リクside
4歳になってすぐのある朝のこと。
いつものように両親と揃って3人で朝食を取っていると、お父様が珍しく僕に話しかけてきた。
食事の手を休めてお父様の方を向く。
我が家にはいくつかルールがあってその中に会話をする時は相手の方を向くというのがある。
食事中であっても他に何か作業をしていたとしても手を止めて話を聞かなければならない。
これは将来のためらしいがよく意味が分からないけどもし破ると罰があるのと、生まれた時からそういうものだと教えこまれてきたこともあってすっかり慣れてしまっている。
しかし、朝からお父様が話しかけて来る時は、だいたいろくでもない話だから、朝食を優先したくなっちゃう。
そうするとお菓子没収されちゃうしなぁ。
と葛藤している僕を気にすることなくお父様は話を進める。
「リク、今日の夜は外食する。だから甘いものは控えるようにしなさい。由紀、しっかり間食しないように見ておきなさい。俺はそろそろ仕事だから行ってくる。……車の用意を頼む」
「行ってらっしゃいアナタ。ほらリクも」
「………………」
お母様にそれだけ告げると、お父様は1度も振り返ることなく執事さんと共に行ってしまった。
いつもそうだ。
お父様は僕と遊んでなんてくれない。いつも仕事だ、会食だってそればかり。
正直言って僕は現状が不満で仕方ない。
テレビドラマで自分と同じくらいの年の子が父親と楽しそうに遊んでいるのを見る度にイライラしていた。
僕だってドラマの家族のように遊んで欲しいし構って欲しい。
だから、困らせてやろうと思って、僕はお菓子を食べまくって太ってやった。
怒ってくれればその時間ぐらいは一緒に居てくれるじゃないかって思って、でも日に日に肥えていく僕を見ても、特に何も言うことはなかった。
そこからしばらくして習い事が始まった。もしかしたらこれを頑張れば褒めてくれて、少しくらい遊んでくれるんじゃないかって思ってこれも必死に頑張った。
おかげで僕はこの年で淀みなく敬語を使えるようになってお父様も自慢の息子だって褒めてくれた。
でも遊んでくれることは今日まで1度もなかったよ。
だから、今日の花京院さんとお食事会も当然真面目にやるつもりなんてなかったし乗り気でもなかった。
これを頑張ったってどうせ意味無いし。
お父様の会社と繋がりを持ちたいとか、僕が会社を継いだ時のために恩や媚を売るための無駄な時間だし。
僕はお父様がやっている仕事が大嫌いだから継ぐ気なんて全くない。
僕からお父様と遊ぶ時間を奪う諸悪の根源だから。
最初は僕も見た事のない料理とお父様と一緒に過ごせる事に、心踊らせていたけど、これも嫌いな仕事の一環だと理解してからはそんなふうに冷めきっていた。
お父様は会食が始まると正面に座る大人しか見えなくなる事に気づいてしまったから頑張っても意味無いしと、やさぐれていった。
そして、その日の夜。
日が完全に落ちきる少し前に僕はお父様に連れられて難しい漢字の料亭にいた。
まだ平仮名を完璧に覚えたばかりで漢字はこれからなのだ。
和のテイストを全面に出した高級料亭で、お父様が頭を下げる時に来るところでもある。
でも毎回それが終わると笑顔になるでちょっと不思議な場所だ。
テーブルを挟んだ向かいには、テレビ見た事がある美人なおばさんと、僕と同じくらいの年の女の子が先に来ていた。
お父様はそのおばさんと社交辞令とか言うやつを始めた。
僕はすることがなかったので、そっと女の子を盗み見ることにしたのだ。
その女の子は今まで何度か紹介されてきた同い年の女の子中では群を抜いて可愛いかったけど、この時はまだ今まで会った子達と変わらない印象しか持ってなかった。
どうせすぐに母親に仲良くにしなさいとか促されて、嫌々僕と遊ぶ事になるんだ。
僕だって友達を選ぶ権利ぐらいはあるんだぞと。
こういう時僕は偉い立場になるから態度が自然と大きくなる。
でも、その女の子は違った。
「ほら、紗那ちゃん。自己紹介しなさい」
「………………ふんっ」
母親に背中を叩かれても、不機嫌そうな顔を崩さす僕から目を背ける。
流石にこの反応は始めてだった。
「あらあら。ごめんなさいねぇーこの子の人見知り激しくて。普段はもっと愛想がいいんですけど」
母親にどんなに促されても僕と徹底的に話をしないようにしていた。
それどころか嫌な物を見る目で僕を見てくる。
最初は初対面なのになんでだ? と思ったけど自分のお腹を見てすぐに気がついた。
これまでは太っていてもお父様の権利や財力を恐れてそんな態度とる人がいなかったのだ。
そのことに気がついた瞬間、それまで持っていたこの女の子に対する嫌な印象が一転したのだ。
この女の子は素直な子だと。
改めて見るとこの子は将来絶対美人になると思うし、不機嫌そうな顔もなんだか可愛く見えてきた。
でも素直だからそこちょっと傷ついた。
会食が終わった車の中で、お父様があんな無愛想な子はダメだなとか言ってたけど、この時初めて僕はお父様に意見した。
「お父様。僕はあの女の子いいと思いました。ただ……その……」
「もしかてリクお前惚れたのか? あの子すごく可愛かったもんな! 俺がお前くらいの年なら絶対逃がさないと思うぞ」
珍しく僕が人を庇ったことで、お父様には心の内がバレてしまったようだ。
そう多分、僕はあの子に好印象を抱いてしまったのだろう。
「そ、そんなじゃありません。けどきっと素直な子だと思うんです」
そうまだ、そんなんじゃない。今はまだ。これからそうなる保証なんてないけど。
「そうか気に入ったのか、なら次の話はしばらく待ってやろう」
お父様は、ニヤニヤとして家に着くまで何度もからかってきたのだ。
その日初めてお父様とまともに話せた。
きっとあの子は僕にとってと幸運の女神に違いない。
布団に潜り込みそんな事を思いながら眠ったのだ。
そしてそこから数ヶ月何の進展もなく過ごしていたが、お父様がとんでもない情報を持って来てくれた。
「リク! 喜べ! 花京院さんの娘さんが子役養成事務所に入るそうだ」
唯一この数ヶ月で進展したのはお父様と話す時間が長くなったことだ。
今までは硬派で、仕事以外に興味なんてないと、思っていたお父様だけど意外と恋バナが好きらしい。
「へ? それは一体なんですか?」
漢字の練習をしていた手を止めてお父様に問い返す。
どうしてお父様は嬉しそうなんだろう?
