子供審査員は置物?
私が落ち着くまで待ってもらい予定より30分ほど遅れてオーディションが始まった。
もう一人の審査員が前の現場がちょい押しして30分遅刻したのでむしろ丁度良かったみたいだ。
制作スタッフにもかなり力が入っているみたいでエントリー者の中には審査員を見て神様でも見たように驚く者がいた。
オーディションのために用意された部屋は、普段からレッスンに使っているのか1面だけ鏡貼りになっている。
その壁を背にして同じ役を争う人たちを十数の人たちが自己PRをしている。
時間が押したせいかもともと複数でオーディションをする予定だったのか定かではないが動じる事なく特技を披露したり、どんな役を演じてきたか実績をアピールしたり様々な方法でオーディション合格を目指していた。
事前にやっていた書類審査を潜ってきただけあって変人は今のところ見当たらない。
と思ったが、なんだ見た事あるような無いようなこの場ではなかなかに珍しい子供を見つけた。
なんで子供? 私も人の事は言えないんだけど。
募集した役に私と同じくらいの子供が必要なところはない。
エキストラはオーデションで選ぶようなものじゃないからもしかして幽霊2人目? いやいや流石にそんな連チャンで来ないはずだ。
テレビの本当にあった怖い話特集でも幽霊に粘着されたなんて聞かないし絶対違う!
無理やりその幽霊ぽい少年から視線を外して他のエントリー者を見ることにする。
真面目に見ているように見えるのは、私と隣のカメラマンのおじいさんぐらいで残りの人はどこ見てるんだかよくわならなかったり、まるっきり興味がないのか手元の資料を退屈そうに捲って威圧していたりとぶっちゃけやる気が感じられない。
星川監督に至っては上の空に見える。というかまた寝てないこの人?
前に会議で寝てる寝てない論争をしてる時のことを思い出してそんなことが頭をよぎった。
あの時よりも大胆にも頬杖をつき、演技を聞いるような雰囲気を醸し出してはいるが横目で見ると明らかにその瞼は閉じられている。
さらにその頭部は一定の間隔で落ちたり戻ったりと不思議な動きをしているので言い逃れは厳しいと思う。
ほんとにこれでオーディション大丈夫なのかな?
泣く前に感じていたプレッシャーやら不安やらが馬鹿らしく思えて来くる。
そんな状態でもオーディションは進む。
ここで一つ結構重大な事に気がついた。
そういえば今って何の役を決めているんだろうというとても重大な問題に。
私のせいで巻きで進める必要が出てしまったので、席に着いたらすぐ開始って感じになってしまったのでわからないのだ。
入ってすぐの打ち合わせで確認したのは評価の仕方のみで段取りについては一切聞かされていなかった。
おそらく遅れてきたアクション監督が来た時にちゃんとしたのをやるつもりだったと思うけどその人は予定よりも遅刻したし、私も幽霊に驚いて泣いてしまったのでそんな暇はなかった。
そうなってしまったのは私のミスなので、今更オーディションの最中に聞くわけにも行かない。
しかも子供だからか私のところにプロフィール付きの資料なんてものはなくただ実技審査の演技の善し悪しを見極めるというだけなので、なくてもなんとかなるとは思うが資料も無しにこういう場にいるのはなんか落ち着かないものだ。
なんか不真面目な感じがしてなんか嫌。
妙に椅子の座り心地が悪くなったようなきがして1度座り直すのと最後の人の自己PRが終わるのがほぼ同時だった。
仕事に集中できなかったのなんて何たる不覚。
いや、まだ実技審査があるそこで挽回してしっかり審査しよう。
オーデションを受けにきた皆様大変申し訳ありません。
実技審査に移るタイミングでようやく私の所に資料こと抜粋された台本が回ってきた。
どうやらオーデションのエントリー者にもこのタイミングで台本が配られているようだ。
行き渡ったのを確認して進行役のスタッフさんが話を進める。
「えー、これからランダムに指名して行きますんで指名された人から実技審査になります。終わったら退室して下さい。結果は後日合否は事務所を通じて通知します」
普通自己PRと実技審査って一緒にやるもんじゃないの?
