紗那の華麗な休日(破滅)
私を大人にしたら恐らくこれくらいになるであろうと思われる顔が映った状態で一時停止したテレビの画面。
止めたタイミングが悪くゲストキャスト欄のママの写真に主人公の目がうっすら被り面白い映像になっているが、そんなものを笑う余裕もなく、置き時計の秒針の動く音だけが響いている。
手元には冷めきったビザが2切れ残っていたのを思い出してとりあえず口に放り込む。
口を動かしながら見た窓の外は少しオレンジ色と紺色が混じり初めていて、家の中電気をつけなければちょっと薄暗く感じる。
「さすがにビックリして思考停止してたにしても長すぎだよね」
ポツリと独り言を吐いた。
でもこんな激レア体験したら絶対みんなこうなるはず。
さすがにビックリしたという言葉だけでは足りないくらいに驚いてる。
もう時期帰って来るであろうママにどう反応するのが分からなくなってしまった。
別に怒ってる訳では無いし、そもそも怒るのは違うのだけは分かる。
しかし、素直に喜べるかと言われたらなんだかそれはそれで湧き上がって来ない。
なんだこれ案外複雑な心情?
整理するのにはもう少し時間が欲しいところだが、だいたいこういう最悪のタイミングに帰って来るのがお約束というもの。
まるで計ったかのようなタイミングでインターフォンが鳴った。
「ママじゃないよね。一体誰、こんな時に」
タイミングの悪い来客に軽く毒づきながら、椅子を台にしてモニターに映る人を確認する。
まだ身長が足りず台無しではモニターを見ることが出来ないのだ。
一応我が家では怪しい人、具体的には週刊誌の記者やテレビ局の取材を名乗る人(など?)マネージャーから聞いていないものには、応対しないことになっている。
週刊誌の記者にはどういう訳かママの自宅であるここはバレているらしく張り込みされていることがあるらしくそういう注意を受けていた。
まぁ時々アポ無しでママの知り合いが来ることもゼロではないので確認無しで居留守を決め込む訳にも行かない。
椅子を台にしてもギリギリ足りないのでめいっぱいの背伸びをしてモニターを覗くと、この世界では見慣れた宅配業者の制服を着た大きなダンボールを抱えた若めの男が立っていた。
「はーい」
「花京院さん、お届けものです」
「今開けます」
ロックを解除し、玄関まで来てもらい、サインを済ませて荷物であるダンボールを受け取る。
本当は判子が必要だったのだが、残念ながら私は判子の場所は知らなかったのでサインすることになった。
芸能人になってどころか転生後人生初めてのサインがまさか宅配業者という一般人と同じになるとはなちょっとショック。
でもこれバラエティ番組でのエピソードになるかもしれないからこれはこれでいいかもしれない。
何事もプラス思考が福を呼び込むはず。
大きな見た目の割に中身は私でも持てる程に軽い。
ひとまず玄関にそのまま置いて置くことにする。
なんか下手に運んで中の物が壊れたりしても嫌だし。
「これなにが入っているんだろ? ママ宅配業者が来るとは言ってなかったし」
送り主は、田名部という人らしい。
しかし、そんな名前の人ママの知り合いにも私の知り合いにもいないはず。
少なくとも聞き馴染みはない。
父親の知り合いという可能性もなくはないが、海外にいるはずなので物を贈るぐらいの間柄ならそっちに贈るはず。
よく見ると宛名にはしっかり花京院紗那、つまり私の名前が書かれているので父親の知り合いである可能性はここからもないと判断できる。
推理がてら伝票を眺めていると、品名を書く欄に衣類品と書かれていることに気がついた。
「まさかネットショピング? ママが私の名前でやったってこと? それはないよね」
ママは基本あまりにネットを使わない。
スマホでSNSをやるのはよく見るが、基本はアナログ人間の代表みたいな人だ。
財布にはサラリーマンの月給程の額が常に入っているのは少し前の地方ロケでサトーさんの家に止まった時に確認したし、基本服を買うのも馴染みのブランド店と番組に出た時の衣装の買取しかなかったと記憶してる。
それに未だにセルフレジが使いこなせていないらしい。
「もう1つ気になることが増えた」
好きなアニメにママがゲスト出演していただけでも頭パンクしそうなのに私名義の謎の贈り物。
もしかしたらこの三連休、私は休めないのかもしれない。
社畜の勘が何となく面倒を感知した気がした。
「よし、このダンボールはママが帰って来るまで触れないことにしよう。それからママのキラパラ出演については、帰って来たら質問攻めに合わせて隠したことを後悔させてしまおう。どうせ私1人ではダンボールは開けられないし、モヤモヤした感情をずっと抱えておくのも性にあわない」
そう私は見た目はどうあれ精神は20歳越えの大人だ。
これくらいの切り替えぐらい造作もない。
方針さえ決まれば大人なので素早くアニメ視聴に戻ることが出来る。
さぁ続き続き。社畜の特技の1つ現実逃避。どんだけ間に合わない仕事でもとりあえずやってたし。
リビングに戻り再生ボタンを押してキラパラの続きが始まると何やら色々考えていたのが途端に馬鹿らしくなり頭から抜けていった。
我ながらとても単純な構造で助かるが大人としてどうなのか多少の不安を感じながらもママが帰って来るまでの時間をキラパラで過ごす。
夕方を過ぎ完全に日が落ちきり、溜まっていたキラパラの残すところあと2話というところで聞きなれたら鍵を開ける音が聞こた。
さらになんだか久しぶりに感じる呑気な声が聞こえてきた。
「さぁーなぁーちゃーん!!」
玄関のドアが閉まる音が消えるのとほぼ同時に廊下とリビングのドアを通り抜けて私の背後を取ったかと思えばそのままひょいと持ち上げ、腕の中に抱き寄せた。
「ちょっと苦しいから離して。あとなんかやな匂いする」
人類の限界すら突き破らんとする程の速度で走ってきたせいか、服越しに伝わるママの体温はとても高く、じわりと滲んだ汗と腕の中という軽い密閉によりちょっとしたサウナ状態。
ついで香るタバコ独特の匂いがさらにきつい。
吸わないものからすれば何が焦げたような匂いでとても不快で鼻に刺さるように刺激してくる。
「ごめんねぇ。今日の現場吸う人多くて匂い移っちゃたみたい。すぐお風呂入っちゃいましょ?」
娘のガチで嫌がる顔に本気で凹んだのか、素直に私を下ろすといつものようにお風呂を準備を2人分始めた。
私も入ることは決定事項なのね。
まぁいいんですけど。
などと悟っているとタオルを手にして戻ってきたママがテーブルに残る残骸を見て一言。
「紗那ちゃん、お風呂に入るついでにこれどうしたのか聞かせてねっ?」
怖い笑顔というのを初めて見たかもしれない。




