2人の天才
どうすんのこの状況?
私、初対面の時にあのオーク (のように太っている)に思っきり結構冷たい態度とっちゃたんですけど?
夜に無理やり連れ出されて眠い中での食事会だったって言うのを差し引いても、あの態度は頂けない。
普通に考えて、あのオーク子役の先輩ってことになるよね。
たまたまこんな中途半端なタイミングで2人も入所なんてことあるわけない。
確かこの養成所の募集は4月と9月の2回の定期書類審査とスカウトのみ。
同時期にスカウトなんて絶対ありえないので先輩以外の選択肢がない。
しかも、このオークは有名企業の会長の息子。
デビュー前から干される未来ありますねこれ。
とりあえず中に入っておくべきかな? 最低限の友好関係を築いておかなければその未来が現実のものになるだろうし。
深呼吸を数回して扉に手をかける。
あの中にいるのはオークだけど絶対びっくりしないぞ。
そうだ、私は今日から子役になるんだ演技の1つや2つ世渡りの基本だ。
前世でだって、仕事以外じゃ顔すら合わせたくない女上司 (独身もうすぐ40歳でめちゃくちゃ結婚を焦っていた)に週2ぐらいのペースで飲み連行されていたじゃないか。
嫌なこと理不尽なことには大人だから慣れているはず。
最近、童心にかえり過ぎていてすっかり忘れていたよ。
覚悟を決めて扉に手を伸ばす。
がその前に扉がひとりでに開き、オークのように太った顔が目の前に現れた。
一瞬ギョッとした表情になり、ほぼ反射的に半歩下がる。
やっぱり無理だ。オークはきつい。独身上司はなんだかんだ酒があったから耐えられたけど素面でオークは厳しいものがある。
前世では太っているぐらい何とも思っていなかったけど、今はとてつもなく嫌悪感と不快感と呼ぶべきものが駆け巡ってしまう。ぞわっと背筋を這うような虫を見つけてしまった時に似た感じだ。
女の子になって多少なりとも美意識に目覚めた結果なのかもしれない。
それか自分が飛び抜けてに可愛くなったおかげで人に要求する容姿レベルが無意識に上がったとか。
ほら年頃の女の子ってやたら減量中のボクサー並に体重気にしてるし。
500グラムも痩せたのになんで気づかないの? って分かるわけねぇーだろそんな微妙な変化。
「久しぶりですね、花京院さん」
「ええと、……ん?」
そういえばこのオークなんて名前だったっけか? いや、ボケたわけじゃないですよ? 興味がなくて聞き流しただけで。
本当に、全く覚える気がなかっただけなんです。
むしろ記憶力は脳が若いからかとてつもなくいい方なんです。
「もしかして覚えてないですか? 僕ですよ。リク」
なんで、名前だけ教えるんだよコイツ。わざとか? わざとなのか?
絶対名前で呼びたくないし、何とか苗字を聞き出さなければならないところだけど、4歳に苗字とか通じるんですかね? どうなんでしょうか?
「ごめんなさい」
ペコリと頭を下げておく。覚えてなかったのはちょっと失礼だったかもしれない。
いくら興味がなくて、しかもこの先関わらないと思っていたとしても、記憶をたどればそういえば居ましたねぐらいには覚えておいてあげた方が良かったな。
「いえ、花京院さんは魅力的ですから僕ごとき覚えられていなくても仕方ありません」
しかしオークは全然気にした風じゃなくて、むしろ余裕を感じさせるように笑って受け流してきた。
まぁ魅力の欠片もないような笑顔ですがね。なんか破裂しそうで怖いんだけど。
爆発とかしない?
このオークもしや天才児か? 私が言うのもなんだけど子供らしくない言い回しだし、多分コイツ相当なスパルタ教育を受けているのだろう。
へりくだった言い回しとか子供にしては綻びのない敬語とか。
「もしかしてあなたも子役になるんですか?」
ママはここにオークがいるとは言ってなかったので、どこから情報を仕入れて偶然を装ったストーカー行為の可能性が頭をよぎったのだ。
先輩に知り合いがいるなら一言ぐらいそういう会話になってもいいはずだし。
もしも子役に興味がなく、あなたに会いに来たとか言い出したら即通報しよう。
「はい。花京院さんが子役を始めると聞いたので少しでもお近づきになるキッカケになればと思いまして、僕もやってみることにしたのです」
本当になんだコイツ。好意を伝えることに躊躇いがないぞ。
私が精神年齢28歳じゃなかったら、問答無用で逃げ出しているところだったな。
しかし、あんまりしつこくアプローチをされても困るし、ここは少し遠まわしにでも脈がないことを伝えた方がいいかな?
