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リクside3 ダイエットに成功すると

 目を覚ますと、不安そうにじっと僕を見ているお母様の姿あった。

 左手から温もりが伝わって来ている。

 ずっと僕の手を握ってそばにいてくれたらしい。

 どうやらまだ天国に行ったわけではなさそうだ。


 「リク?」


 脳に酸素が回りきっていないのか鈍く痛み、ぼんやりした頭で、握られていた手を握り返した。

 その微かな変化に反応して、お母様は僕の名前を呼んだ。

 でも目が覚めた確信がないのかその声音は不安げだった。


 「おかあ、さま?」


 身体は何か大事なものが抜け落ちたように力が入らなくて、声も擦れていたけど、それでも生きてることだけは伝えておきたかった気持ちで張り付く喉から無理やり音を絞りだした。

 まだ少しだけ、生きてる確信が持てなかったのかもしれない。

 死ぬ前に思い出を振り返ったり、夢のようなものを見るってどっかで聞いたし。


 「リクっ!! もー、心配させてこのバカ!!」


 声を上げた瞬間にお母様は僕に抱きつき、痛いぐらいに締めあげた。

 育ちのいい普段のお母様からは想像もつかないような荒っぽい口調だったけど、普通に考えれば、死んでいてもおかしくないような状況に陥ったわけだし、それぐらいのお叱りはあまんじて受けよう。

 全身を包み込む温もりで僕はようやく確信がもてた。

 あぁ、生きてて良かった。



 迷惑をかけたジムのスタッフにお母様と一緒に頭を下げて、着替えを済ませて少し遅めの昼食をとることになった。


 「リク、ほんとに病院行かなくていいの?」


 目を覚ました場所はジムの中の医務室だったので、検査の為に病院に行くかどうかの話になったのだが、そんなことよりお腹が減ったので、検査は受けずに昼食を食べる事にしたのだ。

 みんな足がつって溺れたと勘違いしているし、気絶した直後にスタッフのお兄さんに助けてもらい、完璧な処置をしてもらったらしいので、後遺症はない。

 最近サラダしか食べず寝る間も惜しんで腹筋運動をして溺れたとは言えないし、これ以上大事になっても困るので病院に行くのは断固拒否だ。

 お医者さんは何でも見抜く恐ろしい人達だ。

 この前みたドラマでも瞬時に病気を見つけてたし、ついでに嫁の浮気も見抜いていた。

 なので過度な食事制限と睡眠不足がバレたらきっと過保護なお母様のことだ一緒に寝るとか言い出すに決まってる。

 お母様は寝言がすごくうるさいので一緒に寝るとさらに睡眠不足になりかねない。

 今日の反省を活かして、寝る前の腹筋を少しへらして、ご飯ぐらいはしっかり食べるつもりでいる。


 「ほんとに大丈夫です。どこもおかしい所はないですし、強いて言うならお腹が空いてるぐらいです」


 「もうお昼過ぎてるものね。そうだわリク。ハンバーガーって知ってる?」

 

 「なんですかそれ?」


 お母様は普段のお淑やかな表情からドラマに出てくる少女のような無邪気に笑みにガラリと表情を変えてそんな事に聞いてきた。

 何か嬉しい思い出でもあるのかな?


 僕はハンバーガーなるものを全く知らない。

 自慢する事じゃないけど、お父様の影響でそれなりに高級と呼ばれる食材を食してきたけど、これまで話題に出てきたことすらない。

 お父様は仕事の関係で海外に行くことも多くて、世界各地の美味しい食べ物の話を教えてくれるようになった。

 なのでそんなに有名なものなら話題に出てきてもおかしくないはずなのだが。


 「そう、まぁそうよね。リク、アキヒトさんそっくりでそういうの疎そうだものね」


 お母様は1人でなにやら懐かしいものでも見るような目つきでブツブツつぶやくと、僕の手を取って歩き出した。


 普段は通らないような人通りの多い道を歩き、たどり着いた先にはなんと、よく見る赤い看板の何を売ってるんだか分からない店だった。

 中にはまばらに人がいて包み紙から除くパンのようなものと、紙コップに入った飲み物、そして細長い揚げ物をテーブルに置いてそれを食している集団が目に飛び込んできた。

 これはダイエットの、天敵ではないか?

