第2回映画制作会議。脚本ができました
早朝から撮影をして午後から打ち合わせ。
そんなサイクルで仕事をこなすこと二週間が過ぎた。
星川監督とスタッフさんと私は恐ろしいハードスケジュールにようやく慣れつつあった。
私は色々と配慮してもらっているので、どんなに遅くとも19時には切り上げさせてもらっている。
ブラック気味なこの業界ではあるが流石に5歳児を酷使するつもりまではないようだ。
だが、星川監督の目の下には大きめの隈が存在感を放っている。
ビビリな人間ぐらいなら騙せるぐらい死人に近い顔をして現場に来ているので、時々暗がりですれ違ったスタッフから小さい悲鳴が聞こえたりするのだ。
私も4日目ぐらいの撮影でとうとう出会ってしまったと思ったもんだ。
星川監督はその時がピークに死人ぽい顔していたのだ。
それにほら、テレビ局とかレコーディングスタジオとかロケ現場とか賑やかだったり人の集まる場所によく出るって話はあるしさ。
ベテランスタッフさんの中には実際に小さい子供の声が聞こえたり姿を見たりしたなんて実体験を持ってる人もいるからちょっと霊的存在を信じそうになる。
もう一つ言えば、幼少期には見えたりするって話もあるからめちゃくちゃビビってます。
まぁ少女だし可愛げがあっていいかと勝手に思っている。
転生が現実にあるのだから間違いなく魂というものがあるのは確定してることだ。
そうなれば幽霊ぐらいいても不思議じゃないと考えられてしまうし。
という冗談は置いておいて、 (ただ信じたくないだけ)未だに10周年映画脚本が書き上がっていないそうで連日徹夜が続いてるんだとか。
それどころかタイトルすら未定の厳しい状態らしい。
脚本が完成しないことには、キャスティングやロケハンといった具体的な行動に移れないのだが、ここ1週間の会議は関係のない話やら子役がメインで出ている映画やドラマをピックアップしたものを見て参考に出来る部分を探して脚本に活かせるか精査する、ぐらいしかしておらず、進みは悪い。
でもその分、異能少年の方は思ったより進みが良くて、明日から2日ほど午前撮影は休みになる予定。
なのでその空いた時間を使えば、もうすぐ脚本を仕上がると本人は言っていた。
しかし助監督曰く脚本家としての星川さんはあんまり信用しない方がいいって言ってるから少し不安ではある。
そんな進展があまりない会議参加ではあるが、明日から2日ほどゆっくり寝られると思うとやる気もみなぎって来るというものだ。
実は順調過ぎて次に撮る予定のシーンに出る役者さんとロケ地の抑えておいたスケージュールが、2日後ってだけの話なんだけど、嬉しいものは嬉しい。
寝る子は育つというのでこの機会に5歳の平均にちょっと足りない背を伸ばすために睡眠とお昼寝をこの2日間に優先してやってみようと考えている。
小学生に入って美少女なんて呼ばれたくない。
ママ曰く、小学生はいじめと嫌味の巣窟だとか。
特に美少女は男子からはからかわれ女子からは嫉妬されるそんな立ち回りを強いられるとか。
前世でも可愛い女の子はサッカーとかやってる男子にちょっかいかけられた記憶があるからママの言うこともただの脅しとは言えない。
女子側の世界はまだ知ないのでなんとも言えないけど、小学生から美少女だったママが力強く断言してるしきっと面倒なことが起こるんだろう。
というか私に結構な毒舌を浴びさかけられているはずのあのメンタルの強いママに、そこまで言わせるなんて一体なにがあったんだろうか?
凄く聞づらいけど気になる。
ありがとう名脇役のアラタさん。共演したことないから話したこと一度もないし、共演決まるまで知らなくて誰だこと人とか思ったけどあなたのおかげで私の背が伸びるはずです。
成長期の子供の背はぐんぐん伸びるって言うし。
舞台メインの人だったんだよね。1度舞台とか見に行った方がいいかもしれないな。
小学生になると時間がなくなるし行くなら忙しくなる前の今のうちがチャンスかなぁ?
