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オファーは突然に

 「そういえば紗那ちゃん明日休みなのよね」


 20時を過ぎた我が家では久しぶりのママと2人の夕食。

 ここ最近、お互い仕事の終わる時間がバラバラで、作り置きを温めて食べることが続いていたのだが、たまたま今日は私の仕事が早く終わったのだ。

 ママは色々あって今日入っていた撮影が飛んでオフになった。

 詳しく聞いていないけど、どうやら共演者の誰かがやらかしたらしい。

 

 「そういうママは、レギュラー出演してるドラマの撮影なんでしょ?」


 売れっ子女優のママは、現在第8シリーズまで続いている刑事モノのドラマの5台目助手の女刑事の役に加えて、いくつかのスペシャルドラマでの主演、映画出演とほぼ毎日何かしらの仕事が入っている状態。

 娘的には嬉しいけど、同業者的には少し複雑な心境なので口調に刺が出てしまう。

 私はなんだかんだで、まだ主演作品がないからちょっと嫉妬心が芽生えているのかもしれない。

 なんだかんだで演技は楽しいし。

 それにこの前自分の通帳をママがいない間にこっそり覗いてみて前世の貯金を軽く上回っていてこの仕事悪くないなんて思い始めたし。

 ついでにへこんだけど。

 同じぐらいのブラックさなのに貯蓄額が10倍以上離れてた。


 「それでね、紗那ちゃん明日現場7時入りで少し早いの。だから今日は早めに寝てちょうだいね」


 「私を現場に連れて行かないって選択肢はないの?」


 お金のことをいったん頭から追い出して、前々から思っていた事をママにぶつける。


 「だって紗那ちゃん1人でお留守番なんてしたことないでしょ? 世の中とっても危ないのよ? 空き巣とか、変態とか」


 「でもさ、せっかくのオフぐらいのんびり過ごしたいというか、ママの現場最近外ロケ多くて日焼けを気にしないといけなくて困るし」


 ドラマはバラバラに撮ることが基本なので、日焼けしてしまうと、夏でもないのに急に日焼けしたかと思ったら、また戻ってみたいな事になってしまって、視聴者を混乱させる事になりかねない。

 なので撮影期間が長い作品を取っている時はそういうのに気をつけてなければならないのだ。

 それと個人的に日焼けすると皮が剥けてお風呂入るのが辛くなるのも嫌だ。

 

 「紗那ちゃんが中年のおじさんみたいなことを言い始めた! でもそうなのよね、日焼けは女の敵だし、最近外ロケが多いのも合ってるし……日焼けした紗那ちゃんは見てみたいけど、肌弱いものね」


 子役になってからもオフはママの現場を見学していたんだけど、去年の夏に1度だけ日焼け止めを1部塗り忘れて左腕の皮剥けて大変な事になった事があった。

 子役になって2ヵ月ぐらいでまだオファーが来ることが少なかった頃だったので問題にならなかったけど、あまりに恥ずかしい記憶なので今まで、忘却しておいたのだが、もう笑い話にする心の余裕が出来たので、説得材料に使ってみることにする。


 「それに私あと1年もすれば小学生なんだし1人で留守番ぐらい出来ないと恥ずかしいと思う」


 それと一押。


 「うーん、紗那ちゃんが一般的な5歳児に比べてれば、確かにしっかりしてるのはわかってるんだけどね、ママやっぱり心配なのよ。やっぱり紗那ちゃんはママに似てうっかり屋さんだし」