 お母様一体はなぜこんなところに連れてきたのだ?

 子役になることは応援してくれているはずなのに。


 「お母様ここは?」


 「アキヒトさんとの初デートの場所、ハンバーガーショップ。最近ダイエットで、サラダしか食べてないリクにはこれぐらいの高カロリーなものがちょうどいいと思うのよ。また倒れたりしても困るわ。ダイエットもいいけど自分の身体を大事にしなさい」


 そうですよね、食事出してるのお母様だもん、それはバレてるに決まってるよね。

 毎日サラダしか食べなかったら気づかない方がおかしい。


 「油で揚げたのとか身体に悪いんじゃないんじゃぁ……」


 レジの奥から聞こえてくる音、あれは間違いなく揚げ物の音だ。

 香ばしい揚げ物香りもする。


 「たまにはいいじゃない。それにお腹が空いてるなら手早く食べられるファストフードも悪くないものよ」


 ずいぶんハンバーガーを進めて来るけどお母様ここの回し者か何かなのかな?


 いくらでごねてもお母様は1度決めたら絶対覆さない性格なので、ここは素直にハンバーガーとやらを食べてみよう。


 「これがハンバーガーですか?」


 お母様にすべておまかせして二階の禁煙席に座った僕の前に出てきたのは包み紙に包まれた丸いものだ。

 さっきこれを剥いて食べていたのを見たが、これが食べ物だと言う認識はまだない。

 だって100円で食べ物が買えるはずないし。


 「ぷっ。反応までアキヒトさんと一緒。ほんとにそっくりねー」


 そんな僕の疑った様子をみてお母様は嬉しそうに笑った。

 

 「お母様とも一応親子です」


 「そうねー。でもリクってアキヒトさん似だしね。いろいろと」


 「全然似てないです。僕はあんなに意地悪じゃありません」

 

