会議は白熱し暴走しぶっ飛んでいく
審査が全て終わると審査員一同はそれぞれの車でオフィス星川の会議室に移動することになった。
演技の印象が鮮明なうちにキャスティングをしたいが、あのビルには会議室は一応あるにはあるがなにぶん年季の入ったビルなのでセキュリティ面がかなり心許ないので万が一に備えての移動だ。
かなり広告にも予算をかける予定なので情報漏洩が起きては困ると大人達が言っていたのを小耳に挟んだ。
まぁ、私としてもなんかよくわからないシミとかあったし幽霊が出るぐらいには歴史があるいわくつきのビルからさっさと移動できるのは嬉しい。
そんなわけで現在私はサトーさんの運転する車で移動をしているわけだが、ゆとりのある車内には気まずい沈黙が流れていた。
ほんの2時間ほど前にみっともなく泣いたところを見られるだけでなく慰めてもらったわけで……恥ずかしいやら怖いやらでどう接するのがいいのか分からない。
前世で人前で泣いたのは遠い昔のことで年齢すら覚えていないぐらいで経験値が足りてない。
もしも怒っているならすぐにでも謝罪をすべきだし、これ以上触れてこないならあの場で終わった事として掘り返さない方が私としては精神的穏やかでいい。
だが特に触れずに済ませていいものかと言われると絶対大丈夫とも言い切れない。
グルグルごちゃごちゃ思考だけが加速するが車は生憎赤信号に捕まって止まった。
アイドリングストップ機能が作動して唯一あったエンジンの音すら無くなり完全な沈黙が場に流れる。
「紗那さん。審査員の方はどうでしたか?」
「え? あぁ、凄い人達ばかりでした。1人場違いな子供がいましたけど」
バックミラー越しに目が合うと何故か優しい笑みを浮かべられてしまった。
なんだその泣いている赤ちゃんを見守る独身のおばさんみたいな眼差しは?
なんか生暖かい感じでちょっと嫌なんですけど。
にらみ返すようにバックミラー越しに見つめていると優しい笑が一転悪い笑みに変わった。
「それにしても紗那さんにもお化けが怖いなんて……可愛らしい一面があって安心しました」
「それは忘れて下さい!」
「いえ、ぜひとも文乃さんにも報告しておく事にしましょう。きっと文乃さんも紗那さんの弱点を知ったら喜びますし。完璧過ぎて無理をしているのではと心配していましたから」
「ほんとにやめて」
うちのママなら悲鳴を聞きたいとかそんな理由で週1ペースでハロウィンを開催しそう。
しかもちょっと凝り性なところがあるから特殊メイクと本職の人たちを雇ってガチのゾンビとかになるに決まってる。
そこに現役女優の本気の演技が加わるから家出を検討する必要が出てきそうでほんとに困るのだ。
週1ハロウィンデーに怯えて生きてく人生は社畜なんかよりよっぽど悲惨そうだ。
それか私を泣かせた事を理由にビルをぶっ壊しそう。
どっちにしても誰も幸せにはなれないのでサトーさんには余計な事は控えていただきたい。
世の中金を持っているアホほど怖いものはないし。
「ですが、何かあれば必ず報告しろと文乃さんも花京院会長を強く念押しされていますし……報告しないわけにはいかないですね。一応報酬を貰っている身ですし」
「ではサトーさんは何も見ていなかったと言うことで。私が泣いたとかそんな事実はなかった、そうですよね?」
悪い大人の伝家の宝刀、見て見ぬ振りってやつだ。
これを使えば都合の悪いものを見なかった事にできる。
例えば休日にばったり見かけた会社の上司とかカツラが取れてしまった瞬間とか使える場面は多いし強要される場面も多い。
権力を振るうのはあまり好きじゃないけどこの場合は仕方ない。
クール系美少女の私がお化けが怖いなんてイメージ崩壊もいいところだと思う。
どれだけいるかわからないけどファンを持つ身としてそういうのは極力避けるべきだ。
あくまでも拡散されてしまう事で悲しむファンを思っての行動。
私情は挟んでいないよ。多分。
「いや、それは」
「信号変わりましたよ」
「そ、そうデスネ」
信号が青くなった事でこのよくわからない攻防は一旦打ち切りとなった。
ふぅ。これで弱点の拡散は防げるはずだ。
