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激務の始まり

 「テレビカメラを入れて打ち合わせですか?」


 ママがドライヤーを止めて電話に出ると、サトーさんはいつもと違い申し訳なさそうな声音で本題を切り出した。

 サトーさんはママの次ぐらいに深い仲と言えるが電話で世間話をするような間柄ではないので、いつもの時間大丈夫ですか? の次には本題がやってくる。


 『はい、明日の午後予定していた星川監督の10周年記念作の打ち合わせにドキュメント番組、星川監督10周年作品にかける情熱の密着カメラが入るそうで、一応伝えて置くべきかと』


 星川監督は基本脚本から自分で手がけるタイプの監督で、明日の打ち合わせは、主演にする花園さなという子役をどんな物語でどう使えばいいかを探るための打ち合わせだ。

 まぁ打ち合わせといってもお堅いものじゃなくで、茶を飲みながら私が質問に答えて行く感じになるだろう。

 監督は私にしか出来ない役を作り出すつもりらしいから。

 今回はオファーが先で脚本が後なのでこんな特殊なやり方を取るらしい。

 正しく型破りな星川監督らしい作品作りってわけだ。

 有名な映画監督にもなればドキュメント番組の一つや二つ密着取材に来ることぐらい不思議でも何でもないけど、一つだけ大き問題がある。

 


 「は、はぁ。それはまぁ事務所がOKならいいんですけど、私、いつデビューしたとか聞かれると非常にまずいですよね?」


 『そ、そうですね。紗那さんは特殊デビューを飾ってますものね。社長に相談して取材前にエピソードをでっち上げておきます』


 私の子役デビューは刑事ドラマの共犯者の娘役だが、その時はどこにも所属していなかったので、おかしい事になる。

 無名のしかも事務所に所属していない子供を公募オーディション以外で、ドラマに出すなんてことは常識的ありえないのだ。

 それがまかり通るなら事務所のある意味はないのだから。

 だが、正直に話せば花京院文乃の娘であることがバレてしまうし、インフルエンザを出した子役事務所にも迷惑がかかる。

 代わりの子役も出せないポンコツ事務所だと悪評が立って経営が傾いたりしても大変だ。

 この業界は意外な事に助け合いで成り立っていたりする。

 横の繋がりが強いのだ。

 所属事務所が別なのに大規模なアイドルグループが成り立っているのもそういう事があっての事だし、事務所とタレントがやり合うことはあっても事務所同士の闘争がないのは仲が良いからなのです。多分。

 それにせっかくそれを伏せて売ってきたのに台無しなっては困るし。

 

 「よろしくお願いします」


 『それと明日迎えに行く時間が少し早まりまして、5時半とお伝えしたんですが、5時になりました。星川監督がリハを入れたいそうで』


 明日から私は激務を始める事になる。

 2本の映画を同時に撮るという事はそういう事なのだ。

 

 「はい。5時ですね、わかりました」


 ならば早く寝て明日に備えよう。

 電話を切ってママに現場入りが早まったことを伝えて、そのまま自室のベッドに潜り込む。

 


 翌朝。ただいまの時刻は4時を過ぎた辺り。

 空が濃い青色から少しだけ明るさを帯びてくるかといった時間帯。

 私は、普段より2時間ほど早く目を覚まして、寝起きのママが料理をする音を聞きながら身支度に追われていた。

 顔を洗ってリビングに戻って来る頃には朝食が出来てるだからママって不思議だ。

 影分身とか時を止める力とか持ってないよね?


 「紗那ちゃん大変ねー。まさか明け方から撮影して午後に打ち合わせなんて、ママでもなかなかないわ。よっ、売れっこ子役。未来のトップ女優!」


 異能少年ヤハシ君は物語の性質上、夜に戦闘を行うシーンが多い。

 現代で白昼堂々異能を使えば絶対バレて問題になって物語が破綻するし、なんとなく暗躍といえば夜のイメージもあるから、戦闘シーンはほぼ夜にしていますと、作者がインタビューに答えていたので、そこは漫画に合わせるらしい。