 花京院さんに一目惚れしたことが知られて以来話す機会が増えたのだが、からかわれることも格段に増えた。

 養成所に入ったあともどんなことを話したとかよく聞かれたし、積極的に行かないとすぐ取られるぞとかって脅してきては不安げな表情になった僕を見て笑う。

 なんとも性格の悪い父親だ。全くもって似ていない。

 僕が父親になることがあっても絶対ああはならない自身があるし。

 「そこはわたしに似たのよきっと」


 お母様は軽い調子で受け流すと包み紙を剥いてハンバーガーに食らいついた。


 「あー、懐かしいわーこの味」


 「お母様、もしかしてハンバーガー大好きなんですか?」


 「こういうのはたまにすごく食べたくなるものなのよ。結婚してからは食べる機会もめっきりなくなっちゃったから。学生時代の懐かしの味なのよ」


 お母様の実家は確か、ここ20年ほどで急成長を遂げた会社だった。

 いわゆる成り金と呼ばれるタイプ金持ちだ。

 だからこういう庶民派の食べ物が懐かしいのかもしれない。

 まだダイエットは続けるしたまに話題に出して連れきてもらおう。

 味覚はお母様に似たようだし。


 その翌日からは、サラダに鳥のササミが追加された。

 なんでもこれがダイエットにはいいらしい。

 それから夜19時以降食べないルールと朝食は必ず食べるというルールが追加された。

 それともうひとつは寝る時間を21時から20時にして起きる時間7時から6時に早めた。

 運動するなら朝の方が痩せるの効果的なんだとか。

 お母様の指示に従って、食生活と運動の時間をずらしただけなのだが、これが凄かった。

 20キロあった体重は、そこから二ヶ月で2キロほどあっさりと落ちた。

 本当は18キロだと平均体重をオーバーしているのだが、5歳になってしまったのでセーフになったのだ。

 その翌日に養成所に連絡して来週からレッスンに来てもいいですよと許可を貰いようやく花京院さんを追いかけることができる。

 この二ヶ月の間に花京院さんはさらに人気を伸ばしていて、今度バラエティ番組に出るんだとお父様から聞いた。

 どこからお父様がそういう情報を仕入れて来るからは詳しく聞いてないけど、ぜひとも録画しておかないとね。


 そしてレッスン日当日。

 これまでの洋服のサイズが合わなくなって仕方なく新調した服に身を包んで、レッスン場に一番乗りする。

 不思議と今日は緊張せず、むしろ期待で胸が高鳴っていた。

 いつものように少し待つと、新しく入った女の子だろうか、見知らぬ顔が入ってきた。

 扉が開く音がしたので、反射的にそちらを向くと、女の子は石像のように固まっていた。

 もしかしたらいつも一番乗りだったのに今日は違ってびっくりしたのかもしれない。


 「あの、君そこにずっといると邪魔になりますよ?」


 「あぁ、はい。ごめんなさい王子様」


 軽く注意しただけなのに怯えたように距離を取り小声で何かをつぶやく女の子。

 僕は同世代の中ではそこそこ背が高い方になってしまったみたいで威圧的に見えたのかもしれないな。

 みんながみんな花京院さんのように物怖じしない子ばかりじゃないのを忘れていた。

 

 「そのごめんなさい。怖がせてしまったようで」


 女の子は高速で首を横に降るだけで何か言葉を発するわけじゃないが、怖がったわけじゃないと伝えたいようだ。

 ただ人見知りで、急に声をかけたからびっくりしたとかそんなところだったのかもしれない。

 これ以上話しかけるのは良くないかもしれない。

 お父様もしつこい男は嫌われると言ってたし、世の中にはそういう子もいると納得してその子から離れたところに腰を下ろした。

 2人だけの空間に静寂だけが流れる。

 気合を入れて早く来すぎたのが仇になった。

 しばらくやることがないまま、天井を見たり窓を見たりする度にその女の子がどんどんこっちに近づいてきた。

 人生で初めての体験に恐怖を感じて思わず声をかけた。

 

 「何か用かな?」


 女の子はビクッと大げさに反応してから消え入るような声で。


 「な、名前を教えてください」


 すごく人見知りで恥ずかしいがりやなのか顔どころか耳まで真っ赤にしながらそう呟いた。


 「僕? まぁいいや僕はリク、大蔵リク。君は?」


 昨日録画で見たアニメのキャラクターみたいな自己紹介になってしまったけど気にしない。

 すぐに何でも影響受けるタイプなだけだ。

 感受性が強いのは役者としてきっとプラスに働くはずだから気にしなくていいはず。

 

 「わ、わたし。みよしカナ……ですリク君も今日から入ったの?」


 「よろしくね。僕は半年ぐらい前からいるよ」


 「そ、そうなんだ」


 僕に初めて養成所での友達が出来た日だった。

 まぁ演技のキャリアは変わらないけどね。


 そこからぽつぽつとお喋りをしているうちに人が集まり、講師がやってきた。

 今日の僕は見学だ。

 課題台本のレッスンに当たってしまったのだ。

 前の講師は課題台本レッスン以外一切やらなかったけど。新体制のレッスンでは、それ以外にも何かやるという話を聞いていたのだが、今日は違ったらしい。

 だが見学と言われた時こそ、花京院さんを見習って講師の先生に課題台本レッスンへの参加を認めてもらうべきだ。


 「先生! 僕、見学じゃなくてやって見たいんですけど」


 「人の演技を見るのも立派勉強です。今日は大人しくしていえください」


 どうやら二番煎じはそう、うまく行かないらしい。

 結局その日はカナちゃんと見学することになった。


 翌日から演技レッスンを再開でき、これで追いかけることが出来ると喜んでいたのもつかの間。


 花園さな、主演映画制作決定!!


 星川監督に密着したドキュメントを見ていると、そんなテロップが画面いっぱいに出たのだ。

 バラエティにもよく出る有名な星川監督が、花京院さんを使って1年掛りの大作を作るその宣伝番組だったらしい。

 不意打ちの発表に嬉しいような遠くに行ってしまったような複雑な心境で残りの放送を見終えると、ため息をついた。


 また大きく離された。

 そして、心に焦りが生まれそうになる。

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