バックミラーにはサトーさんの引きつった笑がしばらく写っていた。
もしかたら美少女の睨みつけるって防御力下げるのにかなり有効なのかも。
嘘泣きとか覚えたらきっと最強。
オフィス星川につくと私は入館証を手渡されそのままエレベーターに乗り込む。
なかなかに素早い対応。
まぁ星川監督が話しを通しておいただけだと思うけど本来ならここからアポの確認をしてからじゃないといけないのでこれは嬉しい。
最近は顔パスで入れていたけど今日はほかの人もいるので一応入館証を首から下げておく。
毎度毎度待ち時間に気まずい思いをするし。
エレベーターの表示板が変わっていくのを見る暇もなく5階に到着する。
最近やらたと来る機会の多い大会議室の三ツ星。
中には既におじさんたちが座っていてそれぞれが自分の意見のまとめを行っているらしい。
机の上には会議の定番のお菓子とミネラルウォーターとお茶が置かれているが誰1人手をつけている様子がない。
入り口付近にはいつぞやのスーツ姿女性のラブコメ要素さんがいる。
社員証を首から下げているが光が反射しているのでとりあえずそう呼ぶことにしよう。
空いている端の方の席に座りその隣にサトーも座る。
これで審査員全員が揃った。
10分ほどの間をおいてラブコメ要素さんが星川監督の後ろへと移動する。
あっ、ありゃ確実に首の皮を抓られたな。
「えー、全員揃ったのでオーディションの評価をふまえてキャスティングを決定して行きたいと思います。えー管理人の男ですが――」
流石に寝ていたわけではなかったので即座に会議が始まる。
流石に何本も制作してきたプロだけあってほぼ全員似た意見を出すので面白いように決まっていく。
と良かったんだけどなー。
「だからここはそれなりに実績のある方を使って行くべきだと」
「いやいや、それでは面白味かけますから普段舞台しかやらないこちらの方がいいですよね? 星川監督」
「その2人はどっちも無しですね。年齢がちょっと高すぎですし、光のものはなかったですが?」
「演技だけで言えば彼がいいと思いますがね。まだまだ伸びると思いますし。何より見た目にも華があります」
と言った具合にとにかくまとまらない。
ここにいるほぼ全員がヒット作を世に送り出した一流の制作陣が故に自分が正しいと主張して誰も折れない。
譲れないこだわりがクリエイターをより良いクリエイターにするってどこかで聞いた事があったけどこれはひどい。
まるで喧嘩した子供の言い合いだ。
サトーさんもラブコメ要素さんもどうすべきか困ってお互い見つめあって何か通じ合っている。
そして私も完全に置いていかれて困っている。
途中からただの罵りあいにグレードダウンしてはいるが作品をより良くしたいという気持ちだけはキャストである私にもわかるので止めようがない。
最も困るのはこの場に調整役というかまとめ役が存在していないことだ。
これではいつまでたってもまとまらないし先に進まない。
「先ほどから黙っている星川さんはどうなんですか? 誰の意見を通すのが作品のためになるのかはっきりして下さいよ」
流石に30分も血圧を上げ続けていれば中年のおじさん達も負担がかかっている事に気がついたようで、暑い議論をしていた1人が落ち着いたトーンで一応決定権を持つ監督にまとめるように促した。
良かったまともな人が1人だけいたようだ。
血圧を上げきったオジサンたちはクールダウンのために用意されていたミネラルウォーターに手を伸ばして行儀悪く一気飲み。
星川監督はそのじっと黙って目を閉じ考え込んでいた。
指が僅かに動いているので寝ていないはず。
ミネラルウォーターを飲み終えたものか星川監督の方を向いていく。
半分程が星川監督の方を見たところでさらりととんでもない事を言ってのけた。
「せっかくさなちゃんいるんだから、さなちゃんに決めてもらおうかな」
その瞬間おじさん達の目がこちらを向いて獲物を見つけた肉食獣の目つきに変わってサトーさんに見事に抑えつけられていた。
初めてマネージャーがいて良かったと思える出来事が起きてちょっとびっくりしている。