家柄的にこの年で婚約とか充分有り得そうだし。向こうも私も多分良家の歴史あるような家柄なんだろう。見た目はともかく、オークの身につけている服は海外のハイブランドだった気がする。
オークの家は芸能界にも力を振るうことが出来るような所だし下手なことを言うとママの仕事がなくなるかもしれない。
だからデブは絶対ねぇーよとはっきり言うことができない。
何か考えろ。恋愛している暇がなくても違和感のない言い訳。
そうだ昨日今の人気の女優さんが今は仕事に集中したいのでとかバラエティーで語ってたな。
「へー、そうなんですね。でも、私は本気で女優を目指していますのでそんな暇はないです」
これぐらい強く言った方がいいだろう。まぁ小学校に入るまでって後ろに付くんだけどさ。
「それでも僕は――」
さらに続けようとしたところで勢い良く扉が開いて、人が入って来た。
「おはよーこざいますっ」
可愛らしく一礼して入って来たのは多分私と同じ年くらいの女の子。
私には及ばずともなかなかに可愛い。ロリ補正ってやつだろうか。
入室が堂々しているしもしかしたらここの先輩かもしれない。仲良くなっておこう。オーク避けに美幼女だ。
と思ったがその後には親が居て話かけられる雰囲気じゃないな。
なんでそんなに目を血走らせているのこの子の母親は?
その子を皮切りに次々にレッスンを受ける子達とその親が続々とやってきた。
もしかして私、早く来すぎだったのかもしれない。
ママ、結構入時間早くてスタッフ慌てさせるし多分合ってると思う。
そこからさらに時間が経ちレッスンが始まった。
講師の白髪のおじさんがホワイトボードの前に立つ。
「はい、皆さんおはようございます」
「「「おはよーごさいます!!」」」
講師の挨拶に続いてレッスン生が挨拶する。元気いっぱいの声がレッスン室に響くと講師が笑顔になる。
どうやら挨拶は良かったみたいだ。
「今日は前に渡した宿題の台本を使って演技してもらいますよ。今日から入った花京院さんと大蔵くんは今日は見学しておいてください」
レッスンが始まってすぐに講師がそんなことを言い出した。
ちっ、なんでそうなるんだよ。
オークと黙って一緒に座っているのは嫌だし、何とかして参加しよう。
後すごくどうでもいいけど、オークって大蔵リクって言うのか。
最初と最後の文字繋げたらオークじゃん。たまたまだけどぴったりのあだ名のだったな。
「せんせー私も参加したいです」
手を挙げてやる気をアピールする。
一瞬たりともオークの隣は嫌だ。
だって隣にいるとなんか熱気みたいなのが伝わって来て居心地が悪い。
「ふーむやる気だねぇー。うん。ならのそこ、のあちゃん1人だし、2人でやってみて」
さっき扉を開けて大声で挨拶していた、女の子を指さながらOKを出してくれた。
もちろん速攻でその子を所に移動する。
じゃあな、オークよ。しばらく会うことはないだろう。
「はい」
「よろしくね。のあちゃん」
「はいっ、よろしくおねがいしますっ。えーと」
そういえば自己紹介してなかったな。
「紗那でいいよ」
美幼女に名前で呼んでもらえるすごい戦略を使ってみることにする。
「うん。紗那ちゃんっ」
いいですねぇーこれ。美幼女に名前を呼ばれるのなんかいいね。なんというか力が湧いてくるね オークもちょっとは役に立ったな。
はっ、ちょっとおじさん感が出てるこれはまずい。私は紗那4歳の美幼女。28歳のおじさんではない。それにオークなんぞに感謝などする必要ない。
「それで、宿題の台本ってどんなの?」
「これだよ」
正気に戻って宿題を見せてもらう事にする。
出して来たのは、ホチキスで止められた薄い冊子で練習台本と書かれている。
「ちょっと見せて」
「いいよー」
許可をもらって中を読んでみる。
ざっくりと内容を説明すると、毒入りのりんごを食べさせる魔女とそれを食べて死んでしまう女の子という話。ぶっちゃけ、白雪姫のワンシーンだな。
セリフとト書きがいくつか書かれているだけのシンプルなもので確かに子供に演技させるにはぴったりなのかもしれないな。