すっかり顔パスになった受付をサトーさんと2人で通り過ぎて会議室へと入ると、既に監督がいつもの席に座っていた。
最近すっかり見慣れた濃い隈は相変わらず目の下に鎮座してるが、その表情や雰囲気はいつものピリついた感じではなくやりきった時特有の穏やかなものになっていた。
机の上には、今までの会議にはなかったピンク色の冊子が置かれている。
まだ遠目で何が書かれているかははっきりしなていないが、監督の雰囲気と冊子のサイズから考えて、きっと待ち望んだものだろう。
確かに助監督の言うことは間違っていなかったようだ。
緩やかにでも確実に高鳴り始める心臓の音を感じながら椅子を引き、席に着く。
挨拶そっちのけで手元の冊子に目を落とす。
すると監督の苦笑いの混じったような声がした。
「ようやく出来たよ、脚本」
よほど早く話したかったのだろう。
いつも会議前に運び込まれるケータリングのお菓子類が揃う前に口を開いた。
「…………その、お疲れ様です?」
こういう時どう反応するのが正解かわからなかった私は一秒ほど迷って労いの言葉をかけた。
監督がこの脚本を書き上げるまでにどれだけ苦労したか理解しているつもりだ。
文字通り寝る間も惜しんで書いては没にしてを私がオファーを受ける前からやっていたそうだ。
ここ1ヵ月の平均睡眠時間は3時間とちょっと移動中も休憩中もすべてを執筆に捧げて書き続けてようやく完成した脚本だと言う事をよく知っているからこそ労いの言葉出たのだ。
「さなさんとマネージャーさんひとまず読んでみてください。事務所的本人的にNGがあればどうぞ言ってください」
隣に座っているサトーさんはマネージャーらしい鋭い目つきに変わって台本を読み始める。
絶対獲物を逃さない鷲のようなそんな目つきだ。
マネージャーとしてNGを絶対見逃さないとそんな意志がこもった目つきににも見えるけど、きっと気にしているのは私のイメージが悪くなるかどうかだと思う。
さて私も読んで読んでいきますか。
監督が書き上げてきた脚本500年の吸血鬼 (仮)のあらすじは、とある大きな古城には噂がある。500年ほど前に吸血鬼を封印したという迷信じみたそんな噂が。
もちろんそれはただの噂なのだが、最近その古城では怪奇現象が頻発している。
そこで困った城の管理人は探偵に調査を依頼する。
その探偵が主人公のチサト。
通称少女探偵と呼ばれるその街では腕利きの探偵。
小学生のお嬢様でゴスロリドレスを好み、紅茶以外の飲み物は一切口にしない変わった性格らしい。
助手のキジマを連れてその古城の調査に乗り出すが、古城の怪奇現象は調査を拒むように頻発する。
調査に苦戦している最中、街で吸血鬼が現れたと言う噂が瞬く間に広がり血を抜かれたように青白くなった成人男性の遺体が古城周辺の民家で大量に発生する。
吸血鬼の封印が解けたと騒ぎ出す町民のためにそちらも捜査することになる。
古城の調査と吸血鬼殺人事件の二つの事件を解決する探偵ものらしい。
「どうですか?」
最後のページまでざっくりと読み終えて私が台本がを閉じると星川監督から不安げな声が聞こえてきた。
ドラマでも映画でもバラエティでも面倒なのはコンプライアンスと事務所NGである。
例えどんなに内容が面白くともこれらに引っかかれば絶対に世に出ることはなくなる。
今この業界では規制が厳しくなっているので、星川監督が不安になるのも仕方ないことだ。
数年前まで出来ていたことが今はダメってことも結構あるし、それをクリアしてもイメージを損ねる恐れがあるのでダメと事務所からNGを食らう場合もある。
例えばママならサスペンスの犯人役やマフィア役は事務所NGだ。
本人はオファーがあればどんな役でもやるだろうけど、ママには女刑事のイメージが強く根付いているのでダメらしい。
私についてるイメージは妹キャラだけど、これは早めに次の人に譲ろうと思っているので、今のところは特に明確なNGはない。
妹キャラって長くやれるものでもないし、完全に定着してしまうとそれ以外の役が来なくなりそうなので、早めに解除しておきたいのだ。
「今のところ事務所的には問題ないと思います。さなさんはどうですか?」
「特にNGないですね」
台本を見る限り、過激なシーンはないから問題ない。
「そうですかならこれで一応今日するべきこと終わってしまいました」
星川監督の驚いたような顔をチラリと見たあと、サトーさんな方に顔を向ける。
まだ会議始まって1時間経ってないけどどうするのと目だけで訴えてみる。
「では今日はもう会議終了と言うことでよろしいですか? 星川さん」
「そうですね。僕も久しぶりに寝ることにしますよ」
笑いながら解散宣言が出たので帰り支度を整えて、会議室を出た。