「そこに入ればあの子にまた会えるってことだ」
「もちろん行きます」
また会える? その言葉を聞いた瞬間、目を見開て、即答していた。
数ヶ月先方が忙しいとかで1度も会えていなかった所にきた吉報だ。飛びつかない理由がない。
そんなわけで子役養成所に行くことにしたのだ。
その日のうちに入所手続きを済ませた。
本当はスカウト以外は、オーディションを受けて合格しないと行けないらしいけどそこは少しズルをさせてもらった。
執事さんに送ってもらい、一番乗りでレッスン室に入る。
どうせなら彼女と少しでも話をしたいと思って無理を言ってた早めに来たのだ。
そして、5分ぐらい経った。頃扉が開いて高速でしまった。
もしかして僕しかいなかったから部屋を間違えたと勘違いしたのかもしれない。
合ってる事に伝えてあげないと。
「久しぶりですね、花京院さん」
扉を開けてできる限り笑顔を作って彼女を出迎えた。
「ええと、ん?」
しかし彼女は戸惑ったような表情で、首をかしげて固まってしまった。
名前を覚えられていないのかな? そういえばこの前の会食の時ろくに自己紹介してなかったな。
「もしかして覚えてないですか? 僕ですよ。リク」
「ごめんなさい」
「いえ、花京院さんは魅力的ですから僕ごとき覚えられていなくても仕方ありません」
お父様が言っていた。女の子は褒められると喜ぶって。
だからできる限りの笑顔で彼女にそう伝えた。
「もしかしてあなたも子役になるんですか?」
しかしどうやら逆効果だったみたいで、警戒したようにそんな事を聞いてきた。
ここで素直に君に会うためにきたなんて言ったらこの前テレビでみたストーカーみたいに逮捕されるかもしれない。
でも少しぐらい積極的行った方がいいってお父様は言ってたし。
「はい。花京院さんが子役を始めると聞いたので少しでもお近づきになるキッカケになればと思いまして、僕もやって見ることにしたのです」
僕の発言を聞き終えた彼女は、すごくムッとしたような表情になってしまった。
やばい。何か怒らせるような発言をしてしまったのかな?
「へー、そうなんですね。でも、私は本気で女優を目指していますのでそんな暇はないです」
「それでも僕は――」
君と仲良くなりたい。
そう言うつもりだったけど、途中で女の子が入ってきたので最後まで言えなかったけど。
その後すぐレッスンが始まって彼女と話せなかったんだけど、意外にもすぐに隣に座れるチャンスがきた。
「今日は前に渡した宿題の台本を使って演技してもらいますよ。今日から入った花京院さんと大蔵くんは今日は見学しておいてください」
「せんせー私も参加したいです」
しかし、彼女は本気で女優を目指してたことを証明するようにノータイムで手を挙げてレッスンに参加の志願するのだ。
僕もそうすれば良かったんだけど急に大勢の前で何かをやるなんて恥ずかしいし無理だ。
それに講師だって見学でいいと言ってくれたし。
そもそも彼女の母親は女優だからアドバイスの1つぐらいされているに決まってる。
本当の初心者はおとなしく見学しておいた方がいいのだ。
しばらく知らない人たちの演技を見ていると、彼女の番になった。
こういう所では一々自己紹介をしたりしないので、周りの人の名前を知る機会がそもそもない。
彼女はお婆さんの役らしくて、中腰になってよぼよぼと歩き始める。
見ているこっちが恥ずかしくなるほどの全力で作り込んだベタな演技にちょっと笑いそうになったけど、だんだんとふたりが作る世界観に魅せられていった。
終始もう一人の女の子の演技が彼女を引っ張って行くような印象なんだけど彼女の演技は全力だって伝わってくる何かを感じる。
そしてふと、もし僕も演技上手かったら彼女をリードして一緒に演技出来たのかな? と思ってしまった。
そう思ったら途端に悔しさが湧き上がってきた。
僕は何を黙って見ているんだ、彼女は本気で女優を目指しているんだ、なら僕もお芝居ができるようになれば彼女との接点ができるじゃないか。
もしかしたら俳優なったら仲良くなれるかもしれない。
その結論にたどり着いた時、身体のそこから何かが湧き上がって吐き出さないと気がすまなくなっていた。
そしてレッスン終わり、湧き上がるエネルギーが暴れ回るままに彼女呼び止めた。
「あの、花京院さん!」
「何かな?」
そして立ち止まった彼女にエネルギーのすべて吐き出してぶつけるように思いを告げた。
「僕、花京院さんの演技を見てびっくりした本気で女優になりたいんだって伝わって来ました。そのやる気を見て僕はっ、僕はあなたの隣に立ちたいと思いました。僕も本気で俳優を目指します!!」
僕の人生をかけてでも君を狙うというメッセージを裏に隠したそんな宣言を勢い任せに言ってしまった。
この時、僕は初恋を自覚したのだ。