リクサイド4 初オーディションは憧れのあの人の映画です
ダイエットに成功した僕はレッスン所に通いつめる日々を3ヶ月ほど過ごしていた。
間食をやめて夕食を食べ過ぎないように心がけ、定期的に運動をすることで今の体重をキープしている。
演技の方は、ひたすらドラマや映画を見まくって、時にはお父様に時間を作ってもらって2人で地方でやっている舞台公演を見にいき、自分なり演技の研究を行っていた。
そのかいもあって養成所のレッスンでは優秀と言われるぐらいには演技が出来るようになってきるようになってきたようなきがしている。
だが、講師はなかなか合格をくれない。
「はいっ。うん、いつも通り悪くない演技だね。じゃあ次はぁ……奥の2人前に来て」
いつも通りのあっさりとした言葉が送られ、僕とカナちゃんは座っていた場所へと戻る。
講師に指摘された悪いところは徹底的に直してきたが花京院さんや、のあちゃんのようなナニカを持っている天才と僕ではきっと大きな差があるんだろう。
直したプラス何かを足さなければ外部のオーディションへの参加が認められないというのは、合格してここを巣立っていった子達を見ればなんとなく察せれるが、その何かが全然わからないのでなかなか成果は上がっていない。
しかも今のところ1人だけなので、相当に狭き門だ。
ここでのレッスンを積み重ねて花京院さんの……花園さなの出演しているドラマを見る度にわかって来るのだ。自分には無いものを持っているって。
違う事は理解出来てもそれが具体的に何なのか全然見えて来ないので、全く演技に反映出来ていない。
演技を知れば知るほどその凄さを理解させられる。僕が男じゃなかったらしれっとあの時言ったセリフをなかったことにしたいぐらいだ。
花京院さんは自分をどう評価してるのか知らないけど、5歳の子供がしてるとは思えない演技なのだ。
容姿、運、才能に恵まれ過ぎなほどに恵まれた、まさに神に愛された人。
「はぁっ」
ぼんやりと前で行われている演技を眺めているとため息がこぼれた。
1月前に入った双子の姉妹だが、息ぴったりなのは当然としてちゃんと演技になっている。
僕がダイエットに成功して、本格的にレッスン参加し始めた頃に入ってきた子達なんだけど、伸びが凄い。
最初ここに来た時の演技は緊張で声も小さく機械的にセリフ顔を真っ赤にしながら言うだけだったのが、今じゃあ嬉しそうに笑い、悲しそうに顔を伏せてしっかり魅せる演技をしている。
それは花京院さんに感じた引き込まれるナニカと呼べるものに通じるものがあるようで、講師は育成が上手くいったトレーナーのように嬉しそうに目を細め小さく何度も頷くと。
「うん。えーと、ミウちゃんとソラちゃん君たち2人はレッスンが終わったあとお母さんと2階に来て下さいね」
これが新しくきた講師の合格の時のセリフだ。
聞いたのはこれで2回目だ。
この養成所には現在50人程の子供が通っているが、合格できないまま辞めていく子も多くいて、それも含めると倍近い人数がここに通っているけど合格者は今日までたった2組。
今の講師になってから合格ラインが大幅に厳しくなったのだ。
前の講師は可愛さとかの容姿をランク付けしたものも評価の対象に入れていたのが発覚したらしく、より厳しく行こうということになったそうだ。
おかげで僕がここに入ってそろそろ1年弱経つが、合格には至れていない。
僕と同じ時期に入った子達はやめるかエキストラとして現場に参加している人がほとんどで、現場に1度も出ていないのは僕ぐらいなものだ。
デブっていたブランクがあるから仕方ないといえば仕方ないのだが、同期の花京院さんは大出世してウチの事務所の子役の中ではトップで稼いでいるというのに。
しかも専属のマネージャーがついてる子役は彼女しかいないことからも、花園さながどれだけ大事にされているかが測り知れる。
それと比べてしまうとため息が止まらない。