素朴な疑問が口をついて出そうになったが、オーディションの形なんて様々だ。
企業の採用面接だって社長とラーメンを食べに行くとか人狼ゲームで選考するとか実技審査のみなんてのもあった。
転職を考えた事があってさらっと調べた事があるだけでもこれぐらいユニークな選考方法があるんだしと1人納得して抜粋台本に目を通す。
というか星川監督のやることに一々ツッコミ入れていたら話が進まない。
今回オーデションしている役は古城に出てくる怪奇現象を引き起こしていた悪霊の女と古城の調査依頼を持ってくる管理人の男とスケジュールの都合によってママが受けられない吸血鬼の主要キャストとチサトのゴスロリドレスの仕立て屋兼情報屋のような主要ではないもののそれなりにセリフがあるようなキャストを決めていくみたい。
1人目の指名がかかり見たことありそうでない子役の少年がスッと前に出てくる。
「大蔵リクでしゅっ。えぇと――」
明らかにこの場にそぐわない微妙に小太りの子役の少年は、明らかにオーデションの場慣れしていないようで子役である事を差し引いても挙動不審な演技とも呼べないほどにガタガタな立ち居振る舞いでドッキリを疑うレベルの完成度だった。
セリフは変に突っかかってしゃべるし、喉のボリューム調整が緊張でおかしくなっているのか急に大きくなったかと思えばそれに驚いて小声になったりで演技指導を受けてきたのか疑う。
しかも目が終始泳ぎっぱなしで顔もちょっと泣く一本手前で固定されていて見ているこっちが緊張してくる。
もしもこの子役が事務所に所属しているならその事務所は即刻廃業するべきだ。
絶対ろくなタレントいないだろうし。
おそらくコネが強い大手の事務所だろうけどもうちょっとまともなのいただろと言いたい。
実技審査に向けて改めた審査への態度が早くも揺らぎそう。
他の審査員の方々もあまりいい評価を下していなかったようで誰1人肯定的な表情はしていない。
星川監督は揺れていた頭が完璧に止まってガチ眠りに入っている。
そこから20人ほど演技を審査したがどれも似たり寄ったなそれなりの演技で特に特筆すべきところはない。
そして残り10人ほどになったところで空気が変わる出来事が起こった。
「では次は…………成海虹花さん」
「はいっ!」
さすがテレビ出ているアイドルだけあって返事はキレがあって好印象だ。
ここまでずっと寝ていた星川監督もお目覚めみたいだし、他の審査員も可愛い大人気の現役アイドルの演技に興味津々なのか先ほどまでより8割増ぐらいで前のめりで見ている。
前世で似たような事をしていた気もしなくもないが男って単純でバカなんだな。
成海さんは前に出るとき台本を持たずにやってきた。
オーデションのエントリー者は台本を片手に審査に臨んで来たのでかなりびっくりしている。
実際審査員から小さい感嘆の声が漏れたし。
別に暗記力で審査するわけじゃないからこのパフォーマンスは評価の対象に入れるつもりはないけどね。
断じて記憶力の良さに嫉妬しているわけじゃない。
審査員の私たちに一礼するとスッと空気が張り詰めたように変わった。
自然と彼女に視線が集まり演技が始まる。
彼女が演じるのは一番の山場である吸血鬼がチサトとキジマに追い詰められ2人を殺して正体を隠そうとするシーンのセリフだ。
最初は男のキジマに媚びて潔白を訴え、証拠をチサトに突きつけられて豹変する。
人ならざる狂ったようなアイドルとして可愛らしさを捨てられない人には到底出来ない演技に女優、成海虹花の可能性を見たのは私だけじゃないだろう。
最後のセリフを喋り終え、成海さんが深く息を吐いて空気が戻りきってようやくこの娘の演技を魅入っていた事にその場にいた全員が気がついた。
はっきり言えば彼女と同世代じゃなくて心底良かったと思える。
ママの演技を見た時にも……いやそれ以上に差を感じた。
ドラマに出演するアイドルはたくさんいるし仕事柄録画を見ることは多いけど、こんなにアイドルである事を捨て去って演技をしているアイドルは見たことがない。
仕事である以上台本道理に演技はするけど、それでイメージが壊れるようなアイドルはそうそういない。
だが成海さんはそんなのお構い無しに演技に全力を注いでいるようにしか見えない。
イメージだけどお芝居のために命を散らしそうなほどに真に迫った演技だ。
この場では絶対合否を口にするのはダメなんだけどこれ以上がいるとは思えないと思わせる圧倒的な存在感と努力の跡が見て取れる。
こんな演技ちょっと羞恥心を捨てたぐらいじゃ絶対出来ない。
きっと成海虹花さんは女優になりたくてなりたくてしょうがない人なんだろう。
でも彼女が落とされる理由もわかるような気がした。
その後、成海さんの演技が尾を引いたのか全体的に微妙な演技が続き審査員の仕事が完了した。




