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地方ロケは過酷なのです

 「紗那さん着きましたよ。起きてください」


 絶え間なく続いていた小さな振動がおさまり、代わりに遠くの方から女性の声が聞こえたような気がする。

 ママの声じゃないな。誰だろう?

 意識が覚醒していくのを感じて目を開けた。


 「ん? ……あ、サトーさん?」


 「紗那さん、おはようございます。次の現場に着きました」


 視界に入って来たのは運転席から首だけこちらに向けているサトーさんだった。

 車の小さな窓の外には都会によくある灰色のビルがいくつも見える。

 これを見るとようやく帰ってきた感がする。

 サトーさんは気遣うような優しげな表情でそう告げると、シートベルトを外して車を降りる準備を始めた。

 どうやら撮影現場からここに来るまでの移動時間に寝てしまったらしい。

 

 「あ、はい。えー、なんの仕事でしたっけ?」


 寝ぼけているので全然回っていない頭でもこれから仕事があることだけは理解できたので、同じようにシートベルトを外しながら次のスケージュールについて確認する。

 多分、出発時に次のスケージュールを言われたんだろうけど、睡魔に襲われて全く覚えていない。

 昨日は早朝5時から地方の田舎の方の山で、撮影を24時までやっていたので家には帰れていない。

 日付を跨ぐような撮影になったは山に住んでいる野生の動物がいてちょくちょく画の中に映り込んでしまったりして全然撮影が進すまなかったことが主な原因。

 やはり暖かくなってくると動物も活発になるのだろう。

 追い払っては撮影を再開させてを繰り返すもんだから演者の何人かは集中力を切らしてしまう人も出てきてリテイクを連発していさらに撮影が伸びてしまった。

 動物が原因のリテイクだから誰も悪くないので、現場の雰囲気がはじめて味わう感じになってて気まずかったよ。

 私出ているシーンの撮影ではほとんど来なかったので順調だったが、特定の俳優さんの時にだけやってくるイノシシがいてほんと大変だった。

 しかもロケ車は1台しか停めるスペースがなくて、撮り終えるまで勝手に山から降りることできなかったし。

 そのせいでこれまで鹿とか狸とかもふもふで可愛いとか思ってたけどこの撮影が始まってからは本気で嫌いになった。

 アイツら絶対日本語理解してるよ。

 カチンコ鳴らしたらどこからともなく来るし。

 音を聞きつけて来てるのかねアイツら。

 野生動物待ちに合わせて休憩を挟むのだが、人里からかなり離れた山には、周りにはスーパーはおろかコンビニすらなく出前とかケータリングをこの山まで届けてくれるような業者もなくて車で片道30分の買い出しに若手のスタッフが休憩の度に駆り出されていた。

 若手のスタッフたちの買い出しジャンケンは毎回めちゃくちゃ白熱していて私にとって現場での唯一の心が落ち着く瞬間だった。

 前世の高校時代とかよくやったなぁ買い出しジャンケン。

 前世はあまり運が良くなかったのか3日連続買い出しとかよくあった。

 今は多分リアルラックすら最強な気がする。



 ロケ地から東京まで片道2時間かかるし、今日の最初の仕事は8時からだったはず。

 しかもちょっと段取り確認と打ち合わせがあるとかで一時間前には来て欲しいとかで7時にはついていなければならない。

 24時に撮影を切り上げて撤収作業に30分。山を降りるのに30分ほどかかる。

 そこから高速道路で2時間かけて東京に戻れば深夜3時。

 仕事の入りが7時なので睡眠時間は最大4時間ほど。

 しかし、朝食と着替えその他身だしなみを整えるのに1時間は欲しいところ。欲をいえば、撮影していた時にかいた汗を流すためにシャワーを浴びたいところなのでさっと済ませても30分はかかる。

 かなり伸びて長くなった髪を乾かすのにさらに余裕をもって10分ほどと考えれば睡眠時間は2時間20分。さらに私はベッドに入ってから根付くのに体感で約30分ぐらいかかる気がするので1時間ちょっとの睡眠時間ならない方が元気に仕事ができる。

 とまあ色々考えた結果、家に帰ってからまたすぐに集合するというのもなんだかんか手間だと思ったので、ママに簡潔にメールを送ってそのまま寝ずにロケから直接現場に向かうという事になって徹夜が確定した。

 幸い着替えは雨で濡れた時や撮影で汚れてしまった時のためにサトーさんの車に積んであったし、ロケ終わりにスタッフさんに頼んでシャワーを借りて浴びて来たので身だしなみも多分問題なし。