ちなみに同じぐらい売れているのあちゃんは子役を複数担当してるめちゃくちゃ頼りなさそうなひ弱な印象の男性マネージャーが一応付いている。
いつも事務所で見るのであまり現場に行くようなタイプじゃないらしい。
子役の場合は親が送り迎えすることが多いからマネージャーは仕事を割り振ってスケージュールを調整するのが主な仕事になるんだとか。
この前の事務所から出てきたマネージャーが仕事を割り振るだけで給料もらえてラッキーっていいながらお昼を食べに行くのを目撃したことがあるから間違いない。
「はぁっ」
花京院さんは役者としてナニカを持っているだけじゃなく運も良かったのだ。
比較的緩かった講師のうちに合格できたわけだし。それで現場に出てさらに才能を伸ばしているのもある。
僕はそのどっちも持っていないので、またため息がこぼれた。
世の中はなんて理不尽なんだろう。
「おうじ……リク君大丈夫?」
僕がため息混じりにこの世の理不尽さを嘆いていると控えめながら僕を心配する声が耳に届いた。
「あぁ。なかなか合格できないなって思ったらため息がね」
八つ当たりしてもどうにもならないことがあることを学んだ僕は素直にそう返した。
構ってもらえない事を嘆いてやけ食いを繰り返していた僕はもう捨てたのだ。
「そ、その。たしかリク君にはどうしても追いついきたい人がいるんだよね? その人も同じ子役でここの出身だったよね? アドバイスをもらうのはどうかな?」
カナちゃんは真剣にそう解決策を提案してくれた。
だか、この案を採用するわけには行かないだろう。
男にはプライドと呼ばれるものがある。
きっと女性たちには理解できないし下らないことだと思うかもしれないが、そんなみっともない真似なんてできない。
あんなにかっこつけて啖呵を切った手前アドバイスなんて求めたらこの先一生下につくことになりそうだし。
僕が目指すのはあくまで彼女隣だから。
「うん。でもその子凄く忙しいし、そもそも連絡先すら知らないんだ」
ダイエット後の最初レッスンで仲良くなったからかそのままレッスンのペアを組んで結構話すようになり、話の流れでなぜ子役になろうと思ったのかを話してしまったのだ。
もちろん花京院さんであることは言っていないのでバレてはいない。
「そうだよね。もうお仕事しているならお家にいないからお電話出られないもんね」
「いや、そういうわけじゃないけど……まぁいいか。そんな感じだからさ自力でなんとかするべきだと思うんだ」
「やっぱりかっこ……じゃなくて。えっとどうすれば合格をもらえるか考えよう!」
一瞬考えるような仕草を見せたカナちゃんだったが、すぐにいつも通りの明るい感じに戻り元気に拳を天に向かって突き上げた。
「そこうるさいですよ。あまりうるさくするなら帰らせますよ?」
「ご、ごめんなさい」
まぁ、ちょっと天然ではあるけど。
結局具体的な案外出ることはなくてそのまま帰宅。
今日は珍しくお父様が20時に帰ってきたので、久しぶりに3人揃っての食事だ。
約1週間振りぐらいだろうか。お父様がいる時の夕食は少しだけ豪華になるので楽しみだったりする。
椅子に座って料理が出てくるのを待つ。
そろそろ小学校に上がる時の事を考えてテーブルマナーを覚えなきゃいけないらしくてナイフやらフォークが並んでいる。
少し前まではキッチンから料理を運ぶお手伝い何かもしていたけどすっかりそういうのもなくなってこの黙って皿が来るのを待つ。
黙って待っているこの時間は居心地が悪くて嫌だったりする。
お母様とお手伝いさんが忙しなく動いているのにと思うと申し訳けなく思ってしまうのだ。
気まずさに視線をさまよわせると、堂々としたお父様の姿が映り込む。
流石大企業の代表だけあって動じていない。
ぼーっとお父様を見ているうちにスープとメインが運ばれてきた。
