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会議を終えるとサトーさんが泣く

 飢えたおじさん達は自分の考えが最強のキャスティングがいかにいいものであるかを語り続けた。

 やれ採算がどうだの今勢いのある役者をだのただのと、5歳が理解しきれないような高度な内容を血走った目で語るのだ。

 だいたいの内容はわかるにしてもまともに取り合って後々面倒になるのは避けたい。

 採算の意味が分かるような大人の世界に染まった5歳児はイメージが良くないだろう。

 困った私は隣に座るサトーさんに視線で助けを求めた。

 がしかしサトーさんはこの血走ったおじさん達ともう1度戦いたくはないのか微笑を返すだけで動く気配が全くない。

 それどころか手元にはいつの間にやら手帳が開かれていて、まるで真剣にメモを取っているような振りを始めた。

 まるでおっさん共に構っている暇がないとアピールしているようだ。

 困り顔のまま固まる私に気づく事なくおっさんどもは先ほど以上にヒートアップしていく。

 もはやほぼ全員が同時に喋るので何を言っているか判別が出来ない。

 沈黙を悩んでいると捉えられているのかもう一押しと言わんばかりに声のボリュームを上げてくるし、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。

 もう1人の助けになりそうな人の星川監督は役目は終わったとばかりに呑気にあくびをしつつ成り行きを見守っている。

 流石にこの場で寝るのは避けたいのか眠気を吹き飛ばす身体に悪そうな唐辛子のイラストが描かれたドリンク剤が手元に見えた。

 眠気殺しと達筆な筆字で書かれたそれは前世でお世話になった眠気覚ましのドリンク剤に似てどこか懐かしい気持ちが芽生えた。

 唯一後ろに控えていたラブコメ要員さんもいつの間にか居なくなっていて頼れる人間がいない。

 もう嘘泣きしてでも中断して後日にすべきかなと悪い考えが頭にちらつき始め、簡単に涙を流せる技の1つであるまばたき我慢を初めて10秒も絶たないうちにサトーさんの手帳がそっと目の前に置かれた。

 一瞬おっさんたちの方を確認してまだディスりあいをしているのを確認してメモに目を落とした。

 そこには具体的なアドバイスが書かれているかと思いきやサトーさんなりのキャストのオーダー表が作られていて、微妙にキモさと可愛らしさの中間ぐらいのイラストのうさぎっぽい謎の生物が

わたしも仲間に入れてのメッセージと共に添えられている。

 顔だけなのでもしかしたらサトーさんの画力が致命的な可能性があるのでうさぎと確定することは避けておこう。

 うさぎにひげはなかった気もするし。

 もしかしてサトーさんも意見出したかったとかかな?

 それならこれ採用してしまおう。

 うん。我ながらナイスなアイデアだ。

 一応星川監督は私に全部丸投げしたんだし異論はないはずだ。

 そうと決まればそこからは早い。

 注目を集めるために机を軽く叩き音を鳴らす。

 突然聞こえて来た音にヒートアップしていたおっさんたちが固まった。

 そして何故か錆び付いた機械のようにゆっくりと首をこちらに向ける。

 なんか全員が同じ動きするからちょっと面白い。

 このおっさんたちが猫なら動画100万再生とかいったんじゃないかな?

 

 「ど、どうしたのかな、さなちゃん?」


 おっさんの代表が引きつった笑み語りかける。

 心做しか少し怯えたような表情に見えるけど、怯える要素がどこにあるのか気になるところだけどまぁいいや。

 

 「私は皆さん意見が難しくてよくわからなったので、皆さんの意見をサトーさんがまとめてくれました。キャストはこれでどうでしょうか?」


 「紗那さんっ!」


 流石にこうなるとは思わなかったのかサトーさんは焦ったように立ち上がった。

 当然ながらおっさんたちの視線がサトーさんに集まる。

 