 日焼け止めを塗り忘れたり、アラームかけ忘れたりとか結構やらかしてますね私。

 遺伝させるならもっとまともな所があると思うんだけどなぁ。


 「明日はそんなに遅くならないんでしょ? なら大丈夫だよ」


 明日やる刑事ドラマは慣れたスタッフとキャストで、い流れがだいたい決まってる現場なので、終わる時間が比較的早かったりする。

 それに外ロケだと通行止めに出来る時間が限れていたりするので、さらに時間が短くなる。

 お仕事はその撮影だけみたいだし半日もあれば終わるはず。


 「これ以上しっかりされるとママの出番がなくなっちゃうから、やっぱりダメって言いたいところだけど、そろそろ紗那ちゃんもお留守番ぐらい出来た方がいいわよね」


 「いいの?」


 「娘の成長を見守るのもママの役目だもの。本当はすごく心配たけど、紗那ちゃんも来年には小学生だものね」


 そんなわけで明日は人生初のお留守番をすることになった。

 そして今日もママと一緒にお風呂に入って布団に潜り込んだ。

 お留守番は許してもお風呂まだ許してくれないらしい。



 翌朝、8時頃。

 自然と目を覚ますと既にママはお仕事行ったようで、ラップのかけられた朝ごはんの上にメモ帳にいくつかの注意の書かれた書き置きが乗せられていた。


 「お昼は冷蔵庫に入ってるから温めて食べること、それから休憩中かける電話に出ることか、地方ロケの時と同じじゃん」


 まだ少し温かさ残る朝ごはんをラップを取り食べ始める。

 会話しないからあっという間に食べ終えて、食器を水につけておく。

 そうしないとママがすごく怒るのだ。

 

 「さてと、何をしようかな。台本は既に暗記済みだし、キラパラDVDをママが買ってくれるって言ってたけど、それまで消されたところから先の録画はネタバレになって見られないし。うーんドラマでも見ようかな」


 我が家にはゲーム機はないのでそういうので暇つぶしは出来ない。

 ドラマの台本は現在手元のに3冊あるけど既に暗記しているので開く必要はない。

 少し前までは、死ぬほど読み込んでいたけど結局演技は現場で作って行くものだってことを痛感したので、今は演技の幅を広げる方に力を入れている最中だ。

 やっぱり演技の幅を広げるなら沢山の作品に触れる事が1番手っ取り早い。

 ママも女優になってから映画をみまくって今の地位を手に入れたらしいし、使える手札が増える事に越したことはないので、時間が取れたら好きなアニメの録画かドラマを見ることにしているのだ。

 うちにはパパの部屋という名の物置があって、そこに大量のDVDが置いてある。

 そういえばまだ1度もパパの顔を見たことないんだけどきちんと生きてるんだろうか?

 というか本当に存在しているの?


 「まぁいいや。今、大事なのは演技の幅を増やして演技力磨くためのドラマ鑑賞だし」


 演技力に関しては上には上がいるので、努力を怠るわけには行かないのだ。

 子供だからって星川監督は全く容赦してくれなかった。

 むしろ弱点をついて苦しめて来たし、芸歴1年になれば下から後輩がやってくる。

 年下に負けたらほんとに転生者と名乗れなくなる。

 これまではまだ演技のキャリアが同じだから仕方ないと言い訳出来たけど、後輩になればそういう事も言えなくなるから死にものぐるいで頑張らないといけないのだ。

 

 

 気合を入れ直してDVDの山からランダムに3枚ほどを選ぶとリビングに戻って再生する。

 自分でジャンルを選ぶとどうしても見たい作品を選んでしまうから偏ってしまうのでいつもランダムに選ぶのだ。


 「おぉ、昔のドラマならではのぶっ飛んだ演出だ」


 最初に手に取ったのは吸血鬼と獣人。

 ファンタジーな世界観の恋愛作品らしい。

 長い眠りから冷めた吸血鬼は獣人に恋をするんだけど、なかなか進展しない上に獣人属の掟が2人の恋を阻む大きな障害になってしまう話で普段の私なら絶対選ばない作品だ。

 現在のドラマではガッツリとしたファンタジー作品は撮ることがないから。

 今は冒頭の吸血鬼が獣人属の主人公と全力の殺し合いをしながらその力強さに吸血鬼が好意を持ち始めるというシーンだ。


 「これで恋に落ちるかはともかく殺陣はすごい真に迫ってる。私がアクションをすることはまだ先だろうけど、こういう感じのカッコイイ殺陣だといいな」


 冒頭の殺陣にうっとりしていると、テーブルに置いていたスマホがガタガタと音を立てた。

 ママだろうか? いやまだ9時ですらないのに、電話をかけて来るだろうか?

