キャスティングを決めるには権力が必要なようです
会議室がいつも以上に雑然としているからか、午前中ママの小ボケに付き合って気が緩んでしまっていたのか、流れる雰囲気が微妙にピリついているように感じる。
不安に思って隣に座るサトーさんの表情をちらりと伺って見れば、同じように気まずい空気を感じているらしく表情は重苦しい。
もうひとりが何者なのか分からないし、確かに気持ちは沈むな。
これまで打ち合わせではここの社員が入ることはあったが、ここまで慌ただしい雰囲気になったことは無かった。
これが意味するところは多分相当な力のある人が来る可能性が高いって事だ。
お通夜ばりに息が詰まりそうな無言の中で、何をするでもなくずっと目を瞑っている星川監督。
何? 瞑想してるのかそれとも寝てるのか?
微動だにしないから判別がつかない。
「星川代表。到着されました。代表? 起きてください」
控えめに扉を開けて入ってきたのは、ここの社員さん。
どうやらそのもう一人の到着を伝えに来たみたいだが、星川監督は微動だにせず目を瞑ったままだった。
寝てると判断した社員さんは先ほどのより大きな声で呼びかける。
直接揺さぶって起こさないのは客である私達がいるから社員さんなりの配慮なのだろう。
会議前に客を目の前にして居眠りする社長。
どう考えてもイメージ最悪である。
ところで社員さんよ、気を遣うつもりなら起きてくださいはダメだと思うよ。
「ん? あぁ、よし揃ったようだし打ち合わせをはじめようか」
完全に寝ていた事を示すように力の篭らぬ表情で一秒ほど静止して、誤魔化すように露骨に声上げて打ち合わせに入ろうとした。
「代表寝てましたよね?」
流石に社員さんもイラッとしたのか咎めるように鋭く言い返す。
時々いるんだよね。寝てるのに寝てないって言い張るやつ。
特に中高時代に多くいる。
でも大体寝息とかが聞こえてバレているのでその誤魔化しは無意味。
「いやいや、僕はここ数日全然寝てないんだから寝る訳ないさ」
「それ関係あります? というかガッツリ寝てましたよね?」
「だから寝てないってココ最近2時間も寝てないからすっかり1日2時間睡眠に慣れているんだ」
「どう見ても寝てましたよ」
社員さんも徹夜しているのか疲れた様子で、寝てないアピールを繰り返す星川監督との会話を打ち切り出口へと足を向けた。
これ以上争っても面倒だと思ったのか単に疲れて争う気力を失ったのかは分からないが、一応丸く収まって良かった。
「君が客がいるのに変な事を言い出すからなんだかんだ僕が悪いみたいな雰囲気になったじゃないか。僕は絶対寝ていないんだ!」
しかし睡眠不足によるイライラと徹夜開けのよくわからないハイテンションが合わさり星川監督はヒートアップして噛み付くように言い返した。
流石にそこまで理不尽な事を言われては社員さんも黙っていられなかったのか、くわっと目を見開いて、扉の方に向かっていた足をUターンさせる。
つかつかと足音を立て星川監督の前まで来ると胸ぐらを掴むような勢いでズイっと身体を近づけて。
「代表がみっともなく寝ているのが悪いんです。だいたい寝ずに仕事になったのだって代表が撮ったシーンのメモリーを何処かにやったのが悪いんじゃないですか! 大体代表は物を片付けなさすぎなんです。この前だって今日中にチェックお願いしますって言った書類を自分で無くした挙句よく探しもしないでこっちを怒るし。で結局机の下から出てきたのに謝りもしなかったですよね? それからミーティングの時間は忘れるし、機材のリストには記入漏れが3回に1回必ずあるしどうしてそんなにやること全部が中途半端で雑なんですか」
長年溜めていたマグマを噴火させるように怒りを爆発させた。
うわー星川監督だらしなーい。
現場と会議室での星川監督しか知らなかったけど、この人実務作業ダメな人だったのね。
「そんなに文句があるなら辞めればいいじゃないか」
「嫌です。やっと就職できた映像系の会社ですから。それに私は星川監督の作品に憧れてここに入ったわけです。他のとこにいく理由ないですし」