「それで、のあちゃんはどっちを練習して来たの?」
「女の子ほうだけど」
「わかった。魔女のほうのセリフ覚えるからちょっと待っててね」
「え? あっ、うん。」
いきなりそんなことを言い出せばびっくりするか。
5ページほどしかないしこれならすぐに暗記できるだろう。
重ねて言うが私は記憶力がとてつもなくいいのだ。
「おやお嬢さん……」
セリフ1つ1つ、つぶやき記憶していく。
テストの内容とか声に出しながらやるとすんなり覚えられてたし、他にもっといい暗記法が見つかるまではこれでいこう。
しかし、若い脳みそは記憶力が違うねぇーすっと入って来るような感覚だな。
やっぱり気づかないうちに脳が老化してたんだなと前世のことを思い出していると講師が私達の名前を呼んだ。
セリフは余裕で覚えられたし、問題は演技だ。
「じゃあ次花京院さんとのあちゃん行ってみようか」
「よろしくおねがいします」
「お願いします」
演技を見てもらう時のルールなのか一礼するのあに倣って一礼してから距離をとって歩き始める。
まずはりんご売りのお婆さんと女の子が出会うシーンだ。
「おや、お嬢さんこんにちは」
「お婆さんこんにちは何か御用ですか?」
中腰になってしわがれたような声を出してのあちゃんに話かける。
なんだかお遊戯会みたいな感じになってるけど大丈夫だろうか?
「わしは、ただのしがないりんご売りだよ。お嬢さん1ついかがかね?」
「いえ、いりません。あなた見かけない顔だしちょっと怪しいですから。失礼します」
「まぁまぁ、そう言わないで見てご覧この鮮やかな赤いりんご今朝とれたてなんだ。美味しいそうだろ?」
「ほんとに美味しそうね。1つ貰おうかしら」
「毎度ありっ」
ここで二ヤァと悪い笑顔を浮かべる。
ちょうど目があった少年少女たちがそっと目を伏せた。なんでだ?
「じゃあ新鮮なうちに1口」
のあちゃんはそう言ってりんごを食べるフリをした。
そしてわなわなと震えだす。
「うっ。く、苦しい」
もがき苦しみながらバタンと床に倒れる。
のあちゃんは演技の天才だ。床に伏せたまま微動にしない彼女を見ながらそう思った。
既にベテランみたいな雰囲気だし、なりゆきで子役をやるなんて言ったけどこれは本気でやらないと勝てないかも知れないな。
そう思った瞬間、私の心に火が灯ったような感覚が巡った。
この感覚は前世でも味わったことがある。
それはブラック企業に務めてはじめのころ、ろくに教えることなく、すぐに沢山の書類が回って来た時のことだった。
流石にこの量は無理だと言ったら私が若い頃はどうのと、上司に言われてこんなハゲに負けてられるかって思った時と同じ感覚だ。
死ぬまでブラック企業に務めて続けぐらいには負けず嫌いなんです私。
「2人とも声の大きさ、演技力もバッチリです。花京院さんはさっきセリフ見たばかりなのにとってもすごい、ですが役を演じ過ぎです。もう少し自然にやったらもっと良くなる」
初にしては上出来だったようだが、もちろんこんなものじゃあ、のあちゃんは超えられないだろう。
家に帰ったらママに練習付き合って貰おうっと。
そのままレッスンが終わり、のあちゃんが母親と帰るのを見送った後、サトーさんの所に行こうと扉をくぐろうとしたその時、後ろからオークに声をかけられた。
「あの花京院さん」
「何かな?」
例によって名前は呼んでやらん。
「僕、花京院さんの演技を見てびっくりした本気で女優になりたいんだって伝わって来ました。そのやる気を見て僕はっ、僕はあなたの隣に立ちたいと思いました。僕も本気で俳優を目指します!!」
盛大な勘違いと的外れな方向に進んで言ってしまったみたいです。
いや、本気で子役をやろうと思ったことは合ってるけど。後ろに小学校に上がるまでって着くけど。
恋愛ルートは回避できたみたいだけど、これはこれで選択肢間違えたみたいだ。
これからどうなるの?
私の胸は不安でいっぱいになった。
願わくばオークがすぐに諦めるますように。
それか私に王子様が現れますように。