やっぱりママはママ
順調に残り2日の撮影を終えて、今日でちょうど1週間。
ようやくママが帰ってくる日だ。
「紗那さんがいなくなるのはちょっと寂しいですね」
仕事終わり、サトーさんの家に置いてあるカバンを回収するために家に寄り、再び車に乗り込んだ。
仕事が少し押したおかげで、辺りはすっかり暗くなっていて、街灯の光が道路を照らしている。
自宅までの道のりを1週間ぶりに走るなか、ぽつりとサトーさんはつぶやいた。
「明日も仕事で一緒ですし、そんなにへこまなくても」
バックミラー越しに見えるサトーさんの顔は、今まで見たことないぐらいに落ち込んでいるように見えて、反応に困る。
慰めようにもそろそろ1人で広いベッドで存分に寝返りを打ちたいし、ママがキラパラを勝手に消してしまった件を追求する大事な仕事もある。
最重要な仕事だ。
おかけでネタバレが怖くて最新話を見ることが出来ていないし。
それから演技について、聞いてみたいことも出来た。
演技派を目指すなら演技派女優に聞くのが早いと考えを改めたので。
そもそも前世を28年生きてきたとはいえ演技をやったのなんて小5の時に演じた小人その3が最後なんだし、何を意地を張れるほどのこだわりなんてなかった事に気がついた。
よくわからないうちに評価されてこれ、苦労もせず事務所所属からお仕事をもらえるまで、うまく行き過ぎて知らぬ間に天狗になっていたのだ。
自分は役を憑依させられるのあちゃんのような天才だと。
それは違った、天才なのは可愛さだけだった。
もう可愛さは持っている、だから演技は努力で磨けばいい。
どうせ世間は努力なんて見てないから結果だけで天才と判断してくれる。
それに芸能人の天才と呼ばれる人達は、影で努力をしていることが多いし。
ママも私が寝てから演技の研究をよくしているしね。
なのでサトーさんの家にもう少し泊まっていくことは出来ないし、そもそもこの状況での正しい慰め方なんて思いつかない。
「そうですよね、明日朝4時現場入りですものね」
「4時!? どうしてそんな事に?」
「明日のドラマ撮影、明け方のシーンを撮る必要があるそうで、夜が明け切る前に集合ということらしくて」
「じゃあ帰ってすぐに寝ないといけませんね。忘れないうちにアラームをセットしておかないと」
私は不本意ながらママに似ている部分が多数ある。
うっかりやなところと綺麗好きな性格を引き継いでしまったので、アラームをかけ忘れて遅刻するとも限らないので、スケジュールを聞いたらその場でアラームをセットするようにしている。
どうせなら朝に強いところまでママに似てくれれば良かったのに。
「ママからメールが来てる」
なんてママ事を考えたからか、珍しく仕事終わりの私のスマホにママからメッセージが入っていた。
開いて確認してみると、帰りが少し遅くなるという簡潔な文章と、使い慣れていないであろう困り顔とハートマークがついていた。
飛行機の乗り遅れたのかもしれないな。
きっとお土産選んでて時間が過ぎたとかそんなことだろう。
カメラが回ってない時のママなんて親バカでおっちょこちょいなんだから。
簡潔にわかったとだけ返してアラームをセットする。
「紗那さん着きましたよ」
「ありがとうございました」
「荷物持つの手伝います」
いつものようにエレベーターにのり最上階を押す。
玄関の前でカバンを受け取り、サトーさんとわかれて、自宅の鍵を開けて扉を開ける。
「うちの玄関無駄に広い」
1週間ですっかりサトーさんの家の玄関が見慣れてしまったのか、靴が少ないからか感覚的にそう感じた。
脱いだ靴をしっかり揃えて、リビングの電気をつける。
「でも、やっぱりこの広さと床に服とかお菓子とか一切ない感じ落ち着くわぁ」
目に映る自宅の様子が不思議と懐かしく感じてついついテンション上げ、意味もなく歩き始める。
「冷蔵庫もあるしテレビも大きい」
テーブルに置いてあるリモコンで電源を入れると、バラエティー番組が流れ始めた。
あっ、でもちょっとだけサトーさんの家も居心地が良かったらしい。
「次行くときまでに、冷蔵庫ぐらい買っておいて下さいぐらい言っとけば良かったかな」
後からふと正解が思い浮かぶことほど悔しいものは無い。
21時を過ぎた頃に、ママが帰ってきた。
「さぁーなぁーちゃーぁーんー!!」
玄関が雑に開けられた音がしたかと思えばその次の瞬間にはママに抱きつかれ撫でまわされていた。
高速移動?
「暑苦しい」
ママの来ているコートが少し厚めの素材で出来ているので、密着したまま激しく撫でまわされればママも私も体温が上昇する。
「いいじゃない、1週間ぶりなんだし、枯れたママに栄養ちょうだい」
せっかくアドバイスをもらってうまく出来たとお礼を言うつもりだったのに、なんだかそんな気も失せちゃった。
でもお決まりのやり取りをしていると日常が戻って来たんだと嬉しくなる。
なんだか精神が子供に戻っているようなきがする。
一通り撫でまわされ汗まみれにされたところで、ママは悪い笑みを浮かべた。
「紗那ちゃん汗かいちゃったからお風呂に入っちゃいましょう?」
「じゃあママ先にどうぞ」
「何言ってるのよ紗那ちゃん。いつも一緒に入ってたでしょ?」
まさかしつこいぐらいに撫でまわしてきたのは単純に趣味ってわけじゃなくて、このためだったのか?
「サトーさんの家では1人で入ってたよ?」
「1週間紗那ちゃんと会わずにお仕事を頑張ったママにご褒美の一つぐらいあってもいいと思うの」
「えー、でも来年には小学生になるし」
来年には6歳になる。
そうなれば入学式を経て正式に小学生だ。
一年生から1人でお風呂に入るような子はあまりいないと思うけど、こういう節目でもないと多分中学生になるまでママとお風呂を入る事になりそうだ。
なのでぜひともこの機会にお風呂ぐらいは1人で入りたいものだ。
「紗那ちゃんこれが欲しければママと一緒お風呂に入りなさい」
ママがカバンから出して来たのは、キラパラ地方限定グッズだった。
1週間で数箇所回ったのかデフォルメされたきららやほかのキャラクターがその土地をイメージした衣装を着たぬいぐるみをテーブルに並べてくる。
くっ、とても欲しい。
ベッドにぬいぐるみを並べて寝るとかちょっと憧れてたりするし、それを抜きにしても、キラパラのぬいぐるみは部屋に飾りたい。
クレーンゲームで取った1体だけ飾るのはなんかむなしいというか、ぼっち感が出て可哀想だし。
結局ママの策略に見事はまって一緒にお風呂に入る事になった。
小3ぐらいでもう1度交渉してみよう。