「え? あ、うんなんかごめん。会議終わったら検討するから一旦下がってくれるかな」
急なファン発言に星川監督は照れたように優しい口調になって退出を促した。
何このラブコメ? そういうのいらないんだけど? おっさんとお姉さんのラブコメとかどこに需要あんだよ。
「星川君。そろそろ会議を始めてくれないかな? 君もわたしもあまり時間を無駄にできないはずじゃないかい?」
やさぐれた気持ちでいたのは私だけじゃなかったようで、かなり苛立った責めるような口調で空気を一変させたのは本来話題の中心に来るはずだったであろう白髪混じりの渋めの中年男性だった。
高そうなスーツに身をつつみ袖口から覗く腕時計は海外の一流ブランド。確かあの時計1つで1000万超えるとか聞いた気がする。
ジムで鍛えているのか全体的にシュッとした印象。
おっさんと呼ぶよりはおじ様と呼ぶ方がしっくりくる。
顔に貫禄充分の皺が刻まれてなければ、星川監督と同じぐらいの年齢だと思ったかもしれない。
「す、すみません。伊藤さんすぐに始めますから」
慌てて伊藤さんとやらを席に案内する。
座った席は私の隣で出入り口からもっと遠い席だ。
うろ覚えだが会議室とかでその席に座るのは客の中で1番偉い人だった気がする。
「この人は映画配給会社の伊藤さん。500年吸血鬼のブッキングと宣伝をやってくれる会社の社長でありスポンサーでもあります」
「よろしくお願いします」
スポンサーと聞き即座にご挨拶がてら頭を下げる。
一演者には制作のことはよくわからないけどそれでもスポンサーの力はよく知っている。
出資つまりお金を出すわけだから当然色々口出しする権利を持っているわけだ。
しかも映画のブッキングまでやるってことはこの人次第で映画の人気度合いが決まる。
どんなに内容が良くても予算を削られ流通を狭められれば人気映画にはならない。
珍しくあの星川監督が敬語使っている所からもその力の程は察せる。
「ん、よろしく」
「今日から紗那ちゃん以外のキャストを伊藤さんを交えて決めて行くと事になります」
今日の星川監督は司会進行をメインでやるようだ。
「ええと、キャスティングですが助手のキジマと吸血鬼のキャストを最低限今日中に決めるつもりです」
「ずいぶん急な話だな」
「お互いのスケージュールの都合ですよ伊藤さん。それにメインの3人は映画撮影以外にもスケージュールをとる事になりますから早めに抑えておかないと候補のキャスト全員スケージュールNGなんて事になりかねないですし」
「あぁ、そうだった。星川君は毎日何処からしに予定があるから時間を割くのが難しいんだったな。それで候補は?」
やばい全然入って行けない。
ここは大人で事務所のサトーさんに頑張ってもらおう。
私社畜ゆえに上に意見するのは苦手だし、何より誰が現場に来ようと、やることは変わらない。
「まず助手のキジマ役ですが、キャラのイメージは若い男という事しか設定はありませんが、花園さなの隣に居ても華やかさで負けない人でないと絵面が厳しくなりそうですね」
「となると若手のデスソースラブの主演の役者とか、折れないメスの主演とかが人気的にいいのではないか?」
「武田君とTAKE君ですね」
ええと誰? 全然知らないんだけども。
そもそもデスソースラブってどんな話だよ。刺激的な恋ですかね? どっちかって言うとデスソースは濃そうではあるけど。
折れないメスはちょっと前に放送してた医療ドラマだからなんとなく知ってるけど、演技が棒の役者が何人かいてネタドラマ扱いされていたはず。
メスは折れなくても役者の心は折れているに違いない。
「TAKEさんは現在体調不良で入院中みたいですね。SNSに報告という形で書き込まれてますね」
「それじゃあ武田君にオファーでいいかね。花園さなのマネージャーさん?」
「あっ、はい大丈夫です」
急に話をふられたサトーさんはちょっと頬を赤く染めながら伊藤さんに返事を返した。
え? まさかサトーさんこういうのがタイプなの?
