迷惑なものもない気がする。

 


 「お待たせーってなんで朝からドラマ? 何回も見たやつよね」


 朝食を手に現れたママは、キッチンから出るなり首を傾げた。

 いつも朝からドラマを見たりはしないし、疑問に思うのは当然。

 しかしキャスティングに関しては喋ってはいけないので、説明するのは難しい。


 「世の中がちょっと大変で」


 「ん? どういうこと? 役作りかしら?」


 それ以上言い表せない私は、誤魔化すようにトーストにかじりついた。

 幸いにもママが女優脳だったおかけで、勝手に納得してくれたようでこれ以上追求されることなく朝食を終え変装と着替えを済ませ、久しぶりにママと出かける事になった。

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