いつもと少し違う会議室
午前中しっかり休めば午後からはまた会打ち合わせに向かう。
ママは定期的にスケジュールが飛ぶことがあるが私はまだない。
なので今日も予定は変わらず、12時に過ぎにサトーさんが迎えにきて車に乗り込む。
父親も海外に飛んだまま帰って来ないし、ママには大事なものを遠くに飛ばす能力を持っている可能性があるなきっと。
私も子役として大きく羽ばたいてるし。
車が走りだしたのを感じつつ、そんな事を考えながら今日も見慣れつつある景色が流れていくのを見送っていく。
ほんとは既に父親と離婚していて実はもういないとかだったりしないよね?
こうずっと連絡すらないと流石に存在を疑う。
そんな不安と共に車は進む。
脚本が完成したからもう私の出番はないと勝手に思っているんだけど、スマホのスケジュールアプリにはまだまだ打ち合わせの文字が踊っている。今月の終わりまでびっしりとだ。
何故か1ヶ月まるまるスケジュールを抑えられているのだ。
映画撮影なんかでは、1ヶ月スケジュールを抑えられることなんて、よくあることだからこれまで疑問に思わなかったわけだけど、まだこれは打ち合わせの段階。
この段階で私が打ち合わせに必要ってことは無いだろう。
私はただの主演の子役。
演出に口出しするわけでもないし、ロケ地を決める権限だってない。意見ぐらいは求められるかもしれないがスタッフさんたちの方がずっと候補地を見つけるのは得意に決まっている。
だから脚本が決まった今私になんで呼ばれてるんでしょう?
あとはキャストが決まって撮影場所の目星が付いて撮影ができるようになるまで私が出来る事なんてないだろう。
台本はこれから大人の事情で変わるからセリフを頭に入れるのもまだ早いし。
まぁ考えたところで答えは分かるわけないか。
スマホのスケジュールアプリを終了して、顔を上げてからサトーさんに問いかける。分からなければ素直に聞く子供のうちなら失言だろうと許される……はず。
「サトーさん。今日からの打ち合わせって何やるか聞いてたりしませんか?」
「さぁ? 私は特に聞いてませんね。1ヶ月間午後からのスケジュールを抑えてくれとしか言われていませんし。きっとまだ企画段階で機密情報が多いから言えないことが多いでしょう」
返ってきた具体性のない返答にとある仮説が浮かぶ。
もしやこれ子役にドッキリを仕掛けるバラエティなのでは?
根拠としては急に入ってきた大きな仕事というだけで充分納得が行くだろう。
突然やってくるスペシャル番組のロケとか打ち合わせとか明らかに怪しい。
いや、それはないか。この前密着カメラ来てたし。
よくドッキリバラエティやってるところと密着撮ってるところ別の局だから難しいはずだしね。
真面目な密着ドキュメントがドッキリに協力するとは思えない。
「あの……紗那さん?」
「はい? 何でしょう?」
むむっと考えこむ私にサトーさんは同じような渋い表情を作る。
バックミラー越しに目がバッチリと合う。
一瞬でもドッキリを疑ったことに後ろめたい気持ちを感じて用もないのにスマホに目をおとした。
「今日の午前中なにかあったのですか?」
そんな私の様子に何かを察してしまったのか今度は心配そうな声で話を続ける。
別に何かあったわけではないが、素直に一瞬ドッキリの可能性を考えたんですよと答えるのはサトーさんを疑ってましたと告げるみたいで具合がよろしくない気がする。
「ママに対して不安を抱いたぐらいでないもなかったですね」
「それ充分、大事ではないですか? 一体何があれば母親に不安を抱くのですか?」
なんだか異常にこの話題に食いて来たので、そのまま話を逸らしてしまおう。
「ママって方向音痴なんですよね」
「そうですね。新人の頃から現地集合でと言えば、絶対迷ったと連絡が来ましたからね。おかげでずっと車で迎えに行くはめになって今もその癖が抜けないですよ」
ちょっとだけ思い出すように目を細めた。
「サトーさんが仕事の日に迎えに来てくれてるのってママのせいだったんですね。なんかごめんなさい」
そういえば当たり前のようにママも迎えに来られていたけど、人によっては自分の車で来る人も多い。
むしろマネージャーに送り迎えしてもらってる芸能人の方が少ない。
「いえ、紗那さんは文乃さんに似ていますから方向音痴そうですし、迎えに行った方が私の不安が減っていいですから」
「私そんなにママに似ているんでしょうか?」
容姿はちょっと似てきてるし若干性格も遺伝している自覚はある。
でもだからこそ似ていると言われるのはなんか嫌なのだ。
2世子役扱いさせれているような気が、かすかにする気がして少しだけモヤっとしたものが心に発生する。
そこまで気にしているわけではないけど、無意識に2世扱いされるのを避けて来たのかもしれない。
芸名も本名を使わないと決めたのは2世のイメージが悪いと言われてたが、最終的に自分の意思で決めたし、子役になってからママと同じカメラに映ったことがない。
似ているからそこ差が目立つ。
どんなにポンコツでも方向音痴でもママは女優としては最強だ。
今のようやく主演が決まった程度の私ではきっと、花京院文乃の娘扱いされるのがいいところだろう。
1度意識すると、どんどん2世子役と呼ばれるのを回避して来たように思えてくる。
不思議だ。
「えー、そうですね。よく似ています!」
「どのへんが?」
少し声が鋭くなった気がしなくもないけどママのポンコツ具合も知っているサトーさんに断言されては、仕方ない。
遠まわしにポンコツだと言われてる可能性もあるわけだし。
「演技してる時とか、後部座席でセリフの確認しながら過ごすところとか。他にも色々です。あっ、そろそろ着きますよ」
車を降りて、エレベーターに乗りいつもの会議室に入ると、今日はいつにもまして雑然とした印象を受けた。
ホワイトボードにはマグネットで何人かの顔写真が貼りつけられ、机の上は資料らしき活字がびっしり書かれた資料が広げられている。
床に散らばっていないのが不思議なぐらい散らかっているそんな印象。
もうすぐ打ち合わせが、始まりそうな気配はあるが、星川監督の姿もほかの社員の姿も確認出来ない。
「ここいつから捜査本部になったんですかね」
これでホワイトボードにアリバイとか事件現場の状況が書き込まれていたり、顔写真が相関図になっていたら捜査本部だと確信していただろう。
「…………。確かに刑事ドラマでよく見る捜査本部みたいです、ね……ふっ」
サトーさんも同じ印象を受けたのか1人で口に手を当て小刻みに震えていた。
笑いをこらえながらしゃべろうと努力していたみたいだけど、最後の方は耐えきれなくなったようで手で無理やり抑えてこんでいた。
そんなに面白い事を言ったつもりはないけどなぁ。
星川監督が来なければ何も始まらない。
少し早めに来たせいか星川監督どころかいつもいるスーツの社員さんすらいない。
私とサトーさんは資料に遠慮して、なんとなく壁際に寄り時間を潰していた。
もしも触れたらまずい資料とかあったら困るしね。
ここに来るまでに会話のネタが尽きてしまったという訳では無いが、思い出し笑いをこらえているサトーさんはちょっと不気味で近寄り難い雰囲気を漂わせているのでそっとしておこう。
「おっ。サトーさん、さなちゃん。ひとまず席に着いてくれるかな? もう一人が来たらそろそろ会議を始めるからさ」
不気味サトーさんが放つ雰囲気を変えてくれたのは、いつもよりやつれた様子の星川監督だった。