 幾ら何でも心配性すぎるぞ。


 せっかく面白いそうで参考になりそうな映画の鑑賞を中断させられて少しムカッとした私は応答ボタン押してスマホを耳に当てると、通話が始まると同時に文句をいうべく声を発した。


 「もしもしママ?」


 『紗那さん。私をママと呼んでくれるのは嬉しいですが、今は勤務時間ですので』


 聞こえてきた声はママの声ではなく、聞きなれたマネージャーのサトーさんの声だった。


 「なんだ、サトーさんか。どうしたんですか? 今日は休みで間違いないはずですけど」


 『はい、それは間違いないんでんですが、紗那さん今はご自宅ですか? それも文乃さん一緒ですか?』


 「家ですけど」


 『すぐに迎えに行きますので準備お願いします』


 「え? ちょっとサトーさん?」


 よほどの急用なのか用だけ言って切れてしまったスマホをテーブルに置いて準備をする。

 そういえば私朝から着替えませんでした。


 

 ドタバタしながら着替えを済ませて、9時30分には迎の車に乗っていた。


 「それでサトーさん、休日呼び出したりして一体何なんですか?」


 「それはついてから話します」


 道中も珍しく緊張した様子でやたらと腕時計を気にして事務所に向かうサトーさん。

 私はその様子を黙って見ているしかなかった。


 事務所に着くと受付をスルーしてエレベーターに乗りこんだ。

 サトーさんはさらに緊張感を募らせて、3階のボタンを押した。

 この間珍しく私達は無言でいた。

 何かとんでもないが起こると漂う空気感から察する事ができた。


 「ここです」


 立ち止まったのはいつぞやのトラウマを呼び起こす会議室だ。

 ここは会社の運命を握るような重要な会議や何かやらかしたタレントから事情聴取する時、とにかく聞かれたくないような話をする時に使われる部屋だ。


 「どうしたんですか? 早く入ってください」


 何もやましい事をした記憶がなくても足が竦んでしまう。

 この状況では後ろに立ったサトーさんも敵に思える。

 もしかして転生者だってバレたとか?


 扉の前で固まっていると、サトーさんに背中を押されて勢いで中に入ってしまった。

 ゼロのような形に並べられた机の奥に見知らぬおっさん、入口の近くの席によく知っているおっさんが座っている。


 「すみません遅くなりました」


 私のあとに入ってきたサトーさんが綺麗に頭を下げる。

 サトーさんの足が小刻みに震えている。

 どうやらこのおっさん達は相当な偉いひとのようだ。



 「いや、私が呼んでくれと無理を言ったのだ頭を下げる必要はない。さ、早く席について話の続きをしようじゃないか」


 見知ったおっさんこと、星川監督はなにやら、うずうずした様子で奥の席を指しながら急かす。

 他のおっさん達も同じ気持ちなのか小さく頷いている。


 「すみません。失礼します」


 サトーさんに手を引っ張られて強制的に椅子に座らさせる。

 一言断りを入れてサトーさんが隣に腰掛けた。

 この椅子大人用で足が届かないじゃないか。

 今までに無い異常なシチュエーションにどうにか平常心を保つためにどうでもいいことを考えながら、おとなしく小さくなっておく。


 「では星川さん続きの方を」


 私達と星川監督を取り仕切るように奥に座っているおっさんが、星川監督に話の続きを促す。

 少し髪が薄いのが気になるけど笑える雰囲気じゃないし、大人達はすごく真剣な表情だ。


 「社長、お言葉に甘えてでは早速。わたしの次回作に花園さなさんあなたを主演で起用したい」


 監督から発せられた言葉は何より想像を超える内容だった。

 というかもう1人のおっさん社長だったの?

 心の中とはいえハゲいじりしようとしてごめんなさい。

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