 サトーさんとシャワーを浴びる事になりことある事にサトーさんがわたしの髪や身体を洗いたがって来たけどスルーしておいた。

 なんとなく身の危険がしたのだ。


 サトーさんが頑張って運転してくれているのに寝るのは申し訳ない気がして一睡もせずに途中までは起きていようと頑張ってはいたが、高速に乗ったところで力尽きてしまったようでそこから先の記憶がない。

 ぶっちゃけここ一週間ほど日付をまたぐのが当たり前の撮影だったのでこればかりは仕方ない。

 30歳前後の身体なら多少無茶してもぎりぎりなんとかならないこともないけど5歳の身体にそれを求めるのはやはり厳しいものがあったらしい。

 転生っていいことばかりじゃないようだ。

 気持ちはまだ出来ると思っていても睡魔に勝てないとイラッとしそうになるし。

 だいぶ慣れてきたと思ってたんだけどね。

 

 徹夜でお仕事することに原因は動物だけじゃなくて、実は昨日の撮影で演者の1人が高速道路で起きた交通事故の渋滞に巻き込まれて到着が遅れに遅れて撮影が2時間押しになってしまったというのもある。

 時々環境によるこういうどうしようもない遅刻も存在するのだ。

 台風で飛行機が飛ばなくて地方や海外から帰って来られなくなったとか、島での撮影終わりに海が荒れて船が出ないという天候シリーズや寝坊、スケージュールの連絡ミスで日付を間違えて伝えていたとかの人為的やらかしシリーズなどで、ドラマの撮影ではちょくちょく人が時間通りに揃わないことがある。

 もちろんマネージャーさんは平謝りする事になる。

 よくあると言ってもスタッフにも演者にも予定ってものがあって現場にはピリついたプレッシャーが満ちていた。

 昨日は一段と動物が映り込むおかげで、ピリつきはMAXに近かった。

 そのせいでそういう空気に慣れているはずの中堅所俳優さんたちがその空気に飲まれたのか何人もがセリフを飛ばしたり何も無いところで転んだりといった謎のNGを連発した。

 結局撮影が終わったのが日付を跨いで少しした頃になったわけだ。

 朝から獣で昼は俳優の離脱、昼過ぎからはカメラとお偉いさんの威圧感。

 昨日の撮影はまさにゲームでいえばまさにラスボス級だった。

 それだけで済めば中ボスでも良かったが、星川監督は演技のクオリティにこだわるタイプの監督なので納得行くまでリテイクをかける。

 そうなれば監督が納得行くまで撮影が伸びてしまい日付跨ぐのが当たり前になる。


 本来なら子役はこの時間には仕事をしては行けない法律だかルールがあるのだがぶっちゃけあまり機能していない。

 映画もドラマも撮影スケージュールがあって撮影許可を頂いたその日のその時間しか撮影できないところもよくある。だからそんなの守ってたら完成しない。

 それに要求されるクオリティの演技を撮影時間内に出来ないのは演じる側に問題があるので、ギャラを頂いてる以上文句は言えないわけで、監督に妥協しろとは誰も言えない。

 その小さなこだわりで評価が大きく変わることをスタッフの誰もがわかっているからだ。


 演者のスケージュールは調整を頑張ればなんとかできるけどロケ地はそうは行かない。

 予算が決まってるいるから何度も外ロケに繰り出せるわけじゃないし、貸し切るだけで相当費用がかかるところだってある。

 だから決められた期間でしっかり終わらせる必要がある。

 実際この現場のスタッフと東京での仕事が入っていないキャストの多くは山の麓にある呪いの館みたいな佇まいのボロ旅館に泊まり込んで1秒たりとも無駄なく撮影できるようにしている。

 山の天気は変わりやすいので撮影スケージュール通りに進むことはない。

 基本雨の日に休み、晴れているなら休みの日をずらして撮影する感じになっている。


 異能少年は敵のテレポートの能力者に奇襲受けて人気のないところに飛ばされるシーンが何度かあるので、たまたま許可が一ヶ月だけとれたこの山での撮影が数日間続いていたのだ。

 原作者はもともとアシスタント出身らしく、やたらとリアルな背景を書いてしまったおかげで映画でもできる限り再現させられる事になりちょっとした旅行並にあちこち飛び回る事になってしまっているが、泊まりにならないのは星川監督がもう一つ映画を企画を進行していて、東京から長く離れられないからだろう。