ほんとうは前菜とかいろいろあるらしいけどあくまでも練習なので最初からメインが出てくるらしい。
お父様は夕食後も書斎に篭って仕事をするので、それも理由の一つではあるが一番の理由は僕の体重キープのためだ。
リバウンドすれば再びダイエット生活になる恐れがある。
また無理して倒れて心配かけるのは良くないのでこうして夕食は少なめになっている。
食事を始めると3人とも無言になって黙々と口にものを運ぶ。
お父様が食事中に喋らない人なのでお母様も僕もしゃべりづらいってだけで家族仲はいい方だ。
「そういえばリク。今日たまたま仕入れた話なんだがな聞きたいか?」
「何の話なんですか?」
妙に勿体つけたような語り口でお父様が珍しく食事中に話しかけてきた。
家のルールに則ってナイフを置いてお父様に顔を向ける。
「まずは聞きたいかどうかそれを聞かせてくれ」
お父様の表現から読み取れるのはからかい混じりのにやつきをなんとか隠そうとして広角がヒクヒクとしていることのみだ。
お父様が食事中に話しかけて来る時はだいたいろくなことではないけど、このパターンは初めてだな。
それに普段はこういう駆け引きじみたことはせずに単刀直入に要件をぶつけて来るが今日は違う。
気になる。
いつも通りなら面倒ごとだろうから聞かないというところだが、今日は違う点がいくつかあるし素直に知りたい。
もちろんこれが巧妙な罠という線も0じゃないけど最近は会食の話を持ってくることはなかったし大丈夫だろう。
「聞きたいです」
「そうか。これはまだ極秘な話なんだけどな、花京院さんの娘さんが主演する映画、近々キャストオーディションがあるそうだ」
「そ、そうなんですか? でも」
一瞬テンションが上がりかけたが、すぐに冷静になる。
養成所の暗黙のルールで合格するまでには外部オーディションを勝手に受けないようにというのがある。
公にルール化すると問題になるらしいので受ける際は1度講師の許可が必要ということになっているけど、講師の合格をもらえなければ当然許可は降りないので、合格していない僕はオーディションを受ける資格がない。
「あぁ、わかっている。だがなリク知っての通りうちの会社は事務所にコネがある。お前がどうしてもと言うならオーディションを受けられるようにしてもいいんだぞ?」
「でもそれはズル何じゃないですか?」
講師の合格を貰わずに外部のオーディションに参加できると聞けばとても魅力的だ。
現場やオーディションを受けることで見えて来るものも少なからずあるはずだし、今後の糧にする意味でも悪くない提案だと思う。
心が揺れたがなんとか否定的な意見を出せた。
「あくまでオーディションを受けられるようにしてやるだけだ。合格できるかはお前の努力次第だからズルにはならないさ。そもそも入る時に既にコネを使って入るんだしズルが良くないというなら書類審査からやり直すか?」
だが、小さな会社であの世界的大企業の花京院グループと日本での首位争いを続けているお父様にはその程度の意見は意味がない。
むしろ過去に1回やっている事を引っ張り出して頷かせてようとしている。
流石悪魔の一族に抗い続けてきた修羅と呼ばれる人だ。
僕なんかの小さなプライドなど簡単にくだいてしまう。
「お願いします、お父様」
たぶんどう反論したとしても最後には頭を下げる事になってたんだろうな。
頭を下げながらお父様の駆け引きの上手さを痛感しながらそう確信していた。
「リクもそろそろレッスンを初めて1年経つんだ1度ぐらいオーディションを受けても罰は当たらないだろうさ。存分に久しぶりの再会を楽しんでついでに合格を勝ち取ってこい。流石に花京院グループがスポンサーについてるから合否まではいじれないから」
最後に不穏な発言が聞こえたけど聞こえなかった事にしよう。
僕はあくまでもオーディション受けに行くだけで金とコネでズルするわけじゃなくて実力で役を勝ち取るつもりだから。