 「あ、……いえ。失礼しました」


 注目されるプレッシャーで恥ずかしくなったのか顔を赤くしながらそっと席に座った。

 まさか自分の趣味だけでキャスティングしましたなんて口が裂けても言えないだろう。

 もし正直に言えばクリエイター陣からは怒られ事務所の名前に傷がつくかもしれない。

 妄想を書き出したマネージャーとして悪い意味で業界に名前が売れるしまう。

 そうなったらマネージャーから外されてひたすら雑用をする未来が見えたのだろう。

 何してくれてんだみたいな恨みがましい視線がひしひしとこちらに注がれてくる。

 そんな視線には気づかないフリをしてメモを隣に回す。

 流石は大人だけあって察しがよく素早く走り書きでメモの内容を写すとそれを隣にまわす。

 メモが私に戻ってきたのを確認すると1人のおっさんの手が上がった。


 「少し、いいですかな? 今、回ってきたキャスティング表なんだが、なぜ成海虹花が入っているのだろうか?」


 他のおっさんたちも同じ事を聞きたかったようでじっとこちらを睨むように視線が集まる。

 成海さんにはやや面倒な事情があるから当然ツッコミを入れられるところだが動揺はない。

 何故ならこの意見を出したのは私だがこれを書いたのは私じゃないから。

 私は発案者のサトーさんに視線を向けた。


 「はい。成海さんをキャスティングしたのは皆様のいう知名度とオーディション時の演技力のバランスから彼女がふさわしいと思ったからです」


 テンパったサトーさんは堂々と一流クリエイターに向かって真っ向から喧嘩を売り始めてしまった。

 サトーさん意外と不測の事態に強くないタイプの人間だったのね。


 「それは確かにそうだが……たが彼女のキャスティングは……」


 流石に既に全員が知ってるとはいえ業界の裏事情を表立って出すわけにはいかないおじさんは言葉を濁して察しろと目で訴える。

 言えばこのオーディションの表向きの公平性が失われてしまう。

 そうしないために簡単に人を殺せそうなほどの鋭い眼光にサトーさんは口を噤んだ。

 これ以上余計な事を言ってはいけない。

 場から発せられる空気はそう強く訴えてくる。

 私もその空気にしたがって黙っていた。

 もし私が純粋な子供ならファンである成海さんのキャスティングを推していたかもしれない。

 でも私にはとても出来なかった。

 社畜は偉い人に逆らうなんて事が出来ない。

 例えやりたくない事でもどう考えても上司の言ってる事がおかしくても時には黙ってやり過ごさなければならないのだ。

 具体的にはこれ来週中って言ったのにホントは今週中だったとか。

 前世から染み付いてしまった隷属精神とでも呼ぶべきそれが勝手に反応してしまった。

 振られた仕事を完璧にこなすだけの私ではこの業界で長生きは出来ないと星川監督の指導と成海さんを見て思った。

 現状に満足しない貪欲さこそこの業界で生き抜く大きな武器だと。

 私に足りていないものだ。

 染み付いた意識はそれこそ死んでも直らないらしいし。

 ちゃんとこの映画が終わったら続けるか辞めるかはっきり決めないとな。

 中途半端なのは良くない。



 私がもやもやしたものを抱えている間に1分近い沈黙が過ぎて、流れを変えるように1人が口を開いた。


 「では吸血鬼役を決めたら今日は終わりですかね星川さん?」


 他のキャスティングには文句が出なかったのでこれで確定したようだ。


 「ん? あぁいやキャスティングはこれ以上いじるつもりはないですよ? 成海さんの事務所の説得はこちらでやりますんで。それにキャスティングはさなちゃん任せると言ったはずです」


 「いや、それはその……」


 ゴミ捨てときますよぐらいの軽い調子でとんでもない事を言い出す星川監督に止めるための言葉を探して言いよどむおっさん。

 波風立てず映画を作るなら星川監督のその判断は間違いだ。

 なので他のおっさんたちも言葉にこそ出さないが皆同じような反応をしている。


 「まぁ言いたいことは分かりますよ。彼女、演技に力が入り過ぎて顔芸みたいになってますし、キャスティングしたら作品のバランス崩壊するぐらい個性強いですし使いづらいし、やりづらい。それに裏のアレもありますから」


 成海さんは演技で表情を意識しているからか必要以上に表情を動かしてしまいなんか顔が踊っているとしか言えない有り様になってしまっていた。

 アイドルで培った表情が完全に裏目に出ていて私を含めた審査員一同コントロールが一切ないピッチャーみたいな使いづらさを感じた。

 そのほかはそれなりにいいのに顔がすべてを打ち消してしまう。

 正直私がマネージャーでも彼女に演技の仕事は振れない。

 アイドルとしてのイメージ崩壊の可能性があるから。

 おそらく成海さんの事務所もその事を知っているから彼女に演技の仕事を振らないようにしていたんだろう。

 普通に考えてドラマや映画の仕事を断るなんて損でしかない。

 イメージが崩壊するなんてことでも無い限り。


 「ならどうして」


 「そりゃ、もちろん作品が面白くなるからに決まってますよ」


 ほらね。この貪欲さ。

 ただ面白いってだけで大手事務所に喧嘩を売りに行こうとするこの神経の図太さ。

 今の私が到底持つことの出来ないものだ。

 社畜はこうはならない。

 上がダメっていうならサービス残業だって当たり前だったし。

 だがその貪欲さをママもこのおっさんたちも持っている。

 でなければ嫌がる子供を子役になんてできないし、互いの人格をディスり合いながら会議なんて出来ない。

 妥協せずこれができるかどうかで大きく差が出るんだろうな。

 やっぱり一流の皆様は違うよなと、一歩引いて冷静に分析する私だった。

 まぁそれが分かったところで私が一流になれるかはまた別の事なんだけど。

 最後に監督が今後のスケジュールをざっくりと述べて今日の会議は終了となった。

 おぉ、まだ外が明るい。



 「紗那さん、さっきはよくもやってくれましたね? おかげで首が飛かけました」


 「いえ、助けてくれなかったので自業自得です。それに最終決定権は元々星川監督が持っていたはずなのでサトーさんの首は飛ばないのでは?」


 帰るために車に乗り混み、エンジンをかるとミラー越しに恨めしいそうな目をしたサトーさんが重々しく呟く。


 「1度は助けたのに。……ですがこれで明日から3日間オフって事になりましたね」


 キャスティングが決まった事で制作陣にはやるべき事がドーン増えてオフィス星川の社員さんも一気に慌ただしくなった。

 現在撮影真っ最中の異能少年の方の撮影は主役の俳優さんの都合で少し先になったと最後に言われたのでその撮影が再開されるまでの3日間予定が空いてしまった。

 様々な要因で撮影の日にちが急に変わることはよくある事なのであまりに気にしていない。


 「なんだが久しぶりの休みのような気がしますし満喫するつもりです」


 「良いですねー。私は最近のロケでの経費の報告と今後のスケジュール調整で休みなんてないですよ。異能少年のスケジュールが変わったのでこれまでの努力がパァです」


 「なんかごめんなさい」


 もう少しサトーさんに優しくしてあげよう。

 ハンドルを握りながら悲しそうな表情のサトーさんを見てマネージャーの大変さをひしひしと感じつつ、休み明けサトーさんに差し入れの一つでもあげるべきかと考えて始めるのだった。

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