 あまりに原作を変更すると叩かれる事に繋がるからそこは忠実に行く方針だ。

 だが、夜に子役を使う事が問題になる可能性がある。

 太陽が出ている時間の撮影なら、いくらでも映像加工で調整できたりするが、夜でしかも屋外の撮影となると加工で乗り切るのは無理があるそうだ。

 できなくはないけど手間がかかり過ぎるし、作った感が露骨に出て作品の雰囲気を壊すのも良くないという監督の判断。

 

 なので、日が登りきる前に異能少年を撮影して、日が登ると記念作を撮る事にすれば私の負担が減るとの見立てらしい。

 ちなみに私のスケジュールは約6ヵ月ほど先まで埋まっている。

 今の映像業界では、演技の質の高い子役は引っ張りだこなのだ。

 聞いた話だが、私が産まれる前にとある子役が主演したドラマが大流行してその子役は一躍時の人になり年収で1億を稼いだとかで、我が子を子役にって親の意思で養成所に子供を入れる事が横行していて、子役の演技の質が低くなりがちなんだとか。

 親に無理やり入れられたようなやる気のない子が上達するわけないから、私のようなそこそこ頑張っていて、名前も売れている子役にオファーが回って来やすくなっている。

 のあちゃんと私が同時に売れてるのはそういう背景があるのだ。

 ホントにラッキーとしか言いようがない。

 トップが抜けたタイミングで売れられたのだから。


 ほとんどの親は、宝くじを買うようなつもりで養成所に入れるか親バカ過ぎて我が子を過信し、スターになると信じ込み、選定眼がまともに機能していないような親しか応募してこない。

 冷静にこの子は天才子役だ! って我が子を見極められる親なんていないし。

 多分うちは後者なんだけど、案外ママの目は正しかったと思っている。

 芸歴1年未満でここまで売れる子役はほぼいない。

 同期にのあちゃんがいるから私はそんな感じしないけど、色んな現場で芸歴の話になる度に驚かれるし。

 多分話し方が全然子供ぽくない事もあるんだろうけどね。

 ほんと5歳児ってどんな感じに喋るんでしょうか?


 「その倍以上に売れてる人に言われるとなんだか、嫌味に聞こえるんだけどママ」


 キャリアの違いがあるのは理解しているけど年2本映画の主演をやって、その間に2時間サスペンスをこなしながらドラマとバラエティに出るお化けのような女優に褒められても嫌味にしか聞こえないだろう。

 ママは褒めてくれているんだろうけどね。

 精神年齢的に、素直に褒められて喜ぶことはない。自分より下の人の褒め言葉はゴマすりで上の人なら遠まわしな嫌味や釘刺しだ。

 それが、少しだけ出世コースにのりつつあった真面目系社畜に向けられた褒め言葉の全てだったからどうにも勘ぐってしまう。

 

 「紗那ちゃんの口調がどんどん大人びていくっ。娘の成長は嬉しいけどこのまま大人びて行くと小学生になる頃にはおばさんぽくなってしまうじゃないか心配。入学と同時に縁側でぼーっとお茶とか飲み始めないでね」


 「それ、おばさんじゃなくておばあちゃんだよ。後うちには縁側なんてないし。マンションだから」

 

 「ほんと誰に似たらこんなに賢く育つのかしらね。パパ? それとも」


 「少なくとも頭はママ似てないよ」


 性格は遺伝してしまったが、それだけは断言しておく。

 ママは決してバカではないけど、たまーに言った事や大事なプライベートでの予定を忘れてしまう事があるのだ。

 まだ覚えているぞ、まとめて見るから絶対消さないでって言ったのにドラマに変わっていたキラパラの事を。

 他にも夏に帰省する予定だったのに、すっかり忘れたりと仕事と家事と母親以外は全然ダメな人だ。

 だから時々よくこの人結婚出来たなって思ったりする。


 「それはさておき、紗那ちゃん時間いいのかしら? 朝ご飯食べる時間あんまりないけど」


 やばっ、4時25分だ。

 よく噛んで食べないないとママに怒られるし、行儀悪くかっこむことは出来ないので、食事に時間がかかる。

 詳しく聞いたことはないけど、花京院家ってそこそこいい家柄なのかな?

 言いつけどおりご飯を噛みながらそんな事を考えていた。

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