 私は田舎ばかりを引いているが、主人公役の俳優さんは泊りがけで作者の出身地である九州の方に行ったりしている。

 泊まりの地方ロケとても羨ましい。

 まぁ日帰りロケのおかげで助かっているのも事実なので文句はない。

 私も一応その企画唯一の確定している出演者だし。

 まぁ私はそれでも恵まれている方で、共演している俳優さんは、週1でレギュラー出演している昼の生放送にでなければならないので、早朝から撮影して10時頃に切り上げて、東京に戻るまでの車で、通話アプリで遠隔のその日の段取りの打ち合わせをしているらしい。

 それできちんと番組になっているから驚きだ。


 「やっぱり聞いてませんでしたか。これからオーディションの審査員です」


 「審査員? される側じゃなくてですか?」


 「一ヶ月前に500年の吸血鬼のキャストオーディションに参加すると自分で言い出したんじゃないですか」


 問いかけられて記憶を遡る。

 確か一ヶ月前といえばママとの恋バナの前だから、怯えた伊藤さんの辺り。

 チートな私のおじいちゃんと誰得な星川監督と社員のラブコメがあった気がする。

 あっ、そういえばその時オーディションでキャストを選ぶって話になって、審査員される側なんて滅多にできないからやってみたいとかそんな感じの事を言った気がする。

 ああいうのって社交辞令みたいなもんで本気にされることないと思ってたのに、星川監督本気にしたのか。

 向こうから話を振ってきてたし会議の締めの常套句なのかと思ってたが星川監督に至ってはそういうの当てはまらないのを忘れていた。

 だけど、一ヶ月ほど音沙汰なかったし忘れててもしょうがないよね。

 記憶力はいい方とは言っても何事にも限界はある。

 今は台本と取材のことで頭いっぱいだ。

 そろそろこれの撮影も私の出ている部分はあらかた撮り終わって主演映画の方にシフトしていくだろう。

 映画を撮り終れば番宣を兼ねてバラエティーや雑誌等々の取材を受けるのが基本。

 ギャラを貰えて番宣も出来るなんてとてもお得な仕事だと先輩方は言っていたが事実かどうかはわからない。

 入ってくる情報の半分は何かしら脚色されていると思っているし。

 事務所の売り出したいイメージの崩壊を防ぐための受け答えを頭に詰め込まなきゃいけなくて余裕がないのだ。

 私の場合デビューから両親のエピソード何から何まで全部嘘にしなければならないので覚えることが多い。

 初めての私のプライベートに関することも答える予定の取材なのでミスできないこともあって他の仕事を気にしている余裕がなかったというのも大きい。

 そこで話した内容がそのまま某芸能人の経歴とかをまとめておくサイトに載るわけだから矛盾させるわけにいかないのだ。


 「そんなこと確かに言ってましたね私。でも一ヶ月前の話ですし、そんなこと思い出す間もないくらい撮影忙しいじゃないですか。撮影が終わったあとの取材だって大変ですし」


 まぁ取材とか前世から1度も受けたことないから楽しみではあるけど。

 

 「残念ながら正式な仕事です。あの後正式にオファーが来たので承諾してスケージュールを押さえておいたのです」


 「それは仕方ないのでいいですけど、もう入り時間なんですか? 家に帰らずここまで来てるなら結構時間が余るはずでは?」


 サトーさんは次の現場に着いたと言って私を起こしたわけだが、入り時間かどうかを確認していなかった。

 おぉだんだん頭回ってきた。

 時間があるなら朝食ぐらい済ませて起きたいって言うのが本音だけども。

 5歳児でもお腹が鳴るのは恥ずかしい。


 「もちろんまだ6時ですから余裕ありますね」


 「たしか山を降りたのが1時過ぎで、シャワーはさっと済ませたから2時には高速に乗っていたはず。そこから2時間だと今は4時なはずなんですけど?」


 空白の2時間ってそれどんなサスペンスですか?

 犯人は星川監督だね。

 犯人のことをホシって言うし。


 「紗那さんが眠ってしまって、その寝息をずっと聞いていましたら私も限界が来まして少しだけ仮眠を取らせていただきました。紗那さんの乗せて事故を起こすわけにも行きませんし。アラームをセットしてから寝たので余裕を持って起きることができました」


 なんかごめんなさい。私が犯人でした。


 「サトーさん朝食にしましょうか」


 自分からつっこんでおいてなんだけど都合が悪いので強引に話題転換をはからせてもらう。

 満腹になれば多少のことは有耶無耶になるだろう作戦だ。

 

 「そうですね。久しぶりにコンビニのお弁当以外のものを食べたい気分です」


 朝の6時に開いてる店なんてコンビニぐらいしか知らないけどファミレスぐらいはあればいいなと思いながらサトーと私は車に戻った。

 そういえばサトーさんに流されて1度降りたけど意味あったのかな?

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