まぁ幼女好きとは聞いたけど、恋とか結婚とかを諦めたとは言ってなかったし。
年齢的にはちょうどいいぐらいなのかな。未婚かどうか知らんけど。
仕事中に結婚指輪を外す人だっているから指輪をしてないから未婚って思い込みは良くない。
というかさっきから映画のキャスティングじゃなくて恋のキャスティング考えてる人が多いな。
おっさんとお姉さんのラブコメも、おばさんとオジサマのガチ恋どっちも需要ないからやめて。真面目にキャスティング考えてよみんな。
「オファーを出して返事をまちということで、次は物語のラストに対決することになる吸血鬼ですね。こちらは大人の女性で、イメージ的には黒髪のロングが似合う人で殺陣の練習時間が取れる人なら」
私の祈りが通じたのか星川監督はサラリと次のキャスト決めに移る。
「いや、そこなんだが花京院文乃をキャスティングすることはできないかね?」
「一応理由をお願いします」
「第一に花園さなは未知数の部分が多い。興行収入が読みづらい。そこである程度ファンがいて人気のあるキャストで周りを固めて手堅く損をしないようにしていくというのがうちの考えなのだ。それにある程度星川君の出す条件も満たせていると思うが? どうだろうかマネージャーさん?」
再び話を振られたサトーさんは先ほどとは違ってすぐに答えず、私の顔を見た。
言いたいことはなんとなく分かる。
多分共演すれば似ていると話題になって、娘であることがバレる可能性が高い。
私とママは似ているから。解析班でも立ち上がればすぐに世間の常識になって某ネットなんとかペディアのページに子役、花京院文乃の娘って書かれることになる。
私にはまだ実力も知名度も花京院文乃を凌いではいない。
これまで避けてきた2世イメージが着くのは確実だろう。
それだけ済めばいいけど、これまでの私の出世スピードから邪推する週刊誌も少なからず出るだろう。
転生者として使える力は全部全力で使って来たし、恵まれは容姿もあって本物の演技の天才とほぼ同じスピードで売れてきたのだ。
偽りの演技の天才である私の裏に2世というウィークポイントが隠れていたのが分かれば手のひら返しで叩かれる。
事実がどうでも世間には関係ないし。
ママも私もあることないこと書かれ、精神的に追い詰められる未来が想像できる。
私に想像できるぐらいだ、私よりも業界が長いサトーさんはもっとリアルに最悪の想像しているはずだ。
だから私は小さく横に首を振ることしかできなかった。
ごめんなさいサトーさん。
「花京院文乃とは共演NGなんです」
サトーさんは臆することなくそう告げる。
実際には私に共演NGはない。
新人だし子役だしそんな力は全くもって存在しない。
「どうしてかね? 確か同じだったと記憶しているが?」
いやそんなこと調べなきゃぱっと出てはなこないだろ。
多分この会議に臨むにあたって会社で事前に会議して大人の都合のいいように根回しされているんだと思う。
会議前の根回しなんてよくあることだし、星川監督はここまで露骨な反対意見を出してないし。
この場に呼ばれた私達は形だけの参加で一応の同意をすればいいだけだったんだと思う。
大人とても汚い。
「事務所の方針です。2世イメージを着けるのは良くないから親子での共演はさせないと」
「え? さなちゃんて花京院さんの娘さんなの?」
「なに? そうなのですか? ということは花京院会長のお孫さん……ですか?」
サトーさんが渋い顔でそう漏らした瞬間2人の顔が対照的に変化した。
星川監督はテンションを上げて嬉しそうに、伊藤さんは何故か具合が悪くなったようにどんどん青ざめてこれまでの口調から敬語に変わった。
「へ? 花京院会長? 誰?」
花京院という名前から察するに多分ママか父親どちらかの親なのだろうが、残念ながら今のところ親戚付き合いはないので会ったことがない。
ママが忙しいからそんな余裕ないって言うのもあるし、外資系企業の海外支部 (きっと本社)に勤めている父親が帰国しないから帰省がしづらいのかもしれない。
「花京院会長はうちの親会社のトップです」
伊藤さんは青をとうり越して白くなった顔でぽつりと解説する。
やっぱり私の家柄予想してたとうり飛んでもないみたいです。
子会社あるってどんだけでかいのおじいちゃんの会社。
ちょっと想像つかないですね。




